強すぎる悪役令嬢イルゼ〜処刑ルートは絶対回避する!〜

みくもっち

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8 待ち伏せ

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 翌日。政務や調練も終わり、日が暮れる頃。
 
 城の門も閉じられるのだが、裏の出口からコソコソと出るふたつの影。

 わたしとフリッツだ。
 ロストックへの密使を捕まえるために今夜待ち伏せする為だった。

 ヴォルフスブルク公の件についてはお父様にも話していない。
 お父様はまだ身体の具合が良くないし、確実な証拠もつかんでいないから。

 今夜現れるであろう密使を捕まえることができれば、堂々とそれを公にする事ができるだろう。

 わたしとフリッツはそのまま徒歩で森の中へ。
 そこへは昼間にあらかじめ用意していた馬が繋がれている。

 それに乗って国境付近へと向かう。
 月明かりを頼りに夜道を疾走するのもなかなか爽快なものだ。

 国境付近の大きな街道には正規兵の守備隊が常駐している。

 そこの野営地は当然避ける。密使もそんなところは通らないだろう。

 フリッツが向かうのは山の間にある狭い間道だ。 

 馬を離れた場所に停め、間道沿いの岩陰に身を潜める。

「ここを通るのは間違いないのか」
「はい。情報通りであれば」
「そんなの、どうやって調べたんだ」
「ある程度の金があれば。金によって情報を流す輩など、どこにでもいますよ」

 フリッツは言いながら背負っていた短弓を取り出す。

「鏃に痺れ薬を塗っています。かすりでもすれば、動けなくなるでしょう」
「用意がいいな……おっ、来たか」

 馬蹄の音が近づいてくる。
 このような夜間にこんな道を通るなんて普通じゃない。おおっぴらに街道を進めない理由があるヤツだけだ。

 岩陰から身を乗り出し、フリッツが弓を構える。

 ちょうどわたしたちと直線上。
 騎馬がさしかかった時にフリッツは矢を放った。

 どうっ、と馬が倒れる。
 どうやら矢は人ではなく、馬に命中したらしい。

「下手くそ! わたしが射てばよかった」
「いえ、直前にかわされました。この距離で。相当な手練のようです」

 さらに矢をつがえながらフリッツは密使の人間を探した。
 落馬までしたのは確認したが、その後の姿はわたしも見ていない。

 ぞわっ、と寒気が走る。
 とっさに伏せた。頭の上を何かが通り過ぎる。

「くそっ」

 フリッツの声。左腕にナイフが突き刺さっていた。
 それを引き抜きながら片手で剣を構える。

「イルゼ様、また来ます!」
「分かってる、お前は無理をするな」

 さらに飛んでくるナイフ。剣で叩き落し、負傷しているフリッツをかばう。

 落馬した瞬間に、こっちの位置がもう分かっていたというのか。しかも月明かりがあるとはいえ、この暗い中で。

 だけどナイフが飛んできた方向はこっちも分かる。
 わたしはそこへ向かって突進した。

 黒い影が移動するのが見えた。さらにナイフの投擲。
 正面から弾き、走りながらの突き。

 ここで相手の姿がはっきり見えた。
 覆面の人物。舞踏会の後に襲ってきたヤツらと似ている。

 わたしの突きを横にかわしながら、覆面はシャッ、と腕を振り上げる。

 わたしの肩のあたりが裂けた。でも皮一枚。
 怯まずに上段から打ち込む。

 ドキャッ、と地面を抉るほどの一撃だがこれもかわされた。相当素早い。

「殺してはいけませんよ」

 横を通り過ぎながら今度はフリッツが仕掛ける。

 片手での連続刺突。
 覆面は逆手に持ったナイフで器用にそれをさばく。

 舌打ちしながらフリッツは横に払う。
 覆面は跳躍してかわし、さらに上の岩場を蹴って跳ぶ。
 そして空中からの連続投げナイフ。

「くっ……」

 これはわたしもかわしきれずに肩に一本のナイフが刺さった。

「イルゼ様っ!」

 フリッツが大げさに叫ぶが、なんて事はない。こんなのかすり傷だ。
 
 わたしは腕を伸ばし、まだ宙にいる覆面をつかむ事に成功。
 そこから力任せに地面へ叩きつけた。

「あれ?」

 でも手応えがまるでない。
 わたしが握っているのは布切れだけだ。

 岩場の上で男の声がする。

「イルゼ? アンスバッハ侯爵令嬢のイルゼか? なぜこんな所に」

 月明かりに照らされた男の素顔。
 額に大きな傷のある中年の男だった。コイツが密使なのか。

「降りてこい! お前をロストックに行かせるわけにはいかない!」

 降りてくるわけないのだが、そう叫ぶしかない。
 男はニヤリと笑って背を向け、闇の中に消えていった。

「逃げられましたね。イルゼ様、傷のほうは」

 すぐにフリッツが近づき、わたしの傷を診る。

「わたしは大丈夫。血も出てないし。それよりお前だ。上着を脱げ」

 わたしは有無を言わさずフリッツの服をひっぺがし、左腕の傷を診る。傷は浅そうだが、ダラダラと流血していた。

 自分の服の裾を引き破り、そこへ巻いてやる。
 フリッツは無言でうつむいていた。

 なんだか神妙にしているので、少しからかいたくなる。
 
「それよりお前、いきなりわたしの名前呼ぶなよ。敵に知られたら、いろいろマズイんじゃないのか?」
「そうですね。その点は反省してます」

 普段は冷静なクセに、なんかわたしの事になると抜けてる部分があるんだよな。まあ別にいいけど。
 


 結局待ち伏せは失敗に終わった。

 これで相手側を余計に警戒させてしまうし、またロストックに接触するとしても、まったく別の方法を使ってくるだろう。
 フリッツの苦労が水の泡になってしまった。

「あー、いや。なんか済まないな。わたしがいながら敵を逃してしまうなんて」

 今まで狙った敵は必ず仕留めてきた。
 今回は生け捕りだったが、自信があっただけにちょっと落ち込む。

「いえ、さっきの男が予想以上の使い手でしたから仕方ありませんよ。僕ひとりだったら、殺されていたかもしれません」
「戦でもあんな強いのに会うことは稀だな。今度また会えればいいんだが」
「難しいでしょうね。諜報や暗殺を生業としている影の者かと思われます。顔は見ましたが、他に知っている者はいないでしょう」

 うーむ、日本でいう忍者みたいなものか。
 だとしたら仮に捕えたとしても、本当の事は自白しそうにない。
 ヴォルフスブルク公が書いた密書なんか持ってたら証拠になるだろうけど。

「僕はこれからも調査は続けますよ。いずれ確実な証拠をつかむためにも」

 帰り道でフリッツはそう言った。
 ダメだという理由もないのでそうか、とだけわたしは答えた。
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