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22 別れ
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岩場から山の間道を通り、アンスバッハ領へと目指す。
正規の道ではないのでおおまかな方角だけを頼りに進んでいた。
味方の兵はもうついてくる者はいない。
先程の乱戦で全滅してしまったのか。
矢を受けた足は布で縛ったが、引き抜き方が悪かったのか出血が多い。
足を引きずるようになるとフリッツが無理やりわたしを背負う。
すでに甲冑は外しているが、こんな状態で逃げ切れるはずがない。
「フリッツ。わたしを置いていけ。お前だけなら逃げ延びれるかもしれない」
「ご冗談を。いつもの強気なあなたとは思えぬ発言ですね。怪我で判断力が鈍っているのでしょう」
荒い息をしながらフリッツはそんな事を言う。
コイツだって怪我してるのに。そんなになってまでわたしを助けようとしているのか。
「どっちにしろ生きて戻れるはずがない。多くの兵を死なせてしまった。どの面下げて帰るというんだ」
「全てがイルゼ様のせいではありません。ルイス卿が独断での退却。来るはずの援軍の不在。デッサウ砦が敵の手に落ちていたこと。様々な不確定な要因があります。それに」
フリッツは力強く、だが優しく諭すように付け加えた。
「北征が決まった時から兵たちは覚悟は出来ていました。異境の地で死ぬかもしれないと。それでも戦わねばならない、決着はつけなければならない事も理解していました。そしてイルゼ様。あなただけは死なせてはならないと」
「なんで……そんな、みんなわたしの事なんか」
「アンスバッハのため。そして家族のためですよ。あなたさえ無事なら、いつかはロストックを倒すことができる。平和な生活を手に入れられると信じているのです」
わたしは……たしかに平和を手に入れるために北征に参加した。
でも、一番に考えていたのは自分のことばかりだった。それなのに。
フリッツに背負われながら、わたしは声を殺して泣いた。
フリッツはそれ以上何も言わなかった。黙々と山の間道を歩いていく。
この男、わたしなんかより内面的にはずっと強い。
まだ本気でわたしを生きて送り届けようとしている。味方はなく、援軍も来ない。食糧もほとんどない。
それに随分冷えてきた。こんな状況なのにまだ望みを捨ててないのか。
「あそこに山小屋があります。いったんあそこで休憩を取りましょう」
フリッツの背でうつらうつらしていたわたしはその声ではっきり目を覚ます。
肩ごしに見える粗末な小屋。猟師が使っていたものだろうか。
わたしをいったん降ろし、扉を開けて中の様子を窺う。
危険が無いことを確認して、再びわたしを背負って中に入った。
「良かった。暖炉があります。いま火をつけますから」
暖炉の前にわたしを降ろし、フリッツは手早く火を起こす。
火の明かりと暖かさで少しだけ心が落ち着いた。
そういえば、と思い出して懐から赤いストールを取り出す。
出陣前に侍女のヘレナからもらった物だ。首に巻くとさらに身体が温まる。
「イルゼ様。足の傷を見せてください……まだ血が止まっていませんね。血管を傷つけているかもしれません。一刻も早くちゃんと治療の出来る場所へ行かないと」
血を拭き、新しい布で縛りながらフリッツは苦しそうな表情を見せる。
お前だって怪我しているくせに。わたしの事ばかり気にしないで自分の事を……。
そう言おうとしたがどうにもクラクラする。
血を流し過ぎたのか。
「イルゼ様。そこを動かないでください。いま、外から足音がしました。馬の鳴き声も」
緊迫した声でフリッツが立ち上がる。
ロストック軍の追っ手か。だったらじっとしているわけにはいかない。
わたしは手と足の痛みをこらえながら自分の剣を探す。
「無理です、イルゼ様。ここは僕に任せて。四、五人程度ならなんとかなります」
言いながらフリッツは扉近くまで移動。
少しずつ開けながら外に飛び出す機会を窺っている。
無茶だ。この場を凌げたとしても、騒ぎを聞きつけて大勢の兵が向かってくる。
わたしをここに残して動けるフリッツだけは逃げるべきだ。
這うようにわたしも出口へ向かう。
だが、フリッツはついに外へ。
少しの間を置いて話し声が聞こえてきた。
内容まではわからないが、争っている様子ではない。敵ではなかったのか。
しばらくして中へ戻ってくるフリッツ。
こんな状況なのに表情は明るくなっていた。
「イルゼ様、喜んでください。味方の兵でした。デッサウ砦に駐留していたアンスバッハの兵です」
フリッツが中に三人の兵を招き入れた。
事情を聞くと、デッサウ砦攻防の際に負傷していた兵だった。
「砦にそのまま居残っていた兵か。だったら、その後砦に起きたことも知っているのか」
わたしの問いかけに三人は頷く。
「イルゼ様たちが出発されて数日後のことでした。突然、ロストックの兵に強襲されて」
奮闘したが、砦に残っていた兵は少数。
あえなく奪われてしまったとのこと。三人はなんとか逃げ延び、この付近に潜んで本隊との合流の機会を窺っていたらしい。
「そのロストック兵というのも急に砦内に侵入してきたのです。防ぐ暇もなく」
「砦の外からなら、少数でも持ちこたえられます。あれは誰かが手引きしたのでしょう」
悔しそうにこぼす兵たち。こちらも同じように事情を話す。
ロストック軍を追い詰めたが、あと一歩のところで正規軍が引いてしまったこと。
退却でも予期せぬ動きでアンスバッハに相当な負担がかかったこと。
味方と思ってたいた砦からの攻撃とロストック軍との挟撃でほぼ壊滅してしまったこと。
三人の落胆は相当なものだったが、それでも、と声を励まして言った。
「イルゼ様がご無事なら我らがここに来た意味もあるというものです。馬も余分に連れていますから、ここからの退却はいくらか楽になるでしょう」
フリッツも頷く。
「助かる。要請していた援軍が来ないのは気になるが、とにかく国境までは急いだほうがいい」
三人の兵が持っていた食糧を五人で分け、ほどなくして出発。
馬は全部で四頭。わたしはフリッツの後ろに乗り、国境を目指した。
✳ ✳ ✳
一時は占領した街や村もデッサウ砦のように奪還されている可能性が高い。
大きな街道を避け、わたし達は南下。ロストック兵にも遭遇せず、国境まであともう少しというところだったがついに敵の哨戒隊に見つかってしまった。
「国境まではもうすぐ。このまま逃げ切れると思っていたが」
わたしの傷の具合を診ていたフリッツは急いで抱きかかえ、兵のひとりの後ろへ乗せる。
さっきまでは同じ馬に乗っていたのに、なぜ?
いや、乗せるだけじゃない。縄でぐるぐると巻いて兵士とわたしを固定する。
「なんのつもりだ、フリッツ」
「敵の狙いはイルゼ様だけでしょう。あなたの死体が見つからないのでやっきになって探しているはずです。だから僕はこれを用意していました」
そう言って取り出したのは赤い髪のカツラだった。それを被り、ニコリと笑う。
「遠目にはイルゼ様に見えるでしょう。侍女のヘレナに作らせておいた物です。使う機会があって良かった」
フリッツは兵に頼むぞ、と告げて別方向へ馬を駆けさせていった。
わたし達はまっすぐ南下していく。
止めろ、と前の兵に怒鳴ったが無言。暴れようにも力が入らない。
「フリッツ、どうして」
フリッツの逃げる方向に敵隊はつられて移動していく。
「フリッツ、フリッツ……お前がいないと、わたしは」
ぐしゃぐしゃに泣きながら手を伸ばすが、フリッツの姿もそれを追う敵隊も見えなくなってしまった。
正規の道ではないのでおおまかな方角だけを頼りに進んでいた。
味方の兵はもうついてくる者はいない。
先程の乱戦で全滅してしまったのか。
矢を受けた足は布で縛ったが、引き抜き方が悪かったのか出血が多い。
足を引きずるようになるとフリッツが無理やりわたしを背負う。
すでに甲冑は外しているが、こんな状態で逃げ切れるはずがない。
「フリッツ。わたしを置いていけ。お前だけなら逃げ延びれるかもしれない」
「ご冗談を。いつもの強気なあなたとは思えぬ発言ですね。怪我で判断力が鈍っているのでしょう」
荒い息をしながらフリッツはそんな事を言う。
コイツだって怪我してるのに。そんなになってまでわたしを助けようとしているのか。
「どっちにしろ生きて戻れるはずがない。多くの兵を死なせてしまった。どの面下げて帰るというんだ」
「全てがイルゼ様のせいではありません。ルイス卿が独断での退却。来るはずの援軍の不在。デッサウ砦が敵の手に落ちていたこと。様々な不確定な要因があります。それに」
フリッツは力強く、だが優しく諭すように付け加えた。
「北征が決まった時から兵たちは覚悟は出来ていました。異境の地で死ぬかもしれないと。それでも戦わねばならない、決着はつけなければならない事も理解していました。そしてイルゼ様。あなただけは死なせてはならないと」
「なんで……そんな、みんなわたしの事なんか」
「アンスバッハのため。そして家族のためですよ。あなたさえ無事なら、いつかはロストックを倒すことができる。平和な生活を手に入れられると信じているのです」
わたしは……たしかに平和を手に入れるために北征に参加した。
でも、一番に考えていたのは自分のことばかりだった。それなのに。
フリッツに背負われながら、わたしは声を殺して泣いた。
フリッツはそれ以上何も言わなかった。黙々と山の間道を歩いていく。
この男、わたしなんかより内面的にはずっと強い。
まだ本気でわたしを生きて送り届けようとしている。味方はなく、援軍も来ない。食糧もほとんどない。
それに随分冷えてきた。こんな状況なのにまだ望みを捨ててないのか。
「あそこに山小屋があります。いったんあそこで休憩を取りましょう」
フリッツの背でうつらうつらしていたわたしはその声ではっきり目を覚ます。
肩ごしに見える粗末な小屋。猟師が使っていたものだろうか。
わたしをいったん降ろし、扉を開けて中の様子を窺う。
危険が無いことを確認して、再びわたしを背負って中に入った。
「良かった。暖炉があります。いま火をつけますから」
暖炉の前にわたしを降ろし、フリッツは手早く火を起こす。
火の明かりと暖かさで少しだけ心が落ち着いた。
そういえば、と思い出して懐から赤いストールを取り出す。
出陣前に侍女のヘレナからもらった物だ。首に巻くとさらに身体が温まる。
「イルゼ様。足の傷を見せてください……まだ血が止まっていませんね。血管を傷つけているかもしれません。一刻も早くちゃんと治療の出来る場所へ行かないと」
血を拭き、新しい布で縛りながらフリッツは苦しそうな表情を見せる。
お前だって怪我しているくせに。わたしの事ばかり気にしないで自分の事を……。
そう言おうとしたがどうにもクラクラする。
血を流し過ぎたのか。
「イルゼ様。そこを動かないでください。いま、外から足音がしました。馬の鳴き声も」
緊迫した声でフリッツが立ち上がる。
ロストック軍の追っ手か。だったらじっとしているわけにはいかない。
わたしは手と足の痛みをこらえながら自分の剣を探す。
「無理です、イルゼ様。ここは僕に任せて。四、五人程度ならなんとかなります」
言いながらフリッツは扉近くまで移動。
少しずつ開けながら外に飛び出す機会を窺っている。
無茶だ。この場を凌げたとしても、騒ぎを聞きつけて大勢の兵が向かってくる。
わたしをここに残して動けるフリッツだけは逃げるべきだ。
這うようにわたしも出口へ向かう。
だが、フリッツはついに外へ。
少しの間を置いて話し声が聞こえてきた。
内容まではわからないが、争っている様子ではない。敵ではなかったのか。
しばらくして中へ戻ってくるフリッツ。
こんな状況なのに表情は明るくなっていた。
「イルゼ様、喜んでください。味方の兵でした。デッサウ砦に駐留していたアンスバッハの兵です」
フリッツが中に三人の兵を招き入れた。
事情を聞くと、デッサウ砦攻防の際に負傷していた兵だった。
「砦にそのまま居残っていた兵か。だったら、その後砦に起きたことも知っているのか」
わたしの問いかけに三人は頷く。
「イルゼ様たちが出発されて数日後のことでした。突然、ロストックの兵に強襲されて」
奮闘したが、砦に残っていた兵は少数。
あえなく奪われてしまったとのこと。三人はなんとか逃げ延び、この付近に潜んで本隊との合流の機会を窺っていたらしい。
「そのロストック兵というのも急に砦内に侵入してきたのです。防ぐ暇もなく」
「砦の外からなら、少数でも持ちこたえられます。あれは誰かが手引きしたのでしょう」
悔しそうにこぼす兵たち。こちらも同じように事情を話す。
ロストック軍を追い詰めたが、あと一歩のところで正規軍が引いてしまったこと。
退却でも予期せぬ動きでアンスバッハに相当な負担がかかったこと。
味方と思ってたいた砦からの攻撃とロストック軍との挟撃でほぼ壊滅してしまったこと。
三人の落胆は相当なものだったが、それでも、と声を励まして言った。
「イルゼ様がご無事なら我らがここに来た意味もあるというものです。馬も余分に連れていますから、ここからの退却はいくらか楽になるでしょう」
フリッツも頷く。
「助かる。要請していた援軍が来ないのは気になるが、とにかく国境までは急いだほうがいい」
三人の兵が持っていた食糧を五人で分け、ほどなくして出発。
馬は全部で四頭。わたしはフリッツの後ろに乗り、国境を目指した。
✳ ✳ ✳
一時は占領した街や村もデッサウ砦のように奪還されている可能性が高い。
大きな街道を避け、わたし達は南下。ロストック兵にも遭遇せず、国境まであともう少しというところだったがついに敵の哨戒隊に見つかってしまった。
「国境まではもうすぐ。このまま逃げ切れると思っていたが」
わたしの傷の具合を診ていたフリッツは急いで抱きかかえ、兵のひとりの後ろへ乗せる。
さっきまでは同じ馬に乗っていたのに、なぜ?
いや、乗せるだけじゃない。縄でぐるぐると巻いて兵士とわたしを固定する。
「なんのつもりだ、フリッツ」
「敵の狙いはイルゼ様だけでしょう。あなたの死体が見つからないのでやっきになって探しているはずです。だから僕はこれを用意していました」
そう言って取り出したのは赤い髪のカツラだった。それを被り、ニコリと笑う。
「遠目にはイルゼ様に見えるでしょう。侍女のヘレナに作らせておいた物です。使う機会があって良かった」
フリッツは兵に頼むぞ、と告げて別方向へ馬を駆けさせていった。
わたし達はまっすぐ南下していく。
止めろ、と前の兵に怒鳴ったが無言。暴れようにも力が入らない。
「フリッツ、どうして」
フリッツの逃げる方向に敵隊はつられて移動していく。
「フリッツ、フリッツ……お前がいないと、わたしは」
ぐしゃぐしゃに泣きながら手を伸ばすが、フリッツの姿もそれを追う敵隊も見えなくなってしまった。
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