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23 さらなる悲報
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国境でザールラントの守備兵に保護されたのはその数時間後のことだ。
守備隊の駐屯地にはわたし達の他に傷ついた兵士らが治療を受けていた。
先に勝手に撤退したザールラント正規軍の一部だ。
敗走途中で各地で襲撃を受けたのだろう。どの兵も暗澹とした表情で、深い傷を負っていた。
アンスバッハと協力して慎重に撤退戦をおこなっていれば、ここまでの被害はなかったはず。
文句のひとつも言いたかったが、今はそれどころじゃない。
フリッツを助けるために援軍を出さないと。
一緒に逃げてきたアンスバッハ兵の肩を借りながら、わたしは守備兵の長を呼び出す。
意識が朦朧としながら、わたしは兵を出すように命じる。
だが守備隊長はそれをすぐに突っぱねてきた。
「ここはザールラントの兵だけなので、国境を越えるには王宮からの命が必要です。あなたの指示だけで兵を動かすことは出来ません」
「なんだと」
怒りで掴みかかろうとしたが、ふらついてその場に倒れてしまった。
アンスバッハ兵が慌てて助け起こす。
「無理をしてはダメです。常人ならとうに死んでもおかしくない程の血を流しているのですよ」
「関係ない! 早く助けに行かないと、アイツが……」
兵を振りほどきながら傍らにある槍を手にする。
それを杖代わりにしながら馬のいるほうへ向かった。
「兵を出せないなら、わたしひとりで行くだけだ。絶対にアイツを助けに」
だが歩くうちに視界が暗くなってくる。
もう右足の感覚もない。
「無茶です! それ以上動いたら本当に死んでしまいます!」
三人がかりで止めようとしたが、わたしはそれも振りほどく。
意識が飛びそうになりながら馬の手綱を掴んだ。
鐙に足を乗せようとしたが、足が上がらない。
もう身体を支えることもできない。
ズルズルと崩れ落ちながら、わたしはうわ言のようにフリッツの名を繰り返していた。
✳ ✳ ✳
気が付いた時、わたしは見慣れた部屋のベッドの上に寝かされていた。
「イルゼ様、ああ、どうぞよくご無事で」
すぐに手を握ってきたのは侍女のヘレナ。
そして入れ替わるようにわたしの脈を取り、目を覗き込むひとりの老人。
わたしの父を診ていた医者だ。
しばらく診察をして、驚いたような声を出す。
「あの出血でここまで持ちこたえたのも信じられませんが、回復力も普通ではありませんな。あのまま死んでいてもおかしくありませんでした」
「わたしは……? ここはアンスバッハ城か」
ヘレナが涙目で頷く。
「はい。イルゼ様はここに運び込まれて、三日間眠られていました。あ、まだ急に動いてはいけません!」
「三日だと。こうしてはいられない。すぐに兵を連れてロストックへ行かないと。フリッツのヤツが……」
ヘレナと医者が止めるのも聞かず、わたしはベッドから起きて寝間着のまま外へ飛び出そうとする。
だがそれより早くドアが開き、中に複数の兵がなだれ込んでくる。
「なんだっ、お前ら」
わけもわからないまま、剣や槍を突きつけられて囲まれる。
この兵士たちの格好……見慣れない連中だ。アンスバッハでもザールラントのものでもない。なんでこんなヤツらが城の中に?
「イルゼ嬢。目覚めたのですね。そのまま眠っていたほうがあなたには良かったのかもしれないのに」
そう言って最後に入ってきたのは──ヴォルフスブルク公だ。すべての元凶といっていいコイツがなぜここに。
「まあ、とにかく落ち着いて。まず、なぜわたしがここにいるか説明しましょう。それはイルゼ孃。あなたに反逆罪が問われているからです」
「反逆……だと?」
「ええ。あなたより先に帰還したグローセル公より様々な訴えが上がってきているのです。命令違反や数々の問題行動。それに敵と内通していた疑いまで」
「ふざけるなっ! 命をかけて戦ったわたしが反逆だと? 勝手に退却をしたのはそのグローセル公だ! 勝てていた戦いを放棄してっ!」
グローセル公というのはルイス卿のことだ。
生きて王都まで戻っていたようだ。再会することがあれば真っ先にぶん殴ってやりたい相手だった。
「ともあれ、その真偽を確かめるためにもこの城はわたしの管理下におかれる。陛下の命として書状もここに。確認されるがよい」
目の前に出された書状をはたき落とし、わたしはヴォルフスブルク公に掴みかかる。
だがすぐに兵士たちに押さえ込まれ、床に這いつくばってしまう。
体調が万全ならこんなヤツら全員素手でブチのめせるのに。わたしはギリギリと歯噛みしながらヴォルフスブルク公を見上げた。
「まだ戦場より帰ってきたばかりだ。動揺されているのでしょう。今の蛮行は不問にしておきます。ああ、それともうひとつ。まだそこの者たちから聞いていないようなので教えておきましょう」
聞いていないこと? なんだ。これ以上なにかまだあるのか? ヘレナや医者の顔を見ると、沈痛な面持ちでうつむいている。
ヴォルフスブルク公は笑いを押し殺したような声でこう言った。
「あなたのお父様のことですよ。先日、アンスバッハ公は亡くなられました。病の身によほど応えたのでしょう。娘が反逆を企てていたというのは」
「なん……だとっ」
奈落の底に落とされるような気分だった。
お父様が。わたしが眠っている間に。お兄様とお母様が亡くなってから、唯一のイルゼの肉親だったのに。
この世界に転生してから、本当の親のように優しくしてもらった。
いつもわたしの心配をして、わたしのことで怒ってくれていた。あのお父様が。
悲しみと同時に湧いてきたのは怒り。
何もできない自分とルイス卿やヴォルフスブルク公に対する怒りだ。
「あああぁっっ!」
押さえ込んでいる兵士たちをものともせず立ち上がる。
傷口が開き、再び出血するのがわかったがどうでもよかった。
武装した兵士らを引きずりながらヴォルフスブルク公に詰め寄る。
「これは噂以上のバケモノだな」
引きつった顔をしながらヴォルフスブルク公は部屋の外へ避難する。
それを追うが槍の柄や剣の平で殴打されて、わたしはヒザをつく。
さらにめった打ちにされ、その場に倒れる。
今度こそ死ぬのか。この場で殺されてしまうのか。
遠のく意識の中で聞こえたのはヴォルフスブルク公の声。
「その狂人は地下牢へ厳重に閉じ込めておけ。まだ殺すなよ。はっきりと反逆罪が確定してから処刑せねば意味がない。この戦争を引き起こしたのも、多くの兵を死なせたのもその女のせいだと国中の人間が知らなければならない」
守備隊の駐屯地にはわたし達の他に傷ついた兵士らが治療を受けていた。
先に勝手に撤退したザールラント正規軍の一部だ。
敗走途中で各地で襲撃を受けたのだろう。どの兵も暗澹とした表情で、深い傷を負っていた。
アンスバッハと協力して慎重に撤退戦をおこなっていれば、ここまでの被害はなかったはず。
文句のひとつも言いたかったが、今はそれどころじゃない。
フリッツを助けるために援軍を出さないと。
一緒に逃げてきたアンスバッハ兵の肩を借りながら、わたしは守備兵の長を呼び出す。
意識が朦朧としながら、わたしは兵を出すように命じる。
だが守備隊長はそれをすぐに突っぱねてきた。
「ここはザールラントの兵だけなので、国境を越えるには王宮からの命が必要です。あなたの指示だけで兵を動かすことは出来ません」
「なんだと」
怒りで掴みかかろうとしたが、ふらついてその場に倒れてしまった。
アンスバッハ兵が慌てて助け起こす。
「無理をしてはダメです。常人ならとうに死んでもおかしくない程の血を流しているのですよ」
「関係ない! 早く助けに行かないと、アイツが……」
兵を振りほどきながら傍らにある槍を手にする。
それを杖代わりにしながら馬のいるほうへ向かった。
「兵を出せないなら、わたしひとりで行くだけだ。絶対にアイツを助けに」
だが歩くうちに視界が暗くなってくる。
もう右足の感覚もない。
「無茶です! それ以上動いたら本当に死んでしまいます!」
三人がかりで止めようとしたが、わたしはそれも振りほどく。
意識が飛びそうになりながら馬の手綱を掴んだ。
鐙に足を乗せようとしたが、足が上がらない。
もう身体を支えることもできない。
ズルズルと崩れ落ちながら、わたしはうわ言のようにフリッツの名を繰り返していた。
✳ ✳ ✳
気が付いた時、わたしは見慣れた部屋のベッドの上に寝かされていた。
「イルゼ様、ああ、どうぞよくご無事で」
すぐに手を握ってきたのは侍女のヘレナ。
そして入れ替わるようにわたしの脈を取り、目を覗き込むひとりの老人。
わたしの父を診ていた医者だ。
しばらく診察をして、驚いたような声を出す。
「あの出血でここまで持ちこたえたのも信じられませんが、回復力も普通ではありませんな。あのまま死んでいてもおかしくありませんでした」
「わたしは……? ここはアンスバッハ城か」
ヘレナが涙目で頷く。
「はい。イルゼ様はここに運び込まれて、三日間眠られていました。あ、まだ急に動いてはいけません!」
「三日だと。こうしてはいられない。すぐに兵を連れてロストックへ行かないと。フリッツのヤツが……」
ヘレナと医者が止めるのも聞かず、わたしはベッドから起きて寝間着のまま外へ飛び出そうとする。
だがそれより早くドアが開き、中に複数の兵がなだれ込んでくる。
「なんだっ、お前ら」
わけもわからないまま、剣や槍を突きつけられて囲まれる。
この兵士たちの格好……見慣れない連中だ。アンスバッハでもザールラントのものでもない。なんでこんなヤツらが城の中に?
「イルゼ嬢。目覚めたのですね。そのまま眠っていたほうがあなたには良かったのかもしれないのに」
そう言って最後に入ってきたのは──ヴォルフスブルク公だ。すべての元凶といっていいコイツがなぜここに。
「まあ、とにかく落ち着いて。まず、なぜわたしがここにいるか説明しましょう。それはイルゼ孃。あなたに反逆罪が問われているからです」
「反逆……だと?」
「ええ。あなたより先に帰還したグローセル公より様々な訴えが上がってきているのです。命令違反や数々の問題行動。それに敵と内通していた疑いまで」
「ふざけるなっ! 命をかけて戦ったわたしが反逆だと? 勝手に退却をしたのはそのグローセル公だ! 勝てていた戦いを放棄してっ!」
グローセル公というのはルイス卿のことだ。
生きて王都まで戻っていたようだ。再会することがあれば真っ先にぶん殴ってやりたい相手だった。
「ともあれ、その真偽を確かめるためにもこの城はわたしの管理下におかれる。陛下の命として書状もここに。確認されるがよい」
目の前に出された書状をはたき落とし、わたしはヴォルフスブルク公に掴みかかる。
だがすぐに兵士たちに押さえ込まれ、床に這いつくばってしまう。
体調が万全ならこんなヤツら全員素手でブチのめせるのに。わたしはギリギリと歯噛みしながらヴォルフスブルク公を見上げた。
「まだ戦場より帰ってきたばかりだ。動揺されているのでしょう。今の蛮行は不問にしておきます。ああ、それともうひとつ。まだそこの者たちから聞いていないようなので教えておきましょう」
聞いていないこと? なんだ。これ以上なにかまだあるのか? ヘレナや医者の顔を見ると、沈痛な面持ちでうつむいている。
ヴォルフスブルク公は笑いを押し殺したような声でこう言った。
「あなたのお父様のことですよ。先日、アンスバッハ公は亡くなられました。病の身によほど応えたのでしょう。娘が反逆を企てていたというのは」
「なん……だとっ」
奈落の底に落とされるような気分だった。
お父様が。わたしが眠っている間に。お兄様とお母様が亡くなってから、唯一のイルゼの肉親だったのに。
この世界に転生してから、本当の親のように優しくしてもらった。
いつもわたしの心配をして、わたしのことで怒ってくれていた。あのお父様が。
悲しみと同時に湧いてきたのは怒り。
何もできない自分とルイス卿やヴォルフスブルク公に対する怒りだ。
「あああぁっっ!」
押さえ込んでいる兵士たちをものともせず立ち上がる。
傷口が開き、再び出血するのがわかったがどうでもよかった。
武装した兵士らを引きずりながらヴォルフスブルク公に詰め寄る。
「これは噂以上のバケモノだな」
引きつった顔をしながらヴォルフスブルク公は部屋の外へ避難する。
それを追うが槍の柄や剣の平で殴打されて、わたしはヒザをつく。
さらにめった打ちにされ、その場に倒れる。
今度こそ死ぬのか。この場で殺されてしまうのか。
遠のく意識の中で聞こえたのはヴォルフスブルク公の声。
「その狂人は地下牢へ厳重に閉じ込めておけ。まだ殺すなよ。はっきりと反逆罪が確定してから処刑せねば意味がない。この戦争を引き起こしたのも、多くの兵を死なせたのもその女のせいだと国中の人間が知らなければならない」
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