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番外編③ 田中編
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side 田中
俺はクラスでも地味な方だし、目立つタイプじゃない。けど、端から見ると色々な所でよく動くから「できる」って思われることが多い。新聞部部長と親衛隊の副隊長の仕事、それからファンクラブの会長を兼任しているのは自分でも自覚してるけど、それは単純に「やるべきだと思ったから」だ。
冬貴とは幼馴染で、小学校からずっと一緒だ。彼の無邪気さも、皮肉めいた笑い方も、恥ずかしがる瞬間も見てきた。だからこそ、入学式の出来事は今でも忘れない。
校庭に人がわっと集まる中で、冬貴の目がある一点を捉えた。新入生の群れの中、黒い髪で印象的な吊り目の少年が鞄を抱えてよそよそしく立っていた。初々しさと守りたくなるその小動物感。
冬貴はそっと肩をすくめて、俺に言ったんだ。
「……見つけた。あの子とつながりを作りたい。何かきっかけ、頼めるか?」って。
頼まれたのは俺の方だ。幼馴染のお願いを断れるわけがない。けど正直、どうしたものかとも思った。冬貴はどこでも光る存在だった。あれこれ計算して動くタイプじゃないが、人を惹きつける磁力がある。
そもそも容姿がいいせいで、学外にファンクラブなんでものも存在していた。
この学園にもファンクラブ制度が存在していると聞いた時は驚いた。
そうだ。
俺はひねくれた案を出した。
「ファンクラブを作ろう」と。
今にして思えば遠回りをする案だったかもしれない。でもその時の俺は単純だった。
冬貴の輪を作れば自然とあの子を取り込める、そう考えたんだ。だから俺は誰かに作られる前に冬貴のファンクラブをこしらえた。
活動内容はくだらない。ポスターを作る、プロフィールをまとめた冊子を配る、ちょっとしたサプライズで舞台を仕立てる──そんな類のことばかりだ。
真面目な顔でやると滑稽だろうから、徹底的にバカらしくやった。ポスターには「男前、尊い」なんて煽りを書き、新聞部の部室の奥でブロマイドを作っては冬貴と互いに酷評し合った。目的は恋のキューピッドではなく、単なる好奇心。
だが、皮肉にもそのやり方が功を奏して、あの黒髪の子──嶺くんは、何の気なしにその輪の中に入ってきた。
「田中君って遠藤君のファンクラブ作ったの?」
彼がそう言った時の顔が忘れられない。目が真っ直ぐで、少し緊張していて、どこか慎ましやかだった。嶺くんからしてみれば、席が隣になったクラスメイトへの世間話のつもりだったのかもしれないがそこからめちゃくちゃ布教して会員にした。
無理に引き入れたつもりはなかったけど、結果として「強引に」って言葉がぴったりな形で動いたのは否めない。
嶺くんが興味を持ってくれたのは俺の腕前だ。誰かを近づけるための手土産を差し出すのは、昔から得意だった。
冬貴のプロフィール冊子やポスター、ブロマイドを嶺くんの見える位置に設置したりした甲斐があった。
実を言うと、嶺くんが冬貴のことをどう思っているかは、結構早い段階で気づいていた。嶺くんは口にしないタイプだし、そこがまた可愛いところでもあるんだけど、小さな仕草や視線の落とし方を見れば分かる。
ただ、嶺くんが初恋を引きずっている可能性があるというこのを冬貴から聞いていたし、嶺くん自身からなんとなく聞いたこともある。
嶺くんは、初恋の記憶と今の恋で無意識に揺れている様子だった。
正直、二人の距離感は危なっかしくて、放っておけないと思ったんだ。
ファンクラブの活動はすぐに学内で噂になった。馬鹿馬鹿しいことに一生懸命取り組む連中を見て、最初は嗤う者もいた。でも、あれこれイベントを仕掛けているうちに、自然と冬貴と嶺くんが顔を合わせる回数は増えた。
イベントではくじ引きで二人が同じテーブルに座るようにしていく。そんな細工を繰り返していると、まあ邪魔にならない。むしろ、冬貴から頼まれた俺の役目は果たせたんじゃないかと思う。
だが、計画通りには行かないのが面白いところだ。
真柴が入学して嶺くんの親衛隊を率い始めたときは、内心で苦笑した。彼の熱量は感染力が強くて、すぐに親衛隊が学内で目立ち始めた。俺は客観的に見ていた。笑顔は浮かべてけれど、穏やかではなかった。
そして俺も副隊長として関わる羽目になった。理由は簡単だ。誰かが「冷静に」やらないと、あの連中は何かと暴走するからだ。
副隊長になってから、面倒事が増えた。噂の一つや二つはつきものだが、嫌な噂が立ち始めたときは心がざらついた。
会長と嶺くんが「セフレ」だなんて、あまりに下世話な見立てだった。事実と関係なく、人は噂話をエンタメに変える。そんな状況で、親衛隊は良くも悪くも注目の的になった。俺は内部から火消しをする役割を引き受け、なるべく冷静に動いた。デマの出所を探り、誤解を解くための情報を整理して、なるべく早く真実を示す。
そのときに役に立ったのが、俺と冬貴の関係だった。彼が目立つことを嫌わないとはいえ、変な憶測は心地よくないだろう。それを内側で制御するのが、俺の仕事になった。
俺が一番嬉しかったのは、嶺くんが真柴を選ばなかった点だ。あの、初々しい告白のときだってそうだ。真柴に告白されているのにまっすぐに冬貴を見て、言葉を詰まらせた瞬間、俺は確信した。
幼馴染の頼みがうまくいった瞬間は、いつだって特別だ。誰かの恋のきっかけを作るのは醍醐味の一つだと思う。だが、好きな人を引き合わせるだけでは足りない。距離感を繊細に扱うことも大事だ。その塩梅を俺は学んだ。
親衛隊の内部では、俺は「潤滑油」みたいに振る舞ってきた。
俺はメンバー一人一人と飲み込むように話し合った。時には厳しく、時には冗談めかして、彼らが本当に何を守りたいのかを確認する日々を続けた。
ある日、嶺くんと冬貴が校舎の廊下で静かに話しているのを見かけた。二人の距離は、ただの友達のそれではなかった。耳を澄ませば、二人の小さな笑い声が聞こえそうなほど密だった。胸が熱くなったのを覚えている。俺はその場を離れた。見守ることに徹したかったんだ。あと一押しが必要なら押すけれど、基本的には二人の選択に任せる──これが俺のやり方だ。
そしてやっと、全てが形になった。冬貴と嶺くんから、直々に付き合うことになったと聞いた。二人がきちんと向き合ったのを見た時、俺は心の底からほっとした。幼馴染の願いが叶ったというよりは、誰かの大事な時間を間近で見られたことへの感謝が先だ。俺はそっと拍手をした。そっと胸の中でだけだ。
もちろん、何もかも完璧に収まったわけではない。親衛隊の問題は残るし、学園内の雑音も続く。だけど、俺の役目はもう少し変わった。最初は「接点を作ること」だったが、今は「見守ること」になった。冬貴と嶺くんの間に立つのではなく、二人の背中を押すための横支えに回る。それが一番自然な自分の居場所だと思っている。
それに、やっぱり面白いのは人間関係だ。俺は観察者としての目線を大事にしている。誰が何を考えているか、どう動くか、微妙な気配を嗅ぎ分けるのは得意だ。時々、二人のやり取りを見ていると、やっぱり胸が温かくなる。あの不器用さ、あの真剣さ、全部が美しい。俺はそれを壊さないように、そっと手を差し伸べるのが好きだ。
親衛隊は新しい顔ぶれも揃い、活動の方向性も見直された。真柴は相変わらず暴走気味だが、そこには温度がある。副会長が嶺くんの親衛隊に入った時は流石に驚いたが、自分の仕事に戻って、もう二度と軽率に感情に流されないと誓ったようだった。柊くんはまるで何事もなかったかのようににこにこしている。周囲の目は時に冷たいが、内部の結束は以前より強くなった。俺はその潤滑油として、もう少しだけ気を配り続けるつもりだ。
最後に、これはささやかな自慢話でもあるが、冬貴は当時の俺のやり方を「信頼できる」と評してくれた。幼馴染の評価は何だかんだで嬉しいものだ。だが、評価は二の次で、本当に嬉しいのは二人が静かに笑い合っている瞬間を見られたことだ。
いつくっつくかな、とずっと思っていた。俺はその答えを急かさなかった。時が来るまで、余計な風を吹かせないように、そっと見守る。たまに小さな風を送ることはあるけれど、それは只の演出だ。恋は台本通りには進まない。だからこそ面白い。
夜、窓辺に座って校庭の桜を眺めながら、俺はつぶやくんだ。 「お前ら、幸せにな」と。声は小さく、でも本気で。幼馴染として、友人としての誓いだ。
これからも、俺は二人のそばにいる。派手なことは嫌いだけど、必要な時にはちゃんと動く。見守ることが仕事なら、俺はそれを楽しくやる。そう思いながら、俺はもう一度、二人の笑顔を思い浮かべるのだった。
俺はクラスでも地味な方だし、目立つタイプじゃない。けど、端から見ると色々な所でよく動くから「できる」って思われることが多い。新聞部部長と親衛隊の副隊長の仕事、それからファンクラブの会長を兼任しているのは自分でも自覚してるけど、それは単純に「やるべきだと思ったから」だ。
冬貴とは幼馴染で、小学校からずっと一緒だ。彼の無邪気さも、皮肉めいた笑い方も、恥ずかしがる瞬間も見てきた。だからこそ、入学式の出来事は今でも忘れない。
校庭に人がわっと集まる中で、冬貴の目がある一点を捉えた。新入生の群れの中、黒い髪で印象的な吊り目の少年が鞄を抱えてよそよそしく立っていた。初々しさと守りたくなるその小動物感。
冬貴はそっと肩をすくめて、俺に言ったんだ。
「……見つけた。あの子とつながりを作りたい。何かきっかけ、頼めるか?」って。
頼まれたのは俺の方だ。幼馴染のお願いを断れるわけがない。けど正直、どうしたものかとも思った。冬貴はどこでも光る存在だった。あれこれ計算して動くタイプじゃないが、人を惹きつける磁力がある。
そもそも容姿がいいせいで、学外にファンクラブなんでものも存在していた。
この学園にもファンクラブ制度が存在していると聞いた時は驚いた。
そうだ。
俺はひねくれた案を出した。
「ファンクラブを作ろう」と。
今にして思えば遠回りをする案だったかもしれない。でもその時の俺は単純だった。
冬貴の輪を作れば自然とあの子を取り込める、そう考えたんだ。だから俺は誰かに作られる前に冬貴のファンクラブをこしらえた。
活動内容はくだらない。ポスターを作る、プロフィールをまとめた冊子を配る、ちょっとしたサプライズで舞台を仕立てる──そんな類のことばかりだ。
真面目な顔でやると滑稽だろうから、徹底的にバカらしくやった。ポスターには「男前、尊い」なんて煽りを書き、新聞部の部室の奥でブロマイドを作っては冬貴と互いに酷評し合った。目的は恋のキューピッドではなく、単なる好奇心。
だが、皮肉にもそのやり方が功を奏して、あの黒髪の子──嶺くんは、何の気なしにその輪の中に入ってきた。
「田中君って遠藤君のファンクラブ作ったの?」
彼がそう言った時の顔が忘れられない。目が真っ直ぐで、少し緊張していて、どこか慎ましやかだった。嶺くんからしてみれば、席が隣になったクラスメイトへの世間話のつもりだったのかもしれないがそこからめちゃくちゃ布教して会員にした。
無理に引き入れたつもりはなかったけど、結果として「強引に」って言葉がぴったりな形で動いたのは否めない。
嶺くんが興味を持ってくれたのは俺の腕前だ。誰かを近づけるための手土産を差し出すのは、昔から得意だった。
冬貴のプロフィール冊子やポスター、ブロマイドを嶺くんの見える位置に設置したりした甲斐があった。
実を言うと、嶺くんが冬貴のことをどう思っているかは、結構早い段階で気づいていた。嶺くんは口にしないタイプだし、そこがまた可愛いところでもあるんだけど、小さな仕草や視線の落とし方を見れば分かる。
ただ、嶺くんが初恋を引きずっている可能性があるというこのを冬貴から聞いていたし、嶺くん自身からなんとなく聞いたこともある。
嶺くんは、初恋の記憶と今の恋で無意識に揺れている様子だった。
正直、二人の距離感は危なっかしくて、放っておけないと思ったんだ。
ファンクラブの活動はすぐに学内で噂になった。馬鹿馬鹿しいことに一生懸命取り組む連中を見て、最初は嗤う者もいた。でも、あれこれイベントを仕掛けているうちに、自然と冬貴と嶺くんが顔を合わせる回数は増えた。
イベントではくじ引きで二人が同じテーブルに座るようにしていく。そんな細工を繰り返していると、まあ邪魔にならない。むしろ、冬貴から頼まれた俺の役目は果たせたんじゃないかと思う。
だが、計画通りには行かないのが面白いところだ。
真柴が入学して嶺くんの親衛隊を率い始めたときは、内心で苦笑した。彼の熱量は感染力が強くて、すぐに親衛隊が学内で目立ち始めた。俺は客観的に見ていた。笑顔は浮かべてけれど、穏やかではなかった。
そして俺も副隊長として関わる羽目になった。理由は簡単だ。誰かが「冷静に」やらないと、あの連中は何かと暴走するからだ。
副隊長になってから、面倒事が増えた。噂の一つや二つはつきものだが、嫌な噂が立ち始めたときは心がざらついた。
会長と嶺くんが「セフレ」だなんて、あまりに下世話な見立てだった。事実と関係なく、人は噂話をエンタメに変える。そんな状況で、親衛隊は良くも悪くも注目の的になった。俺は内部から火消しをする役割を引き受け、なるべく冷静に動いた。デマの出所を探り、誤解を解くための情報を整理して、なるべく早く真実を示す。
そのときに役に立ったのが、俺と冬貴の関係だった。彼が目立つことを嫌わないとはいえ、変な憶測は心地よくないだろう。それを内側で制御するのが、俺の仕事になった。
俺が一番嬉しかったのは、嶺くんが真柴を選ばなかった点だ。あの、初々しい告白のときだってそうだ。真柴に告白されているのにまっすぐに冬貴を見て、言葉を詰まらせた瞬間、俺は確信した。
幼馴染の頼みがうまくいった瞬間は、いつだって特別だ。誰かの恋のきっかけを作るのは醍醐味の一つだと思う。だが、好きな人を引き合わせるだけでは足りない。距離感を繊細に扱うことも大事だ。その塩梅を俺は学んだ。
親衛隊の内部では、俺は「潤滑油」みたいに振る舞ってきた。
俺はメンバー一人一人と飲み込むように話し合った。時には厳しく、時には冗談めかして、彼らが本当に何を守りたいのかを確認する日々を続けた。
ある日、嶺くんと冬貴が校舎の廊下で静かに話しているのを見かけた。二人の距離は、ただの友達のそれではなかった。耳を澄ませば、二人の小さな笑い声が聞こえそうなほど密だった。胸が熱くなったのを覚えている。俺はその場を離れた。見守ることに徹したかったんだ。あと一押しが必要なら押すけれど、基本的には二人の選択に任せる──これが俺のやり方だ。
そしてやっと、全てが形になった。冬貴と嶺くんから、直々に付き合うことになったと聞いた。二人がきちんと向き合ったのを見た時、俺は心の底からほっとした。幼馴染の願いが叶ったというよりは、誰かの大事な時間を間近で見られたことへの感謝が先だ。俺はそっと拍手をした。そっと胸の中でだけだ。
もちろん、何もかも完璧に収まったわけではない。親衛隊の問題は残るし、学園内の雑音も続く。だけど、俺の役目はもう少し変わった。最初は「接点を作ること」だったが、今は「見守ること」になった。冬貴と嶺くんの間に立つのではなく、二人の背中を押すための横支えに回る。それが一番自然な自分の居場所だと思っている。
それに、やっぱり面白いのは人間関係だ。俺は観察者としての目線を大事にしている。誰が何を考えているか、どう動くか、微妙な気配を嗅ぎ分けるのは得意だ。時々、二人のやり取りを見ていると、やっぱり胸が温かくなる。あの不器用さ、あの真剣さ、全部が美しい。俺はそれを壊さないように、そっと手を差し伸べるのが好きだ。
親衛隊は新しい顔ぶれも揃い、活動の方向性も見直された。真柴は相変わらず暴走気味だが、そこには温度がある。副会長が嶺くんの親衛隊に入った時は流石に驚いたが、自分の仕事に戻って、もう二度と軽率に感情に流されないと誓ったようだった。柊くんはまるで何事もなかったかのようににこにこしている。周囲の目は時に冷たいが、内部の結束は以前より強くなった。俺はその潤滑油として、もう少しだけ気を配り続けるつもりだ。
最後に、これはささやかな自慢話でもあるが、冬貴は当時の俺のやり方を「信頼できる」と評してくれた。幼馴染の評価は何だかんだで嬉しいものだ。だが、評価は二の次で、本当に嬉しいのは二人が静かに笑い合っている瞬間を見られたことだ。
いつくっつくかな、とずっと思っていた。俺はその答えを急かさなかった。時が来るまで、余計な風を吹かせないように、そっと見守る。たまに小さな風を送ることはあるけれど、それは只の演出だ。恋は台本通りには進まない。だからこそ面白い。
夜、窓辺に座って校庭の桜を眺めながら、俺はつぶやくんだ。 「お前ら、幸せにな」と。声は小さく、でも本気で。幼馴染として、友人としての誓いだ。
これからも、俺は二人のそばにいる。派手なことは嫌いだけど、必要な時にはちゃんと動く。見守ることが仕事なら、俺はそれを楽しくやる。そう思いながら、俺はもう一度、二人の笑顔を思い浮かべるのだった。
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