強すぎる悪役令嬢イルゼ〜処刑ルートは絶対回避する!〜

みくもっち

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18 一騎打ち

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 丘陵を越え、草原地帯へ。
 彼方には大軍。ロストックの旗が埋め尽くすようにはためいている。

 敵の本陣前に分厚い歩兵隊が槍を並べている。
 左右前方には騎馬隊がふたつ。

「敵将バルトルトは慎重な性格と聞いたことがあります。有利な状況でも一度には襲ってこないでしょう」

 フリッツが横でそう言った。
 わたしとしては短期決戦を望んでいたのだが。

 遠征や今までの戦いで兵も疲れている。
 グズグズしていれば冬が到来する。雪なんか降れば士気も下がるし兵站にも支障が出るだろう。
 
「こっちの消耗を狙っているな。少々無理をしてでも攻めるしかない。ここで勝てばロストックは終わりなんだ」

 敵の王都ダンツィヒは目の前。
 ここまで来て負けるわけにはいかない。本国のため、領民のため、今まで戦ってきた兵のため。
 わたし自身の運命を変えるためにも。

「すべてはこの一戦にあり! 敵本陣を陥とすぞ!」

 隊列を整え、前進を開始。
 敵もすでに再編成を終え、待ち受けている。

 中央にアンスバッハの歩兵。
 両翼に騎馬隊。後方にザールラント正規軍。

 この陣形で進む。ある程度近づくと、敵の騎馬隊が動きだした。

 さっき戦った前衛だ。手強いのは十分に分かっている。

 弓兵で牽制しつつ、こちらも騎馬隊を出す。
 この前衛を完全に叩かないことには敵本陣に近づくことも出来ない。

 そして敵騎馬隊の先頭には、あのジギスムント。
 悪鬼のような面をしてこちらへ向かってくるさまに、兵たちが怖気づくのが分かる。

「フリッツ、しんどいだろうが敵の騎馬隊を押さえていてくれ。あの男はわたしじゃないと無理だ」
「イルゼ様」
「わたしは大丈夫。絶対に負けない」

 アンスバッハ騎馬隊と敵前衛騎馬隊の激突。

 騎馬同士のぶつかり合いや剣戟の音が響く。
 その混沌とした中でわたしはジギスムントへまっすぐに向かっていった。

 髭面の男もわたししか見ていない。
 ぐうん、と戦槌を振り上げ、気合の声。

 わたしも槍を突き出した。
 得物同士がぶつかり、馬ごとよろめくほどの衝撃。

 そしてまた間合い──。横からの殴打。柄で弾き、反撃の刺突。
 相手の脇腹をかすめたが、そのまま柄をつかまれた。

 ぐい、と馬鹿力で引き寄せられる。
 ジギスムントは片手で戦槌を振り下ろす。

「こぉのっ」

 戦槌を左手で受け止める。
 ゴキン、と嫌な音がしたが不思議と痛みはない。

 ジギスムントは目を丸くして驚いている。

「化け物か、赤豹」
「黙れ」

 力を込め、お互いに得物を奪い取ろうとする。
 ギシギシメキメキと力比べになるが勝負はつかない。

 わたしはパッと両手を離した。 
 体勢を崩したジギスムントに向かい、馬から飛び移る。

「貴様っ」

 相手の馬上で揉み合いになり、ふたりとも転げ落ちる。

 両者とも素手。ジギスムントは腰の短剣を抜こうとしたが、それより速くわたしの拳が入った。

 前歯を吹っ飛ばしながらジギスムントは体当たり。
 よろめいたところを、足をつかまれて引き倒される。
 そこへ馬乗りになるジギスムント。手には短剣が握られていた。

 首を狙って振り下ろされる短剣をなんとか受け止めた。
 グググ、と体重をかけて押し込もうとしてくる。

 刃先が首に触れた。痛みとともに血が出ているのがわかる。
 
「死ね、赤豹」

 髭面が不気味に笑いながらより一層力を込めた時だ。

 わたしの視界に映っていたジギスムントの顔が一瞬で消えた。
 そして短剣に込めていた力が抜け、ジギスムントの身体が横に倒れる。
 
 傍らに転がっていたのはジギスムントの首だった。
 馬上からフリッツが手を伸ばしてくる。

「イルゼ様、立てますか」
「余計なことを」

 フリッツの手を払いながらわたしは立ち上がる。

 一騎打ちで手助けなんて。しかも背後からの不意打ちだ。
 こんなの騎士の名誉に関わる。
 わたしが非難しようとしたが、フリッツは離れて騎馬隊の指揮に戻った。

「敵将ジギスムントは討ち取った! 今が好機、敵騎馬隊を殲滅せよ!」

 これを機にアンスバッハ騎馬隊は一気に優位に立つ。
 あれほど強かった敵騎兵たちを次々と倒していく。

 ジギスムントが討たれたことで相当動揺しているようだ。
 まとまる事もなく、退却をはじめた。

「徹底して追撃を加えよ」

 この崩れた騎馬隊に対して峻烈とも言える追撃。
 多くの兵を討たれ、敵の騎馬隊は完全に瓦解した。

 フリッツの追撃は本陣近くまで迫る勢いだったが、後衛の歩兵部隊が前進してきたのでそこで断念。

 結果としては大きな戦果をあげてわたしの元へ戻ってきた。
 
 わたし達も丘陵地帯までいったん退く。

「イルゼ様、お怪我のほうは?」

 フリッツがまずわたしの左手と首の怪我について聞いてくる。
 首の出血は止まったが、左手のほうは今頃痛くなってきた。
  
「問題ない。今は話しかけるな」
 
 骨にヒビぐらいは入ってるのかもしれない。
 だけど今はフリッツと話したくなかった。
 
 わたしと互角に戦える程の強者。ジギスムントとの決着のつけ方があんなものになるなんて。

「ともかく前衛の騎馬隊を打ち破る事ができました。これで敵の本陣を攻められます」
「…………」
「その為の準備や編成は任せてもらえますか。敵もすぐには攻勢に転じないでしょうし」
「…………」
「それでは、僕はこれで」

 そう言ってフリッツは兵たちのほうへと戻っていった。

 好きにすればいい。わたしが絶対勝つって言ったのに勝手な真似をして。

 わたしの事を信用してない証拠だ。大体、アイツは昔からわたしに対して余計な気を回しすぎる。

 さっきの戦いでも兵の指揮に集中してなければならないのに、騎士の誇りを捨ててまでわたしを助けたんだ。

 いや、わたし自身は誇りとか名誉とかにこだわるほどこの世界に感化されていない。
 
 でもフリッツはこの世界の住人だ。
 元は貴族出身でないにしろ、騎士道精神は相当叩き込まれているのに。

 わたしはイライラしながら兜を脱いで放り投げる。
 ズキリと左手が痛み、呻いた。
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