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第1部 剣聖 羽鳴由佳
69 私掠船団アジトで
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翌朝セペノイアの街を出たはいいものの、特に目的が無くなってしまった。
頼りにしていたカーラは、いつ戻るか分からない。
ひとまずはまたレオニードのギルドに身を寄せて、反撃の機会をうかがうしかないのか。
「あ~、その事なんだが……」
レオニードが申し訳なさそうに口を開く。機嫌の悪いわたしはなんだ、とケンカ腰で聞く。
「ワリィが、お前らの手助けをしてやれるのもここまでだ。俺のギルドはこれ以上、葉桜溢忌と争うつもりはねえ」
「どういう意味だ」
くってかかったのはナギサだ。今にも掴みかかりそうなのを、志求磨が止める。
「商売上な……。俺は各地の領主や商人を相手にしている。そしてアイツらは葉桜溢忌に従属しつつある。あの南方の大領主、ヨハンのようにな。生き残る為には仕方がねえのさ」
「お前、それでも元五禍将か! オヤジに拾われた恩を忘れて、あんなヤツらに従うってのか!」
怒りに手甲を振り上げるナギサ。志求磨だけでは押さえられない。わたしとアルマもナギサにしがみつく。
「もう《覇王》の影響力は無いといってもいいじゃねえか。後継者のお前も、私掠船団とそいつらだけで勝つつもりかよ。カーラが仲間になりゃあ、まだ可能性はあったが……それもアテにならねえ。勝ち目のねえ戦いなんて俺はゴメンだぜ」
「……わかった。お前の言うことももっともだ。強制はできない」
力を緩めるナギサ。ほっとしたのも束の間、ボッ、と素手のほうの拳でレオニードを殴りつけた。
「失せろ……僕の前に二度と現れるな」
口から出た血を拭いながら、レオニードは無言で背を向け、去っていった。
なんとも気まずい雰囲気になった……。
ナギサは深いため息をつくと、わたし達一人一人の顔を見ながら言った。
「すまないな。なんか、カッとなってしまって。お前達は……今のところ行く所がないんだろ。僕の私掠船団のアジトに来るといい」
わたしは志求磨、アルマと顔を見合せたが、特に断る理由もないし、いまやナギサは葉桜溢忌に対抗する勢力の旗頭だ。
リーダーとしての資質や実力もあると思う。カーラに頼れない今、この娘(男)の元に身を寄せるのが一番だと思われた。
ナギサの私掠船団のアジトは、海に面した崖の下。波の侵食によってできた、巨大な洞窟の中にあるそうだ。そこに数隻の船が停泊しているらしい。
私掠船とは、国から攻撃や略奪を認められた個人保有の船。攻撃対象はもっぱらフリーの海賊相手だが、国からの依頼で海の魔物討伐もおこなっていたようだ。
《覇王》亡き後、海賊や魔物の出現は増加。私掠船の活動も増え、レオニードのギルドと同じように商船の護衛も請け負っていた。
この前のマウリシオとかいう、ナギサの部下はわたし達を海賊だと勘違いして襲ってきたらしい。まったく、自分がコテコテの海賊の格好してたクセに。
セペノイアからアジトまでは一日もかからない。わたし達はその日のうちに到着しようと先を急いだ。
「もうすぐ着くぞ。崖上に見張りがいるから、僕が戻ったのをもう知ってるはず。向こうからすぐに出迎えがくるぞ」
巨大斧を担いで歩きながらナギサが指さした。
崖上には見張り小屋。一見すれば漁師が使っていそうな粗末なものだが、そういうふうにカモフラージュしているのだろう。
しかし、近づいても一向に出迎えが来る様子はない。
ナギサが苛立った声をあげる。
「おいおい、僕が不在の間に随分とたるんだもんだな。マウリシオめ、何やっている」
見張り小屋に入るが──無人。
ナギサはブツブツ言いながら、床下の隠し階段の扉を開ける。
松明を灯し、階段を下りていく。生ぬるい風が下から頬をなでる。
出口からは波の音が聞こえてきた。
船が停泊している場所は大きくひらけており、太陽の光も十分入ってきている。
松明の火を消しながらナギサが緊張した声。
「おかしい……静かすぎる。なんで誰も出てこないんだ」
──ドッゴオオオオンッ。
いきなりの轟音。船のほうからだ。
海水の飛沫が降り注ぐ。
ズズ、ギギギィ、と一番手前の大きな帆船がきしみながら沈みはじめていた。
「な、なにが起こってる! 僕の船が──」
ナギサが叫んでいる間にも轟音は続き、その隣、またその隣と船が沈んでいく。
「ああっ! そんな──」
駆け寄る途中でナギサはへたり込んだ。
ここまで来る途中、船に対する愛着を語っていたナギサ。その船が目の前で沈んでいくのだから、そのショックは計り知れない。
「ナギサッ! 危ない!」
バシィッ、と激しい打擲音。
鞭の一撃が地面を抉っていた。
ナギサは志求磨が間一髪で助け出していた。
しかし、この鞭は──。
「やはりここへ戻ってきましたね。待っていた甲斐があったというもの」
現れたのは黒い祭服、丸メガネの男。
武道大会決勝で戦った、餓狼衆の一人。《神託者》ヨハン・ランメルツ。なぜこんな所に。
「ヨハンさん、遊んでいる場合ではありませんよ。さっさと終わらせましょう」
この声。忘れるわけがない。ヨハンに続いて奥の暗がりから出てきた女。
《覇王》黄武迅を裏切り、葉桜溢忌を復活させた元凶。
《神算司書》ミリアム・エーベンハルトがそこにはいた。
頼りにしていたカーラは、いつ戻るか分からない。
ひとまずはまたレオニードのギルドに身を寄せて、反撃の機会をうかがうしかないのか。
「あ~、その事なんだが……」
レオニードが申し訳なさそうに口を開く。機嫌の悪いわたしはなんだ、とケンカ腰で聞く。
「ワリィが、お前らの手助けをしてやれるのもここまでだ。俺のギルドはこれ以上、葉桜溢忌と争うつもりはねえ」
「どういう意味だ」
くってかかったのはナギサだ。今にも掴みかかりそうなのを、志求磨が止める。
「商売上な……。俺は各地の領主や商人を相手にしている。そしてアイツらは葉桜溢忌に従属しつつある。あの南方の大領主、ヨハンのようにな。生き残る為には仕方がねえのさ」
「お前、それでも元五禍将か! オヤジに拾われた恩を忘れて、あんなヤツらに従うってのか!」
怒りに手甲を振り上げるナギサ。志求磨だけでは押さえられない。わたしとアルマもナギサにしがみつく。
「もう《覇王》の影響力は無いといってもいいじゃねえか。後継者のお前も、私掠船団とそいつらだけで勝つつもりかよ。カーラが仲間になりゃあ、まだ可能性はあったが……それもアテにならねえ。勝ち目のねえ戦いなんて俺はゴメンだぜ」
「……わかった。お前の言うことももっともだ。強制はできない」
力を緩めるナギサ。ほっとしたのも束の間、ボッ、と素手のほうの拳でレオニードを殴りつけた。
「失せろ……僕の前に二度と現れるな」
口から出た血を拭いながら、レオニードは無言で背を向け、去っていった。
なんとも気まずい雰囲気になった……。
ナギサは深いため息をつくと、わたし達一人一人の顔を見ながら言った。
「すまないな。なんか、カッとなってしまって。お前達は……今のところ行く所がないんだろ。僕の私掠船団のアジトに来るといい」
わたしは志求磨、アルマと顔を見合せたが、特に断る理由もないし、いまやナギサは葉桜溢忌に対抗する勢力の旗頭だ。
リーダーとしての資質や実力もあると思う。カーラに頼れない今、この娘(男)の元に身を寄せるのが一番だと思われた。
ナギサの私掠船団のアジトは、海に面した崖の下。波の侵食によってできた、巨大な洞窟の中にあるそうだ。そこに数隻の船が停泊しているらしい。
私掠船とは、国から攻撃や略奪を認められた個人保有の船。攻撃対象はもっぱらフリーの海賊相手だが、国からの依頼で海の魔物討伐もおこなっていたようだ。
《覇王》亡き後、海賊や魔物の出現は増加。私掠船の活動も増え、レオニードのギルドと同じように商船の護衛も請け負っていた。
この前のマウリシオとかいう、ナギサの部下はわたし達を海賊だと勘違いして襲ってきたらしい。まったく、自分がコテコテの海賊の格好してたクセに。
セペノイアからアジトまでは一日もかからない。わたし達はその日のうちに到着しようと先を急いだ。
「もうすぐ着くぞ。崖上に見張りがいるから、僕が戻ったのをもう知ってるはず。向こうからすぐに出迎えがくるぞ」
巨大斧を担いで歩きながらナギサが指さした。
崖上には見張り小屋。一見すれば漁師が使っていそうな粗末なものだが、そういうふうにカモフラージュしているのだろう。
しかし、近づいても一向に出迎えが来る様子はない。
ナギサが苛立った声をあげる。
「おいおい、僕が不在の間に随分とたるんだもんだな。マウリシオめ、何やっている」
見張り小屋に入るが──無人。
ナギサはブツブツ言いながら、床下の隠し階段の扉を開ける。
松明を灯し、階段を下りていく。生ぬるい風が下から頬をなでる。
出口からは波の音が聞こえてきた。
船が停泊している場所は大きくひらけており、太陽の光も十分入ってきている。
松明の火を消しながらナギサが緊張した声。
「おかしい……静かすぎる。なんで誰も出てこないんだ」
──ドッゴオオオオンッ。
いきなりの轟音。船のほうからだ。
海水の飛沫が降り注ぐ。
ズズ、ギギギィ、と一番手前の大きな帆船がきしみながら沈みはじめていた。
「な、なにが起こってる! 僕の船が──」
ナギサが叫んでいる間にも轟音は続き、その隣、またその隣と船が沈んでいく。
「ああっ! そんな──」
駆け寄る途中でナギサはへたり込んだ。
ここまで来る途中、船に対する愛着を語っていたナギサ。その船が目の前で沈んでいくのだから、そのショックは計り知れない。
「ナギサッ! 危ない!」
バシィッ、と激しい打擲音。
鞭の一撃が地面を抉っていた。
ナギサは志求磨が間一髪で助け出していた。
しかし、この鞭は──。
「やはりここへ戻ってきましたね。待っていた甲斐があったというもの」
現れたのは黒い祭服、丸メガネの男。
武道大会決勝で戦った、餓狼衆の一人。《神託者》ヨハン・ランメルツ。なぜこんな所に。
「ヨハンさん、遊んでいる場合ではありませんよ。さっさと終わらせましょう」
この声。忘れるわけがない。ヨハンに続いて奥の暗がりから出てきた女。
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