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僕がこの出来事を知ったのは、もちろんその場に居合わせたからではありません。
すべて、兄から聞いた話や、当日一緒にいた松村や林先輩達から後日聞いた話をもとに整理したものです。
だから、僕が語る「日記」は、あくまで彼らの記憶や証言を通した僕の理解に過ぎません。
しかし、あの出来事は、兄にとっても僕にとっても、そしておそらく風紀委員長にとっても、忘れられない一日となったのです。
まもなく秋が終わり、寒い冬場に差し掛かる頃、校内の備品整理が行われました。
普段は使われない倉庫に、文化祭や体育祭の装飾道具、日常で使う備品などがぎっしり積まれており、整理整頓のため生徒会役員が集合しました。
風紀からも、応援が何人か駆けつけてくれ、もちろん風紀委員長の姿もその中にありました。
僕は補佐として同行していましたが、その日の僕の役目は、兄が動きやすいよう、必要な道具や資料を運ぶことに限定されていました。
兄は普段どおりの冷徹さを装い、整然と歩きながら指示を出していました。
ですが、本人は後で打ち明けてくれたのです。
「あの倉庫の奥に入ると、急に緊張で手が震えた」と。
普段の会長の印象とは真逆の、無防備な一面でした。
狭い通路、天井から差し込む弱い光、周囲に積まれた箱や備品の影に囲まれた空間が、普段以上に心理的圧迫を生んでいたのでしょう。
整理を進めるうちに、兄と風紀委員長が倉庫の奥の方で二人きりになってしまう場面がありました。
倉庫の扉は自動で閉まる仕様で、通りやすいように開けていたのですが、どこかのタイミングで誰かが勢いよく閉めてしまったのです。これは大変です。
兄によれば、その瞬間、自分は完全に思考停止状態になったとのことでした。
普段は周囲の動きに敏感で的確な判断ができる彼が、推しである風紀委員長と密室に二人きりの状況で、どう反応していいのかわからなくなったのです。
倉庫内は薄暗く、外の音は遮断され、わずかに天窓から差し込む光だけが二人を照らしていました。
空間は狭く、歩くたびに備品の端が擦れる音が響きます。
兄の心臓は早鐘のように打ち、顔は赤く、耳まで熱を帯びていました。
普段は冷静で表情に出ないはずの兄が、完全に動揺していたのです。
風紀委員長はそんな兄を一瞥し、微笑みながら言いました。
「会長も案外、可愛い所あるんだな」と。声のトーンは軽く、冗談のように聞こえますが、兄にとってはまるで救いの光でした。
その瞬間、兄の心拍数はさらに跳ね上がったそうです。
内心では、「なんでこんなことで……しかもすごい見られてる……!」とパニック状態になっていたとのことです。
兄が必死に備品を整理しながら、風紀委員長に「いや、君は休んでいても……」と声をかけると、風紀委員長は軽く笑い、「別に無理していないから大丈夫」と返しました。
その微妙な距離感、さりげないフォロー、そして普段とは違う無防備さに、兄は内心で完全に翻弄されていたのです。
兄は普段、顔色ひとつ変えず、役員に指示を的確に出す冷徹な存在を心掛けていますが、このときばかりは、手元も声も不安定になり、わずかな間に何度も深呼吸を繰り返していました。
普段の生徒会活動では決して見られない「赤面」「動揺」「焦燥」の三拍子が揃った瞬間です。
僕はというと、その時は倉庫の外にいました。二人で中に入っていくのを見ていたので、当然のように締めました。
なんとかこう、上手い具合に関係が進展してほしかったのです。
他の生徒会役員に危ないだとかなんとか責められましたが、知りません。もし、三島先輩が欠席していなければ、ボコボコにされている所でした。
扉に耳をつけて二人の会話や物音を微かに聞いていたですが、段々と静寂だけが漂い、何か異変があると感じました。
痺れを切らした林先輩が、「会長、委員長、大丈夫ですか!」と扉を叩いて呼びかけますが、返事はありません。
少し不安になった僕は、すぐに近くの先生に報告し、助けを呼びに走りました。
先生が倉庫の扉に到着すると、二人の姿がようやく見えました。兄は赤く染まった顔をそっと手で覆い、深呼吸を何度も繰り返していました。
風紀委員長は冷静に微笑み、兄の呼吸を整えるのを待つようにしていました。その場に漂う空気は、二人にしか分からないような甘い雰囲気でした。
兄は一歩前に出るのもためらうような様子でした。
風紀委員長は軽く手を振り、先に通路を歩きながら「さ、行こう」と声をかけます。
兄はその声に導かれるように、ゆっくりと倉庫を出ました。
赤面したまま、体の震えを隠すように背筋を伸ばす兄の姿に、僕は思わず微笑みました。
「……あの時、彼の目を見るだけで心臓が跳ねる。だが、同時に彼が俺を気使ってくれていると感じたから、なんとか持ちこたえられた」と兄が後で僕に語ったとき、その言葉には、率直な感情が込められていました。
僕はその話を聞き、二人の距離感がぐっと近づいたのを感じました。
その日以来、兄は風紀委員長のちょっとした仕草や声色に敏感になり、すぐ赤面してしまうし嬉しそうな表情を隠せなかったりと、誰がどう見ても風紀委員長に想いを寄せていることが丸わかりになってしまいました。
葉山凌ファンクラブの方々からどういうことだと僕が詰め寄られたのは言わずもがなです。
すべて、兄から聞いた話や、当日一緒にいた松村や林先輩達から後日聞いた話をもとに整理したものです。
だから、僕が語る「日記」は、あくまで彼らの記憶や証言を通した僕の理解に過ぎません。
しかし、あの出来事は、兄にとっても僕にとっても、そしておそらく風紀委員長にとっても、忘れられない一日となったのです。
まもなく秋が終わり、寒い冬場に差し掛かる頃、校内の備品整理が行われました。
普段は使われない倉庫に、文化祭や体育祭の装飾道具、日常で使う備品などがぎっしり積まれており、整理整頓のため生徒会役員が集合しました。
風紀からも、応援が何人か駆けつけてくれ、もちろん風紀委員長の姿もその中にありました。
僕は補佐として同行していましたが、その日の僕の役目は、兄が動きやすいよう、必要な道具や資料を運ぶことに限定されていました。
兄は普段どおりの冷徹さを装い、整然と歩きながら指示を出していました。
ですが、本人は後で打ち明けてくれたのです。
「あの倉庫の奥に入ると、急に緊張で手が震えた」と。
普段の会長の印象とは真逆の、無防備な一面でした。
狭い通路、天井から差し込む弱い光、周囲に積まれた箱や備品の影に囲まれた空間が、普段以上に心理的圧迫を生んでいたのでしょう。
整理を進めるうちに、兄と風紀委員長が倉庫の奥の方で二人きりになってしまう場面がありました。
倉庫の扉は自動で閉まる仕様で、通りやすいように開けていたのですが、どこかのタイミングで誰かが勢いよく閉めてしまったのです。これは大変です。
兄によれば、その瞬間、自分は完全に思考停止状態になったとのことでした。
普段は周囲の動きに敏感で的確な判断ができる彼が、推しである風紀委員長と密室に二人きりの状況で、どう反応していいのかわからなくなったのです。
倉庫内は薄暗く、外の音は遮断され、わずかに天窓から差し込む光だけが二人を照らしていました。
空間は狭く、歩くたびに備品の端が擦れる音が響きます。
兄の心臓は早鐘のように打ち、顔は赤く、耳まで熱を帯びていました。
普段は冷静で表情に出ないはずの兄が、完全に動揺していたのです。
風紀委員長はそんな兄を一瞥し、微笑みながら言いました。
「会長も案外、可愛い所あるんだな」と。声のトーンは軽く、冗談のように聞こえますが、兄にとってはまるで救いの光でした。
その瞬間、兄の心拍数はさらに跳ね上がったそうです。
内心では、「なんでこんなことで……しかもすごい見られてる……!」とパニック状態になっていたとのことです。
兄が必死に備品を整理しながら、風紀委員長に「いや、君は休んでいても……」と声をかけると、風紀委員長は軽く笑い、「別に無理していないから大丈夫」と返しました。
その微妙な距離感、さりげないフォロー、そして普段とは違う無防備さに、兄は内心で完全に翻弄されていたのです。
兄は普段、顔色ひとつ変えず、役員に指示を的確に出す冷徹な存在を心掛けていますが、このときばかりは、手元も声も不安定になり、わずかな間に何度も深呼吸を繰り返していました。
普段の生徒会活動では決して見られない「赤面」「動揺」「焦燥」の三拍子が揃った瞬間です。
僕はというと、その時は倉庫の外にいました。二人で中に入っていくのを見ていたので、当然のように締めました。
なんとかこう、上手い具合に関係が進展してほしかったのです。
他の生徒会役員に危ないだとかなんとか責められましたが、知りません。もし、三島先輩が欠席していなければ、ボコボコにされている所でした。
扉に耳をつけて二人の会話や物音を微かに聞いていたですが、段々と静寂だけが漂い、何か異変があると感じました。
痺れを切らした林先輩が、「会長、委員長、大丈夫ですか!」と扉を叩いて呼びかけますが、返事はありません。
少し不安になった僕は、すぐに近くの先生に報告し、助けを呼びに走りました。
先生が倉庫の扉に到着すると、二人の姿がようやく見えました。兄は赤く染まった顔をそっと手で覆い、深呼吸を何度も繰り返していました。
風紀委員長は冷静に微笑み、兄の呼吸を整えるのを待つようにしていました。その場に漂う空気は、二人にしか分からないような甘い雰囲気でした。
兄は一歩前に出るのもためらうような様子でした。
風紀委員長は軽く手を振り、先に通路を歩きながら「さ、行こう」と声をかけます。
兄はその声に導かれるように、ゆっくりと倉庫を出ました。
赤面したまま、体の震えを隠すように背筋を伸ばす兄の姿に、僕は思わず微笑みました。
「……あの時、彼の目を見るだけで心臓が跳ねる。だが、同時に彼が俺を気使ってくれていると感じたから、なんとか持ちこたえられた」と兄が後で僕に語ったとき、その言葉には、率直な感情が込められていました。
僕はその話を聞き、二人の距離感がぐっと近づいたのを感じました。
その日以来、兄は風紀委員長のちょっとした仕草や声色に敏感になり、すぐ赤面してしまうし嬉しそうな表情を隠せなかったりと、誰がどう見ても風紀委員長に想いを寄せていることが丸わかりになってしまいました。
葉山凌ファンクラブの方々からどういうことだと僕が詰め寄られたのは言わずもがなです。
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