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52 もうひとりの勇者
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いきなり偽物の勇者、と言われて俺はどう反応していいのか分からなかった。
だが、領主であるこの男なら知っているはずだ。シエラとイルネージュの居場所を。
「俺と一緒に来たふたりはどこっスか。シエラとイルネージュに会わせてほしいっス」
俺が聞くと、ヨハンは驚いたような顔を見せる。
「ほう、まともに口が利けるとは……偽物とはいえ、さすがですね。さて、どうしたものか。わたしの能力が通じないとなると……」
こちらの質問には答えず、ヨハンは俺の頭からつま先までをじっ、と観察している。
なんだ、なんのつもりだ……。
そうだ、手紙を持っていた。あれを見せれば……。
「俺の持ってる手紙を見れば分かるっスよ。俺がブクリエの公式な使者だってことが」
「手紙? キミの持ち物は全て調べたが、そんな物は持っていなかった。今、ここで判明しているのはキミが勇者を騙る偽物だということだ。本物の勇者はすでにこの国に存在する。万が一、キミが本物の勇者だとしたら、こんな牢獄など苦も無く脱出しているだろう」
本来の力を発揮できれば当然だ。多分ここは城の地下だろうが……城ごと吹っ飛ばす事も可能だ。
だが今は……願望の力を大きく消耗している。回復するのにどれぐらいかかるのか。
俺がさらに説明しようとした時、ひとりの兵士が駆け寄ってきてヨハンに耳打ちする。
「……なるほど。キミは運がいい。いや、この場合、悪いと言ったほうがいいのかな? 我が国に招いている本物の勇者がキミに会いたいだそうだ。ここから出ることを許可しよう」
ヨハンは看守に命じ、牢獄の扉を開けさせる。
「おとなしくしたまえよ。わたし相手に暴れてもムダだが」
手枷と足枷も外された。外に出られるならおとなしく従うつもりだ。
シエラとイルネージュの事が気がかりだが、願望の力が回復すれば探し出すのは容易い。
牢獄を出て、ヨハンと兵士に挟まれながら通路を歩く。
やはり地下だ。階段を登り、そこからさほど歩かないうちに大きな扉の前へ。
扉には十字の紋章が描かれている。よく見れば、兵士の鎧や盾にも十字の紋章が。
衛兵ふたりが扉を開ける。多分、ここが謁見をする王の間なのだろう。
ここにその勇者だとか名乗るヤツがいるのか。勇者はこの世界にひとりだけのはず……俺からすればそいつが偽者なのだが。この際だ、化けの皮をはがしてやる。
王の間は、ブクリエの城で見た造りとは大きく違う。
まず目を引くのは奥にある、天井付近から床まで伸びる荘厳なステンドグラス。
何体もの天使が描かれたものだ。その美しさにしばし見とれてしまう。
玉座は無い。中央奥の祭壇に、二列に並んだ木製の長椅子がずらっと並んでいる。ここはまるで……教会だ。
長椅子には頭をフードですっぽり覆った修道服の人間がまばらに座っていた。
ヨハンは俺に空いている場所に座るように言い、自らは祭壇の前に立つ。
俺は真ん中に近いところ、他に誰も座ってない場所に腰かける。
「連れてきましたよ、勇者殿。キミと同じく勇者だと言う、葉桜溢忌を」
ヨハンが誰かに呼びかけている。
最前列の修道服姿のひとりが立ち上がった。大柄な人物だ……。
ヨハンの横に並ぶと、その人物はビリビリィッ、と修道服を破いて脱ぎ捨てる。いったいなんのつもりだろうか。
だがその姿、顔を見て、俺は思わず立ち上がった。コイツは──。
剃りの入ったリーゼントに短ラン、ボンタン。赤いシャツに金ネックレス。このコテコテな昭和ヤンキー姿は……。
《男の中の男》《死を乗り越えし者》荒木勝地男。
頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれる。今さらそんなもの無くても知りすぎている人物──いや、複数の二つ名がある。まさか、コイツが超越者になっているというのか。
「いよぉ。久しぶりだな、溢忌よぉ。会いたかったぜぇ」
荒木はズカズカと近づいてくる。俺がこの世界に転生した時に巻き込まれた男……まともに願望の力を引き出せなかったはずだ。いや、今も元の世界の時と姿が変わっていない。この異世界でどうやって生き延びたのか……。
「あれからよ……何度も死にかけたぜ。テメェに折られた腕もなかなか治らねえしよ。魔物に喰われそうになるわ、新人狩りの願望者に狙われるわよぉ。だがな、俺は強くなったぜ。そのおかげでよお」
「……そいつぁ、良かったっスね。無事だった上に強くなったんなら、言うことナシっスね」
「テメェッ……!」
荒木は乱暴に胸ぐらを掴んできた。俺の足が床から離れ、宙でプラプラする。
「こんな妙な世界に来たのもテメーと、あの駄女神のせいじゃねえか。このままで済むと思うなよ、テメェ……!」
荒木は拳を振り上げる。ゴッ、と俺の目の前で寸止めした後、掴んでいた手を離した。
「なに余裕こいてんだ。テメーも力が使えんだろうが。あっちの方で勇者とか言われて調子乗ってんだろーがよ」
「荒木も勇者って呼ばれてんスよね、ここで」
「魔物やら盗賊の願望者を倒していったらよぉ、勝手にそう呼ばれるようになったんだよ! あと、強ええ力を持つヤツから能力を奪えるみたいでよぉ、それが勇者の証らしーんだよ」
能力を奪い取る……まるでチートスキルを集めている俺みたいではないか。しかし、この世界に勇者はひとり。チートスキルを収集できるのも本物の勇者だけのはずだ。
「だから言ったでしょう。その荒木は本物の勇者だと。彼が勇者だと認める決定的な証人もここにはいる」
ヨハンの言葉に呼応するかの如く二列目の椅子からふたりの人物が立ち上がり、修道服のフードを外した。
その人物は──シエラとイルネージュだった。
だが、領主であるこの男なら知っているはずだ。シエラとイルネージュの居場所を。
「俺と一緒に来たふたりはどこっスか。シエラとイルネージュに会わせてほしいっス」
俺が聞くと、ヨハンは驚いたような顔を見せる。
「ほう、まともに口が利けるとは……偽物とはいえ、さすがですね。さて、どうしたものか。わたしの能力が通じないとなると……」
こちらの質問には答えず、ヨハンは俺の頭からつま先までをじっ、と観察している。
なんだ、なんのつもりだ……。
そうだ、手紙を持っていた。あれを見せれば……。
「俺の持ってる手紙を見れば分かるっスよ。俺がブクリエの公式な使者だってことが」
「手紙? キミの持ち物は全て調べたが、そんな物は持っていなかった。今、ここで判明しているのはキミが勇者を騙る偽物だということだ。本物の勇者はすでにこの国に存在する。万が一、キミが本物の勇者だとしたら、こんな牢獄など苦も無く脱出しているだろう」
本来の力を発揮できれば当然だ。多分ここは城の地下だろうが……城ごと吹っ飛ばす事も可能だ。
だが今は……願望の力を大きく消耗している。回復するのにどれぐらいかかるのか。
俺がさらに説明しようとした時、ひとりの兵士が駆け寄ってきてヨハンに耳打ちする。
「……なるほど。キミは運がいい。いや、この場合、悪いと言ったほうがいいのかな? 我が国に招いている本物の勇者がキミに会いたいだそうだ。ここから出ることを許可しよう」
ヨハンは看守に命じ、牢獄の扉を開けさせる。
「おとなしくしたまえよ。わたし相手に暴れてもムダだが」
手枷と足枷も外された。外に出られるならおとなしく従うつもりだ。
シエラとイルネージュの事が気がかりだが、願望の力が回復すれば探し出すのは容易い。
牢獄を出て、ヨハンと兵士に挟まれながら通路を歩く。
やはり地下だ。階段を登り、そこからさほど歩かないうちに大きな扉の前へ。
扉には十字の紋章が描かれている。よく見れば、兵士の鎧や盾にも十字の紋章が。
衛兵ふたりが扉を開ける。多分、ここが謁見をする王の間なのだろう。
ここにその勇者だとか名乗るヤツがいるのか。勇者はこの世界にひとりだけのはず……俺からすればそいつが偽者なのだが。この際だ、化けの皮をはがしてやる。
王の間は、ブクリエの城で見た造りとは大きく違う。
まず目を引くのは奥にある、天井付近から床まで伸びる荘厳なステンドグラス。
何体もの天使が描かれたものだ。その美しさにしばし見とれてしまう。
玉座は無い。中央奥の祭壇に、二列に並んだ木製の長椅子がずらっと並んでいる。ここはまるで……教会だ。
長椅子には頭をフードですっぽり覆った修道服の人間がまばらに座っていた。
ヨハンは俺に空いている場所に座るように言い、自らは祭壇の前に立つ。
俺は真ん中に近いところ、他に誰も座ってない場所に腰かける。
「連れてきましたよ、勇者殿。キミと同じく勇者だと言う、葉桜溢忌を」
ヨハンが誰かに呼びかけている。
最前列の修道服姿のひとりが立ち上がった。大柄な人物だ……。
ヨハンの横に並ぶと、その人物はビリビリィッ、と修道服を破いて脱ぎ捨てる。いったいなんのつもりだろうか。
だがその姿、顔を見て、俺は思わず立ち上がった。コイツは──。
剃りの入ったリーゼントに短ラン、ボンタン。赤いシャツに金ネックレス。このコテコテな昭和ヤンキー姿は……。
《男の中の男》《死を乗り越えし者》荒木勝地男。
頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれる。今さらそんなもの無くても知りすぎている人物──いや、複数の二つ名がある。まさか、コイツが超越者になっているというのか。
「いよぉ。久しぶりだな、溢忌よぉ。会いたかったぜぇ」
荒木はズカズカと近づいてくる。俺がこの世界に転生した時に巻き込まれた男……まともに願望の力を引き出せなかったはずだ。いや、今も元の世界の時と姿が変わっていない。この異世界でどうやって生き延びたのか……。
「あれからよ……何度も死にかけたぜ。テメェに折られた腕もなかなか治らねえしよ。魔物に喰われそうになるわ、新人狩りの願望者に狙われるわよぉ。だがな、俺は強くなったぜ。そのおかげでよお」
「……そいつぁ、良かったっスね。無事だった上に強くなったんなら、言うことナシっスね」
「テメェッ……!」
荒木は乱暴に胸ぐらを掴んできた。俺の足が床から離れ、宙でプラプラする。
「こんな妙な世界に来たのもテメーと、あの駄女神のせいじゃねえか。このままで済むと思うなよ、テメェ……!」
荒木は拳を振り上げる。ゴッ、と俺の目の前で寸止めした後、掴んでいた手を離した。
「なに余裕こいてんだ。テメーも力が使えんだろうが。あっちの方で勇者とか言われて調子乗ってんだろーがよ」
「荒木も勇者って呼ばれてんスよね、ここで」
「魔物やら盗賊の願望者を倒していったらよぉ、勝手にそう呼ばれるようになったんだよ! あと、強ええ力を持つヤツから能力を奪えるみたいでよぉ、それが勇者の証らしーんだよ」
能力を奪い取る……まるでチートスキルを集めている俺みたいではないか。しかし、この世界に勇者はひとり。チートスキルを収集できるのも本物の勇者だけのはずだ。
「だから言ったでしょう。その荒木は本物の勇者だと。彼が勇者だと認める決定的な証人もここにはいる」
ヨハンの言葉に呼応するかの如く二列目の椅子からふたりの人物が立ち上がり、修道服のフードを外した。
その人物は──シエラとイルネージュだった。
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