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溺没
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足が重たい。心なしか空気も薄い気がする。廊下を歩く自分の足音だけがよく聞こえる。気力で動かしている足元を見るために目線を下げる。少し落ち着く。前ではなく下を見ていると楽だ。
雪ははぁっとため息をつく。これから向かう場所が、というよりは、向かった場所で待ち受けていることが怖いのだ。前を向くとそればかり考えてしまうため、ただ必死に動いている足を見ている。下を見ていると落ち着く。
しかし、決めたのだ。逃げないで向き合うと。
目線を再び上げ、覚悟を決める。目をしっかりと開き、口をキュッと結び、気合を入れる。また一歩一歩、足を踏み出していく。
遡ること、昨日。朝方、雪に一つのメッセージが届いた。差出人は奏斗だ。見る気力がなかったので、一旦保留にした。スマホを放り出し、ベッドに潜る。昨日奏斗の友人たちに言われたことが頭から離れない。気づいた気持ちにもどうしたらよいか分からない。考えれば考えるほど沼にはまっていく。
目を閉じて呼吸をする。思い浮かぶのは夜に見た夢だ。家族や奏斗、弘昌らが自分から離れていく夢。振り返らずに自分と反対の方へ向かっていってしまう夢。声も届かない、まるでいない存在かのように。身体が動かず、もがけばもがくほど沈んでいった。実際にこの身に起こったことではないのに、妙に身体が重たく感じる。それほど、雪にはこの悪夢が堪えていた。
目を開けて天上を見る。まだ眠たいのだが、再び悪夢を見るのが怖くて眠ることができない。ため息をつき起き上がる。ちょうどよい、今日は午前中からバイトだからもう起きて準備をしよう。何かに没頭しているほうが、考えなくて済んで楽だ。
考えたくなくても、ふとしたときに昨日のことや悪夢が頭を支配してしまう。奏斗が自分を無視してどこかへ行ってしまった。奏斗の友人たちの本音を聞いてしまった。俺はよく思われていなかった。気持ちを伝えたらさらに不快にさせてしまうだろうか。奏斗が悪く言われてしまうだろうか。あの人たちはあれからどうしたのか。奏斗に昨日あったことを言ったのか。俺のこと話したのか。ジッと視線おくってるの、奏斗にも気持ち悪いって思われたかもな。どうしよう。次あの人たちと顔合わせたら気まずいな。奏斗とも何話していいか分からないな。顔見たら気持ちが溢れちまいそうだ。俺が気持ち悪いって思われたり、嫌いって思われたりすんのは別にいい。慣れてるし。でも奏斗が言われんのは嫌だ。しかもそれが俺のせいなんて最悪だ。あの人たちも何か事情があったんだろうな。昨日は言いたいことだけ言ってすぐその場を去ったけど、感じ悪かったな。
はぁ、とため息をつく。気がつくとこう色々と考えてしまうのだ。しかし、いつ何時も頭の中を支配されては、最終的に導き出す結論はなぜか決まっている。ごちゃごちゃしていても、譲れないところは俺にもあるのだろう。
鏡を見ると隈が濃く出ている。そういえば、奏斗にも言われたっけな。はぁ、とため息をつく。今日はため息ばかりついている気がする。
奏斗は俺のことを友達だと言ってくれた。それが心の底から嬉しかった。でも、いつしかそれは違和感に変わっていった。嬉しいはずなのになぜかあの時感じていた嬉しさではないのだ。奏斗があの3人と親しくしている様子を見ると、嫉妬と羨望の感情を抱いていることにも気づいた。自分の空っぽさ、小ささが身に染みる。
顔を洗い終わり再び鏡を見る。そして今日何度目かのため息をつく。
いつも通り、バイト先へ向かい、業務をこなす。仕事に私情を挟んでいては迷惑だ。雪は淡々と業務をこなしていった。幸いにも、何かに没頭していると沼にはまってしまう思考をストップすることができるため、好都合だったかもしれない。ただ目の前にことに集中する。それだけのことだ。
一通りの作業を終え、上がる時間になった。裏で休憩をとりつつ帰宅の準備をする。
「おつかれ、雪くん。」
並木が扉を開けて入ってくる。
「並木さん、おつかれさまです。」
並木はソファに腰をかけ、雪の方を振り返る。
「ねぇ、雪くん……何か大変なこととか、悩んでることあったら遠慮なく相談してね。お店のことでも、学校のことでもなんでも。言いたくないときは全然気にしないでいいんだけど……ため込みすぎると良くないしさ。色んな思いを一人で抱え込んで、ため込んでため込んで、最終的に大爆発して自爆しちゃうくらいだったら、ちっちゃな爆発を連発しちゃったほうがダメージ少ないだろうしね。」
並木の方を見る。彼女は相変わらず優しい笑顔でこちらを見つめていた。
「あ、そうだ。この前ね、常連さんから差し入れで紅茶もらったんだ。よかったら飲んでく?もう皆帰っちゃって二人だけになっちゃうけど。」
美味しいものに目がない彼女のキラキラした様子をみると、不思議と心も落ち着き和らいでいく。ピンと張りつめていた糸が、まるで笑っているかのような弧を描き、弛緩していくのが感じられる。雪は微笑みうなずく。
「はい、ぜひいただきたいです。」
カフェに向かう前、雪の心は落ち着きなく暴れていた。朝届いた奏斗からのメールが気になって仕方なかった。怖くて開けるのを放置していたが、こういった、特に集中力が必要ない日常だと、気になって仕方なくなってくるのだ。考えが頭を支配し、色々と考え込んでしまう。信号待ちの間、指がこらえきれずに通知をタップしてしまった。出てきた画面を見て時が止まった。
「なんて書いてあったの?」
事のいきさつを話すと、すぐに疑問がなげかけられる。紅茶をすすりながら並木はじーっとこちらを見つめている。
「会って話がしたい、と。友人も話したいみたいだから時間とれるか、と。」
昨日あったことや、奏斗とのこともこの際話してしまおうと、気づくとすらすらと口が動いていた。誰かに相談するのは怖かったが、彼女ならば、真剣に向き合ってくれるのではないかと思ったのだ。笑ったり、馬鹿にしたり、ちっぽけなことだと言ったり、何に悩んでいるのか分からないような不思議な顔をせず、ただ一緒になって考えてくれると、そう思ったのだ。
「それで、今日一日暗い顔してたのね。隈もひどいし。納得した。」
「すみません……いつも通りにしようと繕ったつもりなんですけど……」
「うん?全然迷惑かかってないから心配しないで!いつも通り見事な働きっぷりだったよ!ただ私が何となくいつもと違うなーって思ってただけだから。だから、雪くんはなんにも謝る必要ないよ。」
いつもと違うことに気づかれていたことに驚いた。確かに隈が濃くはなっているが、今日は眼鏡をかけてなるべく目立たせないようにしていた。気を抜くと口角が下がってきてしまうので、意識的に上げるようにもしていた。
「ふふっ。意外と雪くんは分かりやすいからなー。嬉しいとき、美味しいとき、感動したときはちゃんと目が輝いているし笑ってる。ミスして落ち込んだときは目じりが下がって悲しそう。子供相手のときはすごく優しいオーラがにじみ出てる。買い出し中に迷惑行為を見たときは、眉間にしわ寄せて怒ってる顔してる。」
ここまで深く観察されていたことに驚きを隠せない。意識せず行っていたことのため、なおさらだ。
「今も、私雪くんの顔ちゃんと見てたよ。怯えてるような感じがした。会うのが怖いって。」
考えてることをピンポイントで当てられ硬直してしまう。
「あ、固まった。はは、合ってた?」
「並木さん……エスパーですか?」
「違う違う、全部顔に出てるんだよ。雪くんはさ、言葉足らずなところは確かにあって、誤解されやすいのかもしれないね。でも、顔をちゃんと見て話せば分かる。表情豊かで、色んなことを考えて、感じることができる人なんだなーって。」
並木は微笑みながら続ける。
「怖いのは分かる。雪くんは色々考え込んで、どうしたらいいのか分からなくなって、どんどん深い沼にはまっていってるんだろうなって思う。でも、ほんとはもう答え出てるんじゃない?」
目を見つめたまま、彼女は鋭く指摘する。まるでナイフで心臓を一突きにされたように鋭さが全身を駆け巡った。
答えがもう出ている……
「多分あーだこーだ考えてどうしようもなくなってるんだと思う。でも、雪くんの観察をしてきた私は思う。どんなに悩み迷っても、気持ちは決まっていると。どうしたいか、なんてもう決まっていると。そんな熱くて鋭い目が垣間見えてたよ。」
あぁ、そうか。決まってたんだ最初から。色々考えてしまうことはある。嫌われる、気持ち悪がられる、俺のせいで、奏斗に嫌われたくない、どうしよう、色んな考えが渦をまきながら巻きこまれていく。しかし、その渦が去った後には穏やかな、まっすぐと差し込む光が必ずあるのだ。どんなにひどい渦だろうが必ずその光を雪は見る。そう、決まっていたのだ、どうしたいかなんて。
俺は、奏斗が好きだ。好きなんだ。
これだけはどうしても譲れない。捨てることもできなければ、見て見ぬふりをすることもできない。なかったことにするなんてとんでもない。絶対に譲れないもの、それはこの気持ちだ。
紅茶を一口啜る。優しい味が口の中に広がる。
「そうですね。そうでした。」
そう言って並木に微笑み、また一口紅茶を啜る。
「並木さん、本当にありがとうございます。一人では気づけなかったかもしれません。逃げ続けていたかもしれません。笑わずに話を聞いてくれて本当にありがとうございます。」
「ううん。私はちょこっと引っ張っただけだよ。這い上がるかどうかは雪くんが決めたこと。そこにある想いを取り出すかどうかもね。一人でできることなんて限りがある。見えてるものも見えなくなってしまうことだってある。でも、だからこそ人は支え合って生きてる。私も雪くんに引っ張ってもらったことあるもん。」
「え?そんなことした覚えないんですけど……」
「ふふっ、そうだと思う。雪くんは無意識、というか当たり前だったんじゃないかな。でも私は嬉しかったから。人を頼っていいんだよ。自分の気持ちを見て見ぬふりすることない。ただ純粋に、自分の気持ちを見てあげて。一人じゃ無理なら私もいるし、ここの皆もいる。その奏斗くんって子もそうだと思う。だから大丈夫。」
そう言って優しく笑いかける。その笑顔があまりに暖かくて、思わず涙がこぼれそうだった。ごまかすために紅茶をずずーっと啜る。
「あ、そんな一気に飲んだら舌火傷しちゃうよ。そんなに美味しかった?」
笑いながら言う彼女を見て、雪も笑う。
大丈夫。もう逃げない。そこにあるもの、見ないふりはしない。自分の進みたい道を選び、切り開いていくんだ。
雪ははぁっとため息をつく。これから向かう場所が、というよりは、向かった場所で待ち受けていることが怖いのだ。前を向くとそればかり考えてしまうため、ただ必死に動いている足を見ている。下を見ていると落ち着く。
しかし、決めたのだ。逃げないで向き合うと。
目線を再び上げ、覚悟を決める。目をしっかりと開き、口をキュッと結び、気合を入れる。また一歩一歩、足を踏み出していく。
遡ること、昨日。朝方、雪に一つのメッセージが届いた。差出人は奏斗だ。見る気力がなかったので、一旦保留にした。スマホを放り出し、ベッドに潜る。昨日奏斗の友人たちに言われたことが頭から離れない。気づいた気持ちにもどうしたらよいか分からない。考えれば考えるほど沼にはまっていく。
目を閉じて呼吸をする。思い浮かぶのは夜に見た夢だ。家族や奏斗、弘昌らが自分から離れていく夢。振り返らずに自分と反対の方へ向かっていってしまう夢。声も届かない、まるでいない存在かのように。身体が動かず、もがけばもがくほど沈んでいった。実際にこの身に起こったことではないのに、妙に身体が重たく感じる。それほど、雪にはこの悪夢が堪えていた。
目を開けて天上を見る。まだ眠たいのだが、再び悪夢を見るのが怖くて眠ることができない。ため息をつき起き上がる。ちょうどよい、今日は午前中からバイトだからもう起きて準備をしよう。何かに没頭しているほうが、考えなくて済んで楽だ。
考えたくなくても、ふとしたときに昨日のことや悪夢が頭を支配してしまう。奏斗が自分を無視してどこかへ行ってしまった。奏斗の友人たちの本音を聞いてしまった。俺はよく思われていなかった。気持ちを伝えたらさらに不快にさせてしまうだろうか。奏斗が悪く言われてしまうだろうか。あの人たちはあれからどうしたのか。奏斗に昨日あったことを言ったのか。俺のこと話したのか。ジッと視線おくってるの、奏斗にも気持ち悪いって思われたかもな。どうしよう。次あの人たちと顔合わせたら気まずいな。奏斗とも何話していいか分からないな。顔見たら気持ちが溢れちまいそうだ。俺が気持ち悪いって思われたり、嫌いって思われたりすんのは別にいい。慣れてるし。でも奏斗が言われんのは嫌だ。しかもそれが俺のせいなんて最悪だ。あの人たちも何か事情があったんだろうな。昨日は言いたいことだけ言ってすぐその場を去ったけど、感じ悪かったな。
はぁ、とため息をつく。気がつくとこう色々と考えてしまうのだ。しかし、いつ何時も頭の中を支配されては、最終的に導き出す結論はなぜか決まっている。ごちゃごちゃしていても、譲れないところは俺にもあるのだろう。
鏡を見ると隈が濃く出ている。そういえば、奏斗にも言われたっけな。はぁ、とため息をつく。今日はため息ばかりついている気がする。
奏斗は俺のことを友達だと言ってくれた。それが心の底から嬉しかった。でも、いつしかそれは違和感に変わっていった。嬉しいはずなのになぜかあの時感じていた嬉しさではないのだ。奏斗があの3人と親しくしている様子を見ると、嫉妬と羨望の感情を抱いていることにも気づいた。自分の空っぽさ、小ささが身に染みる。
顔を洗い終わり再び鏡を見る。そして今日何度目かのため息をつく。
いつも通り、バイト先へ向かい、業務をこなす。仕事に私情を挟んでいては迷惑だ。雪は淡々と業務をこなしていった。幸いにも、何かに没頭していると沼にはまってしまう思考をストップすることができるため、好都合だったかもしれない。ただ目の前にことに集中する。それだけのことだ。
一通りの作業を終え、上がる時間になった。裏で休憩をとりつつ帰宅の準備をする。
「おつかれ、雪くん。」
並木が扉を開けて入ってくる。
「並木さん、おつかれさまです。」
並木はソファに腰をかけ、雪の方を振り返る。
「ねぇ、雪くん……何か大変なこととか、悩んでることあったら遠慮なく相談してね。お店のことでも、学校のことでもなんでも。言いたくないときは全然気にしないでいいんだけど……ため込みすぎると良くないしさ。色んな思いを一人で抱え込んで、ため込んでため込んで、最終的に大爆発して自爆しちゃうくらいだったら、ちっちゃな爆発を連発しちゃったほうがダメージ少ないだろうしね。」
並木の方を見る。彼女は相変わらず優しい笑顔でこちらを見つめていた。
「あ、そうだ。この前ね、常連さんから差し入れで紅茶もらったんだ。よかったら飲んでく?もう皆帰っちゃって二人だけになっちゃうけど。」
美味しいものに目がない彼女のキラキラした様子をみると、不思議と心も落ち着き和らいでいく。ピンと張りつめていた糸が、まるで笑っているかのような弧を描き、弛緩していくのが感じられる。雪は微笑みうなずく。
「はい、ぜひいただきたいです。」
カフェに向かう前、雪の心は落ち着きなく暴れていた。朝届いた奏斗からのメールが気になって仕方なかった。怖くて開けるのを放置していたが、こういった、特に集中力が必要ない日常だと、気になって仕方なくなってくるのだ。考えが頭を支配し、色々と考え込んでしまう。信号待ちの間、指がこらえきれずに通知をタップしてしまった。出てきた画面を見て時が止まった。
「なんて書いてあったの?」
事のいきさつを話すと、すぐに疑問がなげかけられる。紅茶をすすりながら並木はじーっとこちらを見つめている。
「会って話がしたい、と。友人も話したいみたいだから時間とれるか、と。」
昨日あったことや、奏斗とのこともこの際話してしまおうと、気づくとすらすらと口が動いていた。誰かに相談するのは怖かったが、彼女ならば、真剣に向き合ってくれるのではないかと思ったのだ。笑ったり、馬鹿にしたり、ちっぽけなことだと言ったり、何に悩んでいるのか分からないような不思議な顔をせず、ただ一緒になって考えてくれると、そう思ったのだ。
「それで、今日一日暗い顔してたのね。隈もひどいし。納得した。」
「すみません……いつも通りにしようと繕ったつもりなんですけど……」
「うん?全然迷惑かかってないから心配しないで!いつも通り見事な働きっぷりだったよ!ただ私が何となくいつもと違うなーって思ってただけだから。だから、雪くんはなんにも謝る必要ないよ。」
いつもと違うことに気づかれていたことに驚いた。確かに隈が濃くはなっているが、今日は眼鏡をかけてなるべく目立たせないようにしていた。気を抜くと口角が下がってきてしまうので、意識的に上げるようにもしていた。
「ふふっ。意外と雪くんは分かりやすいからなー。嬉しいとき、美味しいとき、感動したときはちゃんと目が輝いているし笑ってる。ミスして落ち込んだときは目じりが下がって悲しそう。子供相手のときはすごく優しいオーラがにじみ出てる。買い出し中に迷惑行為を見たときは、眉間にしわ寄せて怒ってる顔してる。」
ここまで深く観察されていたことに驚きを隠せない。意識せず行っていたことのため、なおさらだ。
「今も、私雪くんの顔ちゃんと見てたよ。怯えてるような感じがした。会うのが怖いって。」
考えてることをピンポイントで当てられ硬直してしまう。
「あ、固まった。はは、合ってた?」
「並木さん……エスパーですか?」
「違う違う、全部顔に出てるんだよ。雪くんはさ、言葉足らずなところは確かにあって、誤解されやすいのかもしれないね。でも、顔をちゃんと見て話せば分かる。表情豊かで、色んなことを考えて、感じることができる人なんだなーって。」
並木は微笑みながら続ける。
「怖いのは分かる。雪くんは色々考え込んで、どうしたらいいのか分からなくなって、どんどん深い沼にはまっていってるんだろうなって思う。でも、ほんとはもう答え出てるんじゃない?」
目を見つめたまま、彼女は鋭く指摘する。まるでナイフで心臓を一突きにされたように鋭さが全身を駆け巡った。
答えがもう出ている……
「多分あーだこーだ考えてどうしようもなくなってるんだと思う。でも、雪くんの観察をしてきた私は思う。どんなに悩み迷っても、気持ちは決まっていると。どうしたいか、なんてもう決まっていると。そんな熱くて鋭い目が垣間見えてたよ。」
あぁ、そうか。決まってたんだ最初から。色々考えてしまうことはある。嫌われる、気持ち悪がられる、俺のせいで、奏斗に嫌われたくない、どうしよう、色んな考えが渦をまきながら巻きこまれていく。しかし、その渦が去った後には穏やかな、まっすぐと差し込む光が必ずあるのだ。どんなにひどい渦だろうが必ずその光を雪は見る。そう、決まっていたのだ、どうしたいかなんて。
俺は、奏斗が好きだ。好きなんだ。
これだけはどうしても譲れない。捨てることもできなければ、見て見ぬふりをすることもできない。なかったことにするなんてとんでもない。絶対に譲れないもの、それはこの気持ちだ。
紅茶を一口啜る。優しい味が口の中に広がる。
「そうですね。そうでした。」
そう言って並木に微笑み、また一口紅茶を啜る。
「並木さん、本当にありがとうございます。一人では気づけなかったかもしれません。逃げ続けていたかもしれません。笑わずに話を聞いてくれて本当にありがとうございます。」
「ううん。私はちょこっと引っ張っただけだよ。這い上がるかどうかは雪くんが決めたこと。そこにある想いを取り出すかどうかもね。一人でできることなんて限りがある。見えてるものも見えなくなってしまうことだってある。でも、だからこそ人は支え合って生きてる。私も雪くんに引っ張ってもらったことあるもん。」
「え?そんなことした覚えないんですけど……」
「ふふっ、そうだと思う。雪くんは無意識、というか当たり前だったんじゃないかな。でも私は嬉しかったから。人を頼っていいんだよ。自分の気持ちを見て見ぬふりすることない。ただ純粋に、自分の気持ちを見てあげて。一人じゃ無理なら私もいるし、ここの皆もいる。その奏斗くんって子もそうだと思う。だから大丈夫。」
そう言って優しく笑いかける。その笑顔があまりに暖かくて、思わず涙がこぼれそうだった。ごまかすために紅茶をずずーっと啜る。
「あ、そんな一気に飲んだら舌火傷しちゃうよ。そんなに美味しかった?」
笑いながら言う彼女を見て、雪も笑う。
大丈夫。もう逃げない。そこにあるもの、見ないふりはしない。自分の進みたい道を選び、切り開いていくんだ。
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