人質王女が王妃に昇格⁉ レイラのすれ違い王妃生活

みくもっち

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 ハリエットらが起こした誘拐事件から一週間が経った。

 アレックス王暗殺を狙いとした重大な事件。
 本来なら国中で大騒ぎになるはずだが、厳しい箝口令が敷かれて公にはなっていない。

 その黒幕であるはずの大国ハノーヴァーも特に動きは見せず、ダラムに潜入しているであろう工作員も鳴りを潜めているようだった。

 その平穏が束の間でしかないことは分かっているけれど、少しはゆっくり出来そうな気がする。

 アレックス王の病状も現在は落ち着いている日が多い。

 朝の評議会や昼間も廷臣の前に顔を出すようになっていた。

「アレックス王、最近はなんか体調良くなってきてない? この前はめずらしく馬で遠乗りしたらしいよ」

 部屋の中を掃除しながらジェシカが聞いてきた。
 わたしは読んでいた本にしおりを挟み、それに同意する。

「ええ。夜に様子を見に行きますが、発作も起きてないようですね。わたしの言った通りに早めに休んでいるようですし」
「レイラの作った食事もちゃんと食べてるみたいだしね~。このまま快復するんじゃないの?」
「だといいのですが……彼の病は身体のみならず、精神的なものも原因だったと思います。両親も兄弟も亡くし、誰も頼れる者もいない中でいつ死ぬかもしれない恐怖と国を背負っている重圧。常人ならとても耐えられる状況ではないでしょう」
「ほら、良くなってきたのはやっぱりレイラがいるからだよ。気を許せる相手が一人でもいたら安心するもんね」
「そうですね……どんな状況でも人との繋がりは大事です。わたしにとってのあなたやウィリアム、フィンにフロスト。本当にたくさんの人に助けられてきました」

 わたしがそう言ってジェシカに微笑みかけると、彼女も満面の笑みで返す。

「それはお互い様。ここに連れて来られたときはどうなるかと思ったけど……レイラのお陰でなんとかやっていけてる」

 ここでドアの外からウィリアムの呼びかける声が聞こえた。

「王妃殿下、陛下がお呼びです。用意が出来しだい謁見の間までお越しください」

 わたしとジェシカは顔を見合わせる。
 今まで呼び出しを受けて、ろくな目に遭ったことがない。
 
 また何か無理難題を押し付けられるのか。
 アレックス王との関係は良い方向に向かってるとはいえ、まだその可能性はある。

 嫌な予感はするが無視するわけにはいかない。
 わたしはジェシカに着替えや化粧を手伝ってもらい、謁見の間へと向かった。



 謁見の間に入り、わたしはいつものように階下にひざまずこうとするとアレックス王がそれを止めた。

「何をしている。お前のいるべき場所はここだ」

 見上げると、アレックス王の隣に席が設けられている。
 アレックス王の玉座と遜色ない程の豪華なものだ。
 まさかそこに座れと? わたしがためらっていると、アレックス王がさらに促す。

「さっさとしろ。お前がここに座らんと話が進まん」

 わたしは仕方なく階を上がり、そこへ腰掛けた。

 居並ぶ廷臣や兵士たちを見下ろし、どうにも居心地が悪い。
 廷臣らも困惑している顔。わたしはついこの前まで嫌がらせや罵倒されていた立場だったから無理もない。

「なんだ? 何を縮こまっている? 背筋を伸ばして堂々としろ」
「な、なんだか気恥ずかしいものがあります。こんな所から皆を見下ろすというのも」
「フン、決闘や戦は恐れぬというのに変わった女だ。まあいい、本題に入る」
 
 アレックス王はそう言って声高に発表した。

「朝の評議会に参加した重臣らはすでに知っていようが、改めてここで皆に知らせる。余が即位してから1年が経とうとしている。これを記念して大陸の各地を訪れてみたいと計画している」

 家臣たちからどよめきが起こる。
 わたしも突然のことに驚いた。

 大陸の各地を王が訪れる──巡幸か。
 たしかに大陸はダラムが統一し、即位1周年というタイミングを考えればそういう話も出てくるだろう。

 けれど海の向こうにはハノーヴァーという脅威があり、その密偵や工作員があちこちに潜んでいるかもしれない。

 それについこの前、ロージアンの残党に襲われたばかりだというのに。

 わたしの怪訝な視線に気付いているのかいないのか、アレックス王はそのまま廷臣たちに意見を求めた。

 廷臣たちは素晴らしいお考えです、とそれを賛美する。
 反対する者などいるはずが無かった。わたしに対する態度が軟化したとはいえ、家臣たちの前ではまだ恐ろしい為政者のイメージが強い。

「この計画については外務卿やギリアン司祭を中心に早急にまとめあげろ。出発は早いほうがいいからな」


  ✳ ✳ ✳


 その夜、わたしはアレックス王の部屋を訪れて非難の声をあげていた。

「無謀です、国中を回る巡幸など。あなたの身体のこともあるのに」
「だからこそだ。余が生きているうちに済ませておきたい。ダラムの力や余の威光を示す良い機会だろう」
「そんなもの……ダラムの強さなど民は骨身に染みるほど知っています。今さらそんなことをしなくとも」
「もう決めたことだ。お前も王妃として余に付いてこい。民もお前の姿を見たがっていよう」
「それに危険です。道中、陛下に害をなさんとする者どもに襲われでもしたら」
「それは逆に好都合だ。襲ってくる賊を騎士団が撃退すれば、ますますダラムの強さが広まるだろう」

 わたしは呆れてそれ以上何も言えなかった。

 強引な性格や不器用な態度はあるが、彼の本質は国や民を思っての行動だ。
 
 それが即位1周年の巡幸……たしかに喜ぶ民衆もいるだろう。
 でも今回の件はダラム軍の武威や煌びやかさを見せつけるような意図を感じる。それに莫大な費用もかかるだろう。
 
 何より自身の体調や危機管理に無頓着すぎる。
 これまでわたしが口うるさく注意してきたことが無駄になってしまう。

「………………」
「なんだ、怒ったのか?」
「……怒ってなどいません。わたしが怒る理由などないでしょう」
「いや、怒っているな。お前は怒るとわずかだが目つきが変わる。微妙な変化だが」
「やめてください。なんでも知っているような言い方は」
「余の身体を心配しているのだろう。だからこそお前が付いてくることに意味がある。お前は唯一、余の側にいられる人間だ」

 アレックス王の病は親や兄弟から伝染った疑いがある。
 毎日のように部屋を訪れているわたしが病にかかった兆候が見られないので伝染病でない可能性も十分にあるのだが、アレックス王は頑なにわたし以外の人物は側に近付けなかった。
 
「もし万が一、余の体調が悪くなってもお前がいれば安心だ。そのときは頼むぞ」
「頼むと言われても……わたしは医者でもなんでもありませんよ。不測の事態に対応できません」
「いや、側にいるだけでいい。それだけで良いのだ。こう言うのもなんだが、お前がここに来るようになってから調子がいいのだ」
「そ、そうなのですか。それは偶然だと思います。でも良くなっているのなら、わたしは嬉しいです」

 ここでお互いにうつむく。
 なんだか気まずくなって、わたしはもう休みますと部屋を出た。
 
 突然のアレックス王の発表。
 本人の考えなのか、誰かの入れ知恵なのか。

 わたしの胸の中には不安な思いがもやもやと広がっていた。
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