強すぎる悪役令嬢イルゼ〜処刑ルートは絶対回避する!〜

みくもっち

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21 壊滅

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「ダメです。ザールラント軍はすでに統制が取れていません。方々へ散っている有様で」

 勝手に退却をはじめた正規軍の様子を見に行ったフリッツだったが、もはや止めるとかまとめるとかいう段階ではないらしい。

 ロストック軍の追撃が迫ればさらに恐慌をきたすだろう。
 そうなればアンスバッハ軍の足手まといにしかならない。

「アンスバッハだけで敵を押し止める。押し止めながら我らも後退。それしかない」
 
 口で言うのは簡単だが、それがどれだけ難しいかはわたしもフリッツも理解している。
 でもそれしか方法がなかった。

「殿軍は僕が指揮します。イルゼ様は先に退却を」
「バカを言うな。アンスバッハの指揮官であるわたしが先に逃げられるか。ここで死んだとしてもそれだけは絶対に出来ない」
「しかし」
「なんて言おうと無駄だ。口を閉じろ。そろそろ来るぞ」

 フリッツを叱りつけ、わたしは馬上へ。
 無数の松明、そして馬蹄の音が近づいてくる。

 アンスバッハの兵はさすがに臨戦態勢に入るのが早かった。

 昼間の戦いで数は半減。多くの兵が負傷しているにも関わらず、わたしやフリッツの指示を待たずとも迎撃の布陣を敷いていた。

 頼もしく思いながらもわたしは後悔していた。
 この北征に参加を決めたのは自分だ。それもザールラントに平和をもたらそうとか、そんな崇高な理由じゃない。

 一番は自分の処刑ルートを回避するためだった。
 この戦に勝って、手柄を立てればそれも可能だと思っていたのに。
 現実は多くの兵を死なせてしまった。
 
 そして今も生き残った兵を死地に向かわせている。
 わたしひとりだけ逃げるなんて考えられるはずがなかった。

 敵追撃軍の先鋒。騎馬隊の一群が正面からぶつかってきた。

 こちらも数は少ないが騎馬隊を正面に配置してそれを押し止める。
 
 激しい衝突。普段のアンスバッハ軍なら押し返せるはずだが、それも出来ない。

 相手の勢いを殺すのがやっとだ。陣形が崩されないだけでもまだマシだった。

 歯を食いしばって敵の攻撃に耐える。フリッツは負傷していていつもの動きではない。わたしも左手がさらに痛みだした。

 敵の攻勢が緩やかになったところで後退。
 敵も一定の距離を開けて様子をうかがっている。

「ここまで持ちこたえるとは思っていなかったのでしょう。この隙にどこまで退けるか」

 迎撃の態勢を保ちつつ、アンスバッハ軍は後退していく。
 ザールラントの正規軍がいれば被害を最小限に留めて安全に退却できていたかもしれないのに。

 だがそれを率いるルイス卿は指揮することも放棄して真っ先に逃げ出したようだ。
 当然、兵たちも四散してしまっている。

「とにかくデッサウ砦まで辿り着くことが出来れば。あそこで籠城して援軍が来るまで時間を稼げれば、どうにかなる」

 占領したデッサウ砦には防衛のための兵を残してある。
 そして本国へ要求した援軍と物資も近づいているはずだ。

「敵としては絶対にそれを阻止しようとするでしょう。ここからさらに厳しい戦いとなります」
「ああ、なんとしても砦までは。そこにさえ辿り着けば」

 その後も執拗な追撃を受けたが、小さくまとまったアンスバッハ軍はギリギリのところで瓦解するのを耐え抜いた。
 当然、犠牲者も増えている。だがまだ、傷つきながらもアンスバッハ兵の士気は下がるどころか上がっていた。

 何倍もの敵の攻撃を耐え切っている誇りからか。
 砦まで着けばなんとかなるという希望からか。

 敵軍からも動揺が見てとれる。ここまでしぶといのは予想外なのだろう。
 
 デッサウ砦まではもうすぐだ。
 もしかしたら到着した援軍もそこで待機しているかもしれない。

 それを期待し、わたしとフリッツ、そしてアンスバッハの兵たちはついにデッサウ砦まで到着することが出来た。

 北側の門。わたしは開門、と大きな声で呼びかけるが反応が無い。

「何故だ。すでに門を開けておくよう、使者は送っていたはず」

 一騎だけ使者を先行させて開門と敵軍迎撃の用意を伝えていたはず。何かがおかしい。

「イルゼ様、早くしなければ追撃の軍に包囲されてしまいます」
「わかっている。だが砦からの応答が」

 ここまで言った時だった。
 塁壁上から何かが落ちてきた。鈍い音を立てて地面を転がったのは人間の頭部──先行した使者の首だった。
 
「イルゼ様っ、伏せて!」

 次の瞬間、ザアアアと矢の雨が降り注いだ。
 フリッツがわたしに飛びつき、馬から転げ落ちる。

 馬を盾にして矢は防げたが、多くの兵や騎馬が犠牲になった。
 わけが分からず見上げる。デッサウ砦にはロストックの旗がいくつもはためいていた。

「バカな、砦から矢が。なぜ砦が敵の手に」
「分かりません。それより次の矢がきます。早く身を隠さないと」

 さらに砦からの弓射。
 兵たちの絶叫。馬の憐れな鳴き声。そんな中でフリッツはわたしの手を引きながら東側の岩場へ向かった。

「フリッツ! 何をしている! 味方が、兵たちが!」
「砦へ入れない以上、この岩場を通って迂回するしかありません。グズグズしていると追撃軍との挟み撃ちになります」
「みんなも早く逃げないと。ああ、ロストック軍がもう……」
「早く! あなただけは死なせるわけにはいきません」

 ロストックの追撃軍がもうそこまで迫っていた。
 砦からの矢を避け、移動した兵たちはその追撃軍との乱戦に。

 砦からの思わぬ攻撃に動揺したアンスバッハ軍はもうその強さを発揮することは出来なかった。
 包囲され、徹底的に撃破されていく。

「戻らないと、わたしが行かないと」

 涙を流しながら戻ろうとするが、ガクッとよろめく。左足の太ももに矢が突き刺さっていた。
 砦からの矢をかわしきれていなかったらしい。
 
 目の前の惨状に痛みさえ忘れていた。
 無言で矢を引き抜き、兵たちの元へ戻ろうとする。
 突然頬に平手打ちが飛んできた。驚いてその場に立ち尽くす。

「いい加減にしてください。あなたはアンスバッハ軍の指揮官であり、いずれは領主となる方なのです。ここで死んでは兵たちも報われません」

 フリッツが言いながら強く手を引く。もうわたしに抵抗する力は無かった。
 そのままフラフラと引かれるままについていくしかなかった。
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