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第1部 剣聖 羽鳴由佳
79 鬼か仏か
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さびれた村に到着。一見して貧しいのだなと分かる。
今にも倒壊しそうなあばら家。いつものごめんやっしゃ、では入らない。ちょっと蹴飛ばしただけでも崩れそうだ。
たてつけの悪い引き戸をガタガタと開ける。
中には痩せ細った中年の男。布団には妻らしき女性が寝ている。
男の背中には二人の幼い兄妹。おびえたようにしがみついていた。
「ピピンはん、今までは利息分だけはきっちり納めてはったのに、最近は滞っとるようやなあ」
「神田さん、まだ返済は待っててください。妻が病で倒れたんです。今は返済にまわすほどの余裕がないんです」
「そないなこと、知ったことかい。ワシが来たからには手ぶらで帰るわけにはあかん。アンタの腎臓、角膜売ってでも銭は作ってもらう。それか、そこのガキどもを売っ払うのもアリやで」
「……! 神田さん、アンタ、鬼だ。人の顔をした鬼だ!」
「今ごろ気づいたんかい。そうや、ワシは銭のためなら鬼でも悪魔にでもなるでえええッ!」
ちょっと、ちょっと。ここはさすがにわたしとアルマで止めた。
見慣れているわたし達でもこれはドン引きだ。こんな貧しい家族から金を回収しようだなんて。
それに相手は願望者でもない、普通の一般市民のようだ。
男の妻は身体が弱いらしい。あの日之影宵子に一度診てもらうために金を借りたのだろう。
「定期的に何度も通わないと、完治しない病なのです。妻の病が治るまでは──」
「まだ言うんかいッ、このガキッ! ワシに泣き落としは通用せんでえええッ!」
いい加減にしろと、神田敏次郎を家から引っ張り出した。
「おい、ヤメろ。あんまりヒドイぞ、今のは」
「……本当。子供たちがかわいそう」
わたしとアルマは神田敏次郎を責めるが、当の本人は別の心配をしていた。
「アイツら、今夜あたり飛びよるでえ。ええかアンタら。村の出入り口は三ヶ所。そこをワシらで押さえとくで」
人の話を聞かず、神田敏次郎は夜逃げするであろうピピン一家確保作戦を立てだした。
この最後の取り立てが成功しなければ手術代はチャラにならず、志求磨たちも人質に取られたままだ。
あの変態医者はそれを望んでいるかもしれないが、それでは志求磨たちがあまりに憐れ。今ごろどんな目に遭っているかも分からないのに。
夜になり、わたしとアルマ、神田敏次郎は三手に分かれて村の出入口で待機。
物陰に身を潜めながらピピン一家が来るのを待ち構えた。
どうかわたしのところに来るなよ、と願いつつ、じっとしていると──ガラガラと荷車を押す音。
ピピンだ。わずかな家財道具を荷台に積んでそれを引いている。
うしろからはゴホゴホと咳をしながら妻が続き、その両脇を支えるように幼い兄妹が寄り添っている。
これ……どないせえっちゅーねん。
わたしは頭を抱えた。
とにかく見逃すわけにもいかない。わたしはちくしょう、と呟きながらピピンの前に立ちはだかった。
「あなたは……昼間、神田さんと一緒にいた……」
ここまで言ってピピンは荷車から手を離し、その場に這いつくばった。
「お願いします! ここは見逃してください! 借金はいつか必ず、必ず返しますからっ」
わたしはむぐぐ、と唸る。どうしたものか。
幼い兄妹がたたた、と駆け寄ってきてピピンの前でかばうように手を広げる。
「お父さんをイジメないで!」
「イジメないで!」
…………わたしはお腹を押さえながらうずくまる。
「いたたっ、急に腹が、腹がいたい。さっき食べ過ぎたせいかも……こりゃしばらく動けない」
「だ、大丈夫ですか?」
わたしの演技を真に受けて心配するピピン。バカ、こうしてる間にさっさと行け。
わたしが目配せすると、ようやく気づいたのか、慌てて荷車を引いてわたしの横を通り過ぎていく。
「すいません、ありがとうございます……!」
頭を何度も下げるピピン。幼い兄妹と病弱な妻も頭を下げて通り過ぎた。
ガラガラと荷車の音が遠ざかっていく。
ようやく見えなくなり、わたしは安堵のため息をついた。
「由佳はん、アンタ……」
この声は──やべ。神田敏次郎だ。見られていたのか。
険しい顔で近づく神田敏次郎。うわ、怒られる……そう思ったが、わたしの肩にポンと軽く手を触れただけだった。
「あれでええ。ご苦労やったな」
どういうことだろうか。回収を失敗したどころか、逃げるのを見逃してしまったのに。
「あのピピンは見た通りのお人好しの真面目なヤツや。時間はかかるやろうが、返済は間違いなくするやろ」
「じゃあ、昼間はなんであんな事を……」
「ワシらはな、ちっとでも甘さを見せたらアカン商売や。鬼の敏次郎が仏心を出したと噂が立つわけにはアカンやろ。こんな真似すんのも相手によるがのお」
そういうことだったのか。なんだかホッとした。む、これで全部回収済みでいいのか?
「そうやな。アイツの嫁がキチンと完治せん限りは返済に力が入らんやろうからな。残りの治療代はワシが立て替えたる。せやけど勘違いしたらアカンで。真面目に返済できるヤツは無理に回収せんほうが利益になるんや」
なんだかんだ言っていいヤツじゃないか。
ともかく、これで日之影宵子との約束を果たすことができた。
今にも倒壊しそうなあばら家。いつものごめんやっしゃ、では入らない。ちょっと蹴飛ばしただけでも崩れそうだ。
たてつけの悪い引き戸をガタガタと開ける。
中には痩せ細った中年の男。布団には妻らしき女性が寝ている。
男の背中には二人の幼い兄妹。おびえたようにしがみついていた。
「ピピンはん、今までは利息分だけはきっちり納めてはったのに、最近は滞っとるようやなあ」
「神田さん、まだ返済は待っててください。妻が病で倒れたんです。今は返済にまわすほどの余裕がないんです」
「そないなこと、知ったことかい。ワシが来たからには手ぶらで帰るわけにはあかん。アンタの腎臓、角膜売ってでも銭は作ってもらう。それか、そこのガキどもを売っ払うのもアリやで」
「……! 神田さん、アンタ、鬼だ。人の顔をした鬼だ!」
「今ごろ気づいたんかい。そうや、ワシは銭のためなら鬼でも悪魔にでもなるでえええッ!」
ちょっと、ちょっと。ここはさすがにわたしとアルマで止めた。
見慣れているわたし達でもこれはドン引きだ。こんな貧しい家族から金を回収しようだなんて。
それに相手は願望者でもない、普通の一般市民のようだ。
男の妻は身体が弱いらしい。あの日之影宵子に一度診てもらうために金を借りたのだろう。
「定期的に何度も通わないと、完治しない病なのです。妻の病が治るまでは──」
「まだ言うんかいッ、このガキッ! ワシに泣き落としは通用せんでえええッ!」
いい加減にしろと、神田敏次郎を家から引っ張り出した。
「おい、ヤメろ。あんまりヒドイぞ、今のは」
「……本当。子供たちがかわいそう」
わたしとアルマは神田敏次郎を責めるが、当の本人は別の心配をしていた。
「アイツら、今夜あたり飛びよるでえ。ええかアンタら。村の出入り口は三ヶ所。そこをワシらで押さえとくで」
人の話を聞かず、神田敏次郎は夜逃げするであろうピピン一家確保作戦を立てだした。
この最後の取り立てが成功しなければ手術代はチャラにならず、志求磨たちも人質に取られたままだ。
あの変態医者はそれを望んでいるかもしれないが、それでは志求磨たちがあまりに憐れ。今ごろどんな目に遭っているかも分からないのに。
夜になり、わたしとアルマ、神田敏次郎は三手に分かれて村の出入口で待機。
物陰に身を潜めながらピピン一家が来るのを待ち構えた。
どうかわたしのところに来るなよ、と願いつつ、じっとしていると──ガラガラと荷車を押す音。
ピピンだ。わずかな家財道具を荷台に積んでそれを引いている。
うしろからはゴホゴホと咳をしながら妻が続き、その両脇を支えるように幼い兄妹が寄り添っている。
これ……どないせえっちゅーねん。
わたしは頭を抱えた。
とにかく見逃すわけにもいかない。わたしはちくしょう、と呟きながらピピンの前に立ちはだかった。
「あなたは……昼間、神田さんと一緒にいた……」
ここまで言ってピピンは荷車から手を離し、その場に這いつくばった。
「お願いします! ここは見逃してください! 借金はいつか必ず、必ず返しますからっ」
わたしはむぐぐ、と唸る。どうしたものか。
幼い兄妹がたたた、と駆け寄ってきてピピンの前でかばうように手を広げる。
「お父さんをイジメないで!」
「イジメないで!」
…………わたしはお腹を押さえながらうずくまる。
「いたたっ、急に腹が、腹がいたい。さっき食べ過ぎたせいかも……こりゃしばらく動けない」
「だ、大丈夫ですか?」
わたしの演技を真に受けて心配するピピン。バカ、こうしてる間にさっさと行け。
わたしが目配せすると、ようやく気づいたのか、慌てて荷車を引いてわたしの横を通り過ぎていく。
「すいません、ありがとうございます……!」
頭を何度も下げるピピン。幼い兄妹と病弱な妻も頭を下げて通り過ぎた。
ガラガラと荷車の音が遠ざかっていく。
ようやく見えなくなり、わたしは安堵のため息をついた。
「由佳はん、アンタ……」
この声は──やべ。神田敏次郎だ。見られていたのか。
険しい顔で近づく神田敏次郎。うわ、怒られる……そう思ったが、わたしの肩にポンと軽く手を触れただけだった。
「あれでええ。ご苦労やったな」
どういうことだろうか。回収を失敗したどころか、逃げるのを見逃してしまったのに。
「あのピピンは見た通りのお人好しの真面目なヤツや。時間はかかるやろうが、返済は間違いなくするやろ」
「じゃあ、昼間はなんであんな事を……」
「ワシらはな、ちっとでも甘さを見せたらアカン商売や。鬼の敏次郎が仏心を出したと噂が立つわけにはアカンやろ。こんな真似すんのも相手によるがのお」
そういうことだったのか。なんだかホッとした。む、これで全部回収済みでいいのか?
「そうやな。アイツの嫁がキチンと完治せん限りは返済に力が入らんやろうからな。残りの治療代はワシが立て替えたる。せやけど勘違いしたらアカンで。真面目に返済できるヤツは無理に回収せんほうが利益になるんや」
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