異能ランクEの絶対皇帝≪Absolute Emperor≫

あんねーむど

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第四部【完結編】

33 重なる想い

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 ―――四月二十八日、午後八時四十五分―――。 

 咲を乗せた護送車が大使公邸門前に停車した。警視庁の護送車が許可なく大使館の門前に駐車するなど通常ならば問題行為であるが、一定時間が経過しても大使館側からの反応は特になかった。
 既に機動隊員を乗せた十二台にも及ぶ観光バスがフランス大使館の敷地を取り囲んでいる。

 そして、午後九時〇〇分を三分過ぎてから咲は門扉の横に設置されたインターホンのボタンを押下した。

『ご用件はなんでしょうか?』 
 しばらくしてから片言の日本語で応答があった。

「夜分遅くに失礼します。私は厚生局異能管理室室長の平崎咲と申します。八重山照に会いにきました」
『お待ちしておりました。どうぞ中へお進みください』
 インターホンの向こう側にいる人物はわずかな思案もなく返答し、自動で巨大な門扉が開き始める。

 咲は開かれた門をくぐり、公邸へと続く舗装された道を一人歩いて行く。ガーデンライトに照らされて浮かび上がる手入れの行き届いた広大な庭園は、ここが都会の中心であることを忘れさせる。

 旧財閥の屋敷を改装して造られた大使公邸の玄関の前に立っていたのは青い眼に眼鏡を掛けた長身痩躯の男だった。彼も大使館の職員なのだろうが、その姿と物腰はまるで執事のようだ。

「八重山様がお待ちです。どうぞこちらへ」

 インターホンの声と違い流暢な日本語でニコリと微笑み、男は踵を返した。
 咲は男の後に続く。間接照明で淡く照らされた長い廊下を進み、たどり着いた場所は図面で事前に把握していた一階の庭園に面した応接室だった。教室ほどある応接室としては広い部屋に一対のモダンなソファーが対面するように配置されていた。

「しばらくお待ちください」

 咲はソファーに身体を預け、瞳を閉じた。日本庭園が一望できる開け放たれた戸から心地よい夜風が吹き込んでくる。

 ゆっくりと瞼を開けた咲は使用者のいないソファーを見据え、
「私を試しているのですか?」
 対面のソファーに向かって語り掛けた。

 瞬きの後、彼の姿が咲の瞳に写る。
 悠々とソファーに身をゆだねる照がそこにいた。まだ半年も経っていないのに久しぶりに見た彼の顔はどこか男らしく、少しだけ大人になっているように思えた。

「試してなんかいないよ。ただ、かまってほしかっただけさ」

 照は自嘲するように微笑み、咲も困り顔をしながら微笑んだ。

「手の焼ける人ですね」

「デバイスは持ってこなかったのか?」
「ええ、ちょっと試してみたかったんです。デバイスがなくてもアナタを見つけられるのかどうかを」
「君は一度僕を見つけたことがあるじゃないか?」
「そうですけど、あの時は半信半疑でしたので」
「僕も同じだよ。君に見つけてほしかった。あんなものに頼らずにね」
「やっぱり試していたんじゃないですか……」

 咲はぷくっと頬を膨らませ、二人は顔を見合って笑い出した。

「スーツ姿もよく似合っているよ」

 ポツリと零れた照のセリフに咲は頬を紅く染めて恥ずかしそうに俯く。

「あ、ありがとうございます……」
「でも、僕としてはリサみたいなタイトスカートが見たいんだけどね」
「まったくもう」

 息をついた咲の姿に照はクスリと笑う。
 二人の間にしばしの沈黙が続いた後、照が口を開いた。

「室長になったんだって?」
「ええ……」
「異能を失ったことはバレてないのか?」

 咲は小さく頷く。

「今は現場に出ることも少なく指揮するだけですから……。リサだけは全部知っていますけど」
「そうか……」

 咲は再度俯き、その表情に影を落としていた。

「なぜ、こんなところに隠れているのですか? あなたの起こした行動の事情を話せば情状の余地はあったはずです。なぜそれをせずに一人で悪者になるようなことをしたのですか?」

 照は肘掛に右肘を乗せて、
「僕は大量殺人犯だよ……、情状なんて期待できないよ」
 日本庭園に視線を移した照は回顧するように語り始める。

「……最後に室長と話したときにさ、正直、室長の言っていることも一理あると思ったんだ。本当にこれでいいのかなって……。室長の言い分に筋は通ってたし、彼は彼なりに自分の信念を貫いていた。ほだされたのかもしれないし……、影響されたのかもしれない。違った形で出会っていれば仲間になっていたかもしれない。いつの間にか僕の中で迷いが生じていた。だから考える時間がほしくて、ここにいたらいつの間にか出れなくなっちゃったんだ」

 照は肩をすくめて苦笑した。

「しかしそれも今日で終わりだ。君が僕を迎えにきたのであれば僕に抗う術はない。さて……、外の状況を教えてくれるかな?」

 その問いに咲は瞳の色を変える。

「管理官と対策本部の刑事、それから機動隊員が大使館を取り囲んでいます。その数は千人規模です」

 照は嘲るように口笛を吹いた。

「そういえばみんなも来ているのか?」

〝みんな〟と言っても照とチームを組んだ管理官は少ない。つまるところ照の言う〝みんな〟とは直人班のことである。

「エリオットとネイサンは公邸門であなたを待っています。リサは体調不良で今回の作戦には参加していません。他の管理官は大使館の周囲に配置しています」

「そうか……」

「それから包囲している警察官全員が以前よりも高性能のデバイスを所持しています。ここを出ればアナタは必然的に異能を封じられるでしょう」

「ここを出れば僕は拘束されて秘密裏に殺される訳か……」

「そうさせないために私が来たのです。アナタの《インペリアル・オーダー》を取り下げてもらえることになりました」

 照の表情が曇り、怪訝な顔で咲に問う。

「もちろんタダじゃないんだろ? どういう条件を出されたんだ?」

「私の監視の元、アナタを公安に所属させるという条件です」

「僕と一緒に君も取り込もうって腹か……」
 照は溢れそうな怒りを拳を握り締めて露わにする。

「これしかアナタを助ける手立てはありません。それに、所属が異動するだけの話です」

 まるで学校の席替えの話をするように咲はにべなく言い放った。

「そこで与えられる仕事は暗殺や諜報活動、他国の工作員に対する拷問だぞ、それでもいいのか?」

「アナタが生きているなら、私は自分の手を汚す覚悟があります」

 咲の瞳に揺るぎはなかった。しかしこればかりは認めるわけにはいかなかった。

「僕はそんなの認めない……、君の手を血で汚すことなんてさせない。なあ……、咲、僕とこの国を出て一緒に暮らさないか?」

 瞳を大きく見開いて頬を朱く染めた咲は照の言葉に目を細め、喜びを抑えるように俯いた後、小さく首を振った。

「……背負っている物がなければ、きっとそうしていたでしょう……」

「……君を縛るために室長に仕立て上げたうえに、僕らがもし逃げればリサたちが危ないってことか……」

 照が奥歯を軋ませたそのとき、応接室の扉が外側からノックされる。

「失礼します」

 咲をここまで案内した男がティーポットとカップが乗ったワゴンを押して入って来た。男はソファーの横に設置されたサイドテーブルにカップを置いて紅茶を注ぎ、頭を下げて部屋を出ていった。

 紅茶を一口飲んだ咲はカップを置いて立ち上がり、照の前まで移動する。照も咲に合わせて立ち上がると二人は向かい合い、互いの瞳を見つめ合う。

「この国を出ることはできませんが、私のそばにいてくれますか?」
「もちろんだ……、僕の命は君のためにある」

 微笑み、嬉し涙をこらえながら毅然と振る舞おうとする咲だったが、同時に胸を突き刺す痛みに震え、その声は擦れていた。

「あなたの身柄は一時的に警察が預かることになっています。なので、形だけでも手錠をかけなければいけません」

「分かっているよ」

 咲を慮り、照は両手を差し出した。
 差し出された照の左手首に手錠をかけた咲の手が止まり、震え、いつまでもロックを掛けられずにいる。彼女は迷い、そして躊躇していた。照に手錠をかけようとする自分に対し激しい嫌悪を抱き、胸が締め付けられた。
 咲の肩が震え、瞳から涙がこぼれ落ちる。

 照は震える咲の手の上に自分の手を重ねて軽く握った。

「迷うな咲、君は君の正しいと思うことを貫けばいい」

 照は彼女の手を押して、自らの手首に手錠をかける。
 俯く咲は涙を流しながらうなずき、両手を拘束された照の身体を抱きしめた。照は彼女の腕に身をゆだね、絹糸のような艶やかな髪に頬を寄せた。

 互いの温もりをしっかりと刻んだ後、咲は照を見上げ、照も咲の翠瞳を見つめる。そしてしばらく見つめ合っていた二人はどちらともなく唇を重ねていた。

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