異世界の剣聖女子

みくもっち

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第1部 剣聖 羽鳴由佳

86 ソンブルの町

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 わたしが以前乗ったことある馬車はほろ付きの荷馬車だったが……。
 
 今回、セプティミアの用意したのは貴族が乗るような豪勢なものだった。
 
 白いシートは本革だろうし、背もたれの上に付いてるゴテゴテした装飾は金製じゃないだろうか。
 赤いベルベットのカーテン。アンティーク調のテーブルにグラス棚。
 
 セプティミアと向かい合って座る。
 ゴスロリ少女はさっそくワインを開けてグラスに注ぐ。
 こんなチビッ子なのによくアルコール飲むな……まあ、リアルな年齢はたしか30代くらいの女だった。

 セプティミアはこちらにもワインを勧めてくる。
 わたしは断ったが、黒由佳は遠慮ナシにガブガブ飲みだした。

 それよりも……徒歩より断然マシだが、しょせんは馬車。あのスポーツカーに比べればスピードはだいぶ劣るだろう。わたしは早く出発しないかと急かした。

「なに言ってるの。とっくに走り出しているわ。外を見てごらんなさい」

 カーテンをめくり窓から外を見てみる。
 ビュンビュンと荒野の景色が後ろに流れている。
 はや……これ、時速なんキロ出てんだ……。

「驚いた? 揺れもまったく感じないでしょう。わたしの願望の力に畏れおののきなさい」

 たしかに驚いた……これなら思ってたより、ずっと早く追いつけるかも。
 成り行きで同行することになったが、これは助かる。油断はできないが、利用できる分にはトコトン使ってやろう。

 わたしはシートに座り直し、むふふとほくそ笑んだ。
 セプティミアもグラスを傾けながら笑っている。
 黒由佳は……早くも顔が真っ赤で虚ろな目になっている。コイツ、大丈夫か?



 しばらくすると、セプティミアが立ち上がった。
 まだ到着には早すぎる。何かあったのだろうか。

「サイラスが何か見つけて止まったわ。一度降りてみましょう」

 言われるままに馬車を降りてみる。サイラスがなにやら調べているようだが……わたしはあっ、と声をあげた。

 赤茶色に黒のラインが走った、レッサーパンダ色のスポーツカー。
 間違いない、こんな趣味の悪い車はこの世にひとつしかない。《レッサーパンダラー》間宮京一の車だ。

 運転席に姿は見えない。おや、右の前輪が外れている……なるほど、走行中にトラブルが発生し、一時的にここに停めているのか。

 これは志求磨たちを救出する絶好のチャンスだ。まだ遠くまでは行ってないだろう。

 ガタガタガタッ、とスポーツカーが震えだした。
 わたしは驚いて飛び退き、サイラスはセプティミアを背後にかばう。

 ガタガタと震えながらスポーツカーはその形状を変化。なんとボロっちい牛車の荷台になった。

「あら、願望の力が切れたようね。やっぱりまだ遠くまで逃げていないわ。運がいいわね、《剣聖》」

 セプティミアが彼方を指さす。
 目を凝らすと、いくつかの建物が集まっているのが見えた。あれは──町か。

 なるほど。間宮京一はあそこにいる可能性が高い。車のトラブルで、かわりになりそうなモノを調達しようとするはずだ。

「ちょうどいいわね。捜索がてら、あそこで休みましょう」

 セプティミアの提案に賛同。馬車に再び乗り、町の近くまで移動した。

 馬車を降りてからおお、と感嘆の声をあげた。
 セペノイアほどではないが、けっこう賑やかな町だ。

 日が暮れそうになっていたが、人々の往来は多い。
 大きな街と街道の途中にある宿場町のようだ。旅人ふうの通行人が多い。
 酒場や宿屋、商店の軒先に夜灯の明かりがともされる。

「まずは食事からよ。ああ、言っておくけど、旅費は別だから。わたしとサイラスはあそこの高級レストランにいくけど。アンタたちはどうするの」

 このケチ……あんなところに入れるわけないじゃないか。
 わたしと黒由佳はそこらの露店で済ませるほかない。が、黒由佳……ワインで悪酔いしたようだ。さっきまで赤かったのに、今度は真っ青。死にそうな顔をしている。

「わたし達は別なところで食べるから。あとでまた落ち合おう」

 セプティミアにそう告げて、黒由佳に肩を貸しながらその場を離れた。

「おねえざみゃ……ウチ、気持ち悪い……もうダメ」

「酒なんて飲めないクセに無理するからだ。メシどころじゃないな。ちょっと待ってろ」

 とりあえず近くの安宿へ。セプティミアはどうせ高級ホテルに泊まるとかいうだろう。
 黒由佳に水を飲ませて部屋で休ませた。あとでまた様子を見に行こう。
 
 町を探索し、間宮京一を探す。あたりはすっかり暗くなっていた。今日はもう無理か……。

 酒場でも聞いてみたが、知っている者はいなかった。目立ちそうなものだが、願望者デザイア自体、この町ではめずらしくないそうだ。分かったのは、この町の名がソンブルだというくらい。
 

 簡単に食事をすませ、さっきの安宿へ。
 黒由佳はおとなしく横になっているようで安心した。
 わたしもその隣のベッドで休むことにした。



 どれくらいの時間が経っただろうか。
 隣でウンウン唸っている声で目が覚めた。
 黒由佳がシーツにくるまって頭痛をうったえている。

 まったく世話のやける……。
 わたしは宿の主に薬がないか聞きにいく。
 その時だ、外からいきなり女の悲鳴──。

 飛び出してみる。なんだ、道の真ん中で……ケンカか?
 数人の人間が、ひとりの倒れた男に群がっているようだが……。

 いや、様子がおかしい。倒れている男のケガは尋常じゃない。ヒドイ出血だ。
 群がっている人間たちも、なんか血だらけに見える。

 おいおい、なんか噛みついているように見えるが……。
 群がっていた人間たち──わたしに気づいて振り向く。その顔……まるでハロウィン仮装のゾンビ顔そっくりだ。

 口元を血で赤く染めながら、うなり声をあげ襲いかかってきた──!
 
 

 
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