強すぎる悪役令嬢イルゼ〜処刑ルートは絶対回避する!〜

みくもっち

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19 奇襲

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 翌日。
 自陣にて再編成も終了。丘陵地帯から再び進み、平原に出る。
 
「あれは」

 敵本陣前を見てフリッツが声をあげた。

 地形が一変している。いくつも土塁が築かれ、その下には堀もあるように見える。

 馬防柵も至るところに設置され、さながら地形を利用した城のようだ。

「一晩であんなものを。我が軍の騎馬隊をあれで封じようというのか」
「…………」

 わたしは黙ってそれを聞いていた。
 
 代わりにルイス卿がフリッツに質問する。

「しかし、あれだと敵も騎馬を使えないのでは」
「昨日の戦いで敵は多くの騎馬を失いました。これからは固く守るつもりなのでしょう」
「あれを突破して敵の本隊を叩くというのか。なにか策は」
「ありません。地道に根気よく攻め続けるしかないかと。かなりの犠牲も出るでしょうが」

 フリッツのどこか他人事のような言い方にイラッとした。

「犠牲だと。えらく無責任だな。昨日の勝利で調子に乗ってるんじゃないのか。夜襲でもしておけば、あんなものは築かせなかった」

 わたしがそう責めると、フリッツも言い返してくる。

「バルトルト相手に夜襲は通じないでしょう。それより兵を休ませ、準備を整えるほうがずっとマシです」
「マシだと。なんだ、その言い方」
「事実だからです。それに、お互い総力をあげてのこの戦、少々の犠牲で済むわけがないでしょう。北征に参加を決められた時から分かっているはずです」
「なんだと、貴様」

 フリッツの胸ぐらをつかみ、睨みつける。
 ルイス卿は青ざめて後ろへ下がっていった。

 フリッツは臆せず、まっすぐに見つめ返してくる。

「ここまで来ればもう後戻りはできません。僕も、ここにいる兵たちも無事に帰られるとは思っていません。ただイルゼ様、あなただけは」
「いらん心配だと何度言ったら分かる。わたしは負けないし、絶対に勝って帰る。こんな戦、早く終わらせる」

 乱暴に離し、わたしは前に出る。

「歩兵隊、前へ。敵本陣へ攻め入る!」

 アンスバッハ歩兵隊を前面に出す。騎馬隊の兵も馬を降りて組み込んである。

 ザールラントの正規兵は後詰め。
 敵の防御線を突破すれば共に本陣へなだれ込む。

「いくぞっ」

 わたし自身も徒歩だ。
 歩兵たちと一緒に盾を持ち、敵本陣へ近づく。

 ロストック軍は土塁や柵を越えてこちらに攻めてこようとはしない。
 やはり防御に徹するつもりか。

 好戦的で粗野なはずのロストック軍。
 それを統制し、このようなものを築かせるバルトルトという男、ただ者じゃない。

 ヒュヒュヒュッ、と矢が飛んでくる。
 射程内に入った。だがこの程度の矢で我が軍は止まらない。

 さらに前進。土塁の上や柵の間から射手が見えた。

「怯むなっ、乗り越えて仕留めるぞ!」

 わたしの号令に、歩兵たちは土塁に飛びついていく。
 だがそうなると上からの攻撃を防ぎようがない。

 たちまち矢や投石の餌食となり、堀に落ちていく。
 勇敢なアンスバッハ歩兵はそれでも次々と土塁に取りつく。

 馬防柵が張り巡らせている場所でも乗り越えようと果敢に攻めている。
 だがやはり矢に射られ、槍で突かれて犠牲を出すばかりだ。
 
 わたしも馬防柵のほうへ。
 柵の間から突き出される槍をかいくぐり、穂先を切り飛ばしながら接近。

 柵の一部に足をかけて乗り越えようとするが、次は複数の矢の標的に。

「危ないっ!」

 急に下に引っ張られる。矢はわたしの身体をかすめていった。

「死ぬ気ですか。あなたは指揮官なのですよ」

 引っ張ったのはフリッツだ。
 わたしはぶん殴ろうとしたが、さらに矢が飛んできたので伏せる。

「想像以上の守りの固さです。ここはいったん退きましょう、イルゼ様」
 
 無視したかったが、たしかにこのまま無理攻めしても犠牲が多くなるだけだ。
 わたしは退却を命じた。
 

 


 結局、敵の防御線は突破できず、本陣にたどり着くことは出来なかった。

 ここまで堅固な守りとは。アンスバッハの猛攻でもビクともしなかった。

「僕の計算違いでした。多少の犠牲を出してもある程度は突破できると踏んでいたのですが」

 自陣の幕営内でフリッツがうつむく。
 昨日の快勝とは違い、散々な結果だった。

 いや、フリッツだけのせいじゃない。
 わたしだってあれくらいはどうにかなると思っていた。
 力任せに切り込んでいけば、勝てると信じていた。

 デッサウ砦のように投石機の支援があれば楽かもしれないが、この平原にはあの時にも増して丈夫な木材が見当たらない。投石に使う石だってそう落ちていない。

 だが塁壁を登ったり、堀を渡るための梯子は用意できそうだ。
 馬防柵を打ち壊すハンマーのような物も用意させる。



 翌日の午後から再び攻めた。
 アンスバッハ歩兵中心の攻めは変わらないが、工兵も混ぜている。

 歩兵たちが攻めている間に梯子をかけたり、馬防柵を打ち壊す役目を担っている。

 昨日よりも苛烈な攻め。敵の反撃も相当なものだ。
 多くの死傷者を出しながらも前方の防御線はなんとか突破。

 本陣までの防御線は三層で形成されている。
 次は中央の防御線。

 ここでも塁壁や堀、馬防柵に行く手を阻まれる。

 工兵をうまく使って攻略をしようとするが、前方の防御線よりも敵兵が多く配備されている。

 いま一歩のところで押し切れず、その日も退却となった。

 次の日になると前方の防御線が復活している。
 また最初からの攻略となるが、わたし達は諦めずに攻め続けた。

 そんな攻めが四日ほど続いたが、どうしても中央の防御線を突破できない。
 兵も交代で攻めさせてはいるが疲れが見えている。

 その次の日は日中の攻めは休ませ、夜間に少数の兵で奇襲をかけた。

 フリッツからは反対されていたが、他にいい方法が見つからない。
 が、これは敵の待ち伏せに遭って奇襲隊はほぼ全滅。

 再び打つ手がなくなってしまった。
 
 兵の士気は下がり、疲労している。
 そろそろ肌寒くもなってきた。本格的な寒さが訪れる前に決着をつけねば。

 さらに追い打ちをかけるように深刻な事態が訪れていた。

 糧食の不足だ。すでに援軍の要請と共に輸送も頼んでいたはず。

 幕舎の中でわたしはルイス卿に詰め寄る。

「わ、我が輩はたしかに使者を出した! 本国に援軍と糧食の要請を、たしかに!」

 ルイス卿は顔を真っ赤にして弁明する。
 嘘はついていないようだが遅すぎる。

 占領したデッサウ砦を経由して前線まで運ぶのはそう労力もかからないはず。

 考えても仕方がない。さらに要請の使者を出させ、わたし達は迅速に目の前の敵を倒さなければならない。

「また奇襲をかける。それしかない」
「昨夜の夜襲は失敗しました。難しいでしょう」

 わたしの提案にフリッツは首を横に振る。
 まあ、聞け、とわたしは机上に広げた地図を指さす。

 敵本陣を囲むように防御線が張られているが、比較的後方は手薄。
 
 この数日の攻めの中で回り込もうともしたが、敵の矢にさらされて失敗に終わっている。

「別働隊を組織。大きく迂回して、敵の哨戒の範囲外から背後へ回る。そこから一気に奇襲をかける。本隊と挟撃すれば勝機はある」
「迂回するとはいえ、あまり大勢では気付かれるでしょう。どれほどの兵を回しますか?」
「百……いや、五十で行く。もちろんわたしが指揮を取る。フリッツは人員と馬の選抜を頼む」
「またあなたは……正気とは思えません。そんな一か八かの作戦に、あなた自身が参加するなんて。なぜそうもあなたは御自分の立場を理解していないのですか」

 やはり反対された。だけど絶対にここは譲れない。

「このままじゃ勝てない。少数での奇襲もわたしが加わるのとそうでないとでは雲泥の差がある。お前もよく分かっているだろう。これしかないんだ」
「…………」
「それに怪しまれないように、本隊が定期的に攻撃を仕掛けてないといけない。別働隊が奇襲する時も連携が必要だ。これはお前にしか任せられない。分かるな」
「……分かっています。だけど、僕はあなたの身を第一に考えています。あなたに危険が及べば命令もひったくれもありません。イルゼ様もこれは分かっておいてください」

 フリッツはそれだけ言い残して幕舎から出ていった。
 ふう、とわたしはため息をつく。
 ルイス卿にも改めて作戦の概要を伝えた。

「わたしの奇襲の際にはルイス卿も正規軍を率いて攻撃をお願いします。この作戦の成否はまだ被害の少ない正規軍にかかっています」
「む、うむ。任せてくれたまえ。全力を尽くそう」

 奇襲が成功すれば必ず敵は混乱する。
 フリッツ率いるアンスバッハ歩兵がその隙に防御線を突破。

 攻めやすくなった地形をザールラント正規軍が押し進めば、かなりのプレッシャーとなる。

 さらに混乱した敵本陣を挟撃。これで勝てるはずだ。
 背後からの奇襲がごく少数の見せかけだとバレれば失敗。わたしも恐らく死ぬだろうが。今はこれに賭けるしかない。
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