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第1部 剣聖 羽鳴由佳
31 黒由佳
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トレントが戦斧を振りかぶる。何度やっても同じだ。
振り下ろしを狙い、カウンターで払い抜ける。パガァッ、と硬い物が割れる音。
振り向き、がら空きの背中に上段から一閃。今度は鈍い音とともにトレントが前のめりに倒れた。
「いたたた……ほんと、かったいわ、コイツ」
斬鉄の技を使っているのに──斬れない。亀裂が入るだけだ。
金属バットで電柱をブッ叩いているようで、手が痺れたではないか。
またもグググ、と起き上がってくる。
わたしは刀を引いた構えから踏み込んで──突き。
ただの突きではない。無数の突きの連打。反撃する間も与えず、一瞬のうちにメッタ刺しにする。エグい技なので対人には禁じ手としていたが、コイツに遠慮は無用だろう。
ガガガガガッ。
兜や鎧がひしゃげ、亀裂が広がる。トレントはよたよたと後退。このまま攻撃を加え続ければ鎧を打ち砕く事が出来るかもしれないが、背後は崖。
わたしはトドメの一撃とばかりに両手持ちで刀を突き出す。ゴッ、と押し出されたトレントは足を踏み外し、谷底へと落ちていった。
あれだけ頑丈なヤツだから、こんなんじゃ死なないだろう、多分。
砦内に進入。無事に制圧できたようだ。あちこちで歓声があがっている。
そういえば、レオニードの姿が見えない。あいつ、あんなスプラッタ野郎をわたしに押し付けたままどこか行くなんて信じられない。
兵の一人に聞き、砦の最上階へと向かう。わたしが階段を登りきり、目にしたのは──。
レオニードが大の字に仰向けになり、倒れていた。全身ボロボロだ。わたしに気付くと、血を吐きながら逃げろ、と言った。
「まさかとは思ったが……やべぇヤツがいる。勝ち目はねぇ、死ぬぞ」
一体、何が起きている。最上階の奥──誰かいる。僧衣の男。
頭の中にダダダダ、と打ち込まれた。
《憤怒僧》《傀儡師》岩秀。
カーラや黄武迅と同じ複数の二つ名。こいつはマズイ。あのいつもの闘争心がわき上がってこない。
これは最近聞いたのだが、相手がはるかに格上だとそうなるらしい。
戦う本能より、命の危機を優先しているのだ。
岩秀は六十代ほどのしかめっ面をした、まんま日本の坊さまの格好。いや待て、隣にひざまずいているのは──わたしが先ほど崖から突き落とした鎧の願望者、トレントではないか。
「貴様が《剣聖》か……わしの人形にえらく打ち込んでくれたようだな。まあ、おかげで良いモノが出来たわ」
岩秀がぐぐっ、と数珠を持った手を掲げると、トレントの鎧がガバァッ、と外れた。中から現れ、立ち上がった姿を見てわたしは絶句した。
──わたしだ。わたし自身の姿がそこにあった。見間違えるはずはない。こんな美少女は二人といない……はず。
違う点があるとすれば、長い髪は高い位置で束ねてポニーテールにしている。
上に着ていた着物は乱暴に腰に巻き付け、下半分が無残に擦り切れている。
瞳は黒。最も特徴的なのは、両手に漆黒の刃が握られていた。つまり二刀だ。
ダダダダ、とまた頭に打ち込まれる。
《魔剣士》羽鳴由佳。
今度はぐわっと闘争心がわき起こる。これで逆にわたしは冷静さを取り戻した。
「なんなんだそれは、趣味が悪い。お前の能力なのか、それ」
わたしは岩秀に問いかけたのだが、隣のわたしが代わりに答えた。
「それっ、て自分に向かって随分な言い種だな、おい」
黒い願望のオーラをまとい、《魔剣士》は二刀を振りかざして襲ってきた。
──速い。挟みこむ斬撃をかわす。すかさず前蹴りが飛んできた。左腕でガード。ぶんっ、と空中で前転かかと落とし。これは避けきれず肩に当たった。
「いたっ……何コイツ、脚クセわるっ!」
わたしが叫ぶと、《魔剣士》は首と肩を回しながら言った。
「まだこの身体に慣れねーんですよ、お姉さま。ああ、ややこしいからわたしは黒由佳とでも呼んで。一応、あんたがオリジナルだから」
「ふざけるなっ」
納刀し、居合いの構え。
こいつはどうせ、セプティミアが願望の力で作ったサイラスみたいな紛い物だ。すぐに消し飛ばしてやる。
「シッ!」
抜刀。飛ぶ斬撃がまともに命中。だが、二刀を十文字にして黒由佳は防いでいた。
「何それ……それ、わたし出来ない。ねえ、教えてよ。おねいたま」
バカにしたような口調で黒由佳が踏み出すが、岩秀がそれを止めた。
「もうよい、目的は達した。長居は無用、退くぞ」
「何だよクソ坊主。つまんねーこと言ってんじゃねえ。せっかく面白くなってきたのによ。テメーから殺すか」
「……驚いた。わしの命に従わぬとは。わしの力がまだ未熟なのか、あの女の願望の力が特殊なのか……ふふ、因果なものよ。《剣聖》、生きておればまたまみえることもあろう」
岩秀はそう言い、念仏を唱えながら城壁へ登る。逃げるつもりか。
追おうとしたが、黒由佳が立ちはだかる。
「ふひひ、どこ行くの、お姉さま。第2ラウンドの開始ですわよ」
振り下ろしを狙い、カウンターで払い抜ける。パガァッ、と硬い物が割れる音。
振り向き、がら空きの背中に上段から一閃。今度は鈍い音とともにトレントが前のめりに倒れた。
「いたたた……ほんと、かったいわ、コイツ」
斬鉄の技を使っているのに──斬れない。亀裂が入るだけだ。
金属バットで電柱をブッ叩いているようで、手が痺れたではないか。
またもグググ、と起き上がってくる。
わたしは刀を引いた構えから踏み込んで──突き。
ただの突きではない。無数の突きの連打。反撃する間も与えず、一瞬のうちにメッタ刺しにする。エグい技なので対人には禁じ手としていたが、コイツに遠慮は無用だろう。
ガガガガガッ。
兜や鎧がひしゃげ、亀裂が広がる。トレントはよたよたと後退。このまま攻撃を加え続ければ鎧を打ち砕く事が出来るかもしれないが、背後は崖。
わたしはトドメの一撃とばかりに両手持ちで刀を突き出す。ゴッ、と押し出されたトレントは足を踏み外し、谷底へと落ちていった。
あれだけ頑丈なヤツだから、こんなんじゃ死なないだろう、多分。
砦内に進入。無事に制圧できたようだ。あちこちで歓声があがっている。
そういえば、レオニードの姿が見えない。あいつ、あんなスプラッタ野郎をわたしに押し付けたままどこか行くなんて信じられない。
兵の一人に聞き、砦の最上階へと向かう。わたしが階段を登りきり、目にしたのは──。
レオニードが大の字に仰向けになり、倒れていた。全身ボロボロだ。わたしに気付くと、血を吐きながら逃げろ、と言った。
「まさかとは思ったが……やべぇヤツがいる。勝ち目はねぇ、死ぬぞ」
一体、何が起きている。最上階の奥──誰かいる。僧衣の男。
頭の中にダダダダ、と打ち込まれた。
《憤怒僧》《傀儡師》岩秀。
カーラや黄武迅と同じ複数の二つ名。こいつはマズイ。あのいつもの闘争心がわき上がってこない。
これは最近聞いたのだが、相手がはるかに格上だとそうなるらしい。
戦う本能より、命の危機を優先しているのだ。
岩秀は六十代ほどのしかめっ面をした、まんま日本の坊さまの格好。いや待て、隣にひざまずいているのは──わたしが先ほど崖から突き落とした鎧の願望者、トレントではないか。
「貴様が《剣聖》か……わしの人形にえらく打ち込んでくれたようだな。まあ、おかげで良いモノが出来たわ」
岩秀がぐぐっ、と数珠を持った手を掲げると、トレントの鎧がガバァッ、と外れた。中から現れ、立ち上がった姿を見てわたしは絶句した。
──わたしだ。わたし自身の姿がそこにあった。見間違えるはずはない。こんな美少女は二人といない……はず。
違う点があるとすれば、長い髪は高い位置で束ねてポニーテールにしている。
上に着ていた着物は乱暴に腰に巻き付け、下半分が無残に擦り切れている。
瞳は黒。最も特徴的なのは、両手に漆黒の刃が握られていた。つまり二刀だ。
ダダダダ、とまた頭に打ち込まれる。
《魔剣士》羽鳴由佳。
今度はぐわっと闘争心がわき起こる。これで逆にわたしは冷静さを取り戻した。
「なんなんだそれは、趣味が悪い。お前の能力なのか、それ」
わたしは岩秀に問いかけたのだが、隣のわたしが代わりに答えた。
「それっ、て自分に向かって随分な言い種だな、おい」
黒い願望のオーラをまとい、《魔剣士》は二刀を振りかざして襲ってきた。
──速い。挟みこむ斬撃をかわす。すかさず前蹴りが飛んできた。左腕でガード。ぶんっ、と空中で前転かかと落とし。これは避けきれず肩に当たった。
「いたっ……何コイツ、脚クセわるっ!」
わたしが叫ぶと、《魔剣士》は首と肩を回しながら言った。
「まだこの身体に慣れねーんですよ、お姉さま。ああ、ややこしいからわたしは黒由佳とでも呼んで。一応、あんたがオリジナルだから」
「ふざけるなっ」
納刀し、居合いの構え。
こいつはどうせ、セプティミアが願望の力で作ったサイラスみたいな紛い物だ。すぐに消し飛ばしてやる。
「シッ!」
抜刀。飛ぶ斬撃がまともに命中。だが、二刀を十文字にして黒由佳は防いでいた。
「何それ……それ、わたし出来ない。ねえ、教えてよ。おねいたま」
バカにしたような口調で黒由佳が踏み出すが、岩秀がそれを止めた。
「もうよい、目的は達した。長居は無用、退くぞ」
「何だよクソ坊主。つまんねーこと言ってんじゃねえ。せっかく面白くなってきたのによ。テメーから殺すか」
「……驚いた。わしの命に従わぬとは。わしの力がまだ未熟なのか、あの女の願望の力が特殊なのか……ふふ、因果なものよ。《剣聖》、生きておればまたまみえることもあろう」
岩秀はそう言い、念仏を唱えながら城壁へ登る。逃げるつもりか。
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