異界の相対者

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平和編

最悪だ

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「それで? カンダを手に入れた神の団とやらは、今夜にでも神を起こせると? 」
 シプリンはできる限り飄々と尋ねた。シラーはいや、と答える。まだシズはアベンチュレを出ていないことをシラーはわかっていた。
「早くて再来週じゃないですか? 満月の夜が神を起こすのに条件はいいそうです」
 安心できるほど時間はなかった。
「そんなに不満か? インデッセはこの世が」
 シプリンは尋ねる。シラーはこの尋問ではじめて、すぐに返事をしなかった。
「恵まれている者だから反しているものを否定できるんですよ」 
 シラーは冷たく答える。そして抑えていた熱が口を動かした。
「四ヵ国条約もしょせん綺麗事だ。見たくないもの、聞きたくないものを統一しようとしている。悪いものをわかりやすくまとめ見せるのが豊かで和やかと決めつけている。精神的貧富、潜在的精神格差。それを歴史の運命でごまかされてきた。綺麗事でごまかされてきたんだ」
 感情的になってきたシラーにシプリンはなぜか安心した。素直にすべて喋られる気よりずっと話やすかった。シラーが言う通り、四ヵ国条約は良くも悪くもであることはシプリンも理解はしていた。結果として、インデッセの民の生活の糧を奪った。四国が足並みをそろえるために、インデッセを貧しくさせた。未来の事を考えて百年前の人間がそうした。けれど、歴史が創り上げてきた規則や技術、思想が役立たずになる未来もあるということだ。それをシラーに見せられている気がシプリンにはした。
「綺麗は平和の基準だ。満たそうとしなければ湧き水もでない。湧き水でも必要さ」
「平和に価値はあるのか? 」
 その質問をシプリンに投げかけたときのシラーの瞳には、あふれるばかりの生気に満ちていた。この男はこの問いを何度も何度も自らにしてきたのだろう。そして未だに答えを受け入れるつもりもなく、スパイとして身を削ってきたのだ。
「価値を付けるのよ。それに平和がタダだったことは、今まで一秒だってなかった。退屈も平和も高級品。痛風になっておかしくなってから、それを平和のせいにする。幸福を飼い慣らさないとみじめになる。それだけだ」
 社会がいくら発展しても、人間はいつだって思考に技術が追い付かない。いつまでたっても「終わり」の反対は「つづく」ということだ。
「こんなことをいうのもあれだが、神さんを信じるのは勝手にすればいい」
 シプリンがそんなことをいいだし、ハクエンはぎょっとし、口を出した。
「おい、シプリン」
「いいんだ。こいつはもうここから出られない。私の可愛い部下をこともあろうか、銃で殺そうとしたんだからな。言わせて。神が悪いんじゃない。信仰が悪いんじゃない。思い通りいかないことに神頼みを利用するんじゃないって言ってるのよ。神様使ったって、人殺しは人殺しよ。あなたたちが感じているのは神の心ではなく、人間の心よ。それともあなた、本当に神様のためだと? 」
「……神の為じゃない。名誉のためだ」
 シラーの声が変わった。
「名誉? 」
 シプリンが問う。
「この世で身を亡ぼす要因は何だと思いますか? 」
 問いを問いで返してきたシラーに、シプリンは黙ったままだった。シラーは泣きそうな顔で答えを教えた。
「優しさですよ」
 シラーは死んだ父を思い描く。シズが生まれた日の父の失態を拭う為に、シラーは今までやってきた。父の名誉を取り返す為に、自分の仕事を遂行した。もう自分の役割は終わりだ。シズを身ごもっていたイーリスを逃がした父を散々に言ってきた奴らを見返したかった。父が逃がした人間を自分が捕まえる、考えによってはそれは皮肉なのかもしれない。シラーは正直、戦争はどうでもよかった。大事なのは、血のプライドだった。
 俯いて黙ったシラーからハクエンはセッシサンに目配せをする。セッシサンは尋問室を出る。するとそこにはバライトがいた。
「やっぱりいましたか、九局長」
「銃の事で脅してきたか? ユオ・オーピメンを機密手配人にしないように」
「さすが。お見通しで。もしかして廊下まで声が漏れてました? あははっ」
 セッシサンがおどけてみるが、それはなんの慰めにもならない。
「インデッセはあれを再来週には目覚めさせることができるそうです。次の満月の夜に」
「思ったより時間があるな」
 バライトは次の満月が何日かすぐには出てこなかった。
「頼もしい。これから作戦会議、というより知恵の出し合いをしようと思うんですが。極秘なんで、八局棟の中で。来ます? 」
「うちがいなきゃ話にならないだろう。うちは極秘のプロだ」
 バライトが鼻を鳴らす。
「そうですね。そんなプロの九局さんから見て現状はどうですか? 」
 セッシサンが煙草を咥えながらバライトに尋ねる。するとバライトは突然高笑いをはじめた。セッシサンは驚き、マッチを落としそうになった。バライトはひとしきり笑うと真顔になって答えた。
「最悪だ」
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