208 / 241
平和編
呼ばれる魂
しおりを挟む
「どういうことだ?」
シズはカバンサ、もといアルガー塾長を機密手配人すると聞いていた。ベルは声を顰める。
「兄は銃の部品製造を隠蔽したことを脅しに、アベンチュレにカバンサを機密手配人にしないように圧力をかけているはずです」
あのクソ野郎、とシズは腹が立った。自分が機密手配人になる可能性が分かっていたってことか。
「お前の兄ちゃん捨て駒じゃないか」
シズは思わず、口にしてしまったと思った。
「ごめん」
けれど、我に返りすぐに謝罪した。
「謝らないでください。事実です。兄は馬鹿なんです。だから自首してでも捕まっていると思います。こんな馬鹿なことは早く終わらせなきゃいけないんです」
「そうだな……」
終わらせなければならない神様がいる限り、終わらない。
「シズ様は、私の兄をご存知ですか?ラブラド・シラーと申します」
ベルが尋ねる。
「知らないよ。私もヨンキョクだったけど、国民局は死ぬほど人がいるからね」
シズは知らないふりをした。
「そうですか」
ベルは空になったカップをさげるとおやすみなさい、と部屋を出ていった。シズはネグリジェの首元のボタンを上から四つはずした。そして柔軟体操をして、スクワット、腕立て腹筋をいつものようし、少し落ち着いたら寝ようと、ソファに腰をかけた。そしたらまたうたた寝をしてしまったようで、真夜中に目が覚めた。背伸びをして立ち上がり、窓の外を見るとちらちらと雪が降っていた。
「ベッドで寝ないと風邪引くな」
ベッドに入ろうとすると、そわそわした。昼間に感じたのと同じ奴だ。部屋を見渡す。すると、本棚に目が留まった。
あ、ここから下に行ける。
シズはそう思い、本棚を横に滑らせる。すると石段が現れた。吸い込まれるように下へ下へおりて行く。最初はゆっくりだったが、途中からシズは駆け出していた。出口は光のようだった。出ると、そこは外の景色が見え、半分地下になった場所だった。
泉がある。シズはそこへまっすぐ歩いて行く。泉の縁で足を止める。泉を覗き見る。そこには、シズの顔が映る。シズは人差し指を口の中に入れる。そして噛む。人差し指から血が零れた。シズがそれを泉の中に落とそうとすると、身体が後ろに引かれた。
「やはり呼ばれてしまいましたね」
ヨールの顔が目の前にあった。腕はシズの腰から前に回され、しっかりと捕まえられている。
「え? 」
シズは自分の指先を見る。血が出ている。自分でやった記憶がある。けれど、自覚はなかった。
「ダイアスがあなたの魂を呼んだのです。そばに置き過ぎたようです。けれどここしかおけませんからね。用心させます」
「なんで、お前? 」
城はこの塔から離れている。
「ここへ来て初めての夜ですから。なにかあるだろうと、近くに。それに隠し通路の扉が開くと、我々にわかるようになっているんですよ」
「……どうやって? 」
「そういう仕組みです」
ヨールは手を握ると、血の出たシズの指をくわえて舐めた。シズに寒気が走った。そして指からゆっくりと口を離すと微笑を浮かべた。
「これが神の愛した血の味ですか」
その微笑は不安になる甘さ。シズはヨールを押しのけると、距離をとった。
「あんたも、イカれてるな」
「そうですか? 自分ではあまりそう思いませんが」
ヨールは微笑を崩さず、腕を後ろに回す。
「私はただこの国を美しくしたいのです。美しさとはある種の強さです」
一歩一歩ヨールは靴音を鳴らして、シズの元へくる。
「その美しさとやらのために、神様起こして戦争するっていうのか? 戦争が美しいとでもいうのか? 」
「いえ、あれは悲惨なものです。どちらかと言えば汚いものでしょう」
「へえ、そういう感情はあるんだ」
シズは鼻で笑う。ヨールは、シズの前すれすれで止まった。雪髪が夜の雪の風で揺れた。ヨールはだが、と続けた。シズの首に手を伸ばす。開けていたネグリジェの首元のボタンに手をかけると、上まできっちり閉めた。シズの息が詰まる。
「汚れないままでは、美しくなれない」
そして力任せにシズの顎を掴むとさらに自分の顔に近づけた。シズは首を絞められている気分だった。
「まだダイアスを起こされては困ります。不備があってはいけないんです。完璧な日に起こさないと」
満月の日が完璧な日。
「それにまだ私の妻になってなのですから。先代はダイアスの使い方を間違えたが、私は間違えない。あなたを私のものにし、ダイアスを私の物にする。今度こそ、インデッセの物にする」
シズはヨールの手を叩き払う。
「好きでもない奴と結婚とか、てめぇにプライドはねぇのか」
「国が私のプライドだ」
数秒、シズはヨールを睨むと背を向けた。隠し通路の出口から部屋に戻ろうとする。
「その通路を使って逃げようとしても無駄ですよ。すぐに我々に見つかる」
シズは返事はしてやらなかった。階段をのぼりながら、ここを下ってきたときのことをシズは考える。あの時間、自分の身体も頭も、自分ではないようだった。身体がかってに動いた。ダイアスに会いに行こうと必死だった。シズはそんなことを望んでいない。
私はシズ・カンダだ。ルリでもリチでもない。これからこれを、何度も心の中で唱えることになるだろう。私は絶対、私を手放したりはもうしない。シズは強く自分にそう誓った。
シズはカバンサ、もといアルガー塾長を機密手配人すると聞いていた。ベルは声を顰める。
「兄は銃の部品製造を隠蔽したことを脅しに、アベンチュレにカバンサを機密手配人にしないように圧力をかけているはずです」
あのクソ野郎、とシズは腹が立った。自分が機密手配人になる可能性が分かっていたってことか。
「お前の兄ちゃん捨て駒じゃないか」
シズは思わず、口にしてしまったと思った。
「ごめん」
けれど、我に返りすぐに謝罪した。
「謝らないでください。事実です。兄は馬鹿なんです。だから自首してでも捕まっていると思います。こんな馬鹿なことは早く終わらせなきゃいけないんです」
「そうだな……」
終わらせなければならない神様がいる限り、終わらない。
「シズ様は、私の兄をご存知ですか?ラブラド・シラーと申します」
ベルが尋ねる。
「知らないよ。私もヨンキョクだったけど、国民局は死ぬほど人がいるからね」
シズは知らないふりをした。
「そうですか」
ベルは空になったカップをさげるとおやすみなさい、と部屋を出ていった。シズはネグリジェの首元のボタンを上から四つはずした。そして柔軟体操をして、スクワット、腕立て腹筋をいつものようし、少し落ち着いたら寝ようと、ソファに腰をかけた。そしたらまたうたた寝をしてしまったようで、真夜中に目が覚めた。背伸びをして立ち上がり、窓の外を見るとちらちらと雪が降っていた。
「ベッドで寝ないと風邪引くな」
ベッドに入ろうとすると、そわそわした。昼間に感じたのと同じ奴だ。部屋を見渡す。すると、本棚に目が留まった。
あ、ここから下に行ける。
シズはそう思い、本棚を横に滑らせる。すると石段が現れた。吸い込まれるように下へ下へおりて行く。最初はゆっくりだったが、途中からシズは駆け出していた。出口は光のようだった。出ると、そこは外の景色が見え、半分地下になった場所だった。
泉がある。シズはそこへまっすぐ歩いて行く。泉の縁で足を止める。泉を覗き見る。そこには、シズの顔が映る。シズは人差し指を口の中に入れる。そして噛む。人差し指から血が零れた。シズがそれを泉の中に落とそうとすると、身体が後ろに引かれた。
「やはり呼ばれてしまいましたね」
ヨールの顔が目の前にあった。腕はシズの腰から前に回され、しっかりと捕まえられている。
「え? 」
シズは自分の指先を見る。血が出ている。自分でやった記憶がある。けれど、自覚はなかった。
「ダイアスがあなたの魂を呼んだのです。そばに置き過ぎたようです。けれどここしかおけませんからね。用心させます」
「なんで、お前? 」
城はこの塔から離れている。
「ここへ来て初めての夜ですから。なにかあるだろうと、近くに。それに隠し通路の扉が開くと、我々にわかるようになっているんですよ」
「……どうやって? 」
「そういう仕組みです」
ヨールは手を握ると、血の出たシズの指をくわえて舐めた。シズに寒気が走った。そして指からゆっくりと口を離すと微笑を浮かべた。
「これが神の愛した血の味ですか」
その微笑は不安になる甘さ。シズはヨールを押しのけると、距離をとった。
「あんたも、イカれてるな」
「そうですか? 自分ではあまりそう思いませんが」
ヨールは微笑を崩さず、腕を後ろに回す。
「私はただこの国を美しくしたいのです。美しさとはある種の強さです」
一歩一歩ヨールは靴音を鳴らして、シズの元へくる。
「その美しさとやらのために、神様起こして戦争するっていうのか? 戦争が美しいとでもいうのか? 」
「いえ、あれは悲惨なものです。どちらかと言えば汚いものでしょう」
「へえ、そういう感情はあるんだ」
シズは鼻で笑う。ヨールは、シズの前すれすれで止まった。雪髪が夜の雪の風で揺れた。ヨールはだが、と続けた。シズの首に手を伸ばす。開けていたネグリジェの首元のボタンに手をかけると、上まできっちり閉めた。シズの息が詰まる。
「汚れないままでは、美しくなれない」
そして力任せにシズの顎を掴むとさらに自分の顔に近づけた。シズは首を絞められている気分だった。
「まだダイアスを起こされては困ります。不備があってはいけないんです。完璧な日に起こさないと」
満月の日が完璧な日。
「それにまだ私の妻になってなのですから。先代はダイアスの使い方を間違えたが、私は間違えない。あなたを私のものにし、ダイアスを私の物にする。今度こそ、インデッセの物にする」
シズはヨールの手を叩き払う。
「好きでもない奴と結婚とか、てめぇにプライドはねぇのか」
「国が私のプライドだ」
数秒、シズはヨールを睨むと背を向けた。隠し通路の出口から部屋に戻ろうとする。
「その通路を使って逃げようとしても無駄ですよ。すぐに我々に見つかる」
シズは返事はしてやらなかった。階段をのぼりながら、ここを下ってきたときのことをシズは考える。あの時間、自分の身体も頭も、自分ではないようだった。身体がかってに動いた。ダイアスに会いに行こうと必死だった。シズはそんなことを望んでいない。
私はシズ・カンダだ。ルリでもリチでもない。これからこれを、何度も心の中で唱えることになるだろう。私は絶対、私を手放したりはもうしない。シズは強く自分にそう誓った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる