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第一章
変化
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夕食をとって風呂に入って少しすると、レイとユーゴはいつものように寝室に移動することにした。
レイの家は二階建てでひとり住まいにしては広い。一階はリビングとダイニングキッチン、バスルームなどの水回りと書庫。二階にはレイの寝室、その向かいに今はユーゴの寝室になっている客室と書斎と物置部屋がひとつ。
階段を上がって左に曲がると、自室の前でレイは足を止めた。
「おやすみ。ゆーちゃん」
レイの手のひらがユーゴの頭を優しく撫で、ついでのように指先が頬の形をするりとなぞる。いつもなら、ここでその美しい顔がスッと近づいてくるのだけれど。
「……おやすみなさい」
ニコニコと笑むだけの彼にそう告げると、満足したように指先は離れ、ドアの向こうにその姿が消えていく。
閉じたドアをしばらく眺めて、それからくるりと踵を返すと、ユーゴは自室のドアを開けた。パタンと静かに閉めたドアに背を預け、天井を仰ぎ見ながら息をつく。
何を、期待していたんだろう。
今日の食事はもう終わってるし、空腹なわけでもない。
なのに。
指先でそっと自分の唇に触れて、それから手のひらでぐっと口を覆う。そうしていないと、何かが零れてしまいそうな気がする。
ユーゴはふるりと頭を振って、ドアから離れノロノロとベッドに近づくと、パタンとその上に倒れた。レイがユーゴのためにと用意してくれた寝具はふかふかで肌触りも良くて、夜決まった時間に眠る習慣なんてなかったユーゴをすっかり変えてしまった。
レイがユーゴに教え、習慣に変えてしまったことは他にもたくさんある。
朝、起きたらおはよう、寝るときはおやすみと挨拶すること。家を出るときはいってきます、いってらっしゃい。帰ってきたらただいま、お帰りと出迎えること。味はあまりしなくても、誰かと普通の食事をするのは楽しいことなのだということ。
もうずっと人間に擬態して生きてきたけれど、人間らしい暮らしとは程遠い生活をユーゴはしていたし、ましてや誰かと暮らしたことなんて一度もない。長く生きているというだけで何も知らなかったユーゴに、レイは色んな事を教えてしまった。知らなくていいことまで、たくさん覚えてしまった。
全部、レイのせいだ。
そう、思う。
だってレイの行動がいつもと違うだけで、こんなに不安だ。
毎日寝る前にキスをしていた。それはユーゴにとっては食事で、今日は帰ってきたときにしたからもうしないのだと言われれば、そういうことだと納得はできる。でも。
ベッドの上に転がったまま、長い手足を器用に折り畳んで、ユーゴは可能な限りその身を丸くした。
それから、もしかしたらレイの機嫌を損ねるようなことをしてしまったんじゃないかと、自分の行動を振り返る。振り返りながら、どうして自分はこんなにそれを気にしているのかと自問した。
住む場所がなくなるかもしれないから?
毎日の食事がなくなるかもしれないから?
でもどちらを失っても元の生活に戻るだけで、特別に困ることでもない。そもそもこんな暮らしを長く続けるつもりはないのだ。別に今すぐここを出たっていい。そう思っているはずなのに。
ユーゴはゆっくりと顔を上げ、自分自身を拘束していた手を解いた。それから身体を起こして、そっとベッドの上から降りる。
レイの顔が見たくて仕方がなかった。
ほんのちょっと、ほんの一瞬、その顔が見れたら、きっと、安心できる。
おやすみの挨拶をして別れてから、それほど時間は経っていないはずだ。レイはまだ起きているだろうか。それとももう、寝てしまった?
そんなことを考えながら部屋を出て、すぐ隣の部屋のドアの前に立つ。聞き耳をたててみるけれど、中からは何の音もしない。やっぱり、もう寝ているのかもしれない。
少し迷って、そうっと静かにドアを開けた。薄暗い部屋の中をくるりと中を見渡すと、ベッドの上に膨らみが見え、軽い寝息も聞こえる。足音を立てないようにそっと近づいて上から見下ろすと、見慣れたレイの顔が視界に映った。いつもの柔らかなブラウンの瞳は瞼の下に隠されていて、少しだけ口の開いた無防備な寝顔はとてもあどけなく見える。
なんだかひどくホッとして、なのになんだか悲しくて、そのうちに胸がきゅうと痛みだした。
びっくりして、ユーゴは咄嗟に左の手で自分の胸を押さえた。
……何、これ?
怪我をした覚えはない。なのに、痛い。
急に痛んだ胸にユーゴは狼狽えて、あわてて踵を返した。途端、右の腕を後ろから掴まれて、さらに心臓が跳ねる。
「どうしたん…?」
後ろからかかった声に、ユーゴは自分が『レイが目を覚ました場合』のことを何も考えていなかったことに気づいた。そもそもレイの部屋を訪ねてどうするつもりだったのかも。だって、ただ顔が見たかった。それしか、考えていなかった。
「えっと、あの…っ」
顔が火を吹きそうなほどに熱かった。全身が心臓になったみたいに、身体中がどくどくと脈打ってる。レイに掴まれた右の手首だけがはっきりしていて、あとは何処も感覚が覚束ない。何か言わなくちゃと気持ちばかりが焦って、唇が震えた。
「眠れないん?」
訊ねられてユーゴは思わず首を縦に振った。くっと軽く手首を引かれ恐る恐る振り返る。レイは中途半端に上半身を起こした姿勢から片腕をのばしてユーゴの手首を握っていた。
「おいで」
言ってレイはユーゴの手首を掴んでいた手を解くと、かわりに少し身体をずらした。それから、ポンポンと自分の隣に空いたスペースを叩く。その行動の意味を理解するのに少し時間がかかった。でもその解釈が正しいのか確信が持てなくて、ウロウロと視線が彷徨う。
「おいで、ユーゴ」
再度レイがユーゴを呼ぶ。それから手招きをして上掛けをめくると、また自分の隣を叩いた。
いいのかな? とか本当に? とか、ぐるぐると渦巻く疑問を口に出せないまま、ユーゴはおずおずとレイのベッドに上がった。チラとその表情を盗み見ると、柔らかなブラウンの瞳は細められ、緩く弧を描いた唇が「いい子やね」とユーゴを褒めた。
「どうしたん? なんか嫌なことでもあった?」
「え…?」
ふたりでベッドに横になり、その腕の中にくるりとユーゴを包んで、そんなことをレイが訊いてくる。
「だって寝れんて、なんか嫌なことがあったとか、心配なことがあるとか、そういうんやないの? だからおれんとこ来たんかと思ったんやけど」
どう答えていいかわからなくてユーゴは困惑した。
だってユーゴはただ、レイの顔が見たかっただけだ。顔を見たら安心して、けれど胸がきゅうと痛くなって、それについては驚いたけどレイに助けを乞うほどのことでもない。
答えることができずに黙っていると、ん? とレイが首を傾け、それからその瞳が何かを探すようにくるりと宙を一周する。
「あ。そっか。お腹すいてるん? 今日、早い時間にしちゃったもんね。足りんかった?」
「ち、違…っ。そうじゃ、ないんだ、けど…」
「けど?」
その先を上手く続けられなくて、ユーゴは口籠る。
「だって、あの、……いつもと、違ったから」
なんとか言葉を絞り出したものの、レイはきょとんとした顔をしてる。
恥ずかしくて、今すぐ消えてなくなりたかった。言ったことが通じてなさそうなことにホッとしたようながっかりしたような微妙な気持ちになって、ユーゴはレイの腕の中から出ようともぞもぞ身体を動かす。
「あの、もう、大丈夫だから」
「ああ! わかった! さっきおやすみのちゅーせんかったもんね。それでゆーちゃん来たんや?」
なぞなぞが解けたときの子供みたいにはしゃいだ声で指摘されて、反射的に出そうになった否定の言葉をユーゴはぐっと飲み込んだ。
レイは素直だ。
違うと否定したら、ああ。そうなん? とあっさり納得して、きっとしてくれない。
それはそれで、嫌だ。
「ゆーちゃんて、ほんと、可愛いね」
否定も肯定もしないユーゴをぎゅうと抱きしめて、ため息交じりの声がレイの口から零れた。それから俯けていたユーゴの頬を両手で包んで上向かせると、じっと瞳を合わせてくる。
「ゆーちゃんのほっぺた、めっちゃ温かい」
「だって…っ」
「お腹すいてるわけやないのに、おれとキスしたかったんや?」
「……っ」
いちいち言葉に出して確認されて、その度に身体の温度が上がる気がする。
逃げたい。
でも。
「かわい」
そう聞こえた途端、唇に柔らかい感触が触れてすぐに離れた。
あわてて引き結んでいた唇を解いて口を薄く開くと、ふふっと笑ったレイの吐息が唇にかかる。
「あー。もうっ。ほんっと可愛いなぁ。どうしよ?」
またぎゅうときつく抱きしめられて、でもユーゴもどうしていいかわからなかった。
キスの時は口を開くようにと教えたのはレイだ。今は準備ができてなくて、唇と唇が触れただけ。
失敗したのかな?
もうこれで終わりなのかな?
自分の部屋に帰った方がいい……?
不安になってレイの寝間着の胸元を掴んでいた手をぎゅっと握る。ユーゴの肩口にあったレイの頭が動いて、吐息が首筋にかかった。
「そっか。うん。じゃあ、さ、キスしよ? いっぱい、しよ」
「う、うん」
ドキドキと痛いほどに心臓が早鐘を打っていた。
苦しいのと嬉しいのと浅ましいほどの期待で、胸が潰れそうだとユーゴは思う。
苦しくて苦しくて苦しくて。
なのにユーゴを抱きしめるレイの腕の感触はひどく気持ちがいい。
「えっと、あのね。食事のキスやなくて、ちゃんとしたキスやからね?」
念押しされた言葉の意味を正しく理解する前に、そっと柔らかくその唇がユーゴのそれに触れた。
レイの家は二階建てでひとり住まいにしては広い。一階はリビングとダイニングキッチン、バスルームなどの水回りと書庫。二階にはレイの寝室、その向かいに今はユーゴの寝室になっている客室と書斎と物置部屋がひとつ。
階段を上がって左に曲がると、自室の前でレイは足を止めた。
「おやすみ。ゆーちゃん」
レイの手のひらがユーゴの頭を優しく撫で、ついでのように指先が頬の形をするりとなぞる。いつもなら、ここでその美しい顔がスッと近づいてくるのだけれど。
「……おやすみなさい」
ニコニコと笑むだけの彼にそう告げると、満足したように指先は離れ、ドアの向こうにその姿が消えていく。
閉じたドアをしばらく眺めて、それからくるりと踵を返すと、ユーゴは自室のドアを開けた。パタンと静かに閉めたドアに背を預け、天井を仰ぎ見ながら息をつく。
何を、期待していたんだろう。
今日の食事はもう終わってるし、空腹なわけでもない。
なのに。
指先でそっと自分の唇に触れて、それから手のひらでぐっと口を覆う。そうしていないと、何かが零れてしまいそうな気がする。
ユーゴはふるりと頭を振って、ドアから離れノロノロとベッドに近づくと、パタンとその上に倒れた。レイがユーゴのためにと用意してくれた寝具はふかふかで肌触りも良くて、夜決まった時間に眠る習慣なんてなかったユーゴをすっかり変えてしまった。
レイがユーゴに教え、習慣に変えてしまったことは他にもたくさんある。
朝、起きたらおはよう、寝るときはおやすみと挨拶すること。家を出るときはいってきます、いってらっしゃい。帰ってきたらただいま、お帰りと出迎えること。味はあまりしなくても、誰かと普通の食事をするのは楽しいことなのだということ。
もうずっと人間に擬態して生きてきたけれど、人間らしい暮らしとは程遠い生活をユーゴはしていたし、ましてや誰かと暮らしたことなんて一度もない。長く生きているというだけで何も知らなかったユーゴに、レイは色んな事を教えてしまった。知らなくていいことまで、たくさん覚えてしまった。
全部、レイのせいだ。
そう、思う。
だってレイの行動がいつもと違うだけで、こんなに不安だ。
毎日寝る前にキスをしていた。それはユーゴにとっては食事で、今日は帰ってきたときにしたからもうしないのだと言われれば、そういうことだと納得はできる。でも。
ベッドの上に転がったまま、長い手足を器用に折り畳んで、ユーゴは可能な限りその身を丸くした。
それから、もしかしたらレイの機嫌を損ねるようなことをしてしまったんじゃないかと、自分の行動を振り返る。振り返りながら、どうして自分はこんなにそれを気にしているのかと自問した。
住む場所がなくなるかもしれないから?
毎日の食事がなくなるかもしれないから?
でもどちらを失っても元の生活に戻るだけで、特別に困ることでもない。そもそもこんな暮らしを長く続けるつもりはないのだ。別に今すぐここを出たっていい。そう思っているはずなのに。
ユーゴはゆっくりと顔を上げ、自分自身を拘束していた手を解いた。それから身体を起こして、そっとベッドの上から降りる。
レイの顔が見たくて仕方がなかった。
ほんのちょっと、ほんの一瞬、その顔が見れたら、きっと、安心できる。
おやすみの挨拶をして別れてから、それほど時間は経っていないはずだ。レイはまだ起きているだろうか。それとももう、寝てしまった?
そんなことを考えながら部屋を出て、すぐ隣の部屋のドアの前に立つ。聞き耳をたててみるけれど、中からは何の音もしない。やっぱり、もう寝ているのかもしれない。
少し迷って、そうっと静かにドアを開けた。薄暗い部屋の中をくるりと中を見渡すと、ベッドの上に膨らみが見え、軽い寝息も聞こえる。足音を立てないようにそっと近づいて上から見下ろすと、見慣れたレイの顔が視界に映った。いつもの柔らかなブラウンの瞳は瞼の下に隠されていて、少しだけ口の開いた無防備な寝顔はとてもあどけなく見える。
なんだかひどくホッとして、なのになんだか悲しくて、そのうちに胸がきゅうと痛みだした。
びっくりして、ユーゴは咄嗟に左の手で自分の胸を押さえた。
……何、これ?
怪我をした覚えはない。なのに、痛い。
急に痛んだ胸にユーゴは狼狽えて、あわてて踵を返した。途端、右の腕を後ろから掴まれて、さらに心臓が跳ねる。
「どうしたん…?」
後ろからかかった声に、ユーゴは自分が『レイが目を覚ました場合』のことを何も考えていなかったことに気づいた。そもそもレイの部屋を訪ねてどうするつもりだったのかも。だって、ただ顔が見たかった。それしか、考えていなかった。
「えっと、あの…っ」
顔が火を吹きそうなほどに熱かった。全身が心臓になったみたいに、身体中がどくどくと脈打ってる。レイに掴まれた右の手首だけがはっきりしていて、あとは何処も感覚が覚束ない。何か言わなくちゃと気持ちばかりが焦って、唇が震えた。
「眠れないん?」
訊ねられてユーゴは思わず首を縦に振った。くっと軽く手首を引かれ恐る恐る振り返る。レイは中途半端に上半身を起こした姿勢から片腕をのばしてユーゴの手首を握っていた。
「おいで」
言ってレイはユーゴの手首を掴んでいた手を解くと、かわりに少し身体をずらした。それから、ポンポンと自分の隣に空いたスペースを叩く。その行動の意味を理解するのに少し時間がかかった。でもその解釈が正しいのか確信が持てなくて、ウロウロと視線が彷徨う。
「おいで、ユーゴ」
再度レイがユーゴを呼ぶ。それから手招きをして上掛けをめくると、また自分の隣を叩いた。
いいのかな? とか本当に? とか、ぐるぐると渦巻く疑問を口に出せないまま、ユーゴはおずおずとレイのベッドに上がった。チラとその表情を盗み見ると、柔らかなブラウンの瞳は細められ、緩く弧を描いた唇が「いい子やね」とユーゴを褒めた。
「どうしたん? なんか嫌なことでもあった?」
「え…?」
ふたりでベッドに横になり、その腕の中にくるりとユーゴを包んで、そんなことをレイが訊いてくる。
「だって寝れんて、なんか嫌なことがあったとか、心配なことがあるとか、そういうんやないの? だからおれんとこ来たんかと思ったんやけど」
どう答えていいかわからなくてユーゴは困惑した。
だってユーゴはただ、レイの顔が見たかっただけだ。顔を見たら安心して、けれど胸がきゅうと痛くなって、それについては驚いたけどレイに助けを乞うほどのことでもない。
答えることができずに黙っていると、ん? とレイが首を傾け、それからその瞳が何かを探すようにくるりと宙を一周する。
「あ。そっか。お腹すいてるん? 今日、早い時間にしちゃったもんね。足りんかった?」
「ち、違…っ。そうじゃ、ないんだ、けど…」
「けど?」
その先を上手く続けられなくて、ユーゴは口籠る。
「だって、あの、……いつもと、違ったから」
なんとか言葉を絞り出したものの、レイはきょとんとした顔をしてる。
恥ずかしくて、今すぐ消えてなくなりたかった。言ったことが通じてなさそうなことにホッとしたようながっかりしたような微妙な気持ちになって、ユーゴはレイの腕の中から出ようともぞもぞ身体を動かす。
「あの、もう、大丈夫だから」
「ああ! わかった! さっきおやすみのちゅーせんかったもんね。それでゆーちゃん来たんや?」
なぞなぞが解けたときの子供みたいにはしゃいだ声で指摘されて、反射的に出そうになった否定の言葉をユーゴはぐっと飲み込んだ。
レイは素直だ。
違うと否定したら、ああ。そうなん? とあっさり納得して、きっとしてくれない。
それはそれで、嫌だ。
「ゆーちゃんて、ほんと、可愛いね」
否定も肯定もしないユーゴをぎゅうと抱きしめて、ため息交じりの声がレイの口から零れた。それから俯けていたユーゴの頬を両手で包んで上向かせると、じっと瞳を合わせてくる。
「ゆーちゃんのほっぺた、めっちゃ温かい」
「だって…っ」
「お腹すいてるわけやないのに、おれとキスしたかったんや?」
「……っ」
いちいち言葉に出して確認されて、その度に身体の温度が上がる気がする。
逃げたい。
でも。
「かわい」
そう聞こえた途端、唇に柔らかい感触が触れてすぐに離れた。
あわてて引き結んでいた唇を解いて口を薄く開くと、ふふっと笑ったレイの吐息が唇にかかる。
「あー。もうっ。ほんっと可愛いなぁ。どうしよ?」
またぎゅうときつく抱きしめられて、でもユーゴもどうしていいかわからなかった。
キスの時は口を開くようにと教えたのはレイだ。今は準備ができてなくて、唇と唇が触れただけ。
失敗したのかな?
もうこれで終わりなのかな?
自分の部屋に帰った方がいい……?
不安になってレイの寝間着の胸元を掴んでいた手をぎゅっと握る。ユーゴの肩口にあったレイの頭が動いて、吐息が首筋にかかった。
「そっか。うん。じゃあ、さ、キスしよ? いっぱい、しよ」
「う、うん」
ドキドキと痛いほどに心臓が早鐘を打っていた。
苦しいのと嬉しいのと浅ましいほどの期待で、胸が潰れそうだとユーゴは思う。
苦しくて苦しくて苦しくて。
なのにユーゴを抱きしめるレイの腕の感触はひどく気持ちがいい。
「えっと、あのね。食事のキスやなくて、ちゃんとしたキスやからね?」
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