強すぎる悪役令嬢イルゼ〜処刑ルートは絶対回避する!〜

みくもっち

文字の大きさ
7 / 32

7 落胆と怒り

しおりを挟む
 城へどう戻ったのか、その後どんな話をしたのかも覚えていない。

 着替えもせずにベッドに突っ伏し、ヘレナすら部屋の中に入れなかった。

 まさかの婚約破棄。エアハルト様はいつから考えていたのだろうか。いや、エアハルト様御自身が決めたかどうかも不明だ。
 国王陛下がそうしろと言ったのかもしれない。

 わたしが戦ばかりしてたから? 
 和平の交渉を邪魔したから? 
 
 でも特使が行き来してた割には頻繁にこっちに侵攻していた。交渉がうまくいってなかったのは王家の責任じゃないのか。

 いろいろ考えるけど、もう取り返しがつかない。はっきりとあの場で言われたのだから。

 枕に顔を押し付けながら泣くのだけはこらえる。
 こんな事で泣いてたまるか。
 わたしは間違った事はしてないし、言ってない。



 しばらくしてドアのノック音。
 放っておいたけど、しつこいので「何?」と腹立ちまぎれに聞く。

 ドアの向こうから執事の申し訳なさそうな声。

「す、すみません。閣下がどうしても外出すると聞かないので。我々では止めることが出来ず」
「お父様が⁉」

 病に伏せっているはずのお父様。外出なんて出来るはずがない。

 わたしは急いでドアを開けて通路へ。
 すでにお父様の怒りの声が響いていた。

 壁にもたれかかりながらステッキを振り回している。

「ええい、早く馬車の用意をいたせ! 直接王宮に出向いて抗議する! このような一方的な婚約破棄など了承できるか!」

 召使いたちが怯えて近づけないでいる。
 婚約破棄の話はすでにお父様の耳にも入っていた。
 これでイェーリンゲン家も安泰だとあれだけ喜んでいたのに。
 突然の婚約破棄。怒るのも当然だ。

「お父様、無理をしてはいけません。御身体に触ります」

 そっと近づき、肩を貸す。
 お父様は離せと耳元で怒鳴るけれど、その拍子に咳き込みだした。

 わたしは執事に急いで医者を呼ぶよう命じる。



 お父様は自室で眠ってしまわれたようだ。
 興奮して疲れただけだと医者が言ってたのでひとまずは安心だ。

 目が覚めた時にまた無茶を言い出さないといいけど。

 わたしはしばらくひとりにしてくれ、と執事に言ってまた自室にこもった。

 落ち込んでいたのはその日だけで、翌日からは政務を片付け、兵の調練を行い、領内の巡回もこなした。

 もともと出来すぎた話だったんだ。
 わたしがエアハルト様の婚約者になるだなんて。

 わたしがこのイルゼに転生したせいで少しストーリーに改変が起きたけど、元に戻っただけの話。

 もしかしたらねじ曲がったストーリーを元通りにしようという大きな力が働いたのかも。

 そう納得することにした。そりゃあ、あんな優しくてカッコいいイケメンと結婚できたらいいに決まってるけど。
 王太子妃とか、いずれは王妃様とか、わたしには荷が重すぎる気もする。

 このアンスバッハ領でのんびり過ごすだけでも幸せじゃないか。ロストックの侵攻とかいろいろ問題はあるけども。

 城の周辺でフリッツを探した。
 剣の稽古をしたいのだが、まともに相手できるのはアイツぐらいだ。近くにいた兵に聞いてみる。

「フリッツ様ですか? 昨日よりお姿が見えませんね。最近たまにありますよ。こういう時が」

 アイツ、城の仕事をサボって何してるんだ。
 昨日ってことは、わたしを馬車で城まで送った後のことになる。

 わたしはフリッツが城に戻ってくるのを待つことにした。

 しかし夕方になっても部屋や兵舎のほうにもいない。
 夕食どきにも見当たらなかった。兵たちに見かけたら教えるように伝える。

 日が暮れても同じ。
 これは規律違反じゃないのか。帰ってきたらどういう罰を与えてやろうか。

 城壁の上から街道を見下ろしながらわたしは待った。
 アイツめ、まさか脱走なんてしてないだろうな。

 わたしが転生したばかりの頃。
 フリッツは最初、トーマスお兄様の従者だった。

 どういった経緯でイェーリンゲン家に来たとかはわたしも知らない。
 ただ、お兄様がフリッツにイルゼの力になってやってくれと頼んでいたのははっきりと覚えている。

 今、思い出してみればお兄様はイルゼの変化にどこか気づいていたような節がある。

 お父様もお母様も分からなかったのに。
 この世界の風習や歴史、城での生活の仕方など細かいことを教えてくれたのはお兄様だった。
 そしてその補佐をしてくれたのはフリッツ。

 お兄様が亡くなったあともわたしの手となり足となり、政務や軍事面で力を貸してくれる。

 今まではちょっと会えないぐらいじゃ、なんとも思わなかったのに。
 今はなんだか心細い。あんな事があった後だからかな。

「イルゼ様」

 急に背後から呼ばれて、わたしは心臓がはね上がった。
 
 後ろにいたのはフリッツ。
 いつの間に帰ってきてたのか。

「おっ、お前! 今までどこほっつき歩いてんだ!」
「調査ですよ。前にも言ったでしょう」
「調査って、刺客とか密使とかについてか?」
「ええ、イルゼ様には承諾を得ていたはずです」
「だとしてもだ、城を出る時はわたしに一言ぐらいだな……」
「昨日は部屋に閉じこもっておられたので」

 むぐう、とわたしは何も言えなくなる。
 のほほんとした顔しやがって。わたしがどんな思いをして過ごしてたと思ってるんだ。

 わたしが不意打ちで拳を突き出す。
 しかしフリッツは軽やかにそれをかわした。

「避けるな。一発殴らせろ」
「嫌ですよ。下手すると死んでしまいます」

 こんな美人をつかまえてバケモノみたいに言いやがって。

「それで。その調査で何か分かったんだろうな」

 腹は立つが、その調査内容とやらを聞いてみる。
 フリッツはやや考えるような顔をしてから、話し出した。

「ロストックに密使を送っている諸侯のひとりは特定できました。ただ、僕が目撃しているだけなのではっきりとした証拠にはならないのです」
「それで、その諸侯のひとりって誰なんだ」
「ヴォルフスブルク公です」

 ヴォルフスブルク公って、王宮内の不戦派の筆頭だ。あのマルティナの父親の。

 いわば和平交渉を推進する立場。それがこっちの情報を流したり、敵部隊を動かすような真似をしているのか。にわかには信じられない。

「そんな、理由が見当たらない。何かの間違いじゃ」
「いえ、間違いなく確認しています。それに理由なら十分過ぎるほどありますよ」
「陛下の信も厚い重臣だ。ロストックにおもねったところでなんの得もない」
「主戦派である閣下とは反目している仲でしたでしょう。そして娘のマルティナ嬢を王太子妃にしようとしていた」

 そんな、まさか。
 舞踏会の帰りにわたしを狙った刺客は、ヴォルフスブルク公の手の者だった?

 自らの権勢のために、王家や国を裏切ることができるのだろうか。

「そしてイルゼ様が婚約された後のロストックの動き。まんまと乗せられましたね。度重なる出陣をおこない、とうとう王太子殿下の怒りを買ってしまった」
「そんなことまで計算ずくだったっていうのか。たしかにそれで婚約破棄になったけど……」

 そういえばエアハルト様が、国境付近で挑発行為を行なっていたのはわたしだと信じ込んでいた。もしそれを吹き込んだのもヴォルフスブルク公だったとしたら。

「全部繋がる。もしそれが本当だとしたら許せない」
「ええ。ですが、今僕らが証拠も無しに訴えても取り合ってもらえないでしょう」
「だったら、どうすれば」
「明日の夜に密使がロストックに向かう情報はつかんでいます。それを待ち伏せして捕らえることが出来れば」
「だったらわたしも行く。その密使を捕えに」

 これにはフリッツは難色を示した。

「いえ、戦ではないのですよ。生け捕りです。殺してはいけないし、ギリギリまで敵に気づかれてもいけません」
「そんなのは簡単だ。待ち伏せするんだろ。わたしは我慢強いぞ」
「そうは思えませんが」

 どうしても了承しようとしないので首を締めながら揺さぶった。
 フリッツは観念したように腕を叩き、降参する。

「まったく、仕方ありませんね。アンスバッハの命運がかかっているかもしれないのに」

 首を押さえながら呆れるフリッツ。
 それだからこそわたしが行くんだ、と自信ありげにわたしは答えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

処理中です...