朝が来てもそばにいて〜聖夜の約束〜

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サンタクロースの国

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 自分の乗ったロッキングチェアがキィと立てた音で、凛はハッと我に返った。しんと静まり返った薄暗い部屋の中、ときおりパチンと暖炉の薪が爆ぜる音が耳に届く。

(帰ってきたんだ……)

 さっきまでいた子供部屋とは違う、見慣れた石造りの壁が目に入って、凛の口から自然ため息が漏れる。
 約束通り起きて待っていた子供は、戻った凛に目を輝かせて嬉しそうにはしゃいでいた。爽真と名前を教えてくれた彼は、一緒にケーキを食べたあと、いくらもたたないうちにユラユラと身体が船を漕ぎはじめ、寝たら? というすすめを聞かず、結局凛の膝の上で眠ってしまった。
 まだ、体温高い子供のぬくもりが残っている気がして、凛は自分の太ももの上にそっと手を置いてみる。

 サンタはプレゼントをすべて配り終わるか朝日の登る時間になると、自動的にここサンタの国へ戻される。
 国、と言っても凛が知っているのは自分に与えられているこの家の中のことだけ。外は見渡す限りの雪原で、雪解けがはじまる頃に眠りについて、再びあたり一面が銀世界になったころ目覚める凛には、外がどうなっているのか知りようがなかったし、興味もなかった。

 パチンと、また薪が爆ぜる。
 ふと、自分以外の気配を感じて振り返ると、視界に水色の髪が映った。渋い顔をしてジッとこちらを見ている彼に、なにか小言を言いに来たんだろうと予測して、凛は暖炉に向き直る。

「おい。無視すんなよ」
「すみません。気が付かなくて」
「んなわけあるか。あのなぁ。お前さあ、どこの世界に子供に夜更かしさせるサンタがいるんだよ」
「……ここ」
「凛!」

 久遠の声に凛は少し肩を竦めた。
 それから、仕方ないじゃん、と心の中で思う。
 配達先が、さっきの少年、爽真みたいな家庭環境の子の場合もたまにはある。まあ、可哀想だなと思ったりもするけれど、凛にはどうしょうもないことだし、配達先のひとつとしか思っていない。普段は。
 でも、爽真は凛が見える。
 サンタクロースが見える子は滅多にいないし、凛だって片手で足りるほどしか会ったことがない。そんな珍しい子が、寂しくひとりで留守番をしていた上に、ケーキまで用意して凛を待っていたのだ。
 正直、凛だって面倒くさいとは思ったけれど、あんな子供を泣かせるほど冷たくもなれなかった。
 
「僕だってさすがにあの状況では断れないよ。それに子供の夢を叶えるのがサンタの仕事なんでしょ? 久遠さん、いっつも言ってるじゃん」
「こういう時ばっか都合のいい解釈すんな。―――まあ、凛の言ってることもわかるよ。でも、もうちょっと考えて行動して」
「わかってる」

 そう返すと、久遠が呆れたような顔をした。
 
「……で、何してきたの?」
「見てたんじゃないの?」
「おまえのこと四六時中監視してるほど、俺もひまじゃねーよ。配達終わったはずなのに帰って来ないから、調べたら配達終わった家に戻ってるから、チラッと覗いただけ」
「そう。―――まあ……別に。たいしたこと、してない。一緒にケーキ食べて、ちょっと話しただけ」
「なら、いいけど」

 微妙な顔をした久遠に、凛はふうとため息をついた。


 久遠は凛が担当する地域のサンタたちの指揮をとる、エリア9の統括マネージャーだ。凛にとっては上司にあたるけれど、もう百年以上の付き合いで、この世界でいちばん古い友人だ。

 サンタはサンタとして生まれてくるわけじゃない。人として生まれ死んだ後、いわゆる天国に行くにはまだ未熟と判断された者のなかから選ばれる。
 久遠と初めて会った日のことを、凛はぼんやりと思い返した。



『あー…。すごいね。どうやったらこんなに派手に欠けんの?』

 死んで間もなく、連れて行かれた広い書斎のような部屋の中、凛を見るなり水色の髪をした青年はそう言って、ひどく渋い顔をした。
 欠けてる…? 何が?
 思ったのはほんの一瞬、すぐにどうでもよくなり手近な椅子に腰をかけると、今度は逆に青年が立ち上がった。両脇の壁に設えられた背丈の三倍ほどもある書棚から、分厚い本を迷いなく取り出すと、それをパラパラとめくりながら凛の方へ近づいてくる。
 黒いスーツに包まれた小柄な身体は、たぶん凛より頭ひとつくらい小さい。くりくりとした瞳は少女のようだけれど、低くて良く響く声は男性のものだった。歳も凛と同じくらいか少し下に見える。

『自分が死んだときの状況って覚えてる? 生きていたときの記憶は?』
『……誰?』

 不躾な質問をさすがに不快に感じて睨めつけるように相手を見上げると、長いまつげがパタパタと瞬いた。

『ああ。ごめん。俺は久遠。今日からあんたの上司だよ』

 上司…?

 死んだら何もかもが終わりになって、消えてなくなるのだと思っていたけれど、久遠と名乗った青年によると、そうではないらしい。
 胡散臭いことこの上ないが、肉体はなくなっても魂は存在していて、一度綺麗に洗浄した後また新たに生を受けることになる…らしい。

『うん。普通はさ、しばらく天国で暮らして静養して、それからまた生まれてってサイクルになるんだけど……。えっと、凛さん、は、さ、魂がかなり欠けちゃってるんだよね。そのまんま洗浄すると、粉々に砕けちゃうの。だから、それ治すのにちょっと仕事してもらわなきゃなんだけど、いい?』

 嫌だ。って答えたらどうなるんだろう。
 そんなことをチラと考えて、けれど口を開くのも面倒だった。とても、すごく、心底疲れ果てていて、何もかもがどうでも良かった。
 ぼんやりとしたまま答えない凛に、久遠がふうとため息をつく。

『そんなに難しい仕事じゃないから。人によるけど、だいたい十年くらい? そんなに長い期間じゃないし、それに、ちゃんと働いて魂の修復が上手く行ったら、次生まれるとき、ちょっとしたお願いも聞いてもらえるから、悪くないと俺は思うよ』

 一生懸命な声は聞こえていたけれど、一応理解もしていたけれど、やっぱりそれに対してのリアクションをする気にならない。
 久遠はあきらめたように、スッと凛の前に一枚の書類をかざした。それから持っていた分厚い本の上にそれを乗せて凛の膝の上に置くと、ペンを差し出してくる。

『質問がないようなら、契約書のここにサインして』

 ぎっしりと細かい文字が書かれた書面は、何が書いてあるのか読もうという気力さえわかない。言われるままにサインした凛を、呆れたような悲しいような目で久遠が見ていた。

『死んで間もないから、わかんないことだらけだとは思うよ。仕事をしてるうちに、追い追いわかるから。本当に、そんな、難しい仕事じゃないよ。年に一回子供たちに贈り物を届ける、慈善事業みたいな感じ?』

(慈善事業……ね…)

 今思っても、どこが? と問いたくなる。

 わけもわからぬまま、久遠に連れられて挑んだ初仕事。
 見た目はどこも変わらないのに、人とは違う生き物になった凛の身体は宙に浮き、不可思議な力で錠を開け、子供たちの眠る部屋へ侵入できるようになった。
 まるで泥棒。そう思ったものだけれど、実際、大差はなかった。

 久遠の指示通り、背に負っていた白い大きな袋から、その部屋の主である少女宛のプレゼントを取り出して、枕元に置く。それから────。

『そう。子供の顔を真上から覗き込むようにしてー…、はい! 深呼吸! うん。そうそう。上手い上手い』
『……なにこれ…?』

 吸い上げた呼気の流れに沿って、幼子の口から淡いミルク色をした玉が浮いてきた。驚いて身を引くと、久遠が慌てたようにその玉を掴み、こともあろうにそれを、あんぐりと開いたままだった凛の口へ放り込んだのだ。

『なにする…っ!!』

 吐き出そうとしたそれは、あっという間クシャリと割れ、口の中いっぱいに甘い香りと味がぱあっと広がる。

『大丈夫大丈夫。ただの栄養剤かなんかだと思って。凛にもその子にも害はないよ』
『栄養剤…?』
『うーん。俺らはそれ、パッチって呼んでるんだけど……何て説明しよ。願望って言えばいいかな? あれが欲しいとか、こうしたいとか、そういう欲求。そういうのが、魂の欠けた人間て極端に足りないんだよ。まあ、ありすぎても良くないんだけどさ。で、その足りないのをこうやって、プレゼントをあげるかわり、ちょっとだけ分けてもらうの。子供は純粋な分、欲も強いから多少貰ってもヘーキだし』
『…慈善事業が聞いて呆れる』

 実際呆れた顔で凛がそう言うと、久遠は心外そうに目を見開き、ふうと深くため息をついた。

『子供たちは欲しかったプレセントをもらえて、そっちは魂の修復ができる。どちらにも損がない、いい方法なんだけどなあ。
それに────世の中タダより高いものはないんだよ。お代はちゃんと取られた方が安心じゃない?』

 口の端を上げてニィっと笑った顔は、可愛らしいのに何処か不穏で、もしかしたら自分は間違って悪魔かなにかと契約してしまったのかな?とも思ったけれど。
 それでも他にすることも行く宛もなかった凛は、それ以来ずっとダラダラこの仕事を続けている。最初にチラリと聞いた十年という話は何だったのかと思うくらい、長い長い時間が経ってしまっていた。

 はっきり言って向いてない。と凛は思う。
 相変わらずやる気は皆無に等しいし、タダより高いものはないって意見には賛成だけれど、やり方は好きになれない。そもそも凛は他人と交わることが好きではないし、中でも特に子供が苦手だ。大抵は眠っているしサンタの姿が見えない子がほとんどだからまだいいけれど、今日のように見える子に会うと本当に困る。馴れ馴れしいし、かと言って邪険にするとすぐに泣く。どうやって扱っていいかわからないのだ。
『サンタはサンタらしい振る舞いを!』とマニュアルには書いてあるけれど、サンタらしい振る舞いって? と問いただしたくもなる。  

「大丈夫。あの子ももう何年かしたら、僕のことなんて忘れちゃうよ」

 サンタなんてその程度の存在だ。
 今までも見える子供に会ったことがないわけじゃない。けれどどの子も数年すれば大人になって、サンタの姿は見えなくなり、凛に会ったことなど記憶の奥底に沈んで思い出すこともなくなるのだ。

「それでも、だよ。サンタの管理が悪くて上から怒られんのは俺なんだって。
それとさぁ……。それ、飾り物じゃないんだけど。眺めてたって魂の欠けは戻らないんだよ。集めるだけじゃなくて、ちゃんと食えって。そうじゃなくても凛、パッチの効きが悪いんだし」

 クイっと顎で指されチラリ飾り棚に目をやると、回収はするもののあまり食べる気にならない、パッチを詰めたままのキャンディポットがずらり並んでる。

「ひとつあげようか?」
「馬鹿。いらねーよ。…ったく。嫌いなんだろ? この仕事。だったらはやく」
「わかってます」

 すべてが面倒くさい。その一言に尽きる。
 今回はうっかりあの子に付き合ってしまったけど、久遠の小言もうるさいし、かかわり合いにならないようにしよう。
 凛はうん。とひとつ頷くと、まだ何か言っている久遠に適当な相づちを打って、ゆっくりと目を閉じた。
 
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