19 / 22
番外編② 副会長編
しおりを挟む
side副会長
生徒会副会長――公式にはそう呼ばれることが多いが、どちらかと言えば「できる奴」のレッテルを貼られてきた。 高等部からの特待生としてこの学園に入学したのも、それを助長していた。
期待と評価。合格が決まった時に親は黙って喜んだし、中学の教師は「将来は安泰だ」と囁いた。俺は、その期待に応えることに慣れてしまっていた。
でも、誰にも言わなかったことがある。入学当初、同じ特待生として高等部から入った――嶺くんのことが、どうしようもなく気になった。
印象的な黒髪で小柄。物静かで、けれど親衛隊として与えられた仕事を淡々とこなす姿には妙な凛とした匂いがあった。なのに、たまに見せる真剣な顔に、胸がざわついた。これが好き、だなんて自分に言い聞かせるのは簡単だった。だけど「好き」って言葉は、評価や成績とは違って、誰かに与えられるものじゃなかった。
最初は幼い羨望だった。嶺くんの側にいる会長のことが何もかも憧れとして見える。
彼の周囲にある静かな信頼が、羨ましかった。俺は特待生としての肩書きで守られていたけれど、彼のように自然に誰かの側に立てる人間ではなかった。だから、好きだという気持ち以上に、自分の無力さを痛感していた。
ある日、校内で会長の人気ぶりを目の当たりにした。冬貴は、誰の目にも「完璧」だった。容姿も決断も、そして人前での振る舞いも。生徒会長としての彼の周りには、常に人垣ができていた。ファンクラブのように彼を慕う生徒も多く、嶺くんもその輪の中にいることが多かった。
それを見た瞬間、ふいに心が折れた。どれだけ近づこうとしても、会長という存在が大きすぎる。嶺くんは会長に信頼を寄せていて、俺には入る余地がない――そう直感した。
だから俺は、あるときから嶺くんのファンクラブに身を置いた。奇妙な選択に思えるだろうが、あの当時の俺にはそれが唯一の「やめ方」に見えたのだ。親衛隊を嫌うフリをして、自分の感情を飲み込み、嶺くんへの想いを諦めようとした。言い訳をつくるための擬態だった。自分で自分を騙しておけば、傷は浅いだろうと思ったのだ。
でも、偽りは長く続かなかった。表向きは親衛隊嫌いの人物を演じていても、内心では胸の痛みが残ったままだった。そんな矛盾を抱えたまま日々を過ごしていた時、嶺くん親衛隊というものが学内で盛り上がり始めた。
陽貴が中心になって嶺のために組織を立てると聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。陽貴とは昔馴染みの奴で、まさかライバルになるとは思っても見なかった。
いや、俺の方がもっと根深い感情だった筈だ。守られる側の彼を、俺はずっと守りたいと思っていたのだ。
いつの間にか、俺は会長を応援することになっていた。理由をひと言で言えば、嶺くんを応援したかったんだと思う。会長ならば、嶺くんのことを任せられる。
会長から嶺くんのことが好きだから協力して欲しいと頭を下げられた時は、自分でも驚く程受け入れられた。
ある日、「会長と嶺がセフレだ」という根拠のない噂が回り始めた。放課後の廊下、購買の列、スマホのSNS。次第にそれは大きくなり、学校の中の空気まで変えていった。俺が気を回して生徒会室に会長と嶺くんの二人きりの時間が増えるように仕向けたことが仇になったと気付き、噂を耳にした瞬間、胸の中に雷が落ちたような衝撃が走った。
――いや、違う。ショックなのは、その噂が「真実」として広がっていることでもない。問題は、周囲の人間がそれを楽しそうに話題にしている事実だった。人の噂話が娯楽になる世界に、俺は疲弊した。
それまで俺は生徒会の仕事を誇りに思っていた。だが、噂は簡単にその誇りを蝕んだ。
親衛隊とはなんだ。人を守るはずの集団が、噂を増幅する道具にすり替わっている。俺は自分が何も守れていないことを恥じ、親衛隊そのものを毛嫌いするようになった。
だが同時に、そんな時でも陽貴の真っ直ぐさだけは腹立たしくも憎めなかった。彼は嶺くんのために走り、笑っていた。
どう見ても会長のことが好きな嶺くんを見て半ば諦めていたけれど、それでもいいと親衛隊として出来ることを精一杯やっていた。そんな彼を、最初はライバル視した。だが、いつの間にか勝手に仲間にしてしまった自分がいた。
陽貴と俺とはどこか馬が合う。彼が嶺くんに告白したとき、俺は真っ向から反発するよりも、逆にその熱量を無視できなくなってしまった。彼の情熱は伝染する。最初は「負けない」と思っていたのに、いつの間にか僕は彼と肩を並べていた。彼の近さは、やはり癪に障ったが、同時に温かかった。
しかし、俺は自分の本来の仕事をなおざりにしてしまった。最初は気を回していたつもりが、副会長としての職務、会議の準備、外部への連絡――それらが山積みになっていることに気づくのが遅すぎた。ある日の放課後、顧問に呼び出され、厳しく叱責された。
「佳士、お前は何をしている。副会長の務めを忘れているのか?」
その一言が胸に突き刺さった。俺は自分が堕落している事実を、否定できなかったのだ。
その後も騒動は続いた。噂はしつこく、生徒会の活動は外部からの注目を集める一方で、真面目に仕事をする会長たちの信頼を失わせていた。
ある夜、資料に目を通していた時、嶺くんと会長が静かに話している姿を窓越しに見かけた。彼らは仲むつまじい、という確かな親しさがそこにはあった。胸が締めつけられる。
嫉妬なのか悔しさなのか、自分でも判別がつかない感情が渦巻いた。
噂の半ばに「セフレ」といういやらしい言葉が紛れ込んだとき、俺の中の何かが切れた。守るために立ち上がったはずの組織が、逆に守るべき人々を傷つけているように見えた。俺は自分が何のために親衛隊をやっているのかを問い直した。答えは単純だった。最初は彼のそばにいるため、だったはずだ。けれど結果として、彼の大事なものを汚してはいないか。胸に溢れる罪悪感が収まらなかった。
そんな折、陽貴が俺に静かに言った。彼は昔から飄々としていて、言葉の裏を読ませない。だがその日はいつもと違った。
「佳士、お前、何をそんなに背負ってるんだよ」
彼の瞳には驚きでも怒りでもなく、ただ真っ直ぐな好奇心が浮いていた。俺は返事を濁した。陽貴は少し笑って、しかし真剣な声で続けた。
「親衛隊は、守るためにあるんだろ? 噂で他人を傷つけるなら、俺はそれを止める。だけど、止めるのは親衛隊だけだ。お前は生徒会として嶺くんを守れよ」
その言葉が、俺の肩から重石をひとつ下ろしてくれた。周囲を変えようとするだけでなく、自分が何を守るべきかを思い出せーーそんな意味合いだった。
俺はその夜、自分自身の親衛隊の一人一人と向き合うことにした。噂に踊らされている者、思慮深く動く者、軽率な者。話をすれば、皆それぞれに事情があった。誰かを責めるよりも、理解することが先だと気づいた。
だが気づけば重要なことを見落としていた。会長と嶺くんが、ただの噂ではなく、実際に関係を深めていたことに俺は遅れて気づいた。
彼らの関係が「恋人関係」に移った瞬間を、俺は目撃した。それは偶然の帰り道で、夜の図書室の前だった。二人は誰にも見せない表情で、軽く手をつないでいた。見間違いではない。確かな温度を感じた。
その夜、眠れなかった。己の愚かさを噛み締めながら、俺は二人に謝る決意をした。
翌日、会長に時間を求められ、生徒会室で向かい合った。卓上の書類が醸す「仕事」の匂いが、どこか懺悔の場を清めてくれるようだった。
「会長、嶺くん」
言葉が続かない。俺の胸には、謝罪と報告、そして一片の解放が混じっていた。会長は静かに俺を見て、長い息をついた。
「何だ、佳士」
俺は目を見開き、全てを吐き出した。俺が副会長として果たせなかったこと、そして何よりも、自分がどれだけ愚かに嫉妬していたかを。会長は黙って聞き続け、そして小さく頷いた。
「分かっている。俺が余計なことを言ったからだ。だから、謝る必要はない。お前が気づけたことが大事だ」
その言葉は、思っていたより温かかった。俺は声を詰まらせたが、続けて言った。
「でも、迷惑をかけました。副会長としての職責も、仲間としての役割も、どちらも疎かにしてしまった」
会長は軽く笑って肩を竦めた。
「事実は事実として受け止める。だが、お前がここにいる理由を忘れるな。組織は人間が作るんだ。お前はまだやれる」
その言葉に勇気づけられたが、それでも俺は彼らに直接謝りたかった。まずは嶺に向かうべきだと思った。会長は少し驚いた顔をしたが、すぐに了承してくれた。
嶺くんの前に立つと、言葉が不器用に溢れた。
「嶺くんこれまで色々――俺は人として未熟で、止められる立場なのに噂を放置してしまった。君を傷つけたなら、本当に申し訳ない」
嶺くんはじっと俺の顔を見つめ、少しだけ笑った。その笑顔は、昔と変わらない静かな優しさを湛えていた。
「副会長、そんなに責めないでください。気にしないでいいこともあります」
だが彼の声には、怒りでもなく、冷たさでもなく、ただ淡い悲しみが混じっていた。それが一番堪えた。
陽貴も近くに来て、小さく肩を叩いた。
俺は二人に向かって言った。
「本当にごめんなさい。俺はこれから、自分の仕事をちゃんとやります。会長、嶺くん、お幸せに」
声は静かだったが、気持ちは真剣だった。嶺くんは軽く頭を下げ、会長は珍しく見せる柔らかな笑みでそれを受けた。二人の目が合い、そこには確かな信頼と幸福が宿っていた。俺はその風景を見て、胸の奥が温かくなった。
すべてが完全に収束したわけではない。噂は残るし、生徒会の活動の在り方については議論が続く。しかし、俺の中で何かは確かに変わっていた。嫉妬や敵意は、時間と向き合うことで和らいでいく。俺は学んだのだ――守るということは、時に距離を置き、時に自分を正すことだと。
その後、親衛隊は徐々に健全な方向に舵を切った。陽貴は隊員たちに「守ることの本質」を説き、俺は副会長として、信頼を取り戻すために動いた。賑やかな行事で目立つのではなく、日々の小さな配慮や規律を守ることに重心を移した。その過程で、幾つかの誤解も溶けていった。
ある日の放課後、会長が俺にぽつりと言った。
「佳士、ありがとう。お前が踏みとどまってくれたから、俺たちはちゃんと歩ける」
その言葉を聞いた時、俺はただ黙って頷いた。胸の中に静かな充足感が広がった。
恋は叶わなかったかもしれない。だが、俺はそれを「敗北」とは思わない。むしろ、学びと成長をもらった。誰かを想うことの尊さ、守る責任の重み、そして自分の仕事に誇りを持つこと――それらを得たのだ。
それは彼らのためだけでなく、俺自身のための一言でもあった。これからも俺は、この場でやるべきことをやる。側にいることは叶わなくても、遠くから見守ることはできる。そう思うと、不思議と心が軽くなった。
春は変化の季節だ。人も、関係も、少しずつ形を変えていく。
俺は今日も、生徒会室の灯りの下で、次の仕事の準備を始める。堅実に、真面目に。誰かを守るということは、まず自分を律することから始まるのだ――そう自分に言い聞かせながら。
そして、どこかで二人が笑っているのを思い浮かべるだけで、十分だった。
生徒会副会長――公式にはそう呼ばれることが多いが、どちらかと言えば「できる奴」のレッテルを貼られてきた。 高等部からの特待生としてこの学園に入学したのも、それを助長していた。
期待と評価。合格が決まった時に親は黙って喜んだし、中学の教師は「将来は安泰だ」と囁いた。俺は、その期待に応えることに慣れてしまっていた。
でも、誰にも言わなかったことがある。入学当初、同じ特待生として高等部から入った――嶺くんのことが、どうしようもなく気になった。
印象的な黒髪で小柄。物静かで、けれど親衛隊として与えられた仕事を淡々とこなす姿には妙な凛とした匂いがあった。なのに、たまに見せる真剣な顔に、胸がざわついた。これが好き、だなんて自分に言い聞かせるのは簡単だった。だけど「好き」って言葉は、評価や成績とは違って、誰かに与えられるものじゃなかった。
最初は幼い羨望だった。嶺くんの側にいる会長のことが何もかも憧れとして見える。
彼の周囲にある静かな信頼が、羨ましかった。俺は特待生としての肩書きで守られていたけれど、彼のように自然に誰かの側に立てる人間ではなかった。だから、好きだという気持ち以上に、自分の無力さを痛感していた。
ある日、校内で会長の人気ぶりを目の当たりにした。冬貴は、誰の目にも「完璧」だった。容姿も決断も、そして人前での振る舞いも。生徒会長としての彼の周りには、常に人垣ができていた。ファンクラブのように彼を慕う生徒も多く、嶺くんもその輪の中にいることが多かった。
それを見た瞬間、ふいに心が折れた。どれだけ近づこうとしても、会長という存在が大きすぎる。嶺くんは会長に信頼を寄せていて、俺には入る余地がない――そう直感した。
だから俺は、あるときから嶺くんのファンクラブに身を置いた。奇妙な選択に思えるだろうが、あの当時の俺にはそれが唯一の「やめ方」に見えたのだ。親衛隊を嫌うフリをして、自分の感情を飲み込み、嶺くんへの想いを諦めようとした。言い訳をつくるための擬態だった。自分で自分を騙しておけば、傷は浅いだろうと思ったのだ。
でも、偽りは長く続かなかった。表向きは親衛隊嫌いの人物を演じていても、内心では胸の痛みが残ったままだった。そんな矛盾を抱えたまま日々を過ごしていた時、嶺くん親衛隊というものが学内で盛り上がり始めた。
陽貴が中心になって嶺のために組織を立てると聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。陽貴とは昔馴染みの奴で、まさかライバルになるとは思っても見なかった。
いや、俺の方がもっと根深い感情だった筈だ。守られる側の彼を、俺はずっと守りたいと思っていたのだ。
いつの間にか、俺は会長を応援することになっていた。理由をひと言で言えば、嶺くんを応援したかったんだと思う。会長ならば、嶺くんのことを任せられる。
会長から嶺くんのことが好きだから協力して欲しいと頭を下げられた時は、自分でも驚く程受け入れられた。
ある日、「会長と嶺がセフレだ」という根拠のない噂が回り始めた。放課後の廊下、購買の列、スマホのSNS。次第にそれは大きくなり、学校の中の空気まで変えていった。俺が気を回して生徒会室に会長と嶺くんの二人きりの時間が増えるように仕向けたことが仇になったと気付き、噂を耳にした瞬間、胸の中に雷が落ちたような衝撃が走った。
――いや、違う。ショックなのは、その噂が「真実」として広がっていることでもない。問題は、周囲の人間がそれを楽しそうに話題にしている事実だった。人の噂話が娯楽になる世界に、俺は疲弊した。
それまで俺は生徒会の仕事を誇りに思っていた。だが、噂は簡単にその誇りを蝕んだ。
親衛隊とはなんだ。人を守るはずの集団が、噂を増幅する道具にすり替わっている。俺は自分が何も守れていないことを恥じ、親衛隊そのものを毛嫌いするようになった。
だが同時に、そんな時でも陽貴の真っ直ぐさだけは腹立たしくも憎めなかった。彼は嶺くんのために走り、笑っていた。
どう見ても会長のことが好きな嶺くんを見て半ば諦めていたけれど、それでもいいと親衛隊として出来ることを精一杯やっていた。そんな彼を、最初はライバル視した。だが、いつの間にか勝手に仲間にしてしまった自分がいた。
陽貴と俺とはどこか馬が合う。彼が嶺くんに告白したとき、俺は真っ向から反発するよりも、逆にその熱量を無視できなくなってしまった。彼の情熱は伝染する。最初は「負けない」と思っていたのに、いつの間にか僕は彼と肩を並べていた。彼の近さは、やはり癪に障ったが、同時に温かかった。
しかし、俺は自分の本来の仕事をなおざりにしてしまった。最初は気を回していたつもりが、副会長としての職務、会議の準備、外部への連絡――それらが山積みになっていることに気づくのが遅すぎた。ある日の放課後、顧問に呼び出され、厳しく叱責された。
「佳士、お前は何をしている。副会長の務めを忘れているのか?」
その一言が胸に突き刺さった。俺は自分が堕落している事実を、否定できなかったのだ。
その後も騒動は続いた。噂はしつこく、生徒会の活動は外部からの注目を集める一方で、真面目に仕事をする会長たちの信頼を失わせていた。
ある夜、資料に目を通していた時、嶺くんと会長が静かに話している姿を窓越しに見かけた。彼らは仲むつまじい、という確かな親しさがそこにはあった。胸が締めつけられる。
嫉妬なのか悔しさなのか、自分でも判別がつかない感情が渦巻いた。
噂の半ばに「セフレ」といういやらしい言葉が紛れ込んだとき、俺の中の何かが切れた。守るために立ち上がったはずの組織が、逆に守るべき人々を傷つけているように見えた。俺は自分が何のために親衛隊をやっているのかを問い直した。答えは単純だった。最初は彼のそばにいるため、だったはずだ。けれど結果として、彼の大事なものを汚してはいないか。胸に溢れる罪悪感が収まらなかった。
そんな折、陽貴が俺に静かに言った。彼は昔から飄々としていて、言葉の裏を読ませない。だがその日はいつもと違った。
「佳士、お前、何をそんなに背負ってるんだよ」
彼の瞳には驚きでも怒りでもなく、ただ真っ直ぐな好奇心が浮いていた。俺は返事を濁した。陽貴は少し笑って、しかし真剣な声で続けた。
「親衛隊は、守るためにあるんだろ? 噂で他人を傷つけるなら、俺はそれを止める。だけど、止めるのは親衛隊だけだ。お前は生徒会として嶺くんを守れよ」
その言葉が、俺の肩から重石をひとつ下ろしてくれた。周囲を変えようとするだけでなく、自分が何を守るべきかを思い出せーーそんな意味合いだった。
俺はその夜、自分自身の親衛隊の一人一人と向き合うことにした。噂に踊らされている者、思慮深く動く者、軽率な者。話をすれば、皆それぞれに事情があった。誰かを責めるよりも、理解することが先だと気づいた。
だが気づけば重要なことを見落としていた。会長と嶺くんが、ただの噂ではなく、実際に関係を深めていたことに俺は遅れて気づいた。
彼らの関係が「恋人関係」に移った瞬間を、俺は目撃した。それは偶然の帰り道で、夜の図書室の前だった。二人は誰にも見せない表情で、軽く手をつないでいた。見間違いではない。確かな温度を感じた。
その夜、眠れなかった。己の愚かさを噛み締めながら、俺は二人に謝る決意をした。
翌日、会長に時間を求められ、生徒会室で向かい合った。卓上の書類が醸す「仕事」の匂いが、どこか懺悔の場を清めてくれるようだった。
「会長、嶺くん」
言葉が続かない。俺の胸には、謝罪と報告、そして一片の解放が混じっていた。会長は静かに俺を見て、長い息をついた。
「何だ、佳士」
俺は目を見開き、全てを吐き出した。俺が副会長として果たせなかったこと、そして何よりも、自分がどれだけ愚かに嫉妬していたかを。会長は黙って聞き続け、そして小さく頷いた。
「分かっている。俺が余計なことを言ったからだ。だから、謝る必要はない。お前が気づけたことが大事だ」
その言葉は、思っていたより温かかった。俺は声を詰まらせたが、続けて言った。
「でも、迷惑をかけました。副会長としての職責も、仲間としての役割も、どちらも疎かにしてしまった」
会長は軽く笑って肩を竦めた。
「事実は事実として受け止める。だが、お前がここにいる理由を忘れるな。組織は人間が作るんだ。お前はまだやれる」
その言葉に勇気づけられたが、それでも俺は彼らに直接謝りたかった。まずは嶺に向かうべきだと思った。会長は少し驚いた顔をしたが、すぐに了承してくれた。
嶺くんの前に立つと、言葉が不器用に溢れた。
「嶺くんこれまで色々――俺は人として未熟で、止められる立場なのに噂を放置してしまった。君を傷つけたなら、本当に申し訳ない」
嶺くんはじっと俺の顔を見つめ、少しだけ笑った。その笑顔は、昔と変わらない静かな優しさを湛えていた。
「副会長、そんなに責めないでください。気にしないでいいこともあります」
だが彼の声には、怒りでもなく、冷たさでもなく、ただ淡い悲しみが混じっていた。それが一番堪えた。
陽貴も近くに来て、小さく肩を叩いた。
俺は二人に向かって言った。
「本当にごめんなさい。俺はこれから、自分の仕事をちゃんとやります。会長、嶺くん、お幸せに」
声は静かだったが、気持ちは真剣だった。嶺くんは軽く頭を下げ、会長は珍しく見せる柔らかな笑みでそれを受けた。二人の目が合い、そこには確かな信頼と幸福が宿っていた。俺はその風景を見て、胸の奥が温かくなった。
すべてが完全に収束したわけではない。噂は残るし、生徒会の活動の在り方については議論が続く。しかし、俺の中で何かは確かに変わっていた。嫉妬や敵意は、時間と向き合うことで和らいでいく。俺は学んだのだ――守るということは、時に距離を置き、時に自分を正すことだと。
その後、親衛隊は徐々に健全な方向に舵を切った。陽貴は隊員たちに「守ることの本質」を説き、俺は副会長として、信頼を取り戻すために動いた。賑やかな行事で目立つのではなく、日々の小さな配慮や規律を守ることに重心を移した。その過程で、幾つかの誤解も溶けていった。
ある日の放課後、会長が俺にぽつりと言った。
「佳士、ありがとう。お前が踏みとどまってくれたから、俺たちはちゃんと歩ける」
その言葉を聞いた時、俺はただ黙って頷いた。胸の中に静かな充足感が広がった。
恋は叶わなかったかもしれない。だが、俺はそれを「敗北」とは思わない。むしろ、学びと成長をもらった。誰かを想うことの尊さ、守る責任の重み、そして自分の仕事に誇りを持つこと――それらを得たのだ。
それは彼らのためだけでなく、俺自身のための一言でもあった。これからも俺は、この場でやるべきことをやる。側にいることは叶わなくても、遠くから見守ることはできる。そう思うと、不思議と心が軽くなった。
春は変化の季節だ。人も、関係も、少しずつ形を変えていく。
俺は今日も、生徒会室の灯りの下で、次の仕事の準備を始める。堅実に、真面目に。誰かを守るということは、まず自分を律することから始まるのだ――そう自分に言い聞かせながら。
そして、どこかで二人が笑っているのを思い浮かべるだけで、十分だった。
0
あなたにおすすめの小説
先輩たちの心の声に翻弄されています!
七瀬
BL
人と関わるのが少し苦手な高校1年生・綾瀬遙真(あやせとうま)。
ある日、食堂へ向かう人混みの中で先輩にぶつかった瞬間──彼は「触れた相手の心の声」が聞こえるようになった。
最初に声を拾ってしまったのは、対照的な二人の先輩。
乱暴そうな俺様ヤンキー・不破春樹(ふわはるき)と、爽やかで優しい王子様・橘司(たちばなつかさ)。
見せる顔と心の声の落差に戸惑う遙真。けれど、彼らはなぜか遙真に強い関心を示しはじめる。
****
三作目の投稿になります。三角関係の学園BLですが、なるべくみんなを幸せにして終わりますのでご安心ください。
ご感想・ご指摘など気軽にコメントいただけると嬉しいです‼️
幼馴染は吸血鬼
ユーリ
BL
「お前の血を飲ませてくれ。ずーっとな」
幼馴染は吸血鬼である。しかも食事用の血液パックがなくなると首元に噛みついてきてーー
「俺の保存食としての自覚を持て」吸血鬼な攻×ごはん扱いの受「僕だけ、だよね?」幼馴染のふたりは文化祭をきっかけに急接近するーー??
魔王様の執着から逃れたいっ!
クズねこ
BL
「孤独をわかってくれるのは君だけなんだ、死ぬまで一緒にいようね」
魔王様に執着されて俺の普通の生活は終わりを迎えた。いつからこの魔王城にいるかわからない。ずっと外に出させてもらってないんだよね
俺がいれば魔王様は安心して楽しく生活が送れる。俺さえ我慢すれば大丈夫なんだ‥‥‥でも、自由になりたい
魔王様に縛られず、また自由な生活がしたい。
他の人と話すだけでその人は罰を与えられ、生活も制限される。そんな生活は苦しい。心が壊れそう
だから、心が壊れてしまう前に逃げ出さなくてはいけないの
でも、最近思うんだよね。魔王様のことあんまり考えてなかったって。
あの頃は、魔王様から逃げ出すことしか考えてなかった。
ずっと、執着されて辛かったのは本当だけど、もう少し魔王様のこと考えられたんじゃないかな?
はじめは、魔王様の愛を受け入れられず苦しんでいたユキ。自由を求めてある人の家にお世話になります。
魔王様と離れて自由を手に入れたユキは魔王様のことを思い返し、もう少し魔王様の気持ちをわかってあげればよかったかな? と言う気持ちが湧いてきます。
次に魔王様に会った時、ユキは魔王様の愛を受け入れるのでしょうか?
それとも受け入れずに他の人のところへ行ってしまうのでしょうか?
三角関係が繰り広げる執着BLストーリーをぜひ、お楽しみください。
誰と一緒になって欲しい など思ってくださりましたら、感想で待ってますっ
『面白い』『好きっ』と、思われましたら、♡やお気に入り登録をしていただけると嬉しいですっ
第一章 魔王様の執着から逃れたいっ 連載中❗️
第二章 自由を求めてお世話になりますっ
第三章 魔王様に見つかりますっ
第四章 ハッピーエンドを目指しますっ
週一更新! 日曜日に更新しますっ!
平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています
七瀬
BL
あらすじ
春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。
政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。
****
初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい
椿
BL
ドSな両親から生まれ、使用人がほぼ全員ドMなせいで、本人に特殊な嗜好はないにも関わらずSの振る舞いが発作のように出てしまう(不本意)シャルル。
その悪癖を正しく自覚し、学園でも息を潜めるように過ごしていた彼だが、ひょんなことからみんなのアイドルことミシェル(ドM)に懐かれてしまい、ついつい出てしまう暴言に周囲からの勘違いは加速。婚約者である王子の二コラにも「甘えるな」と冷たく突き放され、「このままなら婚約を破棄する」と言われてしまって……。
婚約破棄は…それだけは困る!!王子との、ニコラとの結婚だけが、俺があのドSな実家から安全に抜け出すことができる唯一の希望なのに!!
婚約破棄、もとい安全な家出計画の破綻を回避するために、SとかMとかに囲まれてる悪役令息(勘違い)受けが頑張る話。
攻めズ
ノーマルなクール王子
ドMぶりっ子
ドS従者
×
Sムーブに悩むツッコミぼっち受け
作者はSMについて無知です。温かい目で見てください。
ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
ループ執愛症候群~初対面のはずなのに、執着MAXで迫られてます~
たぴおか定食
BL
事故で命を落とした高校生は、乙女ゲームの世界に貴族の少年、ルルスとして転生する。
穏やかな生活を送っていたある日、出会ったのは、宮廷魔導師の息子のノアゼル。
彼は初対面のはずのルルに涙ながらに言う…「今度こそ、君を守る。」
ノアは、ルルがゲームの矯正力により何度も命を落とす未来を繰り返し経験していた。
そのたびにルルを救えず、絶望の中で時を遡ることを選び続けた。
「君がいない世界なんて、いらない」
愛と執着を抱えた少年は、何度でもルルを取り戻す。
これは、転生した能天気なルルと、そんな彼に執着するノアが織りなす、激重タイムリープファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる