呪いなんて怖くない!〜木こりの息子と仮面の少年

閑人

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50.表舞台の大人たち ⑤

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 「こちらでお待ちください」

 王宮について学園長からの手紙を差し出すとあっという間に話が進み、謁見室に私たち親子は通された。(途中、衛兵とルドルフの仮面を取る取らないで少々揉めたが手紙を見せた瞬間土下座に近い謝罪をされた)本来なら手続きに次ぐ手続き、待ち時間も長く、待ちに待ったとしても陛下にお会いできるかは全くわからないのが当たり前なのに学園長の持つ力の強さを思い知った。

 私たちは最上級の礼をしながら陛下をお待ちする。

 衣擦れの音がして陛下が現れた。

 「アウクス殿、待たせた。今日は息子も一緒かな」

 この包み込むような深いお声の主が賢王とも称されている陛下だ。非常に頭がよく冷静沈着、決断も早く間違えることが少ない方なので治世は非常に平和、欠点らしい欠点はないが、以前舞踏会でシャルロッテの仮面を外して欲しいと言ってきた事からわかるように、女性の美というものに並々ならぬ関心があるのでそこだけが我が家としては(美形が多い家系なので)要注意としている。

 「はい、息子のルドルフです。この度は息子の救出に騎士団を派遣して下さった事の感謝をするべく…」

 「いや礼には及ばない。先に出した私の命令、あれをもう少し練って完璧に彼女を抑え込める事ができていたならこんなことにはならなかったのだから…」陛下の表情が珍しく歪んだ。
 
 あの王命か…確かに少し内容が甘い気もしたが時間をかけて完璧にするよりも拙速をよしとしたのだろう。あの場面では間違いではないと私は思う。

 「ルドルフ君、わざわざここに来たということは何か私に伝えたい事があるのかな?」

 名前を呼ばれたルドルフは顔をあげ、

 「はい、今日は陛下にお願いがございます。よろしいでしょうか?」

 誰しも緊張するこの場所でもおどおどすることも無く礼の姿勢も美しく態度も立派だ。我が息子ながら頼もしい限り。

 「許す。言ってみなさい」

 「ではメヒティルト様の助命をお願いいたします。確かに彼女は大きな罪を犯しました。しかし決して王家に二心があると言うわけではなく、ただ私と婚姻を結びたかっただけにございます。彼女を哀れと思し召し、広いお心をもって命だけでもお助け下さればと思います」

 少しの間、静寂が場を支配した。

 「それは君個人の意見かな?」

 「勿論でございます」

 陛下の問いかけの声に疑いが滲んでいた。確かに先ほどの発言は12歳の子どもが1人で考えたとは思えないほど出来が良い。陛下に言上するにあたり、先に意見を擦り合わせておくのは常道だが…どうやら出来が良すぎて『心にも無いことを無理やり丸暗記させて息子に言わせている』と思われてしまったようだ。

 「少し質問をしてもいいか?」と陛下はルドルフの目をしっかりと見つめて仰った。
 
 「はい何なりと」

 どうやらこの事件について聞いても言い含められている可能性大と判断した陛下は全く関係のない、しかし12歳の少年には難しいと思われる政治問題や領地経営などの質問を始めた。…胃が痛い、冷や汗が私の背中を流れていくのを感じる。
 
 しかしルドルフ本人はそれらの質問に対して、終始落ち着いた様子で

 「父からの教えなのですが…」

 「実地経験がない為想像になってしまうのですが…」

 「浅学で申し訳ないのですが…」

などうまく逃げの手を打ちつつ自分の意見を述べていく。実体験をしていないのでやや浅いと感じられる部分はあるものの親の贔屓目を差し引いても素晴らしい回答の数々だった。いつのまにかこんな事にまで考えが及ぶようになったのか…子どもが大きくなるのは早いとしみじみ思った。
 
 「…アウクス殿、いい息子に恵まれたな」

 陛下のその言葉で質問は終了した。疑惑は晴れたらしい。

 「お褒めに預かり光栄に存じます」

 本当はまず私が彼女の助命嘆願と長期の身柄の拘束のお願いをして、その後ルドルフもそれにのる形で同じように陛下にお願いをと思っていたのだが…まぁきちんと彼と打ち合わせしなかった私の不手際だ。

 「ルドルフ君、国政に興味は?」

 「一国民としての関心はございます」

 「将来の希望は?」

 「研究者を希望しております。姉が家を継ぐので私は研究者として生計をたてるつもりです」
 
 「…そうか、その希望が叶うよう願っている」

 陛下が少し残念そうだ。やはり間接的に『国政に参加する気なし』とルドルフが言ったからか?とにかく優秀な人材を1人たりとも逃したくないのが為政者としての気持ちなのだろう。

 「まだ国として決めた訳ではないので、今言う話は口外して欲しくないのだが…ここから北方の国境近くに高山があるのは知っているな。そこの中腹に昔から『外に出すことが難しい貴族を隔離する為の修道院』がある」遠くを指し示すような手振りをし、陛下は仰った。
 
 「…聞いたことがございません」とルドルフが困惑した声を出した。
 
 「君の年齢ではそうだろう。しかしアウクス殿は知っているはずだ」
 
 私は頷いた。見た事はないが聞いた事はある。その私の様子を見て本当にあると判断したルドルフはもう1つの疑問を述べた。
 
 「外に出すのが難しいとは?」

 「簡単に言うと凶悪犯だ。家から追い出したとしても刑務所に入ったとしても金も人脈もある貴族出身だと再犯率が高く、多くの人を巻き込み、凶悪度も増してしまう事が多い。なのでそういった人間を町に降りてくることすら難しい高山の中腹に修道院を作って隔離しているのだ。警備は王宮から人を派遣して行っているため、かなり厳重に隔離されていると思う。そこに『今』たまたま『空き』があるのだ…」

 そこに彼女を入れる、そして陛下もそれに反対するつもりはないと暗に仰ってるようだ。それが実現するならば我が家にとっても一安心、私たちは陛下にもう一度礼をして御前を下がった。

 王宮を出た私たちは2人で大きく息を吐いた。

 「疲れました父上。早く屋敷に帰りたいです」

 そうだな、私も同じ気持ちでいっぱいだよ。さて馬車を…と思っていると衛兵に止められた。

 「また仮面が云々じゃないですよね」ルドルフは私1人に聞こえるくらいの声で言った。

 「アウクス様、本日はこちらの馬車でお帰り下さい。護衛の兵を数人つけましたのでご安心を」

 我が家の馬車の何倍も高価な王家紋章つきの馬車と護衛の兵たちが目の前に現れた。どうやら陛下のお心遣いのようだ。断る訳にはいかず私たちは乗り込んだが…

 「父上、豪華すぎて落ち着きません」

 陛下の前で質問に答えていたあの落ち着き払ったルドルフはどこにもいない。今いるのは馬車できょろきょろしている子どもらしいルドルフだけだった。可愛らしい我が息子。一緒に屋敷に帰って冬休みをゆっくり過ごそうではないか!

 
 
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