強すぎる悪役令嬢イルゼ〜処刑ルートは絶対回避する!〜

みくもっち

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2 小説の世界

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 目を覚ましたとき、わたしの姿は赤髪の幼女に変わっていた。

 昨日はたしか小説を読みながら寝てしまったんだっけ、と周りの様子を確認。

 どうも夢じゃないと確信し、この世界が小説の内容と一緒だというのにそこまで時間はかからなかった。

 これって、いわゆる異世界転生ってやつ?
 
 だとしたらラッキー。あんなツラくて苦しい社畜生活からおさらばして、この世界で新しい人生を歩むんだ。

 この女の子の格好からして上流階級だろうし、これは楽勝だと思ったのもつかの間。

 みんな、わたしのことイルゼって呼んでる。
 イルゼって、小説じゃ悪役令嬢のヤツじゃん!

 令嬢のくせに戦好きで荒っぽくてさあ。
 イジワルだし、反抗的だし、敵と内通するような卑怯者だよ。なんでそんなヤツに。

 いやいや、それどころじゃない。
 イジメてたマルティナにその悪事を暴かれたんだった。

 それで糾弾されて処刑されちゃって。
 読んでたわたしは可愛らしいマルティナのファンだから、いい気味だと思ってたんだけど。

 これは冗談じゃない。
 せっかくの新しい人生が処刑ルートまっしぐらなんて。

 これはどうにかして避けないといけない。
 幸い、わたしは中盤までなら小説のストーリーを知っている。

 主人公はマルティナだったから、このイルゼの幼少期なんてのはさっぱりだけども。

 ともかく悪役っぽいことやらなきゃいいんだよね。おとなしくして、しっかり勉強もしてさ。

 
 ✳ ✳ ✳


 わたしはイルゼとしての幼少期を順調に過ごす。
 お父様やお母様には、少しおとなしくなったわね、と怪しまれたけど、なんとか誤魔化せている。

 このアンスバッハ侯爵領のイェーリンゲン家というのは何代も前から続く武門の家柄らしい。

 北方のロストックという国との戦いで数々の戦功を挙げてきたんだって。
 もちろんアンスバッハ公のお父様自身も。

 小説に出てくるイルゼは、病にかかった父親の代わりに戦場に出てたんだったよね。

でもお父様はまだ元気だし、小説には出てこなかったけどイルゼには二つ上のお兄様もいる。

 このトーマスお兄様が戦場に出るようになれば、わたしの出番なんてなくなるよね~。
 頭いいし、優しいし、運動神経バツグンだし。次期当主として頼もしい限りだよ。

 と、わたしが楽観的に考えてたのも五年ほどだった。

 十歳のときにお兄様の急死。事故だったらしいけど、その原因ははっきりしていない。
 
 優しかったお兄様の死はショックだったけど、お母様とお父様の落胆は見ていられないほどだった。

 期待していた跡継ぎが亡くなったんだから当然だろう。
 心労がたたったのか、お母様も後を追うように翌年に亡くなってしまう。

 そしてとうとうお父様も病に。
 もう戦場には出られない。お兄様もいない。
 
 その代わりはわたしが務めるしかない。
 
 わたしは武芸の鍛錬に励み、兵の指揮や兵法を無我夢中で学んだ。
 実際に国境まで出向いて敵とも戦った。



 そして数年が経ち、わたしは十六歳になっていた。

 城の自室。鏡の前でわたしはがっくりとうなだれる。

 あんなに気をつけてたのに。わたし、ムキムキじゃん。戦好きの荒っぽい女になっちゃってるじゃん。

 環境というのは恐ろしい。
 転生前は虫も殺せない性格だったのに。

 いまじゃ、狩りでも戦でも誰にも負けない女戦士に。まさに小説に出てくるイルゼそのものだ。

 いや、でも悪役っぽいことはまだやってないからセーフなのでは?

 国境で戦うのもロストックの侵攻を防ぐためだし、お父様の心配を無くすためでもあるし。もちろん王家も評価しているだろうし。
 
 それにムキムキっていってもプロポーションはいいんだよね。
 顔も割と美形だしさ。可愛らしさではマルティナに負けちゃうけども。

 おっと、のんびりしている暇はない。
 今日は王宮での舞踏会に招かれているんだった。

 侍女のヘレナに手伝ってもらい、舞踏会用のドレスへと着替える。
 どうもこういう格好は苦手だ。いままでも何回か機会があったけど、戦とかなんとか理由をつけて断っていた。

 今回はお前もいい加減十六なのだから、とお父様に小言を言われたので仕方なく出席する。

 これまた慣れない馬車で王宮まで移動。
 いつもなら馬で駆けたほうが速いのだけど、さすがにこの格好で馬にまたがってきたらビックリするだろう。



 王宮内の舞踏会場。
 大勢の令嬢たちや子息たちが集まっていた。

 さすがにその豪華なドレスや宝飾には圧倒されそうだ。
 わたしもそれなりに着飾ってはいるが、どうも気後れしてしまう。

 髪は戦いのとき邪魔だから肩のあたりで切ってるし。クセッ毛だし。
 やたら長身だし筋肉質だし。ヒール履いてるから余計にデカく見えるよね。

 令嬢同士でコソコソと噂しているのも知ってる。どうせ巨人が来たとか言ってるんだろ。

 音楽が流れ、それぞれがカップルになって踊りだした。
 ドキマギしてたわたしにもダンスの誘いが。

 どこぞの侯爵家の子息。わたしは緊張しながらそれに応じる。
 だけど力が入りすぎたのか、グルグルと振り回してしまった。

 男性は青い顔をしながら立ち去ってしまう。

 わたしは落ち込みながら壁際へ移動。
 やっぱりわたしには不似合な場所なのかも。

 食事や挨拶のマナーなんかもまだまだ怪しいし、戦ばっかりじゃなくてちゃんと社交界のことも勉強しておけばよかった。

 ここで階段のほうから令嬢たちの嬌声があがる。

 ひとりの男性を取り囲んでいるようだ。
 あれは……金髪碧眼に整った顔立ちのスラッとした男性は。

 王太子殿下のエアハルト様だ。
 ああ、すごいカッコいい。こっちに転生したときは、ちっちゃい頃に会ったっきりだけど。

 あんなイケメンに成長してるだなんて。
 いやいや、当たり前か。この小説の表紙を飾ってるんだもんね。準主役として。

 その隣で執拗にくっつこうとしているのは、ヴォルフスブルク侯爵令嬢のマルティナ。
 
 さすがに周りの令嬢たちとはオーラが違う。
 ピンクゴールドの髪にキラキラした瞳。小動物みたいな可愛さで上目遣いなんかされちゃあ、男なんてイチコロだろう。

 だけどこの時点ではまだエアハルト様とは婚約していないはず。
 ふたりが急接近するのっていつだったかなあ。

 たしかロストックの侵攻が激しくなってきた頃だったかな。
 あのふたりは平和主義者だから、戦いよりも交渉でなんとか収めようとしててそれで意見が合って。

 おや、気のせいだろうか。エアハルト様がこっちに近づいてきている。

 あらどうしましょとわたしは動揺。
 うろたえすぎてテーブルの下に隠れようとしたぐらいだ。

 そんなわたしの奇行を目にしてもエアハルト様は気にせず、丁寧なお辞儀をする。

「これはアンスバッハ侯爵令嬢。いきなりではありますが、わたしのお相手をしてくれませんか?」

 なんと王太子殿下直々のダンスのお誘い!
 こんなわたしに。いいのだろうか。いや、断ったらそれこそ失礼に当たる。
 
 でもまた力任せに振り回すかもしれないし、足を踏んづけて骨を砕いてしまうかもしれない。
 
 おそるおそる手を出すわたしの手を握り、エアハルト様はそっと腰に手を回してわたしを引き寄せる。

「大丈夫。力を抜いて。わたしがリードするから」

 エアハルト様の優しい声。
 たどたどしかったわたしの足。あら不思議。音楽に合わせてちゃんと踊れてる!

 ああ、エアハルト様のおかげだ。こんなわたしが夢みたいだ。それにすごくいい匂い。
 この時間がずっと続けばいいのに。

 おやおや、見てよ令嬢たちのくやしそうな顔。マルティナなんて手の扇をひん曲げちゃってさ。親の仇みたいにこっち睨んでるよ。

 これってイジワルしたことになるのかな?
 いやいや、誘ってくれたのはエアハルト様だし、マルティナとはまだ口もと利いてないもんね。わたしはまだ悪役ではない。普通?の令嬢なんだ。
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