可愛い悪魔の飼いならし方

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第一章

ちゃんとしたキス

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 ふわふわとドキドキと苦しさと、それから気持ちよさ。
 そんな色んなものを混ぜたような不思議な気持ちでユーゴは薄く目を開いた。
 すぐそこにユーゴを組み敷いてるレイの、思ったより長いまつ毛が見える。その下の、薄く色づいた目元がなんだかやけに艶めいて見えて、ユーゴは思わず視線を反らして目を閉じた。
 舌が痺れていた。何度も舐められて吸われて軽く歯も立てられて。その度にじんと脳が痺れるような感覚がして、ひどく気持ちがいい。普段しているキスも気持ちがいいけど、それとはまた全然違う。
 いつもはユーゴがレイを食べている感じだけど、今は逆だ。歯列を舌でなぞられ、上顎を舌で擽られ、舌を甘噛されて。唾液を啜ることが目的のいつものそれとは、根本的に何かが違う。
 身体のどこもかしこもが熱くて、脳がぐずぐずに溶けていっている気がする。レイの首に回した腕にも力が入らなくなってきて、きちんと掴まっていないと、身体が崩れ落ちるような不安さえ感じた。

「……ユーゴ」

 唇が触れる距離で名前を呼ばれて、ピクリと身体が跳ねる。ゾクと背筋が震えて、熱がまたひとつ身体の奥に溜まった。まつ毛が震える。視界はとうに涙の膜が薄く張っていて、何度も瞬きをしないとレイの顔がよく見えない。はあはあと浅い息をついて存在を確かめるようにその身体にぎゅうと強くしがみつくと、応えるように背にまわっていたレイの腕が強くユーゴを抱きしめた。

 気持ちが良い。なのに胸が震えて勝手に涙が溢れそうになる。わけがわからなくてユーゴは更にきつくレイにしがみついた。

「舌、出して」

 乞われるままにパカと口を開けて舌を差し出すと、舌先で舌先だけを弄ばれる。じれったい。そこだけに意識が集中してしまって、つうっと舌の上を流れてくる唾液さえ刺激になって、ふるっと身体が震えた。
 その感触に少し怯え、唇を閉じ目をきつく瞑ると、レイがなだめるように頬にキスを落とし、それから不意に喉仏をぺろりと舐め上げた。突然訪れた全く別の刺激にユーゴの首が反る。

「……んっ! あ…っ」

 思わず鼻に抜ける甘い声が漏れて、咄嗟に口を塞ぐ。恥ずかしさで、これ以上上がらない気がしてた体温が、かあっと一気に上昇した。慌てて顔を背けると、空いている方のユーゴの手を掴まえレイがその指先にキスをして、ついでのように薬指の根元を舌でくすぐった。

「んん…っ」

 噛み切れなかった声の羞恥で、また、熱が上がる。

「嫌?」

 問われて閉じていた目を開くと、レイが首を傾げてユーゴを見下ろしていた。
 嫌じゃない。嫌なことなんてない。ただ、どうしていいかわからないし、恥ずかしい。

「嫌じゃない…けど」
「けど?」

 問い返されて、また、口籠る。
 レイは答えを急かすわけでもなくユーゴの顔の脇に片腕をつき、もう片方の手で弄ぶようにユーゴの髪を梳いた。その手つきがひどく優しくて、なんだか泣きたくなる。
 何も知らないユーゴと違ってレイは手慣れている。以前にも誰かとこういうことをしていたんだろうなと想像した途端、また、きゅっと胸が痛んだ。
 でも、当たり前だ。
 レイはあんなに皆に愛されている。彼の一番の特別になりたい人間なんていっぱいいるだろうし、きっと恋愛だってたくさんしてる。今だってユーゴが知らないだけで、彼の特別な人が何処かにいるのかもしれない。
 それならば今、ユーゴとこうしているのは何なのか。という話にはなるけれど。

「えっと、あの」

 何をどう言っていいかわからないまま、沈黙に耐えかねて口を開くと、ガバっと急にレイが身体を起こした。
 え? と惑うように声を上げると、窓の外に視線を向けたレイが、人差し指を自分の唇に当ててチラとユーゴを見てまた視線を戻す。

 ピンと空気が張り詰めた。
 さっきまでの何処か甘い空気もレイの纏うふわふわとした雰囲気も急速に鳴りを潜め、代わりにシンとした静けさが部屋の中を満たす。

「あー……。もうっ!」

 それを壊すように響いた、珍しく苛立ったレイの声にユーゴはビクッと身体を揺らした。

「ああっ。ごめんごめん。ゆーちゃんに言ったんやないよ! ち、違うから! あの、あのね、誰かが入ってきたんよ」

 慌ててそう言って、レイは宥めるようにユーゴの身体をポンポンと叩くとするりとベッドから下りた。言葉の意味がよく理解できなくて、ユーゴも身体を起こすと、キョロキョロと周囲を見回した。
 入ってきた。とは、家の中に。ということだろうか。でも、意識を集中してみても家の中には自分とレイの気配しかない。いくら力弱いユーゴでもそのくらいは息するくらい簡単にわかるのだけれど。

「えっと、ね。おれさ、町の堺にぐるっとね、魔法陣敷いてんの。ゆーちゃんからしたら、めっちゃ簡単なやつやと思うけど。外から人が入ってきたらわかるようにしてあるんよね」

 魔法陣と聞いてユーゴは少し驚いて目を瞬かせた。前に酒屋の女主人が言ってた『罠のようなもの』は、きっとそのことだ。
 魔法陣を敷くのは魔物にとっては造作もないことだけれど、人間がするのは結構大変な作業らしい。正確な作図と儀式が必要で誰でもできることではない。と聞いたことがあったけれど。

「ごめん。ちょっと見てくるね。続きはまた今度にしよ?」

 そう言ってパタパタと足音高く部屋を出て行ったレイをぼんやりと見送って、それからハッと我に返って慌ててその後を追って下階に下りた。
 物音のするリビングのドアを開くと、キャビネットを開けて中に入っている銃を物色していたレイがこちらに顔を向ける。さっきまで着ていたはずの寝間着は、いつもの黒いスラックスと白のフリルシャツに変わっていて、その肩からは格好に不釣り合いなホルスターを付けていた。

「あれ? ゆーちゃんは寝ててええよ」

 いつものふんわりした雰囲気に戻ったレイが、キャビネットから出した銀色の銃身をホルスターにしまいながらユーゴに笑む。
 ひどくちぐはぐなのに妙に様になっているから不思議だ。

「あ、あのっ! 僕も、行く」

 ユーゴがそう言うと、レイはパチパチと目を瞬かせた。

「危ないよ?」

 危ないのはレイの方だ。
 レイは強いと皆声を揃えて言うけど、それでもたぶんユーゴの方がまだ強い。だって、悪魔だ。

「大丈夫やって。おれ、こう見えても結構強いんよ」
「そうかもしれないけど。でも…っ」
「あー……。じゃあ、さ。ゆーちゃんに手伝って欲しいことあるんやけど。ゆーちゃん魔法陣て敷ける?」

 いつものようにニコニコ笑いながらレイが首を傾ける。
 ユーゴはちょっとムッとした。
 いくら力の弱いユーゴでもそのくらいはできる。と言うか、魔法陣を敷かなければユーゴはロクに魔力も使えないから、得意だ。
 ……まぁ、敷く魔法陣の内容にもよるけれど。

「なら良かった。じゃあ、説明するね」

 そう言ってレイはキャビネットから町の地図を取り出すと、テーブルの上にそれを広げる。それからいつもの黒衣に袖を通しながらユーゴに『手伝って欲しいこと』の説明をはじめた。

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