強すぎる悪役令嬢イルゼ〜処刑ルートは絶対回避する!〜

みくもっち

文字の大きさ
19 / 32

19 奇襲

しおりを挟む
 翌日。
 自陣にて再編成も終了。丘陵地帯から再び進み、平原に出る。
 
「あれは」

 敵本陣前を見てフリッツが声をあげた。

 地形が一変している。いくつも土塁が築かれ、その下には堀もあるように見える。

 馬防柵も至るところに設置され、さながら地形を利用した城のようだ。

「一晩であんなものを。我が軍の騎馬隊をあれで封じようというのか」
「…………」

 わたしは黙ってそれを聞いていた。
 
 代わりにルイス卿がフリッツに質問する。

「しかし、あれだと敵も騎馬を使えないのでは」
「昨日の戦いで敵は多くの騎馬を失いました。これからは固く守るつもりなのでしょう」
「あれを突破して敵の本隊を叩くというのか。なにか策は」
「ありません。地道に根気よく攻め続けるしかないかと。かなりの犠牲も出るでしょうが」

 フリッツのどこか他人事のような言い方にイラッとした。

「犠牲だと。えらく無責任だな。昨日の勝利で調子に乗ってるんじゃないのか。夜襲でもしておけば、あんなものは築かせなかった」

 わたしがそう責めると、フリッツも言い返してくる。

「バルトルト相手に夜襲は通じないでしょう。それより兵を休ませ、準備を整えるほうがずっとマシです」
「マシだと。なんだ、その言い方」
「事実だからです。それに、お互い総力をあげてのこの戦、少々の犠牲で済むわけがないでしょう。北征に参加を決められた時から分かっているはずです」
「なんだと、貴様」

 フリッツの胸ぐらをつかみ、睨みつける。
 ルイス卿は青ざめて後ろへ下がっていった。

 フリッツは臆せず、まっすぐに見つめ返してくる。

「ここまで来ればもう後戻りはできません。僕も、ここにいる兵たちも無事に帰られるとは思っていません。ただイルゼ様、あなただけは」
「いらん心配だと何度言ったら分かる。わたしは負けないし、絶対に勝って帰る。こんな戦、早く終わらせる」

 乱暴に離し、わたしは前に出る。

「歩兵隊、前へ。敵本陣へ攻め入る!」

 アンスバッハ歩兵隊を前面に出す。騎馬隊の兵も馬を降りて組み込んである。

 ザールラントの正規兵は後詰め。
 敵の防御線を突破すれば共に本陣へなだれ込む。

「いくぞっ」

 わたし自身も徒歩だ。
 歩兵たちと一緒に盾を持ち、敵本陣へ近づく。

 ロストック軍は土塁や柵を越えてこちらに攻めてこようとはしない。
 やはり防御に徹するつもりか。

 好戦的で粗野なはずのロストック軍。
 それを統制し、このようなものを築かせるバルトルトという男、ただ者じゃない。

 ヒュヒュヒュッ、と矢が飛んでくる。
 射程内に入った。だがこの程度の矢で我が軍は止まらない。

 さらに前進。土塁の上や柵の間から射手が見えた。

「怯むなっ、乗り越えて仕留めるぞ!」

 わたしの号令に、歩兵たちは土塁に飛びついていく。
 だがそうなると上からの攻撃を防ぎようがない。

 たちまち矢や投石の餌食となり、堀に落ちていく。
 勇敢なアンスバッハ歩兵はそれでも次々と土塁に取りつく。

 馬防柵が張り巡らせている場所でも乗り越えようと果敢に攻めている。
 だがやはり矢に射られ、槍で突かれて犠牲を出すばかりだ。
 
 わたしも馬防柵のほうへ。
 柵の間から突き出される槍をかいくぐり、穂先を切り飛ばしながら接近。

 柵の一部に足をかけて乗り越えようとするが、次は複数の矢の標的に。

「危ないっ!」

 急に下に引っ張られる。矢はわたしの身体をかすめていった。

「死ぬ気ですか。あなたは指揮官なのですよ」

 引っ張ったのはフリッツだ。
 わたしはぶん殴ろうとしたが、さらに矢が飛んできたので伏せる。

「想像以上の守りの固さです。ここはいったん退きましょう、イルゼ様」
 
 無視したかったが、たしかにこのまま無理攻めしても犠牲が多くなるだけだ。
 わたしは退却を命じた。
 

 


 結局、敵の防御線は突破できず、本陣にたどり着くことは出来なかった。

 ここまで堅固な守りとは。アンスバッハの猛攻でもビクともしなかった。

「僕の計算違いでした。多少の犠牲を出してもある程度は突破できると踏んでいたのですが」

 自陣の幕営内でフリッツがうつむく。
 昨日の快勝とは違い、散々な結果だった。

 いや、フリッツだけのせいじゃない。
 わたしだってあれくらいはどうにかなると思っていた。
 力任せに切り込んでいけば、勝てると信じていた。

 デッサウ砦のように投石機の支援があれば楽かもしれないが、この平原にはあの時にも増して丈夫な木材が見当たらない。投石に使う石だってそう落ちていない。

 だが塁壁を登ったり、堀を渡るための梯子は用意できそうだ。
 馬防柵を打ち壊すハンマーのような物も用意させる。



 翌日の午後から再び攻めた。
 アンスバッハ歩兵中心の攻めは変わらないが、工兵も混ぜている。

 歩兵たちが攻めている間に梯子をかけたり、馬防柵を打ち壊す役目を担っている。

 昨日よりも苛烈な攻め。敵の反撃も相当なものだ。
 多くの死傷者を出しながらも前方の防御線はなんとか突破。

 本陣までの防御線は三層で形成されている。
 次は中央の防御線。

 ここでも塁壁や堀、馬防柵に行く手を阻まれる。

 工兵をうまく使って攻略をしようとするが、前方の防御線よりも敵兵が多く配備されている。

 いま一歩のところで押し切れず、その日も退却となった。

 次の日になると前方の防御線が復活している。
 また最初からの攻略となるが、わたし達は諦めずに攻め続けた。

 そんな攻めが四日ほど続いたが、どうしても中央の防御線を突破できない。
 兵も交代で攻めさせてはいるが疲れが見えている。

 その次の日は日中の攻めは休ませ、夜間に少数の兵で奇襲をかけた。

 フリッツからは反対されていたが、他にいい方法が見つからない。
 が、これは敵の待ち伏せに遭って奇襲隊はほぼ全滅。

 再び打つ手がなくなってしまった。
 
 兵の士気は下がり、疲労している。
 そろそろ肌寒くもなってきた。本格的な寒さが訪れる前に決着をつけねば。

 さらに追い打ちをかけるように深刻な事態が訪れていた。

 糧食の不足だ。すでに援軍の要請と共に輸送も頼んでいたはず。

 幕舎の中でわたしはルイス卿に詰め寄る。

「わ、我が輩はたしかに使者を出した! 本国に援軍と糧食の要請を、たしかに!」

 ルイス卿は顔を真っ赤にして弁明する。
 嘘はついていないようだが遅すぎる。

 占領したデッサウ砦を経由して前線まで運ぶのはそう労力もかからないはず。

 考えても仕方がない。さらに要請の使者を出させ、わたし達は迅速に目の前の敵を倒さなければならない。

「また奇襲をかける。それしかない」
「昨夜の夜襲は失敗しました。難しいでしょう」

 わたしの提案にフリッツは首を横に振る。
 まあ、聞け、とわたしは机上に広げた地図を指さす。

 敵本陣を囲むように防御線が張られているが、比較的後方は手薄。
 
 この数日の攻めの中で回り込もうともしたが、敵の矢にさらされて失敗に終わっている。

「別働隊を組織。大きく迂回して、敵の哨戒の範囲外から背後へ回る。そこから一気に奇襲をかける。本隊と挟撃すれば勝機はある」
「迂回するとはいえ、あまり大勢では気付かれるでしょう。どれほどの兵を回しますか?」
「百……いや、五十で行く。もちろんわたしが指揮を取る。フリッツは人員と馬の選抜を頼む」
「またあなたは……正気とは思えません。そんな一か八かの作戦に、あなた自身が参加するなんて。なぜそうもあなたは御自分の立場を理解していないのですか」

 やはり反対された。だけど絶対にここは譲れない。

「このままじゃ勝てない。少数での奇襲もわたしが加わるのとそうでないとでは雲泥の差がある。お前もよく分かっているだろう。これしかないんだ」
「…………」
「それに怪しまれないように、本隊が定期的に攻撃を仕掛けてないといけない。別働隊が奇襲する時も連携が必要だ。これはお前にしか任せられない。分かるな」
「……分かっています。だけど、僕はあなたの身を第一に考えています。あなたに危険が及べば命令もひったくれもありません。イルゼ様もこれは分かっておいてください」

 フリッツはそれだけ言い残して幕舎から出ていった。
 ふう、とわたしはため息をつく。
 ルイス卿にも改めて作戦の概要を伝えた。

「わたしの奇襲の際にはルイス卿も正規軍を率いて攻撃をお願いします。この作戦の成否はまだ被害の少ない正規軍にかかっています」
「む、うむ。任せてくれたまえ。全力を尽くそう」

 奇襲が成功すれば必ず敵は混乱する。
 フリッツ率いるアンスバッハ歩兵がその隙に防御線を突破。

 攻めやすくなった地形をザールラント正規軍が押し進めば、かなりのプレッシャーとなる。

 さらに混乱した敵本陣を挟撃。これで勝てるはずだ。
 背後からの奇襲がごく少数の見せかけだとバレれば失敗。わたしも恐らく死ぬだろうが。今はこれに賭けるしかない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

処理中です...