異世界の剣聖女子

みくもっち

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第2部 消えた志求磨

60 わけがわからないよ

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 呪文を唱えろだと……。ふざけてるように聞こえるが、事は急を要する。わたしはどう唱えるんだとミュウべいを急かす。

「いいかい、よく聞くんだよ。テグマススココン、テグマススココン、このあとに自分のなりたい姿を叫ぶんだ」

 なるほど……2段階変身というわけか。足のケガも治っているし。なかなか手が込んでいる。
 しかし、その呪文……もうちょっとどうにかならないのか。

「早く! 上見あげみこむらが危ないよ!」

「くっ……! テグマス……スココン、テグマススココン……」

「そんな小さい声じゃダメだよ! もっと大きな声で!」

「テッ……テグマススココン! テグマススココンッ! あの化物を倒せるぐらい、強くなーーれっ!」

 わたしは大声で呪文を唱えるが……何も変化が起こらない。うわ……恥ずかしい。
 
「おい、どうなってる!? 何も起きないぞ!」

「いや、その調子だよ、羽鳴由佳はなりゆか。さあ、もう一度唱えてみるんだ──ぶふぅっ!」

 えっ……!
 いまコイツ、笑った。無表情で口も開いてないけど、絶対吹き出した。ガマンできなくなったって感じのヤツ。

「お前、いま笑っただろ」

「な、なにを言っているんだい? 僕はキミ達みたいな余計な感情を持ち合わせていないんだよ。笑うなんてとんでもない。まったくわけがわからないよ」

……そうなのか? わたしの勘違いだろうか。いや、ともかく今は時間がない。わたしは繰り返し大声で呪文を唱えた。

 だがやはり、それらしい変化は起きない。こうしてる間にもワルキリギリスは上見こむらに迫っているというのに。

「う~ん、どうやらその魔法少女にキミの適正が合ってなかったようだ。今度はこっちを試してみようよ」

 ミュウべいはそう言って背中の口のような穴からガラス瓶を取り出す。
 中には青と赤の丸い飴玉のようなものが入っている。

「さあ、この青と赤のキャンディーを食べてみるんだ。組み合わせでいろんな姿に変身でき──うぶふぅっっ!」

 !──絶対笑った。
 無表情だがプルプル震えている。間違いない。コイツ……いい加減にしろよ。
 わたしはちょっとした殺意を覚えながら、元の姿に戻すよう要求する。こんなんなら《剣聖》で戦ったほうが絶対マシだ。

「それはムリだよ、羽鳴由佳。キミの願望の力はその姿になることで消費されてしまった。しばらくは元に戻れないよ」

「なっ、お前、ふざけるなよ! 余計状況が悪化しただけじゃないか!」

 激昂するわたしを見て、ミュウべいはババッ、とうしろに跳んで距離を取った。
 
 上見こむらの声が聞こえる。

「そのミュウべいは、そうやってそそのかした願望者デザイアの力を利用し、笑い者にするタチの悪いヤツなの! ああっ、由佳……間に合わなかった……」

 なんという地味な嫌がらせをするヤツだ……!
 許さん……いや、今はそれよりもワルキリギリスを……。
 
 わたしは走りながらコンパクトとさっきミュウべいが出したガラス瓶を投げつける。

 ワルキリギリスはこちらを向いた。アゴをギチギチいわせながら。うわ、こわ……。

 ド、ドドッ、ドドドッ、と方向転換したワルキリギリスが地を揺るがしながら接近。
 上見こむらを救うことはできたが、ここからどうする……。

 逃げるしかない──。
 わたしは全速力で走る。だが──速いっ! 脚が1本無いにも関わらず、すごい勢いだ。
 ガチガチガチッ、とすぐに背後でアゴが迫っている。ダメだ、追いつかれる。わたしはバリバリと食い散らかされてしまうんだ。しかも最期がこんな格好だなんて……。

 ヒュルルルル、と上空から音がする。なんだ、何かが降ってくる……。また上見こむらの砲撃か? いや、あれは──。

 わたしは前方にダイブし、頭を抱え込むようにうずくまる。
 チュドドドドドッ、と爆撃のように降り注ぐのは土砂や岩石の欠片。この技は──。

 ギイエエエッ、と背後で絶叫。ワルキリギリスが苦しんでいる。
 身体に穴が開き、体液を撒き散らし、脚も複数もげた。
 それはいいが、わたしの周囲も爆撃にさらされている。これ……一発でも当たれば致命傷だ。

「由佳っ! 無事か」

 現れたのは《爆撃突貫娘》ナギサ・ライト。
 いや、お前の技で無事じゃなくなるところだった。
 ナギサは巨大斧をグウンッ、と構え、大きく踏み込むと同時に投擲──。

 わたしの頭上を巨大斧がブンブンブンと通過していく。
 ワルキリギリスの頭部に命中。左上部が吹っ飛んだが……げ、まだ動いている。

「トドメを刺すから──」

 わたしの横を通り過ぎていくのは《アサシン》アルマ・イルハム。
 ふたりとも、ケガはもういいのか。
 
 アルマの投げナイフ。ものすごい数が連続で打ち込まれていく。いや、普通のナイフじゃない。炎属性が付与されているようだ。
 ワルキリギリスの全身がゴウッ、と燃え上がった。

 それでもなおワルキリギリスは動き、こちらへ向かって身体を引きずっている。なんて生命力だ。

 あっ……そのワルキリギリスの崩れかけた頭部の上。上見こむらが宙を舞い、拳銃を構えた。

「これで──最期よ」

 ドンドンドンッ、と銃弾を傷口へと撃ち込む。
 ワルキリギリスはギシャアアア、と叫びながら倒れ、ついに動かなくなった。

 華麗に着地した上見こむらは拳銃を盾にしまい、長い髪をかきあげながら言った。

「やった……。ついにやったわ。ワルキリギリスの夜を倒すことができた。これで、やっとわたしも……」 
 
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