人質王女が王妃に昇格⁉ レイラのすれ違い王妃生活

みくもっち

文字の大きさ
32 / 44

32 炎の中で

しおりを挟む
 城からわたしを追いかけてくる者はいない。
 アレックス王へ報せるのを優先したのかもしれない。

 これもわたしにとっては都合が良かった。
 でも、我ながら短絡すぎるとも思った。

 わたし一人でジェシカが捕われている場所に着いても何が出来る?
 ウィリアムの言っていた通りに危害を加えられるか捕まえられるか。何か交渉の道具にされるに違いなかった。

「それでもジェシカの無事を優先しなければ」

 わたしはどうなってもいい。
 ジェシカと入れ替わりで人質になってもかまわない。
 彼女さえ無事でいてくれれば。

 とにかくそれだけを考えながら馬を走らせる。
 丘の向こうにポツンと建っている教会を見つけた。

 今は誰も寄り付かない古びた廃墟。
 あそこにジェシカが。

 周囲には誰もいないように見える。だけどわたしが近づいているのは犯人らには分かっているだろう。

 近くの老木に馬を繋ぎ、わたしは廃教会の入口へ。
 ギシリと嫌な音を立てる短い階段を上り、扉を開けた。

 薄暗く、埃くさい建物の中。
 奥の祭壇に複数の人間が待ち構えていた。いずれもフードを目深に被った人物たち。
 オークニーの使節団を襲撃した者たちと同じ風体だった。

「ジェシカ……ジェシカは無事なのですか」

 問いかけると、その中心にいた人物がフードをめくって顔を露わにする。

 緑髪でそばかすのある少女。召使いとして城に潜入していたハリエットだ。
 その正体はロージアンの王女。わたしが近づこうとすると「止まって」とこちらを睨む。

「ハリエット。いえ、ロージアンのエレイン王女。ジェシカを返してください」
「その名を……気安く呼ばないで。あのアレックス王に復讐して国を取り戻し、再興するまではその名は名乗らないことにしてるんだから」

 ハリエットはそう言って仲間に合図。
 集団の背後からロープで縛られたジェシカが連れられてきた。

「ジェシカ! よかった、無事で……」

 それ以上言葉が出なかった。涙が溢れそうになるけれど、それはぐっと我慢する。
 まだジェシカを返してもらったわけではない。

「レイラッ! バカ! なんでこんなヤツらの言うことなんか聞いてここに来たの⁉ わたしのことなんて放っておけばいいのに!」

 ジェシカが本気で怒っている。それが嬉しかった。元気でなんでもはっきり言う、いつものジェシカだ。

「おとなしくしろっ」

 ハリエットの仲間がロープを引っ張り、ジェシカがヒザをつく。

「やめてください! 彼女に乱暴にしないで!」

 わたしがさらに近づこうとすると、ハリエットは短剣を取り出してジェシカの首元に突きつける。

「動かないでって言ったでしょう。時間がないわ、レイラ。あなたにはやってもらいたいことがあるの」
「彼女を返してもらえるのならなんでもします。人質にするならわたしを」
「そうね、今のあなたになら利用価値があるわね。なんたってあのアレックス王の部屋に毎晩行くほどの仲ですものね」
「…………」
「フフ、驚いた? 城の中にはまだわたしたちの仲間がいて情報収集は続けてるの。ジェシカを連れて城を抜け出すことも可能」

 ここで短剣を突きつけられているのにも構わず、ジェシカがわたしに謝りだした。

「ごめんなさい、レイラ。城の中で逃げ回っている途中で声をかけられたの。ブリジェンドに帰してやるって。わたし、全然そんな気なかったのにその時は……」
「いいんです、ジェシカ。わたしも間違っていました。あなたには本当のことを話すべきだったのです。ハリエットのことも。大事な親友なのに……」

 ダン、とイラついたようにハリエットが足踏みをする。

「ちょっと二人とも勝手に話さないでくれる? 時間が無いのに」

 わたしとジェシカは口をつぐむ。
 怒らせれば何をするか分からない。そんな焦った様子が伝わってきた。

「あとはタイミングね。レイラ、あんたがここにいることはすぐにアレックス王に伝わる。仲良くなった大事な王妃様を助けにここへ踏み込んだが最後、ロージアンからの増援がここを急襲する」
「目的はアレックス王……でも、そんなことが可能なのですか」

 現在ロージアンはダラムに併合されている。
 いわば多くの民が監視下にある状況。
 もし反ダラムの仲間がいたとしてもそれを組織化し、さらに国境を越えて王都近くまで来るのは不可能に思えた。

 ハリエットはクスクスと笑う。

「本来のわたしたちだけの力じゃ無理ね。でもね、それをハノーヴァーが支援したとしたらどうかしら?」

 ハノーヴァー? ロージアンの残党と接触して工作活動を行っていた? 
 十分にあり得る話だ。実際にロージアンは三国の中で最もダラムに敵対し、裏ではハノーヴァーとなんらかの密約を結んでいたという。

「この大陸に混乱をもたらすつもりですか。彼らはロージアンの復興など考えていませんよ。この地を侵略し、我が物としようとしているだけです」
「! ……知ったふうな口を。お互いの目的が一致してるから利用しているだけよ。そのためにはまずアレックス王を始末しないと」

 ハリエットの口ぶりからするとアレックス王の病までは知られていないようだった。
 この場で話してしまえば暗殺を断念するかも? いや、そうすればハノーヴァー側にそれが伝わってしまう。
 強大な力を持ちながら回りくどい工作や諜報に留まっているのはまだアレックス王の力を恐れているから。
 彼が悪名と共に広めたダラムの軍事力と苛烈さがそれをためらわせているのだ。

 ここで廃教会の外からハリエットの仲間が駆け込んできた。
 
「来ました、アレックス王です。手勢は少数」
「来たわね。その二人はここに縛りつけて」

 ハリエットが命じ、わたしとジェシカは柱に縛りつけられる。

「もうすぐ……もうすぐよ。わたしたちはここの秘密の地下道から抜け出す。アレックス王がここに着いた時にはもう手遅れ。ロージアンとハノーヴァーの軍勢に包囲されて一巻の終わり」

 床の一部を引き剥がすと階段が現れた。
 そこへ下りながらハリエットが上品に手を振る。

「さようなら。シェトランドとブリジェンドの元王女のお二人。もう会うこともないでしょうけど。いつか落ち着いたら墓ぐらいは建ててあげるわ」

 最後尾の一人が壁や床にジャブジャブと液体を撒く。臭いからして油だとすぐ分かった。
 そして火の灯った松明を放り投げた。

 ゴッ、と辺りは炎に包まれる。
 ジェシカが悲鳴をあげた。火の手はまだ柱までは遠いけれど、それも時間の問題。
 いや、その前に煙で息が持たないかも。

 身をよじるけれど、ロープは少しも緩む様子はない。

「ゴホッ、ゴホッ、ごめ、ごめんなさい、レイラ。わたしのせいだわ。わたしがあいつらの口車に乗ったから」

 煙のせいなのか自責の念からか、大粒の涙を流しながらジェシカが謝る。
 わたしは首を横に振りながらジェシカを励ます。

「ゴホッ……あ、あなたのせいではありません。それと諦めてはいけませんよ。もうすぐアレックス王が」

 助けに来てくれるはず。でもその時は敵の軍勢に囲まれ、アレックス王が危機に。
 それならわたしのことは見捨ててほしい。でもジェシカだけは──。

 煙を吸い込んでしまったためか、意識が朦朧としてきた。
 視界が狭くなり、ジェシカの声も聞こえなくなる。
 火の爆ぜる音や建材が砕ける音があれだけ聞こえていたというのに。
 これが死ぬ前なのだろうか。ここで終わり? 煙に巻かれて死ぬのか、炎に焼かれるのか。はたまた崩れてくる天井や壁に押しつぶされるのか。

 恐怖感だとかハリエットに対する恨みはなかった。
 ただ後悔。ジェシカを巻き込んでしまったこと。
 わたしにはまだやるべきことがあったのではなかったか。
 その為に今まで諦めないで様々な試練を乗り越えてきたのではなかったのか。




 突然、視界が明るくなった。
 右頬にはっきりする痛み。そして目の前には銀髪の男性の姿。

「おい、起きろ。しっかりしろ。今助けてやる」

 アレックス王だ。顔を煤だらけにしながらわたしを縛っているロープを剣で切り落とした。

 ジェシカのほうもロープが切られ、ひとりの騎士が抱えていた。
 それはわたしが城で気絶させたウィリアムだった。

「陛下っ、こちらに地下へ下りる階段が!」
 
 大柄の兵士が叫んでいる。あれはフロスト?
 三人だけでこの燃え盛る廃教会に飛び込んで来たのだろうか。

「崩れるぞ、そこへ飛び込めっ」

 最後に聞こえたのはアレックス王の声。
 そして衝撃音。ここでわたしは完全に気を失った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』

鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。 --

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

処理中です...