強すぎる悪役令嬢イルゼ〜処刑ルートは絶対回避する!〜

みくもっち

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25 帰還後

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 マルティナと同じく、ヴォルフスブルク公も兵士に連行されていった。

 これで終わったのか……?
 すべての元凶であるヴォルフスブルク公の悪事は白日の下に晒され、わたしは処刑を免れた。

 小説のストーリーを改変することに成功したんだ。
 でもそれはわたしの力というより、ここに現れた傷の男のおかげ。
 ヴォルフスブルク公に従っているフリして、実はその悪事の証拠を集めていたとか。
 
 一体、何者? 誰に頼まれてこんなことを?

 わたしはまだ完全に味方だとは思えず、どうしても身構えてしまう。
 
 傷の男のほうも親しみのあるような雰囲気ではない。
 その視線はわたしの後方に向けられた。

 反射的に振り返ると、そこには金髪碧眼の美青年が。
 王太子のエアハルト様が見物席からここまで降りてきていた。

「イルゼ嬢、すまない。あなたにはなんと詫びたらいいのか。もう少しで取り返しのつかない事態になるところだった」

 本当に申し訳なさそうな顔で謝るので、気の毒になってしまう。
 ヴォルフスブルク公やマルティナの讒言が無ければ、陛下やエアハルト様が惑わされることもなかったのに。

 婚約破棄したのもわたし自身のことが嫌いになったわけでは無かったし、マルティナとの婚約発表に呼び出したのも偽書を使った罠だった。

「あなたは……誰にも理解されない中、ひとりで戦っていたのだな。ザールラントやアンスバッハのために。様々な陰謀や妨害に屈することなく」

 わたしは頷く。でもわたしはひとりではなかった。
 お父様や侍女のヘレナ。城のみんな。兵士たち。
 そしてフリッツ。
 
 わたしを信じてくれていた。わたしが自棄になりそうな時も助けてくれた。

「あ、わ……くて……」

 そう伝えようとしたが、やはり声が出ない。
 エアハルト様はわたしをいたわるように、ゆっくりとその場に座らせてくれた。

「長い監禁でひどく衰弱している。しばらくはアンスバッハで……いや、王城で休んでもらってもかまわない。一流の医師をつけよう」

 エアハルト様の優しい言葉に感激したが、そこは傷の男が割って入るように言ってきた。

「いえ、殿下。アンスバッハ城のほうが精神的にも落ち着くでしょう。このイルゼにも話しておきたいことがありますので、あとは任せてもらってもよろしいでしょうか」
「……うむ。キミがそう言うなら任せよう。イルゼ嬢が回復したときはまた報せてくれ。わたしからも改めて話があるから」
「はっ、必ずお報せします」

 丁寧に一礼する傷の男。 
 なんなんだ、わたしの事を気安く呼び捨てにしやがって。たしかに恩はあるけど、馴れ馴れしいヤツ。
 気になるのはエアハルト様のほうも。
 傷の男の正体を知っているような話し方だ。

「それではイルゼ嬢。あなたはゆっくりと傷ついた身体を休ませてくれ。わたしはこれからヴォルフスブルク公に加担していた者らを一斉に処断せねばならない。主に不戦派に所属していた奴らだ。それと戦場で混乱を招いたグローセル公も」

 ルイス卿のことも傷の男を通じてすでに正確な情報が伝わっているようだった。

 わたしは頼みます、と口をパクパクさせて伝えた。

「あなたをこのような目に遭わせてしまった償い……もちろんこんな事で許されるとは思っていないが。できる限りの事はさせてもらう」

 そう言ってエアハルト様はザールラント国王陛下、周りの兵士たちと共に去っていった。

 その場に残されたわたし達には馬車が用意されていた。
 傷の男に促されるままに客車に乗る。
 
 信用しきったわけではないが、エアハルト様の反応で敵ではないのは確かだ。
 馬車が動きだす。もう二度と戻れないと思っていたアンスバッハ城へ帰れる。

 お父様もフリッツもいないけれど。
 それでもわたしの帰る場所だ。

 わたしは客車の中で窓に寄りかかり、そのまま意識を失うように眠ってしまった。


 ✳ ✳ ✳


 揺り動かされて目を覚ます。
 傷の男がやっと起きたか、と無表情で見下ろしている。

 はっ、と身構えたときには男は城門のほうへ向かっていた。

 まだ身体がこわばっている。
 処刑から生き延びたというのに、まだ実感が薄かった。

 これは夢の続きで、目を覚ましたらまたあの処刑台に固定されているのではないか、と疑ってしまう。
 
 城の中に入ったときは大騒ぎだった。
 誰もがわたしが死んだものだと思っていたらしい。
 侍女のヘレナなんかは泣き崩れて動けないほどだった。

 ずいぶんと心配させてしまった。迷惑をかけてしまった。
 ヴォルフスブルク公の策略に乗せられ、多くの兵を戦で死なせた。

 それなのに、みんなわたしが生きていたことをこんなに喜んでくれるなんて。

「感動の再会は後でもできる。とにかく今は治療と休むことだけを考えろ」

 わたしがみんなの手を取り合っているところへ、水を差すように言ってくる傷の男。

 ずいぶん偉そうな態度だし、城のみんなも不審な目を向けている。いや、執事だけは何か気付いたようで目を丸くしている。

「あなたは……まさか。いや、そんなバカな」

 プルプルと震えている執事を尻目に、傷の男はわたしの手を引く。

 アンスバッハ城の中ははじめてのはずなのに、この傷の男は内部の造りを知っているかのようにスイスイと進んでいく。

 やがてわたしの部屋に着くと、ぶっきらぼうに「医師を呼んでくる。その間に着替えておけ」とだけ言って去っていった。



 医師の診察を受け、衰弱はしているが数日で回復するだろうとの事だった。
 右足の矢傷も癒えており、左手の痛みもない。

 喉のほうも毎日しっかり水分を取れば声が出せるようになるそうだ。もうずっとこの調子だったらどうしようかと思っていたわたしはホッとした。

「相変わらずの丈夫さですが、安静は絶対です。少なくとも一週間は動いてはなりません」

 念入りに釘を刺され、わたしは仕方なくそれに従う。

 わたしとしては一刻も早くロストックへ向けてフリッツの救出隊を派遣したいのだが、わたし自身の体調が万全でなければならないし、すでにかなりの日数が経過している。

 最悪の事態を想定して、フリッツの遺体を回収するための作戦になるかもしれない。
 
 派兵に関してはもう妨害する者はいないだろうけど、ロストック側は領土内で好き勝手させるわけがない。
 必ずまた激しい戦闘になるだろう。

 わたしは逸る気持ちを抑え、とにかく治療と回復に専念した。


 ✳ ✳ ✳


 一週間が過ぎてようやく医師から外出の許可が出た。
 声も元通りに出るようになり、わたしはすぐに出陣の用意を始める。

「治療が終わったばかりなのに、性急ではありませんか? せっかく無事に戻ってこれたのに……」

 不安げにそう言ってくるのは侍女のヘレナ。
 たしかにまた心配をかけてしまうが、このままフリッツの事を放ってはおけない。

「大丈夫。無理はしないから。あまり奥までは進軍しない予定だ」
「領内の者たちは今度こそイルゼ様を失ってしまうのではないかと不安がっています。わたしだって、出来ればもうロストックへは行かないで欲しいと思っています」

 言いながら泣きそうになるヘレナをなだめ、わたしは少し悩んだ。

 お父様も亡くなり、わたしの投獄やら処刑やらの混乱もあって正式な葬儀も済んでいないようだった。
 それに先の戦でアンスバッハ兵も激減している。
 
 徴兵をして領内の負担を増やすのも気が引ける。
 今回やろうとしている出兵は王命ではなく、あくまでわたしの私情によるものだ。

 そんな悩んでいる最中だった。
 わたしが療養中には姿を現さなかった傷の男が城を訪れたのだ。

 男は当然のようにわたしの部屋に入り、人払いを命じる。
 わたしも聞きたいことが山程あるので都合が良かった。

 それに万が一のことがあっても負けない自信はある。たしかに腕は立つ男だが、それは不意打ちや暗殺に特化したような強さだった。

「体調は回復したようだな。なによりだ」
 
 傷の男は言葉と裏腹に全然嬉しそうではない。
 テーブルの対面に腰かけながら、わたしはすぐに本題を聞き出そうとした。

「それで? まだお前の正体と目的が分かっていない。名前すら知らない。一体、何者なんだ、お前は」
「……そうだな。幼い頃に生き別れたから覚えてないのも無理はないか。ここの執事は声だけで気付いたぞ。きつく口止めはしておいたが」
「? どういうことだ? わたしの知っている人間だっていうのか?」

 こんな特徴的な顔に傷のある中年の男なんて知らない。
 見たら絶対覚えているはずだ。幼い頃? わたしが転生したばっかりの時だろうか。
 たしかにその時の記憶はあやふやだけど……。

「これも変装だからな。人は特徴的な一部を強く記憶に残す。この傷もそのためのものだ」

 傷の男はそう言って顎の下あたりに指を突っ込む。
 そしてベリベリと顔の表面を剥ぎ取った。 
 その顔自体が覆面になっていたのか!

 わたしの目の前に現れたのは赤髪の青年。
 本物の顔には傷ひとつない、綺麗な顔だった。それにどこかイルゼに似ている。年はいくつか上だろうか。

 わたしはその顔をじっと見、しばらくしてあっと声をあげた。
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