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9 マルティナ
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密使を待ち伏せした日から一ヶ月が過ぎる。
その間、ロストック軍の動きはなかった。
わたしの身の回りについても変化はない。
フリッツが行なっている調査についても進展はないようだった。
こう何もない時は、わたしが転生者だということを忘れてしまう。
はじめからこの世界に生まれて、育ってきたような錯覚にとらわれる事がある。
今は小説のストーリーだとどの辺りなのだろうか。
小説はもちろん主役のマルティナ視点だから、イルゼから見た流れだととってもわかりづらい。
この小説のストーリーはわたしの行動で変えられると思ってたんだけど、まだ確証はない。
エアハルト様と婚約したあたりはやったと思ってたけど、あっさりと婚約破棄されちゃったし。
ストーリーが改変されそうになると、強引に元に戻そうとする力が働いてるのなら、わたしの処刑ルートもまだ健在ってこと?
でもわたしは王家を裏切らないし、どっちかっていうと裏切ってるのはマルティナの父親のほうだ。
これも小説のほうでは語られていなかった事実。
マルティナの父、ヴォルフスブルク公は戦いで多くの血が流れるのを悲しんでいた人物だった。
社交界で人気があり、慕われているマルティナにも協力してもらって不戦派の思想を広げようとしていたんだ。
それが実は私利私欲の為にロストックに情報流したり、軍を呼び込んだり、エアハルト様にデタラメ吹き込んだり。
まあ歴史とかでも勝者が善人で敗者が悪人扱いされたりするもんね。実際はそうじゃなくても。
ある日、またアンスバッハ城に一通の手紙が届く。
前回の婚約破棄の件もあるから嫌な感じがしたけど、今度は王家からの公式なもの。
当主のお父様は休まれているので、わたしが代わりに執事から受け取る。
手紙の内容を自室で読み、わたしはそれを引き破りそうになった。
「イルゼ様?」
侍女のヘレナが心配そうに声をかけてくる。
大丈夫、わたしは冷静だ。
「招待状。舞踏会の。どんな神経してるんだ」
婚約破棄されたばかりの侯爵令嬢に舞踏会の招待状送るなんて。
エアハルト様にも失礼に当たるんじゃないだろうか。
あの方だってわたしとの婚約破棄は苦渋の決断だったはず……ってのはこっちの妄想だけど。
「失礼にも程がありますね。当然断るのでしょう?」
ヘレナも憤慨している。もちろんそうするつもりだ。
断る理由は病だとかなんとか適当に返事しておけばいい。
ヘレナに紙と筆記用具を用意させ、わたしは机に向かった。
そこでふと考える。
この前の密使を取り逃がした事だ。
フリッツはヴォルフスブルク領で調査を続行しているが、あれ以来相手も用心深くなっているのか、なかなか尻尾をつかめないでいる。
だけどザールラントの王都や王宮内ならどうだろう。
その舞踏会にはヴォルフスブルク公も参加するだろう。
なにか情報を得るチャンスがあるんじゃないだろうか。
わたしは立ち上がり、フリッツと相談してくる、と部屋を出た。
「危険ですね。僕は賛成できません」
フリッツに舞踏会のことを話したら、いきなりこう言われた。
「でも、接触するのには絶好の機会だ。こんなの滅多にないぞ」
「接触してどうなされるのです? いきなり裏切り者だ、と取り押さえるのですか? こちらはまだ何も物的証拠を得ていないのですよ」
「それはそうだけど。じっとしていられない。あの傷の男にも会えるかもしれないし」
額に傷のあった密使の男。
あれほどの腕ならヴォルフスブルク公の護衛を務めていても不思議じゃない。
「こちらがあの男に襲撃される可能性もあるのですよ。危険すぎます」
「それならそれで今度こそ傷の男を捕らえるチャンスじゃないか。あの男さえ捕まえられたら、ヴォルフスブルク公の裏切りも証明できる」
「……僕はそれでも反対です」
「だったら、勝手にひとりで参加するまでだ。わたしひとりで調べてみせる」
ここまで言うと、フリッツは諦めたように首を振る。
「頑固な方だ。一度言い出したら絶対に引かない」
「お前だって頑固だろ。人のことばっかり言うもんじゃない」
「ならば、この前のように護衛を多めに付けます。それが条件です」
「それは構わないが。舞踏会場までは入れないからあまり意味ないと思うけど」
「意地悪な言い方をしますね。こっちは心配してるのに」
「お前はいちいち心配しすぎなんだ。わたしはもう子供じゃないんだぞ。とにかく当日の準備だけはしておけ」
口論にはなったが、舞踏会の参加はこれで決まった。
✳ ✳ ✳
そして当日。
舞踏会用のドレスに身を包み、わたしは馬車に揺られ舞踏会場へ。
御者のフリッツと護衛の兵たちは外で待機だ。
舞踏会場へ入る前に、振り返る。
フリッツのヤツ、まだ心配そうな顔してるのかなーなんて。
でもフリッツの姿はもう見当たらなかった。
馬車は他の兵士が代わりに移動させている。
特に気にもせず舞踏会場へ。
中はすでに多くの貴族の令嬢や子息の姿。
ヴォルフスブルク公を探す。
一階のダンスホールにはいなさそうだった。
いるなら二階。それも王族や諸侯が談笑しているような場所にいるだろう。
二階に上がり、一通り探した。位の高そうな貴族たちは見かけるが、肝心のヴォルフスブルク公は見当たらない。
別室の食事をする場所にもいなかった。
今回の舞踏会には来ていないのか?
だとしたらわたしが参加した意味がなくなる。
とりあえず一階に降りて様子を見ることにした。
うう、さっきまではヴォルフスブルク公を探すのに夢中で気にならなかったけど、みんながジロジロわたしを見ている。
婚約破棄された事も、その理由も知ってるからだ。
戦ばっかりして愛想つかされた悪役令嬢。
わたしに話しかける人なんていないし、もちろんダンスに誘う男の人なんかもいない。
なんだか惨めな気分になってきた。あと少し待って、ヴォルフスブルク公が現れなかったらもう帰ろう。
そう思った時だった。
「良かったら僕と踊ってもらえませんか、アンスバッハ侯爵令嬢」
突然後ろから声をかけられる。
もしかしたらエアハルト様?
振り返ると、そこにはどこかで見たような男性がお辞儀をしていた。
よくよく顔を見てみれば……フリッツだ!
小綺麗な燕尾服に髪型もいつもと違うので一瞬分からなかった。
「お、お前、なんで中にいるんだ」
「イルゼ様ひとりでは心配だからですよ。そのままでは不自然ですよ、さあ」
フリッツはわたしの手を取り、ダンスホールの中央へ。
ちょうど新しい曲が流れ始めた。
まだ軽く混乱しているわたしを相手に、フリッツは腰に手を回してくる。
「バ、バカ。どこ触ってる。やめろ、ぶん殴るぞ」
「踊らないと怪しく思われますよ。僕に任せてください」
わけが分からない。
変装までしてこんな所に侵入して。
貴族でもないのがバレたらどうするつもりだ。
そんなわたしの心配をよそに、フリッツはわたしをリードしながらステップを踏む。
わたしも違和感なくそれに合わせられた。
不思議……前にエアハルト様と踊った時よりスムーズに踊れてる。
周りのみんなも見とれてるみたいだ。
わたしはよく分かんないけど、フリッツのヤツ、格好いいのかな?
ターンのあとに後ろから抱きかかえられるような格好になって、わたしは一気に顔が熱くなる。
「ちょちょ、ちょっと休憩。ちょっと離れといて」
わたしは強引に離れて壁際に逃げる。
絶対顔が赤くなってる。こんなの見られたらあとでからかわれる。
フリッツのほうはどこか違う方向を見ていた。険しい表情をしている。
わたしが急に離れたから怒ってんのかな。
ちょっと気になって戻ろうとしたら、フリッツのほうが早足でこっちに来てぼそりと告げた。
「この前の傷の男を見かけました。変装していますが、間違いありません。今から追います」
「えっ、どこに」
「イルゼ様はここに残っておいてください」
そう言ってフリッツは舞踏会場の出口へ。
どうする。わたしも追うか。でも傷の男がいたならヴォルフスブルク公もいるはず。そちらを見つけるべきか。
考えてる間に、また後ろから声をかけられた。今度は女性の声だ。
振り返る。目に飛び込んできたのはピンクゴールドの髪に真っ赤なドレス。
小柄で可愛らしい顔立ちの美少女。ヴォルフスブルク侯爵令嬢のマルティナだ。
「ご機嫌麗しゅう。アンスバッハ侯爵令嬢」
ドレスの裾を持ち上げて挨拶してくる。
突然意外な人物に声をかけられて驚いたが、わたしも同じように挨拶を返した。
「……ご機嫌麗しゅう。ヴォルフスブルク侯爵令嬢」
その間、ロストック軍の動きはなかった。
わたしの身の回りについても変化はない。
フリッツが行なっている調査についても進展はないようだった。
こう何もない時は、わたしが転生者だということを忘れてしまう。
はじめからこの世界に生まれて、育ってきたような錯覚にとらわれる事がある。
今は小説のストーリーだとどの辺りなのだろうか。
小説はもちろん主役のマルティナ視点だから、イルゼから見た流れだととってもわかりづらい。
この小説のストーリーはわたしの行動で変えられると思ってたんだけど、まだ確証はない。
エアハルト様と婚約したあたりはやったと思ってたけど、あっさりと婚約破棄されちゃったし。
ストーリーが改変されそうになると、強引に元に戻そうとする力が働いてるのなら、わたしの処刑ルートもまだ健在ってこと?
でもわたしは王家を裏切らないし、どっちかっていうと裏切ってるのはマルティナの父親のほうだ。
これも小説のほうでは語られていなかった事実。
マルティナの父、ヴォルフスブルク公は戦いで多くの血が流れるのを悲しんでいた人物だった。
社交界で人気があり、慕われているマルティナにも協力してもらって不戦派の思想を広げようとしていたんだ。
それが実は私利私欲の為にロストックに情報流したり、軍を呼び込んだり、エアハルト様にデタラメ吹き込んだり。
まあ歴史とかでも勝者が善人で敗者が悪人扱いされたりするもんね。実際はそうじゃなくても。
ある日、またアンスバッハ城に一通の手紙が届く。
前回の婚約破棄の件もあるから嫌な感じがしたけど、今度は王家からの公式なもの。
当主のお父様は休まれているので、わたしが代わりに執事から受け取る。
手紙の内容を自室で読み、わたしはそれを引き破りそうになった。
「イルゼ様?」
侍女のヘレナが心配そうに声をかけてくる。
大丈夫、わたしは冷静だ。
「招待状。舞踏会の。どんな神経してるんだ」
婚約破棄されたばかりの侯爵令嬢に舞踏会の招待状送るなんて。
エアハルト様にも失礼に当たるんじゃないだろうか。
あの方だってわたしとの婚約破棄は苦渋の決断だったはず……ってのはこっちの妄想だけど。
「失礼にも程がありますね。当然断るのでしょう?」
ヘレナも憤慨している。もちろんそうするつもりだ。
断る理由は病だとかなんとか適当に返事しておけばいい。
ヘレナに紙と筆記用具を用意させ、わたしは机に向かった。
そこでふと考える。
この前の密使を取り逃がした事だ。
フリッツはヴォルフスブルク領で調査を続行しているが、あれ以来相手も用心深くなっているのか、なかなか尻尾をつかめないでいる。
だけどザールラントの王都や王宮内ならどうだろう。
その舞踏会にはヴォルフスブルク公も参加するだろう。
なにか情報を得るチャンスがあるんじゃないだろうか。
わたしは立ち上がり、フリッツと相談してくる、と部屋を出た。
「危険ですね。僕は賛成できません」
フリッツに舞踏会のことを話したら、いきなりこう言われた。
「でも、接触するのには絶好の機会だ。こんなの滅多にないぞ」
「接触してどうなされるのです? いきなり裏切り者だ、と取り押さえるのですか? こちらはまだ何も物的証拠を得ていないのですよ」
「それはそうだけど。じっとしていられない。あの傷の男にも会えるかもしれないし」
額に傷のあった密使の男。
あれほどの腕ならヴォルフスブルク公の護衛を務めていても不思議じゃない。
「こちらがあの男に襲撃される可能性もあるのですよ。危険すぎます」
「それならそれで今度こそ傷の男を捕らえるチャンスじゃないか。あの男さえ捕まえられたら、ヴォルフスブルク公の裏切りも証明できる」
「……僕はそれでも反対です」
「だったら、勝手にひとりで参加するまでだ。わたしひとりで調べてみせる」
ここまで言うと、フリッツは諦めたように首を振る。
「頑固な方だ。一度言い出したら絶対に引かない」
「お前だって頑固だろ。人のことばっかり言うもんじゃない」
「ならば、この前のように護衛を多めに付けます。それが条件です」
「それは構わないが。舞踏会場までは入れないからあまり意味ないと思うけど」
「意地悪な言い方をしますね。こっちは心配してるのに」
「お前はいちいち心配しすぎなんだ。わたしはもう子供じゃないんだぞ。とにかく当日の準備だけはしておけ」
口論にはなったが、舞踏会の参加はこれで決まった。
✳ ✳ ✳
そして当日。
舞踏会用のドレスに身を包み、わたしは馬車に揺られ舞踏会場へ。
御者のフリッツと護衛の兵たちは外で待機だ。
舞踏会場へ入る前に、振り返る。
フリッツのヤツ、まだ心配そうな顔してるのかなーなんて。
でもフリッツの姿はもう見当たらなかった。
馬車は他の兵士が代わりに移動させている。
特に気にもせず舞踏会場へ。
中はすでに多くの貴族の令嬢や子息の姿。
ヴォルフスブルク公を探す。
一階のダンスホールにはいなさそうだった。
いるなら二階。それも王族や諸侯が談笑しているような場所にいるだろう。
二階に上がり、一通り探した。位の高そうな貴族たちは見かけるが、肝心のヴォルフスブルク公は見当たらない。
別室の食事をする場所にもいなかった。
今回の舞踏会には来ていないのか?
だとしたらわたしが参加した意味がなくなる。
とりあえず一階に降りて様子を見ることにした。
うう、さっきまではヴォルフスブルク公を探すのに夢中で気にならなかったけど、みんながジロジロわたしを見ている。
婚約破棄された事も、その理由も知ってるからだ。
戦ばっかりして愛想つかされた悪役令嬢。
わたしに話しかける人なんていないし、もちろんダンスに誘う男の人なんかもいない。
なんだか惨めな気分になってきた。あと少し待って、ヴォルフスブルク公が現れなかったらもう帰ろう。
そう思った時だった。
「良かったら僕と踊ってもらえませんか、アンスバッハ侯爵令嬢」
突然後ろから声をかけられる。
もしかしたらエアハルト様?
振り返ると、そこにはどこかで見たような男性がお辞儀をしていた。
よくよく顔を見てみれば……フリッツだ!
小綺麗な燕尾服に髪型もいつもと違うので一瞬分からなかった。
「お、お前、なんで中にいるんだ」
「イルゼ様ひとりでは心配だからですよ。そのままでは不自然ですよ、さあ」
フリッツはわたしの手を取り、ダンスホールの中央へ。
ちょうど新しい曲が流れ始めた。
まだ軽く混乱しているわたしを相手に、フリッツは腰に手を回してくる。
「バ、バカ。どこ触ってる。やめろ、ぶん殴るぞ」
「踊らないと怪しく思われますよ。僕に任せてください」
わけが分からない。
変装までしてこんな所に侵入して。
貴族でもないのがバレたらどうするつもりだ。
そんなわたしの心配をよそに、フリッツはわたしをリードしながらステップを踏む。
わたしも違和感なくそれに合わせられた。
不思議……前にエアハルト様と踊った時よりスムーズに踊れてる。
周りのみんなも見とれてるみたいだ。
わたしはよく分かんないけど、フリッツのヤツ、格好いいのかな?
ターンのあとに後ろから抱きかかえられるような格好になって、わたしは一気に顔が熱くなる。
「ちょちょ、ちょっと休憩。ちょっと離れといて」
わたしは強引に離れて壁際に逃げる。
絶対顔が赤くなってる。こんなの見られたらあとでからかわれる。
フリッツのほうはどこか違う方向を見ていた。険しい表情をしている。
わたしが急に離れたから怒ってんのかな。
ちょっと気になって戻ろうとしたら、フリッツのほうが早足でこっちに来てぼそりと告げた。
「この前の傷の男を見かけました。変装していますが、間違いありません。今から追います」
「えっ、どこに」
「イルゼ様はここに残っておいてください」
そう言ってフリッツは舞踏会場の出口へ。
どうする。わたしも追うか。でも傷の男がいたならヴォルフスブルク公もいるはず。そちらを見つけるべきか。
考えてる間に、また後ろから声をかけられた。今度は女性の声だ。
振り返る。目に飛び込んできたのはピンクゴールドの髪に真っ赤なドレス。
小柄で可愛らしい顔立ちの美少女。ヴォルフスブルク侯爵令嬢のマルティナだ。
「ご機嫌麗しゅう。アンスバッハ侯爵令嬢」
ドレスの裾を持ち上げて挨拶してくる。
突然意外な人物に声をかけられて驚いたが、わたしも同じように挨拶を返した。
「……ご機嫌麗しゅう。ヴォルフスブルク侯爵令嬢」
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