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41 紫電一閃
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突然の申し出に驚く。このタイミングで、しかもこんな場所で──。
「ほら、ふたりはちっと離れててな。すぐに終わるからよ」
伊能はすでに仕込み杖を腰の辺りで低く構えてている。
問答無用──伊能の右目が鋭く殺気を放つ。
チートスキルを譲るだけならお約束の模擬戦で十分なはずだが、この男も《鬼姫》千景と同じく、こういったことには手が抜けないのか。
いや、あれこれ考えてるヒマはない。俺は剣を抜き、左腕の盾を前に押し出すように防御よりの構えを取る。
シエラとイルネージュは部屋の隅で固唾を呑んで見守っている。
伊能──動かない。いや、動く必要がないのだ。あの紫電一閃というスキル……鷹の目で視認出来ない程の速さ。
こっちがどんな攻撃を仕掛けようが、カウンターを取れる自信があるのだ。
この部屋のどこにいても射程内。墓場での戦いで分かったが、予想以上に離れたところから相手を斬っていた。
俺は覚悟を決め、一歩踏み出した。
バチンッ、と鍔鳴りの音。伊能は──動いていない。いや、俺の視点がおかしい。意志に反して天井が見えて──。
イルネージュの悲鳴が聞こえた。これは……俺の上半身が床に転がっているようだ。下半身だけが一歩踏み出した姿勢で固まっている。
「お、勇者殿、どうした? これで終わりか」
伊能が聞いてくる。俺は超再生でシュルル、と下半身とくっつきながら、いいや、と答えた。
俺が倒れていた場所には円形の小振りな盾が残されている。俺は身体が完全に再生すると同時に、ある能力を解除──。
床に落ちていた盾がボッ、と飛んだ。
伊能はそれを避けきれず、腹に受けて壁に叩きつけられた。
伊能の身体から光る球体が飛び出して俺の胸に吸い込まれた。今の一撃で敗けを認めたようだ。
「さすが……勇者殿。倒れる瞬間に盾を外し、減速を強めにかけていたとは。そのまま投げつけていれば、かわせていた攻撃だった」
「いや、最初の一撃で首を落とされてたら、それどころじゃなかったっス。実戦ならアンタの勝ちっスよ」
伊能を助け起こす。加減していたので、軽傷で済んだようだ。
「いいか、勇者殿。紫電一閃は一度発動しちまえば回避不可の一撃必殺技だが……発動前の刹那、使用者は一種の夢想状態になる。極限の集中といったところか。この時にわずかな干渉、例えば小石ひとつ投げられただけでも技は不発になっちまうからな。そこだけは気をつけなよ」
翌日──昼食を終えた頃に、文官のひとりが部屋を訪れた。
討伐隊が戻ってきたらしい。だが、それを告げる文官の表情は暗い。結果を聞くまでもなく失敗したのだと分かった。
今日行われるはずの謁見はまたも延期に。文官は詳しい話はしなかったが、再度伊能が単独で城の内部をうろつき、噂話を仕入れてきた。
「散々だったらしいな。先行した願望者達は全滅。兵も半数以上失い、腹心のミリアムとマックスも負傷。アドンは無事だったらしいが、衣装はボロボロ、乗ってた輿は粉々だってよ」
「伊能さんの予想通りに……分かっていたなら、止めることは出来なかったのですか」
イルネージュにはめずらしい、責めるような言い方。いや、大勢の人間が死んだのだ。この反応は当然だ。
「いやあ、お嬢ちゃん。あそこで俺が忠告してもプライドの高いアドンが受け入れるわけねえだろう。ミリアムとマックスもすでに進言してたはずだ。自分達だけじゃ厳しいってな」
「失敗するって分かってて、参加したんスか、あのふたり……」
「強引に押し切られたんだろ、アドンに。アイツぁ、先代から跡を継いだが、まだこれといった実績がねえ。今回の討伐で威厳を内外に知らしめたかったんだろうよ」
「そんな……そんな事のために、自分の大勢の部下を死なせてしまうなんて……」
イルネージュが信じられない、とうつむく。
「でさあ、その倒せなかった超級を溢忌が倒すんでしょ? でも、どうやってここから抜け出すんだよ。あのブサイク領主に会う事も出来ないんだしさ」
シエラが退屈したようにソファーの上で足をバタつかせる。
伊能は問題ねえさ、と突然、願望の力を高めた。
伊能の姿が周りの背景に溶け込むように──消えた。伊能のいた辺りから声だけが聞こえる。
「俺のもともと持っているスキル、穏形だ。長所は俺に触れてりゃ、他人も姿を隠せる。短所は移動でしかその効果を出せない事だ。敵を攻撃する時は姿を消せねえ」
それでも十分なチート級のスキルだ。これで城を抜け出す事が出来る。
決行は今夜。最後に使用人が部屋を訪れた後と決まった。
「ほら、ふたりはちっと離れててな。すぐに終わるからよ」
伊能はすでに仕込み杖を腰の辺りで低く構えてている。
問答無用──伊能の右目が鋭く殺気を放つ。
チートスキルを譲るだけならお約束の模擬戦で十分なはずだが、この男も《鬼姫》千景と同じく、こういったことには手が抜けないのか。
いや、あれこれ考えてるヒマはない。俺は剣を抜き、左腕の盾を前に押し出すように防御よりの構えを取る。
シエラとイルネージュは部屋の隅で固唾を呑んで見守っている。
伊能──動かない。いや、動く必要がないのだ。あの紫電一閃というスキル……鷹の目で視認出来ない程の速さ。
こっちがどんな攻撃を仕掛けようが、カウンターを取れる自信があるのだ。
この部屋のどこにいても射程内。墓場での戦いで分かったが、予想以上に離れたところから相手を斬っていた。
俺は覚悟を決め、一歩踏み出した。
バチンッ、と鍔鳴りの音。伊能は──動いていない。いや、俺の視点がおかしい。意志に反して天井が見えて──。
イルネージュの悲鳴が聞こえた。これは……俺の上半身が床に転がっているようだ。下半身だけが一歩踏み出した姿勢で固まっている。
「お、勇者殿、どうした? これで終わりか」
伊能が聞いてくる。俺は超再生でシュルル、と下半身とくっつきながら、いいや、と答えた。
俺が倒れていた場所には円形の小振りな盾が残されている。俺は身体が完全に再生すると同時に、ある能力を解除──。
床に落ちていた盾がボッ、と飛んだ。
伊能はそれを避けきれず、腹に受けて壁に叩きつけられた。
伊能の身体から光る球体が飛び出して俺の胸に吸い込まれた。今の一撃で敗けを認めたようだ。
「さすが……勇者殿。倒れる瞬間に盾を外し、減速を強めにかけていたとは。そのまま投げつけていれば、かわせていた攻撃だった」
「いや、最初の一撃で首を落とされてたら、それどころじゃなかったっス。実戦ならアンタの勝ちっスよ」
伊能を助け起こす。加減していたので、軽傷で済んだようだ。
「いいか、勇者殿。紫電一閃は一度発動しちまえば回避不可の一撃必殺技だが……発動前の刹那、使用者は一種の夢想状態になる。極限の集中といったところか。この時にわずかな干渉、例えば小石ひとつ投げられただけでも技は不発になっちまうからな。そこだけは気をつけなよ」
翌日──昼食を終えた頃に、文官のひとりが部屋を訪れた。
討伐隊が戻ってきたらしい。だが、それを告げる文官の表情は暗い。結果を聞くまでもなく失敗したのだと分かった。
今日行われるはずの謁見はまたも延期に。文官は詳しい話はしなかったが、再度伊能が単独で城の内部をうろつき、噂話を仕入れてきた。
「散々だったらしいな。先行した願望者達は全滅。兵も半数以上失い、腹心のミリアムとマックスも負傷。アドンは無事だったらしいが、衣装はボロボロ、乗ってた輿は粉々だってよ」
「伊能さんの予想通りに……分かっていたなら、止めることは出来なかったのですか」
イルネージュにはめずらしい、責めるような言い方。いや、大勢の人間が死んだのだ。この反応は当然だ。
「いやあ、お嬢ちゃん。あそこで俺が忠告してもプライドの高いアドンが受け入れるわけねえだろう。ミリアムとマックスもすでに進言してたはずだ。自分達だけじゃ厳しいってな」
「失敗するって分かってて、参加したんスか、あのふたり……」
「強引に押し切られたんだろ、アドンに。アイツぁ、先代から跡を継いだが、まだこれといった実績がねえ。今回の討伐で威厳を内外に知らしめたかったんだろうよ」
「そんな……そんな事のために、自分の大勢の部下を死なせてしまうなんて……」
イルネージュが信じられない、とうつむく。
「でさあ、その倒せなかった超級を溢忌が倒すんでしょ? でも、どうやってここから抜け出すんだよ。あのブサイク領主に会う事も出来ないんだしさ」
シエラが退屈したようにソファーの上で足をバタつかせる。
伊能は問題ねえさ、と突然、願望の力を高めた。
伊能の姿が周りの背景に溶け込むように──消えた。伊能のいた辺りから声だけが聞こえる。
「俺のもともと持っているスキル、穏形だ。長所は俺に触れてりゃ、他人も姿を隠せる。短所は移動でしかその効果を出せない事だ。敵を攻撃する時は姿を消せねえ」
それでも十分なチート級のスキルだ。これで城を抜け出す事が出来る。
決行は今夜。最後に使用人が部屋を訪れた後と決まった。
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今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
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