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第四部【完結編】
34 完全なる正義
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咲に伴われ、門扉に向かって歩いてくる照の姿を警視庁の機動隊員たちは自分の眼を疑うように、ただ唖然と見つめ、立ち尽くしていた。
公邸門を出たところで沖田を始め背広姿の刑事が五人、そして護送車を取り囲むように三百人以上の機動隊員が封鎖された幹線道路を埋め尽くしている。
警視庁の刑事たちに紛れてネイサンとエリオットが立っていることに照は気付いた。二人を見つけた照に対し、ネイサンとエリオットは照が最初に異能管理室にやって来たあの日と同じ表情と態度で彼を迎えた。照にはそれが〝お前の帰ってくる場所はここだ〟と言ってくれているようにも思えた。
門を潜った照の前に一人の刑事が立つ。
「八重山照だな」
現場指揮官の沖田の問いに照はうなずいた。
「ああ……」
「お前の身柄は警視庁が預かることになっている。車に乗れ」
沖田の横を通り過ぎた照はエリオットとネイサンに視線を送った。それは彼なりの謝罪と感謝の意が込められていることを二人は感じ取る。
照の数歩前を歩いていた咲が護送車のドアを開けて振り返ったそのとき―――。
「伏せろ!」
ネイサンが叫び声を上げた直後、一斉に銃声が鳴り響いた。咲は反射的に照の頭を押さえつけて地面ギリギリまで身体を倒す。断続的に放たれる閃光はいまだ続いている。この場所だけではない。大使館の周囲からも閃光が輝き、銃声が鳴り響いていた。
辺りが静寂を取り戻すと同時に咲は伏せていた顔を上げた。
「―――ッ!?」
眼を見開いた彼女の瞳孔が縮小する。
その眼に映ったのは地面にうつ伏せで倒れているネイサンの姿だった。彼の体からおびただしいほど大量の血が流れ出し、アスファルトを赤黒く染めていく。咲は自分たちの前に誰かが立ちはだかっていることに気付いた。
それはエリオットの背中だった。
彼は大きく両手を広げ、銃弾から二人を守るように仁王立ちしていた。足元には彼の血で血だまりが形成されている。
「エリオット! ネイサン!」
咲は二人の名を叫んでいた。
「何をやってるんだ! まだ止めの合図は出してないぞ! 撃て撃て撃てッ!」
怒号が無情にも響き渡る。だが異変は既に起きていた。
「た、隊長! 銃が!」
なんの抵抗もなく引き金が崩れ落ちていた。構えた銃が赤茶けた錆で覆われていた。それはまるで深海で眠る戦艦のように、機動隊員が携行する全ての銃器が錆びて朽ちていく。
「早く予備の銃を取ってこい!」
指揮官の指示に踵を返そうとした隊員が足をとられて転倒する。その双眸が視たものは、
「じ、地面が沈んでいる!?」
機動隊が展開する地盤が沈下し、灰色に濁ったヘドロのような泥水が辺りを満たしていた。さらに水かさが増し、ヘドロは隊員たちの腰まで上がって来ている。
「走れ!」
エリオットの声に押され、思考が停止していた咲と照は走り出した。
「逃がすな! 殺せ!」
道を塞がんと動き出した機動隊員に向かって咲が銃を発砲する。咲と照はヘドロに足を取られる機動隊員の間隙をすり抜けて走った。後ろを振り返らず、生きるためだけにただひたすら走った。仲間が最後に残してくれた僅かな時間を無駄にしないために地面を蹴り、街灯が照らすビル群に向かって幹線道路を駆け抜けていく。
だが、無情にも一発の乾いた銃声が鳴り響いた。
撃ったのは沖田だった。真っ直ぐに構えるハンドガンの銃口から硝煙が上がっている。
放たれた銃弾は照の前を僅かに先行していた咲の背中から胸部を貫いていった。
足がもつれ、よろめいた咲を照が支える。照の上体にもたれ掛かるように咲は身体を預けて彼の肩を掴むが、やがて上体を支えられなくなった膝が力なく折れ、ズルズルと落ちていった。
「リ……、リリース……」
ふり絞るように咲は擦れた声を出した。
照の腕を拘束する手錠がモーターの駆動音を鳴らして手首から外れて地面に落ちていく。拘束から解放された両手で咲の身体を抱きしめた照は片膝を地面に付け、咲の身体を横抱きにかかえた。
照の手に生暖かく、ヌメリのある液体が触れた。
「咲ッ!」
瞬く間に咲のブラウスが真紅に染まっていく。
照は咲のブラウスのボタンを引きちぎった。咲の胸の中央付近から血が沸き上がるように溢れ流れていく。
咄嗟に右手で胸の銃創に触れ、同時に咲を支えている左手で背中の銃創を探り当てた照は前後の傷口を電気で焼いて塞いだ。
「ぐぅ……」
電熱に顔を歪めた咲は小さく呻き、反射的に照の腕を強く握り締めた。
傷口は塞がったが根本的な解決にはなっていない。表面的な止血をしただけで、彼女の身体の中では出血が続いている。
咲の呼吸は浅く、次第に弱くなっていく。瞬く間に体温が失われ、黒ずんだ血を吐き出した咲の口元が血で染まった。
痛みに顔を歪めながら瞳を開いた咲は、
「照……」
血で染まった手で照の頬に触れた。
「あ……、ああ……、咲……」
今にも泣きだしてしまいそうな、そして崩れてしまいそうな照を安心させるかのように咲は微笑む。しかし、戦慄く彼女の翠瞳からポロポロと涙が零れていた。
「ア……、アナタと普通に、出会い……、みんながしているような……、恋が、したかった……」
「……咲、諦めるな……、まだいくらでも、時間はあるよ……」
照の眼から涙が溢れていた。零れ落ちた涙が咲の頬を濡らしていく。
咲の瞳は既に光を失い始めていた。まるで幻でも観ているかのように咲は照の顔を虚ろに見つめている。
「先輩……、私……、先輩のことがずっと好きでした……、大嫌いだなんて言って……ごめんなさい……―――」
そして、一筋の涙が咲の頬を伝い、彼女は眠るように瞳を閉じた。
公邸門を出たところで沖田を始め背広姿の刑事が五人、そして護送車を取り囲むように三百人以上の機動隊員が封鎖された幹線道路を埋め尽くしている。
警視庁の刑事たちに紛れてネイサンとエリオットが立っていることに照は気付いた。二人を見つけた照に対し、ネイサンとエリオットは照が最初に異能管理室にやって来たあの日と同じ表情と態度で彼を迎えた。照にはそれが〝お前の帰ってくる場所はここだ〟と言ってくれているようにも思えた。
門を潜った照の前に一人の刑事が立つ。
「八重山照だな」
現場指揮官の沖田の問いに照はうなずいた。
「ああ……」
「お前の身柄は警視庁が預かることになっている。車に乗れ」
沖田の横を通り過ぎた照はエリオットとネイサンに視線を送った。それは彼なりの謝罪と感謝の意が込められていることを二人は感じ取る。
照の数歩前を歩いていた咲が護送車のドアを開けて振り返ったそのとき―――。
「伏せろ!」
ネイサンが叫び声を上げた直後、一斉に銃声が鳴り響いた。咲は反射的に照の頭を押さえつけて地面ギリギリまで身体を倒す。断続的に放たれる閃光はいまだ続いている。この場所だけではない。大使館の周囲からも閃光が輝き、銃声が鳴り響いていた。
辺りが静寂を取り戻すと同時に咲は伏せていた顔を上げた。
「―――ッ!?」
眼を見開いた彼女の瞳孔が縮小する。
その眼に映ったのは地面にうつ伏せで倒れているネイサンの姿だった。彼の体からおびただしいほど大量の血が流れ出し、アスファルトを赤黒く染めていく。咲は自分たちの前に誰かが立ちはだかっていることに気付いた。
それはエリオットの背中だった。
彼は大きく両手を広げ、銃弾から二人を守るように仁王立ちしていた。足元には彼の血で血だまりが形成されている。
「エリオット! ネイサン!」
咲は二人の名を叫んでいた。
「何をやってるんだ! まだ止めの合図は出してないぞ! 撃て撃て撃てッ!」
怒号が無情にも響き渡る。だが異変は既に起きていた。
「た、隊長! 銃が!」
なんの抵抗もなく引き金が崩れ落ちていた。構えた銃が赤茶けた錆で覆われていた。それはまるで深海で眠る戦艦のように、機動隊員が携行する全ての銃器が錆びて朽ちていく。
「早く予備の銃を取ってこい!」
指揮官の指示に踵を返そうとした隊員が足をとられて転倒する。その双眸が視たものは、
「じ、地面が沈んでいる!?」
機動隊が展開する地盤が沈下し、灰色に濁ったヘドロのような泥水が辺りを満たしていた。さらに水かさが増し、ヘドロは隊員たちの腰まで上がって来ている。
「走れ!」
エリオットの声に押され、思考が停止していた咲と照は走り出した。
「逃がすな! 殺せ!」
道を塞がんと動き出した機動隊員に向かって咲が銃を発砲する。咲と照はヘドロに足を取られる機動隊員の間隙をすり抜けて走った。後ろを振り返らず、生きるためだけにただひたすら走った。仲間が最後に残してくれた僅かな時間を無駄にしないために地面を蹴り、街灯が照らすビル群に向かって幹線道路を駆け抜けていく。
だが、無情にも一発の乾いた銃声が鳴り響いた。
撃ったのは沖田だった。真っ直ぐに構えるハンドガンの銃口から硝煙が上がっている。
放たれた銃弾は照の前を僅かに先行していた咲の背中から胸部を貫いていった。
足がもつれ、よろめいた咲を照が支える。照の上体にもたれ掛かるように咲は身体を預けて彼の肩を掴むが、やがて上体を支えられなくなった膝が力なく折れ、ズルズルと落ちていった。
「リ……、リリース……」
ふり絞るように咲は擦れた声を出した。
照の腕を拘束する手錠がモーターの駆動音を鳴らして手首から外れて地面に落ちていく。拘束から解放された両手で咲の身体を抱きしめた照は片膝を地面に付け、咲の身体を横抱きにかかえた。
照の手に生暖かく、ヌメリのある液体が触れた。
「咲ッ!」
瞬く間に咲のブラウスが真紅に染まっていく。
照は咲のブラウスのボタンを引きちぎった。咲の胸の中央付近から血が沸き上がるように溢れ流れていく。
咄嗟に右手で胸の銃創に触れ、同時に咲を支えている左手で背中の銃創を探り当てた照は前後の傷口を電気で焼いて塞いだ。
「ぐぅ……」
電熱に顔を歪めた咲は小さく呻き、反射的に照の腕を強く握り締めた。
傷口は塞がったが根本的な解決にはなっていない。表面的な止血をしただけで、彼女の身体の中では出血が続いている。
咲の呼吸は浅く、次第に弱くなっていく。瞬く間に体温が失われ、黒ずんだ血を吐き出した咲の口元が血で染まった。
痛みに顔を歪めながら瞳を開いた咲は、
「照……」
血で染まった手で照の頬に触れた。
「あ……、ああ……、咲……」
今にも泣きだしてしまいそうな、そして崩れてしまいそうな照を安心させるかのように咲は微笑む。しかし、戦慄く彼女の翠瞳からポロポロと涙が零れていた。
「ア……、アナタと普通に、出会い……、みんながしているような……、恋が、したかった……」
「……咲、諦めるな……、まだいくらでも、時間はあるよ……」
照の眼から涙が溢れていた。零れ落ちた涙が咲の頬を濡らしていく。
咲の瞳は既に光を失い始めていた。まるで幻でも観ているかのように咲は照の顔を虚ろに見つめている。
「先輩……、私……、先輩のことがずっと好きでした……、大嫌いだなんて言って……ごめんなさい……―――」
そして、一筋の涙が咲の頬を伝い、彼女は眠るように瞳を閉じた。
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