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回想と現実

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海軍の、しかも、危険と過酷さで知られる    
SEALの仕事をなぜ、選んだのか、バクスターは一度カッターに尋ねたことがある。


その時、カッターはこう答えた。
(戦争をしたいから、選んだんじゃない。うまく言えないが、アイビーリーグを出た同世代の
エリート達を見返してやりたいからそうした、、、)のだと。
それを聞いた、バクスターは、

その、単純だが、ハングリー精神を一途に貫くカッターの思いに彼は当時
胸を打たれ、共感を抱いたものだった。


一方のバクスターはといえばできれば、徴兵され、ヴェトナムで犬死にするような、目に合うのは、嫌だと思っていた。

敢えて、入隊の道を選んだのも、決まった兵役を終えれば、軍の奨学金制度を利用でき
、明るい未来を約束する、と説得した徴募担当官の話を真に受けたからだった。

そんな、対照的な動機で、ヴェトナム行きを選んだ二人は、戦争終結の直前まで、

任務に
励み、後にヴェトナムから、アメリカ軍が完全撤退する過程で、帰国した。

カッターは軍に残留し、バクスターは、帰国してから、海軍の支給される学費で、大学に入り、歴史学と国際ジャーナリズム学を学んだ。元々軍人ではなく、彼は、作家になりたいと思っていたのだ。


そして徴募担当者が約束すると言った、その明るい未来も、大学在学中に運命の神のせいだろうか?

帳消しになった。70年代の末期のことだった。ヴェトナムにおける、目覚ましいSEALとしての功績に注目した、

CIAリクルート担当官が、彼に、接触し、採用試験への
応募を勧めてきたのだ。

バクスターは、当初、断るつもりだった。
しかし、この時も、担当官の話術にまるめ込まれた。

(今、アメリカはヴェトナム
の後遺症に苦しんでいる。大学を出ても、不景気から、仕事にありつける保証はないと分かっているはずだがね、、、情報機関入りはチャンスだ。それに、これもまた、分かってくれると思うが、君も私同様に、刺激のある仕事に惹かれるタイプだと思うんだ。)

エメットは、心が震える感じがした。彼は、かつて、ヴェトナムの地獄を駆け回る中、脳にアドレナリンが噴き出て、興奮と身が引き締まる状態を恐れもし、

また、楽しんでいたことを忘れられずにいた。そのため、市民生活に慣れずに、自分を見失ったような、感覚に陥っていたのも、事実だった。結局、兵士の道を選んだ以上は、他の道は選べないということだった。

後にエメットは、CIAへの参加を許可された。

こうなる事が青年時代に会った、軍の徴募担当官や情報局のリクルーターには、分かっていたのだろうか?

(ダニエル、、、おまえはどうなんだ?)

(トニー、何を考えている?)

マレラが聞いてきて、バクスターは、顔を上げた。

(お前を、懲らしめるのは、一体、誰になるか?と考えてね、ガキみたいに泣きわめいて
命乞いするところを、想像すると、笑えるよ)

その、挑発に対して、マレラは何も言わず、冷たい視線をバクスターに、向けるだけだった。

カルテルの男は、この、虜囚のアメリカ人が下手に強がっているだけで、また、自暴自棄にもなっていると思った。

マレラは唇を軽く噛み、アメリカ人の目を覗き込んだ。
まぶたが、赤く腫れ上がり、目がヒリヒリしているのか、充血しきっていた。
しかし、視線は強固で、

揺るぎない信念からくるのか、怯えている様子がなかった。
マレラは方針を変えることにした。

「これ以上、お前に何を聞いても得るものは無いな。サンテス、ピストルを貸せ。」

そう求められて、手下の男はショルダーホルスターからリボルバーを引き抜き、マレラに手渡した。

「できれば、お前が、何者で何を探していたか知りたかったが、お前のために、貴重な時間を浪費するのもよくない。」

マレラはつづけた。
「お前に恨みはない、だが俺たちの組織を嗅ぎ回っていたのは、間違いだ。
こうなったら、お前の死体を合衆国政府のお偉いさん共が大騒ぎすることになるよう、仕組むのがベストだ。この意味は分かるよな?」。


バクスターは、またしても、吐き気がこみ上げてきた。
つまり、こういうことだ
俺の変わり果てた死体を写真などに撮って、最寄りの米国大使館に届け、カルテルの存在をPRするというものだろう。

カルテルの残忍ぶりを、誇示することで、アメリカは恐怖し、以後、麻薬対策に消極的になる。

しかも、カルテルの秘密調査をしていた、CIA要員が殺害されたとなれば、政府のトップは大騒ぎするだろう。マスコミや議会からCIAは追及され、面目を潰される。

となれば、
利益を得るのは、この怪物どもだ。

(ちくしょう、、、)そこまで、考えて、バクスターは、それ以上先のことに踏み込むのをやめた。

正直、怖いと感じた。これから、自分が
行こうとする所に対してもそうだし、タイミングも相手次第で、やり方も自由なのだ。

そして、マレラは、リボルバーの銃口を顔面に突き付けた。

「じゃあな、トニー、、、お前と会えたこと忘れないぞ。」

マレラが銃のトリガーに指をかけようとしたとき、

どこからか高速で向かってくる鋼鉄の物体があった。

それは、マレラの後頭部に激突し彼の脳と軟骨を粉砕した。
マレラはドサッとバクスターの体に倒れ込み、飛散した血がアメリカ人の顔 胸 首に派手にかかった。

「ボス!!」

ヘクターがそう叫んだ同時にカランと、高い音が響いた。
周辺が突如して、

激しい閃光を音響に包まれ、カルテルメンバーたちの視界と聴覚を奪った。

特殊部隊が好んで使う突入用の特殊手榴弾だった。

そして、わずか数秒ほどの間に黒ずくめの戦闘服姿の武装集団がなだれ込んできて、

Ⅿ16アサルトライフルを連射し始めた。

まず、ヘクター、サンテスの順に、顔へ5.56ミリ弾が撃ち込まれ、彼らは地に倒れ伏した 

即死だったのだろう。 

二人ともうめき声一つもらさなかった。ほかのカルテルのメンバーたち数人も同様に黒の戦闘集団の速射によって、瞬殺された。

バクスターは、この光景にただ、驚くだけで、まだ、理解が追いつかなった。
ただ、黒の男たちがクリアだとか、

KIAと
英語で軍隊用語を発し始めると彼の目が輝き始めた。

明瞭に無駄のない発音 アメリカ英語 アメリカ軍だ!






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