【完結】我が兄は生徒会長である!

tomoe97

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夏休みが終わり、ようやく二学期が始まりました。
秋風がどこかから吹きつつ、まだ少し暑さを残す九月の終わり、僕たちの全寮制高校では学校行事恒例の体育祭が開かれます。

校庭は生徒たちの歓声と太陽の光で輝き、色とりどりのハチマキやゼッケンが舞う光景は、普段の静謐な学園生活とは打って変わった活気に満ちていました。
名門私立の進学校といえど、所詮は男子校ですから、ちょっとした動物園のようでした。

僕は普段どおり、兄の横に座り、観察の準備を整えます。
今日の兄は、体調不良と銘打って応援席からの観戦です。
何故か運動神経抜群と評されている兄ですが、実の所全くそんなことはないのです。
サッカーをすればボールを蹴る勢いでそのままずっこけて複雑骨折、バスケをすればドリブルの勢い余ってでんぐり返りになり意識を失い、テニスをすればラケットごとコートの遥か彼方へ飛ばしてしまうという逸話持ちです。

なので、何かと理由をつけては体育の授業を休みたがり、体育祭では応援席に居座る事で真実が上手い事隠れているということが実際の所です。
眉目秀麗•成績優秀なのは紛れもない事実ですが噂が噂に尾鰭をつけ、運動神経まで抜群と聞いた時には腹を抱えて笑いました。
葉山家は学園にそれなりの寄付金を積んでいますのでこのような扱いでも全然問題ないのです。
つまり、今日は一日中、この応援席から風紀委員長の一挙手一投足を追う任務に専念できるというわけです。


兄の座る特別応援席の横には僕が座り、双眼鏡を手渡しました。
特別応援席は、三島先輩を始めとした兄のファンクラブの方々が急遽作ってくれました。
特設のテントを張り、椅子も少し高めのロッキングチェアを用意してくれ、飲み物もあります。
団扇で仰ぐ係の人が交代で来てくれるので、兄の熱中症への心配はいりません。

それに、僕は今日一日は忙しいのです。普段の補佐としての役割に加えて、今日ばかりは推し活専属アシスタントの意味合いもあります。

「兄さん、こちらの双眼鏡をお使いください。風紀委員長の動きがよく見えます」

と差し出すと、兄は小さく頷き、手元の手すりに両肘をついて双眼鏡を構えました。
目の前の校庭には、既に100メートル走の選手たちが整列しており、風紀委員長もスタートラインに立っています。普段の冷徹な面持ちから、微かに緊張の色が伺えました。

僕はその手の微細な震えを見逃さず、内心で「風紀委員長でもこうなるのだな」と苦笑しました。

第一種目、100メートル走では風紀委員長は堂々たる一位を獲得しました。他を寄せ付けない圧巻の走りで、爽やかさすらあります。
走り終わった後の汗すら色気を纏っているので罪深い男です。兄は顔を真っ赤に染めながら盛大に拍手をして勝利を讃えていました。

第二種目は騎馬戦です。風紀委員長は軽やかな動きで相手チームの騎馬を次々と崩し、仲間との連携も完璧です。
兄は双眼鏡越しに、その活躍を凝視しています。
騎馬戦とあって、風紀委員長だけではないのですが上半身は裸。そう、裸なのです。
兄の呼吸が浅くなり、わずかに眉間に皺を寄せて集中している姿は、一般席にいる誰にも想像できないほどの情熱に満ちています。
僕は隣で水を渡したりしつつ、兄の視線が逸れないよう徹しました。
兄の指先が双眼鏡の端をぎゅっと握りしめ、時折息を止めるような仕草を見せるたび、心の中で微かに笑みを浮かべつつも、静かに支えます。

騎馬戦が終わると、次に風紀委員長が出場したのはクラス対抗リレーです。委員長はアンカーとして走るチームに参加し、その瞬間、兄の眼差しはさらに鋭くなります。
僕はまたしても違う種類双眼鏡を兄に渡し、校庭の端からでも風紀委員長の動きを追えるよう位置を調整しました。
兄は無言ですが、両手で双眼鏡を握る力が次第に増していくのがわかります。
普段の冷静さを保とうとしながらも、目の前で推しが全力を出している姿に、どうやら己が揺らいでいるようです。
 
リレーが始まると、僕は周囲の様子にも目を配ります。一般の応援席ではクラスメイトたちが歓声を上げ、太鼓や応援旗が揺れています。
特別応援席でも、この時ばかりは皆、リレーを応援していました。

しかし兄の視線は風紀委員長に完全に固定されており、周囲の喧騒など全く入っていないように見えます。
僕は横で自分の双眼鏡を手に取りつつ、必要に応じて兄の視界を遮ったり、軽く肩に手を添えて姿勢を支えたりして、不自然でない見え方になるよう努めました。

アンカーとして風紀委員長が走り始めると、兄は思わず体を前に乗り出し、双眼鏡なしで全力で観察します。
僕はそれを見て、心の中で「こんなに集中する兄は、普段は絶対に見られない」と驚嘆しました。

息が荒くなることもなく、視線だけで全力の風紀委員長を追い続ける姿は、真剣さに満ちています。

リレーが終盤に差し掛かると、兄の肩がわずかに震えるのがわかります。
僕はそっとタオルを差し出し、呼吸を整える補助をします。
兄は小さく息をつき、再び双眼鏡越しに風紀委員長のゴールまで視線を固定します。
風紀委員長がゴールラインを駆け抜けた瞬間、兄はわずかに膝を折り、深呼吸をひとつしました。
両目からはつぅ、と涙が零れ落ち普段は冷徹無表情を貫く生徒会長の兄が、わずかに崩れた瞬間となりました。
僕は隣で双眼鏡を持ちながら、その様子を見守ります。

しかし、体調不良を装っていたため、周囲では会長の様子がおかしいと噂になったのか、風紀委員長は僕たちのいる応援席まで足を運んでくださいました。

「会長、大丈夫ですか?気分悪くなりました?」と、軽く眉を寄せて声をかけられます。
兄は耳まで赤くなり、視線を逸らして「……大丈夫」と、いつもより小さな声で答えられます。
僕は即座にタオルで視界を遮りながら、「兄さん、お水をお持ちしました」と差し出しました。
兄はわずかに震える手を伸ばし、水を受け取りながらも、心の中では風紀委員長への思いが止まらない様子です。

その後も体育祭は少しだけ続きますが、兄は終始双眼鏡で風紀委員長を追い続け、体調不良を理由に周囲に怪しまれないよう必死で顔色を整えています。
双眼鏡越しに見える兄の指先の震えや肩の緊張、時折の息遣いから、感情が手に取るように伝わってきます。

体育祭の最終競技、障害物リレーでは風紀委員長が華麗に跳び越え、走り抜ける姿を見た兄の肩が再び微かに震えます。

僕はそっと兄の背中に手を添え、視線が逸れないよう補佐しました。
風紀委員長はゴール後、軽く兄に向けて手を振り、微笑みかけます。
兄は思わず耳まで赤くなり、視線を反らしてしまいました。
僕は心の中で「やはり、あの方には完全にバレているんだな」と理解しつつ、そっとフォローを続けます。

夕方、体育祭が終了し、閉会式と記念撮影が行われました。
兄は体調不良を理由に座ったままですが、双眼鏡は手放さず、最後まで風紀委員長の動きを確認していました。

夜、寮に戻ると兄はベッドに座り、今日の体育祭を振り返っておられました。

「……沢山彼の活躍を、間近で見られてよかった」と、わずかに微笑まれます。
僕はそっと「兄さん、良かったですね」と声をかけました。
兄は肩の力を抜き、深く息をつきながら「ありがとう。絋、には感謝している。そういえば、絋は体育祭に出なくて良かったの?」と言われます。
僕は微笑を浮かべて返答を濁しました。運動は得意で好きですが、この暑い夏にわざわざ外で汗をかくことが面倒……嫌……辛……。
つまり、兄のサポートをする方が優先だからということですね。


僕はその夜、ベッドに横になり、今日一日の体育祭の出来事を思い返しました。兄の推し活、双眼鏡越しの凝視、耳まで赤くなる表情、偶然の接近、そして風紀委員長からの笑顔――全てが、体育祭というイベントの一幕を鮮やかに映し出していました。
推しの前での緊張と興奮、そして内心の喜び――それはまるで、体育祭の熱気と波のように、静かに、しかし確かに心に刻まれていました。
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