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第2部 消えた志求磨
28 楊の過去(楊永順視点)
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旧王都までは馬を借りて行くつもりだったが、羽鳴由佳が馬車がいいとゴネるので仕方なく隊商に同行を頼むことにした。
僕が隊商を見つけて交渉してる間に、羽鳴由佳たちは天塚志求磨の聞き込みをするように伝えた。
2時間後に軽食屋で合流する予定だ。
旧王都へ向かう隊商を探し、交渉するには十分すぎる時間だ。
まずは宿屋のほうへと向かう。多くの旅をする商人が集まっているはず。
3階建ての大きな宿屋を選び、中へ入る。
1階のロビーには商人らしき数組の人間がいたので、さっそく話しかけてみる。
「すまないが、旧王都までいく隊商を探しているんだが……」
僕が話しかけると商人達はあからさまな不審な目を向けてきた。
事情を話すと多少は警戒心を解いてくれたが、やはり願望者が同行というのには難色を示した。
願望者が避けられるのはノレストなどの辺境よりやはり都市部のほうが多い。
何組かに交渉してみたが、どこも首を縦に振らなかった。
僕はあまり粘らず、次に市場のほうへ。
荷馬車から荷物を下ろしている者たち。店で商品を仕入れている者たち……ここでも何組かに話しかけてみたが、やはり結果は同じだ。あっさりと断られてしまった。
気を取り直し、次の場所へ──。
次は交易所。セペノイアの商人組合が管理している商人専門の取引所だ。
「素人が簡単に入れる場所じゃないかもしれないけど……」
規模の大きい隊商が多く出入りしているだろう。
中へ入れなかったら、外で声をかけるつもりだ。
街の中を歩いていく途中でおや、と気付いた。
自分はここへ来たのは初めてのはずだが、この広い街の中を迷わずに移動できている。
「やっぱりこの街に僕の知らない過去が……」
周りを見渡す。人通りの多い賑やかな場所だ。このまままっすぐ進めば、自治役員の会議所や各業種のギルド本部が並ぶ通りに着く。交易所もそこにある。
「ギルド……この街のギルド……」
何かひっかかる。
この街にはギルドといっても商人や職人たちの組合……冒険者が利用する類いの施設ではない。自分には関係ないはずだが……。
ズキッ、と頭が痛む。
頭を押さえながら歩き、交易所の近くまできた。
白い石造りの大きな建物だ。立派な扉の前には10段ほどの階段がある。
フラつきながら階段を登ると、扉の横にひとりの男が腕組みをしながら壁にもたれかかっていた。
いつの間に──さっきまではいなかったはずだ。頭痛がさらにひどくなり、僕はその場にうずくまる。
「……やはりな。ここへ来ると思っていたぜ」
男の声で頭痛が収まった。ゆっくりと見上げる。
30代ぐらいの男で、ボサボサの無造作な黒髪に左目に眼帯。アゴ髭。着流し姿で手には杖。
一見して願望者とわかる風貌。だが【刻印】……頭の中に文字が打ち込まれない。この男と会うのは初めてではない──。
「久しぶりだな……おい、いい加減に思い出せよ。お前がこの世界に来てから生き抜くすべを教えてやった恩人をよ」
ギュアアアッ、と頭の中で走馬灯のように一気に映像が流れる。近い記憶から過去へと──。
華叉丸との出会い。羽鳴由佳との戦い。猿面を付けられたとき。魔王討伐戦。今は旧王都と呼ばれているブクリエでの活動。ギルド【ブルーデモンズ】のメンバー。
そう、今は交易所の建物……以前はギルドの本拠地だった。そしてマスターはあの《青の魔女》カーラだ。
最後にこの眼帯の男の二つ名と名前を思い出した。こいつは──いや、この人は──。
「《人斬り》伊能九十郎……あなたは死んだはずだ。たしかに僕は目の前で見た。あなたが葉桜溢忌に殺されるのを」
眼帯の男──伊能は低い声で笑いながら僕に近付き、肩に手を置いた。
「あれは擬死っつー、俺のスキルだ。葉桜溢忌すら見破ることが出来なかった優れモンさ」
「なぜ、なぜそんな真似を……なぜ今になって僕の前に姿を現したんですか。あれから20年も……今までなにをしていたんですか」
「俺の目的は変わらねえよ。この世界の安定さ。葉桜溢忌はそれにふさわしい力を持っていたが、結局はその力を有効に使うことが出来なかった。あのふたりの女の存在が思った以上に影響しすぎていた」
ふたりの女……ひとりは《女神》シエラ=イデアル。もうひとりは……。
「……封印されていた葉桜溢忌が復活したときはどうしてたんですか」
「身を潜めてたさ。見つかったら殺されるかもしれねーからな。それに復活したアイツはやっぱり変わっちまったままだ。あの女を失って自暴自棄になってた時のな……あれじゃあ使い物にならねえのに、ミリアムが余計な事しやがって」
伊能は階段を降りながら続ける。
「だが……ようやくだ。20年駆けずり回った甲斐があったよ。俺が求めていた人物を見つけることができた。あの華叉丸ならこの世界を変えることができる」
「華叉丸様……? どういうことですか。今度は華叉丸様を葉桜溢忌の代わりに仕立て上げるつもりですか。でもあの方は世界を変えるとか統一とかに関心はない。難民や敗残の将兵を受け入れてくれる優しいお方なんです」
振り向きながら僕は語気を強める。伊能のほうも振り返った。
「まだ気付かないか? 行き場のないお前を部下として取り立ててやってくれと頼んだのは俺なんだぜ。それ以前に葉桜溢忌の残党を取り込むようにアドバイスしたのも俺なんだが」
「まさか……そんな。あの方はご自身の考えでナギサ公にまで逆らったのでは──」
伊能は階段の下で手を差しのべてくる。
「楊。俺とともに来い。準備は整った……。前のように俺に力を貸してくれ。この世界のために──」
僕が隊商を見つけて交渉してる間に、羽鳴由佳たちは天塚志求磨の聞き込みをするように伝えた。
2時間後に軽食屋で合流する予定だ。
旧王都へ向かう隊商を探し、交渉するには十分すぎる時間だ。
まずは宿屋のほうへと向かう。多くの旅をする商人が集まっているはず。
3階建ての大きな宿屋を選び、中へ入る。
1階のロビーには商人らしき数組の人間がいたので、さっそく話しかけてみる。
「すまないが、旧王都までいく隊商を探しているんだが……」
僕が話しかけると商人達はあからさまな不審な目を向けてきた。
事情を話すと多少は警戒心を解いてくれたが、やはり願望者が同行というのには難色を示した。
願望者が避けられるのはノレストなどの辺境よりやはり都市部のほうが多い。
何組かに交渉してみたが、どこも首を縦に振らなかった。
僕はあまり粘らず、次に市場のほうへ。
荷馬車から荷物を下ろしている者たち。店で商品を仕入れている者たち……ここでも何組かに話しかけてみたが、やはり結果は同じだ。あっさりと断られてしまった。
気を取り直し、次の場所へ──。
次は交易所。セペノイアの商人組合が管理している商人専門の取引所だ。
「素人が簡単に入れる場所じゃないかもしれないけど……」
規模の大きい隊商が多く出入りしているだろう。
中へ入れなかったら、外で声をかけるつもりだ。
街の中を歩いていく途中でおや、と気付いた。
自分はここへ来たのは初めてのはずだが、この広い街の中を迷わずに移動できている。
「やっぱりこの街に僕の知らない過去が……」
周りを見渡す。人通りの多い賑やかな場所だ。このまままっすぐ進めば、自治役員の会議所や各業種のギルド本部が並ぶ通りに着く。交易所もそこにある。
「ギルド……この街のギルド……」
何かひっかかる。
この街にはギルドといっても商人や職人たちの組合……冒険者が利用する類いの施設ではない。自分には関係ないはずだが……。
ズキッ、と頭が痛む。
頭を押さえながら歩き、交易所の近くまできた。
白い石造りの大きな建物だ。立派な扉の前には10段ほどの階段がある。
フラつきながら階段を登ると、扉の横にひとりの男が腕組みをしながら壁にもたれかかっていた。
いつの間に──さっきまではいなかったはずだ。頭痛がさらにひどくなり、僕はその場にうずくまる。
「……やはりな。ここへ来ると思っていたぜ」
男の声で頭痛が収まった。ゆっくりと見上げる。
30代ぐらいの男で、ボサボサの無造作な黒髪に左目に眼帯。アゴ髭。着流し姿で手には杖。
一見して願望者とわかる風貌。だが【刻印】……頭の中に文字が打ち込まれない。この男と会うのは初めてではない──。
「久しぶりだな……おい、いい加減に思い出せよ。お前がこの世界に来てから生き抜くすべを教えてやった恩人をよ」
ギュアアアッ、と頭の中で走馬灯のように一気に映像が流れる。近い記憶から過去へと──。
華叉丸との出会い。羽鳴由佳との戦い。猿面を付けられたとき。魔王討伐戦。今は旧王都と呼ばれているブクリエでの活動。ギルド【ブルーデモンズ】のメンバー。
そう、今は交易所の建物……以前はギルドの本拠地だった。そしてマスターはあの《青の魔女》カーラだ。
最後にこの眼帯の男の二つ名と名前を思い出した。こいつは──いや、この人は──。
「《人斬り》伊能九十郎……あなたは死んだはずだ。たしかに僕は目の前で見た。あなたが葉桜溢忌に殺されるのを」
眼帯の男──伊能は低い声で笑いながら僕に近付き、肩に手を置いた。
「あれは擬死っつー、俺のスキルだ。葉桜溢忌すら見破ることが出来なかった優れモンさ」
「なぜ、なぜそんな真似を……なぜ今になって僕の前に姿を現したんですか。あれから20年も……今までなにをしていたんですか」
「俺の目的は変わらねえよ。この世界の安定さ。葉桜溢忌はそれにふさわしい力を持っていたが、結局はその力を有効に使うことが出来なかった。あのふたりの女の存在が思った以上に影響しすぎていた」
ふたりの女……ひとりは《女神》シエラ=イデアル。もうひとりは……。
「……封印されていた葉桜溢忌が復活したときはどうしてたんですか」
「身を潜めてたさ。見つかったら殺されるかもしれねーからな。それに復活したアイツはやっぱり変わっちまったままだ。あの女を失って自暴自棄になってた時のな……あれじゃあ使い物にならねえのに、ミリアムが余計な事しやがって」
伊能は階段を降りながら続ける。
「だが……ようやくだ。20年駆けずり回った甲斐があったよ。俺が求めていた人物を見つけることができた。あの華叉丸ならこの世界を変えることができる」
「華叉丸様……? どういうことですか。今度は華叉丸様を葉桜溢忌の代わりに仕立て上げるつもりですか。でもあの方は世界を変えるとか統一とかに関心はない。難民や敗残の将兵を受け入れてくれる優しいお方なんです」
振り向きながら僕は語気を強める。伊能のほうも振り返った。
「まだ気付かないか? 行き場のないお前を部下として取り立ててやってくれと頼んだのは俺なんだぜ。それ以前に葉桜溢忌の残党を取り込むようにアドバイスしたのも俺なんだが」
「まさか……そんな。あの方はご自身の考えでナギサ公にまで逆らったのでは──」
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