強すぎる悪役令嬢イルゼ〜処刑ルートは絶対回避する!〜

みくもっち

文字の大きさ
11 / 32

11 傷心

しおりを挟む
 無我夢中で走った。
 帰り道とか方角とか関係なしに。

 靴はどこかに脱げてしまったし、林の中を突っ切ったのでドレスもボロボロだ。

 どれほどの時間が経ったのだろう。
 気づいたら大きな河の前にいた。
 ごうごうと流れる濁流を目の前に、わたしはボロボロと涙をこぼした。

 婚約破棄された時もショックだったけど、泣くのは我慢してたのに。
 でも今日の事は無理だ。エアハルト様にあんなふうに言われたし、いい子だと思ったマルティナの態度もわざとだった。

 元婚約者の前で新しい婚約者の発表だなんて残酷すぎる。

 フリッツの最初の忠告通りに行かなければよかったんだ。
 
 言う事聞かなかったわたしが悪い。

 つらい現実世界からせっかく小説の世界に転生できたのに。
 ここでもわたしの居場所はないのか。いい事なんてないのか。

 もう疲れた。おとなしくしてたって、従順にしてたって嫌な目に遭うのなら。
 どうせこのまま生きてたって処刑ルートは避けられないんだ。
 小説のストーリー通りにマルティナが王太子妃になるみたいに。

 あんな残酷な結末を迎えるぐらいならいっそ……。
 わたしは河のほうへ近づく。
 そこへ後ろからガラガラと馬車の車輪の音。

「やっと見つけましたよ。こんなところまで走って来られたのですか。あきれるほどの健脚ですな」

 フリッツの声。わたしを探しにきたのか。
 わたしは振り向かない。泣いているのを見られたくないから。

 フリッツは近くまでくるが、回り込んだり横に来ようとはしない。

「イルゼ様、帰りましょう。傷の男も見失ってしまいました。ヴォルフスブルク公の事はまた次の機会に」

 嘘だ。わたしが飛び出したのを聞いて、追跡を中断して探しまわってたんだ。
 フリッツの邪魔までしてしまった。わたしが我慢してじっとしておけば、少なくとも傷の男は追い詰められたかもしれない。

「いやだ、帰らない。放っておいてくれ」

 駄々っ子みたいだけど、今は本当にそうしてほしい。わたしみたいなのに構わないでくれ。

「仕方ありませんね」

 フリッツはそう言いながら急にわたしを横から抱え上げた。
 お姫様抱っこの状態だ。コイツ、細いのに意外と力強い。稽古じゃわたしより弱いくせに生意気だ。

「離せ、無礼だぞ。わたしは帰らないっ」

 頭を叩いたり頬をつねったりしたが、フリッツは何食わぬ顔で歩いていく。

「僕は離しませんよ。諦めてください」

 フリッツの服装はいつもの平服。髪型も元に戻っていたが、ダンスの時を思い出して、なんだか急に恥ずかしくなる。

 あれよあれよと言う間に客車に押し込まれる。
 もう抵抗する気も失っていた。

 座席に横になって、わたしは目を閉じた。



 城に戻り、その日からわたしは部屋にこもりがちになる。
 前の婚約破棄の時と同じようにヘレナも部屋に入れない。

 食事もロクに取らなかった。
 
 政務や調練はフリッツが代行しているようだ。
 どうしてもわたしの認可がいる書類なんかには目を通して印を押すが、それも直接会ったりしない。

 ドアの下から差し込まれる紙切れのやり取りをしているだけだ。

 現在のロストック軍の動きはおとなしいものだった。
 わたしは婚約破棄されたし、今はなんにもやる気起きない。ボロボロの状態。

 マルティナが婚約したし、ヴォルフスブルク公の狙い通りに事が進んでいるからロストック側も動きを見せないんだろう。

 小説ではロストックとの戦争が激化していくはずだったから、この点は矛盾している。

 戦の原因はこのイルゼが起こしたと言われていた。平和だと自身の活躍する場が無いから。

 連戦連勝を重ね、多くの兵を任されるようになったイルゼは王家への反乱を企てるようになる。

 軍事面ではすでに王家を上回っているから増長したんだろう。
 敵であるロストックと裏で通じ、王都を包囲する計画まで立てていた。

 だけどそれはマルティナとエアハルト様、そして多くの不戦派の味方によって阻止されたんだ。
 
 反逆者として捕らえられたイルゼは呪いの言葉を吐きながら処刑されたんだよね。

 わたしが読んだのはここまで。この先はよく分かんないけど、ロストックとの戦争は続いていく中でふたりは協力して不戦を訴えていくんじゃなかったかな。

 勝手にふたり仲良くハッピーエンドを迎えてればいいさ。
 
 わたしはもうここから出ない。
 閉じこもっておけば処刑されることもないでしょ。

 そうして悪役令嬢イルゼは悪役らしいこともせずにのんびりここでお婆ちゃんになりましたとさ。めでたしめでたし。


 ✳ ✳ ✳
 

 しばらくそういう生活を続けていたある日。
 王宮から登城せよ、との通達が来たと執事がドアの向こうから伝えてきた。

 わたしは病だから、とそれを断る。
 だけどその通達は数日おきに来た。それをことごとく断る。

「イルゼ様。いつまでそうしておられるつもりですか。仮病を使ってばかりだと、王家に疑念を持たれてしまいます」

 ドアの向こうからフリッツの声。
 久しぶりにアイツの声を聞いた気がする。
 
「うるさい。この前は出かけるのに反対してたクセに。どうせ大した用事じゃないだろうし」
「そうとも限りませんよ。最近はヴォルフスブルク公を探る機会はありませんでしたが、何か王宮で起きたのかもしれません」
「わたしには関係ない。ほっといてくれ」

 とは言ったものの、わたしはちょっと心配になる。

 たしかにこのまま知らんぷりしてたら、何かよからぬ事を企んでると思われてしまうかも。
 
 王家に疑われたり警戒されたりするのはマズイ。小説の通りに反逆者扱いでもされたら。
 そんなデタラメを吹き込みそうなヤツだっている事だし。

 でもここですんなり出ていくのも癪に障る。
 しばらくはまだ閉じこもって様子を見よう。

 
 
 そしてまた数日が過ぎる。
 執事が慌てたようにドアをノックしてきた。

「イルゼ様、大変です!」

 なんだろうか。お父様の具合でも悪くなったのだろうか。
 わたしは急いでドアを少しだけ開けた。

 執事は息を切らせながらこう告げた。

「お、王家から使者が参りました。ぜひイルゼ様にお会いしたいと」
「王家から? なんの報せも無しに? そんな事があるのか。本物なのか」
「え、ええ。間違いありません。正式な使者です。再三の登城に応じないので、こちらから出向いたと」

 やばい。意固地になって無視しすぎたからか。もしかしたら国王陛下を怒らせちゃったのかも。

 その使者ってのはわたしを捕らえるために派遣された軍なんじゃないのか。

「使者の数は」
「お供の方を入れて五人です」

 わたしを捕らえるためなら数が少なすぎる。
 どうやら物騒な用件ではないらしい。

「わかった。少し待つよう伝えてくれ」

 どっちにしろ王家からの正式な使者なら、さすがに無視はできない。

 わたしは侍女のヘレナを呼び、急いで身支度を済ませる。

「イルゼ様、心配したんですよ。部屋にずっとこもりきりだったので。ああ、すっかり痩せてしまわれて」

 ボサボサの髪をといてくれながら、ヘレナが泣きそうな声で言った。
 ああ、本当に心配かけてしまったみたいだ。

 この世界にはわたしの事をちゃんと想ってくれてる人たちがいる。
 自棄になったり、いじけてばかりじゃダメだ。
 お父様も病気だし、この領地を守るのはわたしの役目なんだから。

「うん、ごめん。心配かけたけどもう大丈夫。使者との話が終わったらちゃんと食事もするから。用意しておいてくれ」
「それはもちろん! 腕によりをかけてご用意させて頂きます!」

 ヘレナの元気な声にわたしは微笑む。
 使者と会うのも少し不安だったけど、それが和らいだ気がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

処理中です...