異界の相対者

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平和編

ベルの話

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「離れた人のことを思い出すとき、人は二種類に分かれる。その人の優しさを思い出す人と、恨みを思い出す人間だ」
 放課後、コンビニの駐車場でバニラアイスを舐めながら、シズがカケルにジャーマンスープレックスの練習台になって欲しいと頼んだら、カケルが言った。
「高校生がそんな台詞吐いても寒いだけだぜ」
「だって俺の叔父さんの言葉だもん」
 ビートルズ好きなベースの髭のおっさんだ。
「静、俺はお前と離れ離れになっても、お前のことを恨みたくないんだ」
「気色わりいこと言うな。嫌なら嫌とシンプルに言え」
「めっちゃ嫌。あれ首がぐにゃって。ぐにゃ首が怖い。首は大事にしたいタイプだから、俺」
 結局私のジャーマンスープレックスデビューはそれから三日後の喧嘩で、ぶっつけ本番にも関わらず綺麗に決まった。

「シズ様。湯加減は大丈夫でしょうか? 」
 ベルの声ではっと目を開ける。風呂の中でうたた寝をしてしまったようだった。
「すっごい良い湯加減。ありがとう」
 シズはすりガラスの扉に見えるベルの影に伝える。
「よかったです。寝衣をカゴの中に入れておきますので」
「ありがとう」
 ベルの影が消える。まさに至れり尽くせりだ。シズは風呂の縁に頭をあずけて天井を見上げる。ここは部屋の隣にある浴室だ。どうやってここまで湯を引き上げているんだろうとシズは不思議だった。ベルがいうにはこの湯は温泉だという。まさに贅沢。だからこそアベンチュレのことを思うと、シズはいたたまれなくなる。考えても仕方ないが、今アベンチュレの国民局はどういう状況なのだろう。ラリマは生きていると信じたいし、シラーがちゃんと捕まったかも、心配だった。あの鏡に誰か気が付いてくれただろうか。色々考えながら、シズは湯でバシャバシャと顔を洗う。


「ねえ、なにこのパジャマ」
 ベルが用意した寝衣は白のネグリジェだった。首元はつまっていてヒラヒラしている。シズはかゆい。それなのに袖は相撲取りが着てもゆとりがあるほどのダボダボなのに、手首でまたきゅっとしまっていて、ヒラヒラしている。シズは片腕を横にしてダボダボの袖を引っ張って、ベルに抗議をした。
「見て! ここの無駄な布! 袖の中でハムスター飼えるぞ! 」
「飼えません。それだけでは湯冷めしますわ。ガウンを」
 ベルは背中からグレーのガウンを着させてくれた。そう言えば、薪ストーブがあるとはいえ、この部屋は暖かい。
「あったかいな、この部屋」
「温泉の湯がこの塔全体を常に巡っていて、屋内を温めています」
「へぇ、画期的だな。温泉はこの塔の地下か? 」
 瓶の蓋を開けるベルの手が一瞬止まった。けれどすぐに力を入れて蓋を開けた。
「いいえ。塔から少し離れたところから引いています。シズ様は生姜が大丈夫ですか? 」
 ベルはあからさまに話を変えた。シズは深く聞こうかと思ったが、何となくできなかった。少し時間を置いて聞こう。ベルは本当に「反」神の団なのかは、シズは正直わからない。けれど疑うには少し、頼りなさがあった。
「生姜好き。何作ってんだ? 」
「ルカンというインデッセの特産品で、皮ごと砂糖漬けにしたものを湯で割るのです。干したスライスの生姜を入れると温まります。わたし達はルカン茶と呼びます」
 ルカンというのは黄色ぽく、味も柚子に似ていた。一人がけのソファにシズは座ると、カップに添えられた木のスプーンで皮も食べる。
「シズ様は恋人などはおられないんですか? 」
 唐突な質問にルカンの皮が、シズの喉に詰まりそうになった。飲み込むと笑って答えた。
「残念。いません」
「好きな人も? 」
 シズの脳裏に鏡がよぎった。
「いないな。なんだ恋バナか? 」
「シズ様はお綺麗だから。いい殿方に言い寄られてそう」
「殿方には男に間違えられてばっかだよ」
 シズはテーブルにカップを置く。するとベルは。シズの両手を掴むと顔の前で握りしめた。
「殿方の両手を自分の両手でこういう風に包んで握って、上目遣いです。シズ様の美しさならこれでイチコロですわ」
「……覚えておくよ」
 ベルは手を離すと悲しそうに微笑んだ。
「シズ様に心にある人があれば、王様との結婚は酷なものだと……」
「心に誰もいなくても、ヨールとは結婚しない。あいつも私と結婚する気はねぇよ。神様と結婚したいだけさ」
 ヨールは私を人間とはきっと見ていない。力の足、ぐらいだろうか。
「なんか、逃げ道とかないかな? ベル」
 ベルは困った顔をした。
「今は塔に何人も見張りがいます。私だけの力では、厳しいです」
「この塔の中にベルの兄ちゃんもいるのか? 」
 ベルは首を振った。
「私の兄はもうインデッセに戻ってくることはないでしょう」
 シズはえっ、と零した。
「私の兄はアベンチュレで城人をしています。シラーと申します」
 シラーの妹。それを聞いて、シズはどういう顔をすればいいかわからなかった。
「兄はたぶんアベンチュレで捕まるでしょう。カバンサを機密手配人にしないために」
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