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それからというもの私は3日と空けずにエリーゼに会いにやってきた。茨はというと…私が来ると通れる様に道を開けてくれる様になった。
「どういう仕組みなのだろう?」
とそれを見るたび毎回思うが、塔に着く頃には忘れているのが常だ。
あの日以来、執事のオリバーが厳選した手土産を持たせてくれる様になり、出かけるのも咎められなくなったどころか使用人たちの『上手くいくといいですね』といった感じの生温かい視線を感じているのがこそばゆい。
連絡無しでここに来るので畑の作業中に来てしまう事もあったが、エリーゼは嫌そうな顔もせず
「少々お待ちいただけますか?」
と作業を中断しようとしたので、
「いや、私も一緒に作業してもいいかな?」
と申し出た。
体力には自信があるし、畑の作業はした事がないが少し興味もある。その後エリーゼと並んで雑草抜きをしたり、収穫したものを運んだりした。
よく見ると塔の住民?(彼女は〝仲間〟と言っていた)も参加して自分に適した作業をこなしている。上下関係もなく皆作業を楽しみ、その中心にはいつもエリーゼがいて、皆が笑いあっている。なんて幸せな空間なのだろうか。その空間に自分が自然に受け入れられているのに驚くが…。
しかし別の日にいつも通り話をしていると…
「あの…気になっていることがあるのですけどよろしいでしょうか?」
思い詰めた様にエリーゼの表情が固い。何か怒らせるような事をしてしまったのか?心臓がバクバクする。
「何故アルフレッド殿下はご自分をおとしめる言葉を口に出すのですか?」
「へ?」
そんな事言ってたのかどうかも気に留めてなかった。
「へ?じゃありません。ご自分の事『頭が悪い』だの『礼儀ができてない』だのって、今日だけでもう3回はおっしゃられてますよ!」
「…でも本当の事ですし…」
「それが間違っているのです!あなた様にはいいところがたくさんございます!重いものを持っていると助けてくれて、力仕事があれば自分にもやらせて欲しいといい、悪口を言う事もなく、怒る事もない…本当にお優しくて素敵な殿方ですわ。それなのに!たかだか考える事が苦手で、礼儀に少々欠けるくらいで!」
エリーゼの顔が紅潮している。彼女がそんなにも力説しているのは初めてだ。どうしても伝えたかったのだろうが…欠点に関しては幼い頃からだいぶ努力したのにも関わらず進歩が見られないため自尊心はガリガリ削られ、今や(体力と運動神経に関して以外)ほぼないと言っても過言ではない。
しかしエリーゼのいってくれた『素敵な殿方』という言葉は私の胸の中にちょっと火を灯してくれた。
「姫様…ちょっとよろしいかな?」
なぜか窓の外から声がした。ここは2階のはずなのだが?しかし私以外は不思議に思っていないようだ。
するとその時、小さな羽音と共に窓から梟が部屋に入って来た…そしてその梟は瞬く間に人間のお年寄りに姿を変えた。
「な、な、な?」
驚きすぎて変な声しか出なかった。
それを聞いた梟だった人は
「…獣人の事お母上から全く聞いておらんようだな。獣人は獣の姿と人型自由に変えられるのだ。わしはフェルディナンドという。皆からは長老と呼ばれている」
しなやかな動きで私に礼をした。
「そうなのか?初めて知ったぞ。初めまして長老…つかぬ事を聞くが、ひょっとして私もそのように姿を変えられるのだろうか?」
「わからん。人とのハーフ…いやダブルと言った方がいいかな…はあまり数がおらんのでな。それより今の話を聞いて、言いたい事があったので行儀が悪いと思いつつ窓から失礼した」
ふと思い出した。
「そう言えば前にも窓の外におられなかったか?同じような羽音を聞いた事があるのだが」
「ほ、耳はいいようだな。殿下の人となりが知りたくてこっそりとな。『考える事が苦手』『礼儀作法に難有り』そのような欠点があるとの事。殿下はその欠点をなんとかしようと努力なさったか?」
力強く頷いた。
「した。少なくとも自分では頑張ったと思う。しかし言葉は頭に入らず、作法は教師と同じように動いているつもりなのに同じにならないのだ」
悲しいかな…教師の言う通り頑張れば頑張るほど上手くいかなかったのだ。あの教師の蔑むような視線が忘れられない。
「ま、それは当たり前だ。獣人は種族によって向き不向きが大きい。例えばわしやブライアンの種族は頭脳労働が得意分野で、力は強くない。反対に殿下のお母上のアイーシャ様の種族…獅子族だな…は力が強く運動神経が発達しているが、頭脳労働は苦手。だから獅子族が統治をするときはわしやブライアンの種族が頭脳でサポートするのだ。そうやって役割分担をしながら暮らしていたのが獣人国なのだよ」
「なんだと!生まれついて決まっているということか?今までの努力は一体なんだったのか…」
足元が崩れ落ちるくらいの衝撃だった。
「そういう事だ。特に人族が得意としている抽象的概念とやらは獅子族にはちと理解が難しい、だから殿下は『考える事が苦手』なのだろうな。礼儀作法に関しても身体を動かす仕組みが人族と獣人とでは少々違っているので、人族の言う通りに上手く体が動かせないのも道理なのだよ」
ショックのあまり呆然としている私に長老は憐れみを込めた声で続けた。
「人族は獣人についてあまり知ろうとしなかったからなぁ…そんな悪条件の中で殿下は生まれ持った良いところを失わずに頑張ってこられて尊敬に値するし、姫様の言う通り『素敵な殿方』だとわしも思う。そこで提案なのだが…殿下はもっと自分自身を活かしたいと思われるかな?」
「自分自身を活かすとは?」
「…言い換えよう。今生きていく上で困っている事を減らして生きやすく、そして幸せに暮らせるように自分から努力するつもりはあるかな?」
「ある!このままではだめだと思っている」
彼女にあんな顔で忠告されたのに、何もしないなどあり得ない。
「わかった。ではわしが色々教えてやろう。必要な知識の頭への入れ方から人族社会の行儀作法をこなすための身体の動かし方のコツ…殿下に必要な事だろう?」
「本当に教えてもらえるのか?ありがたいがこちらからは何を返せばいいのか?」
長老は少し寂しげな顔になり、こう言った。
「今は亡きアイーシャ様の御子様を放っておくわけにもいかないのでな…お、忘れておった!わしは昼が苦手なので教える時間は夕方以降にしてもらえるとありがたい。わしが自分で離宮まで行って教えよう。ただし塔の事も姫様の事もわしの事も秘密にしてもらいたい、それが条件だな」
人族社会で肩身狭く生きていたがこれで少しは生きやすくなるかもしれない…そんな希望を持てたのはエリーゼに出会ったおかげに違いない。いつも通り柔らかな微笑みを浮かべた彼女に私は心から感謝した。
「どういう仕組みなのだろう?」
とそれを見るたび毎回思うが、塔に着く頃には忘れているのが常だ。
あの日以来、執事のオリバーが厳選した手土産を持たせてくれる様になり、出かけるのも咎められなくなったどころか使用人たちの『上手くいくといいですね』といった感じの生温かい視線を感じているのがこそばゆい。
連絡無しでここに来るので畑の作業中に来てしまう事もあったが、エリーゼは嫌そうな顔もせず
「少々お待ちいただけますか?」
と作業を中断しようとしたので、
「いや、私も一緒に作業してもいいかな?」
と申し出た。
体力には自信があるし、畑の作業はした事がないが少し興味もある。その後エリーゼと並んで雑草抜きをしたり、収穫したものを運んだりした。
よく見ると塔の住民?(彼女は〝仲間〟と言っていた)も参加して自分に適した作業をこなしている。上下関係もなく皆作業を楽しみ、その中心にはいつもエリーゼがいて、皆が笑いあっている。なんて幸せな空間なのだろうか。その空間に自分が自然に受け入れられているのに驚くが…。
しかし別の日にいつも通り話をしていると…
「あの…気になっていることがあるのですけどよろしいでしょうか?」
思い詰めた様にエリーゼの表情が固い。何か怒らせるような事をしてしまったのか?心臓がバクバクする。
「何故アルフレッド殿下はご自分をおとしめる言葉を口に出すのですか?」
「へ?」
そんな事言ってたのかどうかも気に留めてなかった。
「へ?じゃありません。ご自分の事『頭が悪い』だの『礼儀ができてない』だのって、今日だけでもう3回はおっしゃられてますよ!」
「…でも本当の事ですし…」
「それが間違っているのです!あなた様にはいいところがたくさんございます!重いものを持っていると助けてくれて、力仕事があれば自分にもやらせて欲しいといい、悪口を言う事もなく、怒る事もない…本当にお優しくて素敵な殿方ですわ。それなのに!たかだか考える事が苦手で、礼儀に少々欠けるくらいで!」
エリーゼの顔が紅潮している。彼女がそんなにも力説しているのは初めてだ。どうしても伝えたかったのだろうが…欠点に関しては幼い頃からだいぶ努力したのにも関わらず進歩が見られないため自尊心はガリガリ削られ、今や(体力と運動神経に関して以外)ほぼないと言っても過言ではない。
しかしエリーゼのいってくれた『素敵な殿方』という言葉は私の胸の中にちょっと火を灯してくれた。
「姫様…ちょっとよろしいかな?」
なぜか窓の外から声がした。ここは2階のはずなのだが?しかし私以外は不思議に思っていないようだ。
するとその時、小さな羽音と共に窓から梟が部屋に入って来た…そしてその梟は瞬く間に人間のお年寄りに姿を変えた。
「な、な、な?」
驚きすぎて変な声しか出なかった。
それを聞いた梟だった人は
「…獣人の事お母上から全く聞いておらんようだな。獣人は獣の姿と人型自由に変えられるのだ。わしはフェルディナンドという。皆からは長老と呼ばれている」
しなやかな動きで私に礼をした。
「そうなのか?初めて知ったぞ。初めまして長老…つかぬ事を聞くが、ひょっとして私もそのように姿を変えられるのだろうか?」
「わからん。人とのハーフ…いやダブルと言った方がいいかな…はあまり数がおらんのでな。それより今の話を聞いて、言いたい事があったので行儀が悪いと思いつつ窓から失礼した」
ふと思い出した。
「そう言えば前にも窓の外におられなかったか?同じような羽音を聞いた事があるのだが」
「ほ、耳はいいようだな。殿下の人となりが知りたくてこっそりとな。『考える事が苦手』『礼儀作法に難有り』そのような欠点があるとの事。殿下はその欠点をなんとかしようと努力なさったか?」
力強く頷いた。
「した。少なくとも自分では頑張ったと思う。しかし言葉は頭に入らず、作法は教師と同じように動いているつもりなのに同じにならないのだ」
悲しいかな…教師の言う通り頑張れば頑張るほど上手くいかなかったのだ。あの教師の蔑むような視線が忘れられない。
「ま、それは当たり前だ。獣人は種族によって向き不向きが大きい。例えばわしやブライアンの種族は頭脳労働が得意分野で、力は強くない。反対に殿下のお母上のアイーシャ様の種族…獅子族だな…は力が強く運動神経が発達しているが、頭脳労働は苦手。だから獅子族が統治をするときはわしやブライアンの種族が頭脳でサポートするのだ。そうやって役割分担をしながら暮らしていたのが獣人国なのだよ」
「なんだと!生まれついて決まっているということか?今までの努力は一体なんだったのか…」
足元が崩れ落ちるくらいの衝撃だった。
「そういう事だ。特に人族が得意としている抽象的概念とやらは獅子族にはちと理解が難しい、だから殿下は『考える事が苦手』なのだろうな。礼儀作法に関しても身体を動かす仕組みが人族と獣人とでは少々違っているので、人族の言う通りに上手く体が動かせないのも道理なのだよ」
ショックのあまり呆然としている私に長老は憐れみを込めた声で続けた。
「人族は獣人についてあまり知ろうとしなかったからなぁ…そんな悪条件の中で殿下は生まれ持った良いところを失わずに頑張ってこられて尊敬に値するし、姫様の言う通り『素敵な殿方』だとわしも思う。そこで提案なのだが…殿下はもっと自分自身を活かしたいと思われるかな?」
「自分自身を活かすとは?」
「…言い換えよう。今生きていく上で困っている事を減らして生きやすく、そして幸せに暮らせるように自分から努力するつもりはあるかな?」
「ある!このままではだめだと思っている」
彼女にあんな顔で忠告されたのに、何もしないなどあり得ない。
「わかった。ではわしが色々教えてやろう。必要な知識の頭への入れ方から人族社会の行儀作法をこなすための身体の動かし方のコツ…殿下に必要な事だろう?」
「本当に教えてもらえるのか?ありがたいがこちらからは何を返せばいいのか?」
長老は少し寂しげな顔になり、こう言った。
「今は亡きアイーシャ様の御子様を放っておくわけにもいかないのでな…お、忘れておった!わしは昼が苦手なので教える時間は夕方以降にしてもらえるとありがたい。わしが自分で離宮まで行って教えよう。ただし塔の事も姫様の事もわしの事も秘密にしてもらいたい、それが条件だな」
人族社会で肩身狭く生きていたがこれで少しは生きやすくなるかもしれない…そんな希望を持てたのはエリーゼに出会ったおかげに違いない。いつも通り柔らかな微笑みを浮かべた彼女に私は心から感謝した。
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