6 / 29
5
しおりを挟む
四月の緊張感が和らぎ、五月も半ばを過ぎる頃、生徒会室は文化祭準備の熱気で満ちていました。
受付のテーブルや門の周辺を装飾する為の紙や布が散らばり、役員たちは忙しく動き回ります。
僕も生徒会補佐として、資料の整理や掲示物の運搬などで手を動かしていましたが、正直、目は自然と兄に向いてしまいます。
兄は普段の冷徹な表情を保ちながらも、明らかにテンションが高く、声にはいつもより少し張りがありました。
兄は僕に近づき、耳元で囁きました。
「絋、出店案の優先順位をもう一度整理する。あと、風紀委員長の意見も反映させる」
僕は心の中で小さく笑いました。
兄が「風紀委員長」と口にするたび、わずかに肩が震えるのを見て取れるのです。
普段は冷静な兄も、推しの名前を出すと無意識に表情が柔らかくなる――それを見逃すわけにはいきません。
この日、兄の推し活はさらに活発になっていました。
装飾用の布を選ぶ際、兄は風紀委員長の誕生月カラーを無意識に取り入れています。
六月生まれの風紀委員長に合わせ、少し薄めの緑色を基調とした布を手に取り、資料にメモを添えていました。
「……ここは、風紀が目に留めやすい場所で配置する」
兄は何度も窓の外を見たり机の上の風紀委員会の見回り案が乗っている資料を確認し、動線や目線を考慮した配置案を書き込んでいきます。
弟として見ている僕には、これはもはや「作戦」としか言いようがありません。
昼休み、食堂にいる時にも兄は僕に小声で相談してきました。
「絋、今日決まった受付の配置案、あいつに自然に伝えるにはどうしたらいいか」
僕は思わず笑いをこらえつつ、
「兄さん、そこは普通に会長として提案すれば大丈夫です」と答えました。
兄は小さく頷き、資料を握る手が少し震えています。
放課後、三島先輩や林先輩、松村も既に集まっていました。
三島先輩は兄の顔を見て少し頬を染めつつ、
「会長、今日の資料、完璧ですね」と褒めます。
林先輩は爽やかに、
「会長、順調に準備進んでますね」と声をかけ、松村も少しぎこちない笑顔で
「会長、俺も手伝います」と加わります。
しかし、兄はふと風紀委員長の姿に気を取られ、動きが止まる瞬間がありました。
風紀委員長が別の生徒に説明しているのを見て、兄は肩を落とし、机に置いたペンをそっと握り直します。
「……話しかけられなかった……」
その落胆を、僕は手に取るように感じました。
次の日の作業では、兄は装飾の配置案を再調整していました。
風紀委員長の動線を意識し、歩きやすい場所や目に入りやすい角度を計算して、布や装飾物の位置を変えます。
時折、僕にこっそりメモを見せながら、「ここは風紀の見回りが最初に通る位置だ。目が合うタイミングを作る」と囁きます。
その声には無愛想な冷たさの裏に、小さな興奮が混じっているのです。
僕は笑いを抑えながら
「兄さん、それはバレバレすぎですよ」と小声で突っ込みます。
兄は無言で鉛筆を走らせつつ、少し肩をすくめて照れ隠しをしました。
無表情のまま、心の中では推しへの行動計画に奔走している――そのギャップが、僕にはとても面白く、微笑ましいものでした。
夕方、兄は僕を呼び寄せます。
「絋、今度こそは風紀委員長に話をしにいきたい。何か確認することはないか」 僕は頷き、準備道具を片付けながら、
「兄さん、文化祭の前日準備のことで確認していただければ大丈夫です」と伝えます。
兄は無言で頷き、資料を整理し、鉛筆を走らせ続けました。
その背中には、普段の冷徹さとは違う、推しを想う熱量が滲んでいます。
夜、寮の自室で兄は机の片隅に風紀委員長の行動メモを広げ、黙々と整理していました。
無表情を保ちつつも、目の奥に小さな炎が灯っているのがわかります。
「今日は良かったですね。会話も自然でしたよ。」
「……あぁ」
僕は静かにその様子を見守りながら、補佐として、弟として、この特別な時間を共有できることに、密かな喜びを感じていました。
受付のテーブルや門の周辺を装飾する為の紙や布が散らばり、役員たちは忙しく動き回ります。
僕も生徒会補佐として、資料の整理や掲示物の運搬などで手を動かしていましたが、正直、目は自然と兄に向いてしまいます。
兄は普段の冷徹な表情を保ちながらも、明らかにテンションが高く、声にはいつもより少し張りがありました。
兄は僕に近づき、耳元で囁きました。
「絋、出店案の優先順位をもう一度整理する。あと、風紀委員長の意見も反映させる」
僕は心の中で小さく笑いました。
兄が「風紀委員長」と口にするたび、わずかに肩が震えるのを見て取れるのです。
普段は冷静な兄も、推しの名前を出すと無意識に表情が柔らかくなる――それを見逃すわけにはいきません。
この日、兄の推し活はさらに活発になっていました。
装飾用の布を選ぶ際、兄は風紀委員長の誕生月カラーを無意識に取り入れています。
六月生まれの風紀委員長に合わせ、少し薄めの緑色を基調とした布を手に取り、資料にメモを添えていました。
「……ここは、風紀が目に留めやすい場所で配置する」
兄は何度も窓の外を見たり机の上の風紀委員会の見回り案が乗っている資料を確認し、動線や目線を考慮した配置案を書き込んでいきます。
弟として見ている僕には、これはもはや「作戦」としか言いようがありません。
昼休み、食堂にいる時にも兄は僕に小声で相談してきました。
「絋、今日決まった受付の配置案、あいつに自然に伝えるにはどうしたらいいか」
僕は思わず笑いをこらえつつ、
「兄さん、そこは普通に会長として提案すれば大丈夫です」と答えました。
兄は小さく頷き、資料を握る手が少し震えています。
放課後、三島先輩や林先輩、松村も既に集まっていました。
三島先輩は兄の顔を見て少し頬を染めつつ、
「会長、今日の資料、完璧ですね」と褒めます。
林先輩は爽やかに、
「会長、順調に準備進んでますね」と声をかけ、松村も少しぎこちない笑顔で
「会長、俺も手伝います」と加わります。
しかし、兄はふと風紀委員長の姿に気を取られ、動きが止まる瞬間がありました。
風紀委員長が別の生徒に説明しているのを見て、兄は肩を落とし、机に置いたペンをそっと握り直します。
「……話しかけられなかった……」
その落胆を、僕は手に取るように感じました。
次の日の作業では、兄は装飾の配置案を再調整していました。
風紀委員長の動線を意識し、歩きやすい場所や目に入りやすい角度を計算して、布や装飾物の位置を変えます。
時折、僕にこっそりメモを見せながら、「ここは風紀の見回りが最初に通る位置だ。目が合うタイミングを作る」と囁きます。
その声には無愛想な冷たさの裏に、小さな興奮が混じっているのです。
僕は笑いを抑えながら
「兄さん、それはバレバレすぎですよ」と小声で突っ込みます。
兄は無言で鉛筆を走らせつつ、少し肩をすくめて照れ隠しをしました。
無表情のまま、心の中では推しへの行動計画に奔走している――そのギャップが、僕にはとても面白く、微笑ましいものでした。
夕方、兄は僕を呼び寄せます。
「絋、今度こそは風紀委員長に話をしにいきたい。何か確認することはないか」 僕は頷き、準備道具を片付けながら、
「兄さん、文化祭の前日準備のことで確認していただければ大丈夫です」と伝えます。
兄は無言で頷き、資料を整理し、鉛筆を走らせ続けました。
その背中には、普段の冷徹さとは違う、推しを想う熱量が滲んでいます。
夜、寮の自室で兄は机の片隅に風紀委員長の行動メモを広げ、黙々と整理していました。
無表情を保ちつつも、目の奥に小さな炎が灯っているのがわかります。
「今日は良かったですね。会話も自然でしたよ。」
「……あぁ」
僕は静かにその様子を見守りながら、補佐として、弟として、この特別な時間を共有できることに、密かな喜びを感じていました。
60
あなたにおすすめの小説
【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる
木嶋うめ香
BL
本編完結済み(2021.3.8)
和の国の貴族の子息が通う華学園の食堂で、僕こと鈴森千晴(すずもりちはる)は前世の記憶を思い出した。
この世界、前世の僕がやっていたBLゲーム「華乙男のラブ日和」じゃないか?
鈴森千晴なんて登場人物、ゲームには居なかったから僕のポジションはモブなんだろう。
もうすぐ主人公が転校してくる。
僕の片思いの相手山城雅(やましろみやび)も攻略対象者の一人だ。
これから僕は主人公と雅が仲良くなっていくのを見てなきゃいけないのか。
片思いだって分ってるから、諦めなきゃいけないのは分ってるけど、やっぱり辛いよどうしたらいいんだろう。
【完結】口遊むのはいつもブルージー 〜双子の兄に惚れている後輩から、弟の俺が迫られています〜
星寝むぎ
BL
お気に入りやハートを押してくださって本当にありがとうございます! 心から嬉しいです( ; ; )
――ただ幸せを願うことが美しい愛なら、これはみっともない恋だ――
“隠しごとありの年下イケメン攻め×双子の兄に劣等感を持つ年上受け”
音楽が好きで、SNSにひっそりと歌ってみた動画を投稿している桃輔。ある日、新入生から唐突な告白を受ける。学校説明会の時に一目惚れされたらしいが、出席した覚えはない。なるほど双子の兄のことか。人違いだと一蹴したが、その新入生・瀬名はめげずに毎日桃輔の元へやってくる。
イタズラ心で兄のことを隠した桃輔は、次第に瀬名と過ごす時間が楽しくなっていく――
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
本気になった幼なじみがメロすぎます!
文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。
俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。
いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。
「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」
その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。
「忘れないでよ、今日のこと」
「唯くんは俺の隣しかだめだから」
「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」
俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。
俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。
「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」
そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……!
【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)
ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
ある日、人気俳優の弟になりました。2
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。
平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる