強すぎる悪役令嬢イルゼ〜処刑ルートは絶対回避する!〜

みくもっち

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13 出陣

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 領内をフリッツとともに馬で見て回った。
 異変は見られない。市街地の人々の行き交いは多く、市場にも活気がある。

 郊外の農作地帯も平和そのものだ。
 作物は豊かに実り、農夫たちにも笑顔が見られる。

 このアンスバッハまで敵が侵攻してきたことはない。
 それは精強な兵がいるおかげだ。
 ザールラントのように数だけ多くてロクに訓練もしていない兵とは違う。

 豊かな土地と経済、文化の上にあぐらをかいているだけでは平和は得られない。
 
 いくら交渉をしているとはいえ、ロストックの軍が大がかりな南下をしてくるのは時間の問題だ。

 戦に慣れており、好戦的なヤツらが豊かな南方の地を放っておくはずがない。
 きっかけがどうであれ、こちらから先制攻撃をするというのには大賛成だ。

 馬で駆けながらそんな事を考える。

 途中、小川にさしかかり、そこで馬に水を飲ませた。

 川を見てわたしは舞踏会の帰りの事を思い出した。

 舞踏会場を飛び出して、無我夢中で走って。
 大きな河にたどりついたわたしはもう何もかも嫌になって。

 あの時、フリッツが見つけてくれなかったらどうなっていたんだろう。
 それにあの時、フリッツはまだ詳しい事情を知らなかったはずなのに何も聞いてこなかった。
 普通、あんな状態の女性を見たら何があったか聞いてくるだろう。

「フリッツ」
「はい」
「お前、なんであの時何も聞かなかったんだ」
「あの時とは」
「この前の舞踏会の時。わたしが会場を飛び出して、河の前にいた時だ」
「あれこれ聞ける立場ではないので」

 なんともさみしい事を言うヤツだ。
 この世界で信頼できる数少ないひとりだというのに。
 身分の差はあるけど、わたしは特にそれを意識した事はない。
 
 フリッツやヘレナもそう思ってるんじゃないかなと思ったけど、なんだかんだ言ってこの世界には厳しい身分制度がある。

 わたしが気づかないだけで、たくさん気苦労かけたりしてるんだろうな。

「僕は国境近くの貧しい農家の出身でした。ロストック軍によって家族が殺され、孤児になった僕を城へ置いてくれたのが閣下なのです」

 突然、フリッツが過去について話し始めた。めずらしい事もあるものだ。自分の事に関してはほとんど語ろうとしない男が。

「城へ来てからは、文字や算学、剣の扱いや兵法まで教えてくれたのはトーマス様です。トーマス様は後の領主となられる方にふさわしい立派なお方でした」

 ふたつ上のトーマスお兄様。たしかに頭も良くて優しくて、運動神経抜群で。
 特に剣の腕前は子供の頃から大人でも勝てる者がいない程の腕前だった。

 たしかわたしが十歳の時に事故で亡くなっちゃったんだけど、その時の事はなぜかよく思い出せない。

「閣下やトーマス様の御恩に報いるためにも、僕はあなたに尽くすだけです。特にトーマス様にはあなたのことを託されたので」
「ふぅん。イェーリンゲン家に対する忠義ってわけか」
「はい」

 何も聞かなかったのは、どういう事情があろうと主を無事に城まで送り届けるのが仕事。
 それが騎士の務めであり、フリッツなりの奉公だからだ。
 個人的な感情とかではない。あれ、わたしはなんか別の答えを期待してたのか?

 ちょっとがっかりした気分になったが、まあそれでもいい。
 わたしには頼りになる仲間がいるという事には変わりがないのだから。


 ✳ ✳ ✳


 出陣の当日。
 出発の前にわたしは部屋で休んでいるお父様に挨拶をした。

「行って参ります、お父様。この戦にて北賊が二度と侵攻できぬ程に痛めつけてきます」

 お父様は寝ている状態のままで首だけをこちらに傾けてきた。最近は特に体力が落ちている。
 考えたくはないが、戦の最中にもしもの事があったらどうしよう。

「……うむ。大陸中にイェーリンゲン家の武を知らしめる良い機会だ。存分に戦ってこい。そして……必ず帰ってくるのだぞ」
「お父様……」
 
 わたしはお父様の手を握り、額に押し当てた。



 外ではすでに兵が整列。
 あとはわたしが号令を出すだけになっていた。

 馬に乗り先頭に向かうわたしに、追いすがってくるひとりの女性。
 侍女のヘレナだ。手には赤いストールが握られている。

「イルゼ様、これを。北方の冬はとても冷えると聞きましたので」

 ストールを受け取りながらわたしは微笑む。

「ありがとう。でも冬になる前には戻る。これは付けないかもしれないぞ」
「構いません。御守り代わりにでも持ってさえいてくれれば」

 先頭では馬に乗ったフリッツが待っていた。
 わたしは剣を抜き、兵達に向かって叫ぶ。

「神聖な王家と国土を脅かす北賊をこれより掃討する! 正義は我らにあり、必ず勝利を! 」

 おおおお、と兵達も鬨の声をあげた。
 アンスバッハ軍三千は国境へ向けて進軍を開始する。



 国境付近で予定通りにルイス卿率いる正規軍七千と合流。
 
「兵の数も訓練も十分に間に合ったようですな」

 ピンとはねたヒゲを撫でながらルイス卿が話しかけてきた。
 わたしは軽く頭を下げてから答える。

「ええ、それはもちろん。このような機会は滅多にないでしょうから」
「もうじき国境を越えるが、敵が待ち伏せしている可能性は?」
「すでに斥候を出してますが近くに敵は見当たらないようです。しばらく危険はないかと」
「そうか。もしもの時はまずアンスバッハの手際を見せてもらう。この七千の兵は陛下より預かりし大事な兵なのでな。むやみに消耗するわけにはいかん」
「心得てます。先陣は我がアンスバッハ軍が務めますので」

 そう言うと、ルイス卿は安心した顔を見せて後ろへ下がっていった。 

「大軍を擁しながら情けない指揮官ですね。本気で戦う気があるのでしょうか」

 冷ややかな目でフリッツがそれを見ていた。
 わたしも苦笑する。

「大きな役目を与えられた手前、戦う気はあるさ。手柄も立てたいだろうしな。だけど経験が少ない。アンスバッハ軍が頼りなんだろう」
「イルゼ様は勝算があるのですか」
「あるさ。今まで負けたことないしな。たとえ十倍の兵力相手でもロストックごときに負けるはずはない」
「敵地です。今までは守る戦いばかりでしたが、今度は攻め込む戦です。油断なく、慎重に慎重を重ねて進軍しましょう」

 まだ一度も敵に遭遇してないのにこの心配性め。
 勝つとか負けるとかじゃなくて、絶対に勝つんだ。
 わたしは自分の胸をドンと叩く。

「戦には勝つ。勝ってわたしの運命も変えてみせる」
「運命?」
「んん? いや、あれだ。最近いい事無かったからな。戦に勝って、運を引き寄せてみせる!」

 つい口が滑ってしまった。
 わたしが転生者で、ある程度この小説の内容を知ってるなんて説明できないからね。

 今は小説のどのあたりなのか。
 ロストックとの戦争が激化するところは一致するけど、イルゼやルイス卿が攻め込む描写なんてあったっけ?

 細かい部分は変わってるけど、大きな物語の流れは修整されていくのだろうか。

 とりあえずわたしはまだ反逆者ではない。この戦いで勝ちさえすれば、その可能性は限りなく小さくなると思うんだけど。
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