異世界の餓狼系男子

みくもっち

文字の大きさ
39 / 77

39 アドン・レオミュール

しおりを挟む
 フードを脱いだ人物──俺は、あっと驚きの声をあげた。 
 気の強そうな赤髪の少女。《女神》シエラだ。ムスッとして睨んでいる。
 どうしてこんなところに……もしや隣にいるのは。

 もうひとりもフードを脱ぐ。やはり……《アイシクルフェンサー》イルネージュ。申し訳なさそうな顔でモジモジしている。

「ご、ごめんなさい。シエラさんがどうしてもって……カーラさんに無理に頼み込んで、先回りしてたんです」

「いや、今回は危険っスよ。敵地かもしんないんスよ」

 俺が参ったな、と頭をかくとシエラがズンズンと近づいて顔を近づける。

「な、なんスか」

 いつもみたいに殴られるのか、と思ったが──シエラはくるっと背を向けた。

「別に……お前が心配でついてきたわけじゃないからな。シエラがいないと何するか分かんないし、それにイルネージュが不安がっていたから……仕方なく」

 おや、いつもと違ってしおらしい。なんだ、俺と離れるのが寂しかったのは、シエラ自身じゃないのか。

 伊能がまあまあと、ふたりに声をかける。

「来ちまったモンはしょうがねえよ。カーラにも言ってきてるんなら問題ねえ。あとは俺が面倒見るからよ」

「ウチの勇者を連れ回すんなら、この《女神》に許可を取ってほしいものだな。眼帯ヒゲオヤジ」

 シエラはフン、と顔をそむける。伊能に対して馴れ合うつもりはないらしい。
 


 とりあえずふたりは伊能が手配した宿に待機させる事になった。
 
「事前に申告した以上の人間は城まで入れねえ。そこは勘弁な」
    
 そう伊能が説明し、大通りへと戻る。
 
「あっ、なんでしょう。あそこに人だかりが」

 イルネージュが最初に気付いた。大勢の人間が横に長く並び、ざわざわと騒いでいる。時折歓声のようなものがあがっていた。
 シエラがすぐに行ってみよう、と走り出す。
 
「城からの方角だな。大道芸でもやってんのか」

 伊能もそちらに歩きだし、俺とイルネージュも続いた。

 シエラが強引に人混みをかき分けて最前列へ。俺たちも横に並ぶことができた。
 だが、特に注目するようなものはない。
 人だかりは通りの向こう側にも一直線に並んでいる。こちらの人の壁との間はあえて空けてあるのか、今からここを何かが通るようだ。

「ああ、なるほどな。ヤツがここを通るらしい。丁度いい、よく見とけよ」

 伊能は誰が通るか分かっているようだ。しばらくすると、ドンドン、プオ~、と賑やかな楽器の音が聞こえてきた。

 通りの奥から現れたのは──軍の一隊。
 先頭は華美な衣装を着た楽隊。太鼓やラッパを演奏しながら歩き、その後からは重装備の歩兵。長槍を持ち、ザッ、ザッ、と整然と歩いている。
 その後に続くのは騎馬隊。騎士、馬ともにきらびやかな鎧を身に着け、勇壮な出で立ちだ。

 最後尾にはこれまた派手な天蓋の付いた輿。そこに座っているのは、金の王冠、くるくる巻き毛、フリフリの上着、白黒のカボチャパンツに白タイツ。
 なんかコテコテのお笑いコントに出てきそうな、王子様丸出しの若い男。年は俺と同じくらいか……にしても、意地の悪そうなブッサイクな顔をしている。

「あれがブクリエ国領主、アドン・レオミュールだ」
 
 伊能が苦笑しながら説明。マジか……あんなんが領主なのか。おや、そういえば頭の中ダダダダがない。アイツ、願望者デザイアじゃないのか。

「刻印が無かったろ。そう、アイツはこの異世界の元々の住人だ。代々続く名門の出でな、死んだオヤジさんから後を継いで、まだ半年も経ってねえ」

 なるほど……この世界で最も軍事力に優れた国の指導者にしては、ずいぶんアレだと思ったが。先代からの資産や地位だけでふんぞり返っているタイプなのか。

「領主はアレだが、腹心のふたりが侮れねえ。輿の下にぴったりくっついてるのがいるだろ」

 伊能がアゴで示す。輿を担いでいる人夫の近く。輿を守るように両側にいるふたりの人物を見て、頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれた。

《神算司書》ミリアム・エーベンハルト。
《聖騎士》マックス・ロックウッド。

 ミリアムは生真面目な秘書ふうの格好をしている若い女性だ。前髪が斜めにカットされているセミロング。黒縁のメガネに赤いヒール。

 マックスは白い甲冑に身を包んだ、ガタイのいい精悍な男。見た目は三十代前半ぐらいか。金髪のロン毛に碧眼、なかなかのイケメン。

「ミリアムのほうは願望者デザイアになってこの国に仕えてまだ一年も経ってないが、今じゃ政務全般を任されるようになった切れ者だ。マックスは古参の配下で先代からの信頼も厚かった、忠誠心の塊みてーなヤツだな。この国はあのふたりでもっているといっても過言じゃねえ」

 詳しく説明する伊能の前で輿が止まった。
 輿の上のアドンが声をかけてきた。

「おお、ブルーデモンズ副長の伊能ではないか。そういえば今日、会う約束をしていたな」

「お久しぶりです、閣下。ご健勝で何より……しかし、この騒ぎはどうされたのですか?」

「うむ。魔物増加の騒ぎは今にはじまったことではないが……近隣の村がいくつか甚大な被害を受けたと報告があってな。どうやら我が国にも超級魔物が出現したらしい」

「超級が……」

「ならば余が自ら出陣し、これを討ち滅ぼすのが領主としての務めであろう。超級を討つに多くの兵はかえって犠牲を増やすだけだ。ここは我が腹心と精兵、雇った願望者デザイアだけで向かう」

「そうだったのですね。この陣容に閣下自らのご出陣……必ずや成功するでしょう」

「うむ。良い報せを城で待っておけ。明日には戻る予定だ。謁見やら会談やらはその後だ」

「はっ……お待ちしております」

 頭を下げる伊能。アドンは急に腰を浮かせて甲高い声をあげた。

「おっ、そこの女は……願望者デザイアか? 伊能、お前の連れか」

 アドンが指さしているのは──イルネージュだ。伊能がええ、と答えると、アドンはにやけながら身を乗り出して、イルネージュに手招きする。

 イルネージュはモジモジしながら俺の背に隠れてしまった。途端にアドンの顔が不機嫌になり、俺を睨みつける。

「アドン様、急ぎませんと……」

 腹心のミリアムが咳払いをすると、アドンはあからさまな舌打ちをし、その女も城で待つように、と告げて行軍を再開。歓声に包まれながら去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...