強すぎる悪役令嬢イルゼ〜処刑ルートは絶対回避する!〜

みくもっち

文字の大きさ
12 / 32

12 ルイス卿

しおりを挟む
 客間で待たせていた使者に挨拶をする。
 
 使者の男……。ピンとはねたヒゲが特徴的な中年。グローセル伯爵のルイス卿だ。

 諸侯の中では主戦派寄りだが、大した戦功は挙げていない。
 実戦経験の乏しい諸侯の軍ではいくらかマシといった程度だ。

 ルイス卿は立ち上がって挨拶を返し、再び座る。
 わたしも向かいの席に座った。

 背後には四人の付き人が直立していた。
 護衛の役も兼ねているのだろうが、それほど腕が立ちそうには見えない。

 使者といいながら刺客が紛れているかも、なんて考えていたけど心配はいらないようだ。

「イルゼ嬢。病と聞いていましたが」
「ええ、しばらく養生しておりました。ようやくこうして人前に出られるくらいには回復してきたところです」

 ふむ、とヒゲを撫でながらルイス卿はわたしをじっと見つめる。

「今日いきなり来たのは他でもない。度重なる呼び出しに応じないので仕方なく我輩が来たわけだが」
「はあ、お手数かけて申し訳ありません」
「のんきなものですな。国を揺るがす一大事が起きたというのに」
「一大事とは?」
「王家がロストックと和平を結ぼうとしていたのはご存知かな」
「ええ。そのために交渉の使者を送っていた事も」
「その特使がだ。ロストック国内にて襲撃され、殺された」
「えっ」

 舞踏会の時に交渉は再開したとエアハルト様が言ってたし、ロストック軍に目立った動きはなかったからうまくいってるものだと思っていた。

 まさか国の特使を襲うだなんて。
 野盗か何かの仕業だとしても、その責任はロストックにある。

「これにはさすがに陛下も激怒されてな。国の威信に関わると。それで王宮内は一気に主戦派に傾いたというわけだ。北賊討つべし、と」
「そんなことが……」
「そして陛下は我輩に王国の兵七千を預けられた。この軍を率い、北征を完遂する事が我輩の使命である」

 ルイス卿は腕を組み、胸を反らす。
 ザールラント国軍の総大将として任命されたわけか。それは大変な名誉だ。

 でもわたしの所に来た目的は? まだそこが分からない。

「あなたに登城を促していたのは、それに関係がある。ロストックとの戦はアンスバッハが最も経験が豊かだ。この北征に参加し、ぜひ先鋒を務めてもらいたい」
「なるほど。そういう事でしたか」

 七千の兵を持ったとはいえ、実戦慣れしてない兵士に指揮官。不安なのだろう。
 アンスバッハが力を貸す事を条件に引き受けた可能性もある。

 都合よく利用しようって腹づもりなんだろう。
 普通なら突っぱねるところだが。ここで逆らったら何を言われるか分からない。

 それに王宮内で主戦派の勢力が強くなってるってことは、不戦派のヴォルフスブルク公の力を削ぐことになるかもしれない。
 わたしが手柄を立てればなおさらだ。

「……分かりました。お受けしましょう」
「おお、承知して下さるか。兵の数はいかほど出せますかな」
「三千は。それなりに準備は必要ですが」
「ふむ、来月には出陣する。それまでに用意して下されば」
「はい。最善を尽くしましょう」
「双方の連絡は細かにしておきたい。戦備の進捗については逐一こちらに報告を」
「はい。心得ています」
「それでは頼みましたぞ。イルゼ嬢」

 満足そうな笑みを浮かべ、ルイス卿は去っていった。

 わたしはさっそくフリッツを呼び、戦の事を伝えた。
 フリッツは眉をひそめる。

「話が急すぎます。他の者に相談もせず決めてしまうなんて」
「だけどここでわたし達が大勝すれば、ヴォルフスブルク公にデカい顔させずに済む。ロストック自体が滅べば、悪だくみすら出来ないだろう」
「それはそうですが。そう簡単なものではないでしょう。正規兵七千は少なすぎます。ロストック側は総勢三万はいるかと」
「戦は数じゃない。わたしがロストック軍に遅れを取ったことがあるか? アンスバッハの三千で蹴散らせる」
「自信があるのは結構なことです。しかしこの時期。グズグズしていると冬が来ます。北方の寒さに慣れていない我が軍は不利ですよ」
「冬が来る前に敵の王都を陥とせれば問題ない。わたしの指揮とアンスバッハの精鋭ならば可能だ」
「……分かりました。もう決まってしまった事は仕方ありません。それでは兵達に伝えてきますので」

 フリッツはそう言って足早に去っていった。
 何を怒ってるんだ、アイツ。
 
 ちゃんと顔を合わせて話するのは久しぶりだというのに。嬉しくないのか?
 
 落ち込んでいたわたしも戦の話で気合いが入った。
 これは戦好きの悪役令嬢と言われても仕方がないけど事実なんだ。知らないうちに小説のイルゼと好みとか感情が同化してるんだろうか。


 ✳ ✳ ✳

 
 政務をこなしつつ、戦の準備を早急に進める。

 兵三千には少し足りないので領内から徴募で数を揃える。
 そこからみっちりと調練を行う。

 軍馬と糧食の確保、武器の手入れ。やることは山ほどある。

 わたし自身もこもってばかりだったので身体がだいぶなまっている。 
 狩りに出たり、兵に混じって自己の鍛錬にも励む。

 フリッツのヤツも戦の準備に余念が無いようだ。
 特に新兵たちの調練に力を入れている。

 この前話した時から口を利いていない。
 まだ怒っているのか、とチラチラ様子をうかがう。

 それを知ってか知らずか、フリッツは目を合わせようとしない。

 わたしはなんだかムカッ腹が立って、二振りの木製の剣を手にフリッツへ近づく。

「おい、フリッツ」

 わたしの呼びかけに振り向くフリッツ。
 木剣の一本を放り投げると、それを受け取った。

 わたしはもう一本を手に構える。

「久しぶりにやるぞ。剣の稽古だ」
 
 しかしフリッツはこちらに背を向ける。

「お断りします。新兵の調練が忙しいので」

 わたしはカッとなって背後から打ちかかる。

 ひらりとかわしたフリッツ。頭の後ろに目でもついてるのか。

 間合いを詰め、横に払う。
 これはガキッと木剣で止められた。むん、と力任せに振り抜いて大きく後退させる。

「いきなり危ないですね。木剣といえど、あなたの打ち込みが当たれば死んでしまいます」 
「だったら構えろ。何を怒ってるか知らないが言いたい事があるならはっきりと言え」
「……何もありませんよ。怒ってもいませんし」
「わたしを無視してただろっ」

 踏み込んでの刺突。フリッツは横にかわし、上からの打ち込み。
 わたしは木剣でそれを受け止める。

 近距離で睨み合う。周りはいつの間にか兵たちが集まっていた。

「無視なんかしていませんよ。忙しかっただけです」
「嘘つけっ」

 木剣をはね上げ、胴を狙う。
 低い姿勢でかわすフリッツ。かわしながら足への攻撃。

 わたしは跳躍してかわし、落下の勢いを利用した打ち下ろし。
 これも木剣でガードされた。だがその威力に大きくよろめく。
 すかさず前蹴りを放った。

 これはかわせず、フリッツは五メートルほど吹っ飛んだ。

 追撃をしかけようとしたが、フリッツが木剣を捨て、手を上げて降参の意思を示した。

 すぐには喋れないほどの衝撃だったようだ。
 うずくまって立てないでいる。

 ちょっとやりすぎたかなと思ったけど、スッキリはした。
 周りの兵たちからパチパチと拍手が起こる。

「そうだ、たまには兵士のみんなにも直々に稽古をつけてみようか」

 わたしがそう言うと、兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。

「……やめてくださいよ。せっかく集まった新兵がいなくなってしまいます」

 ようやく立ち上がったフリッツが、腹を押さえながらそう言った。

「ふん。じゃあ、その分お前が稽古とか話し相手になればいいだろ。それでわたしの気は済む」
「まったく、以前にも増して我儘で血の気が多くなってしまわれた」
「ん、何か言ったか」
「いいえ、何も」

 わたしは木剣を投げ捨て、笑いながら厩のほうへ足を向ける。

 「遠乗りついでに領内を巡回する。お前も付いてくるか?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

処理中です...