異能ランクEの絶対皇帝≪Absolute Emperor≫

あんねーむど

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怠惰な神官

怠惰な神官4

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 誰もいなくなった夜の街を、少年と私は機動隊員に囲まれながら歩いていく。

 普段は道路を埋め尽くしているはずの車が一台も見当たらず、一人の歩行者も歩いていない。飲食店の中も、立ち並ぶビル群にも人の気配は感じられなかった。
 時が止まったかのように街は静まり返り、狼煙みたいに上がっていた白煙は風に流され消えていた。
 


 新国際都市病院にたどり着いたときには、二十人だった機動隊員の数は百人近くまで膨れ上がっていた。
 彼らは何かの意思に従って集結するようにどこからともなく現れ、私たちを囲む隊列に加わり、いつの間にか数倍に膨れ上がっていたのだ。
 隊員たちは院内に入ると、誰の指示を受けるでもなく院内外の警戒を始める。

 私は外来受付の待合椅子に座って少年を待っていた。しばらくして、彼はナースステーションから最上階にあるVIPルームの鍵を手に入れてきた。

 彼から鍵を受け取った私は言われるがままエレベータの階層パネルの下にある鍵穴に鍵を差し込んだ。するとエレベータのドアが閉まり、自動で上昇を始める。


 教授や先輩から聞いていたけど、最上階のVIPルームはホテルのスイートルームそのものだった。
 広々とした玄関、その奥に観えるのは都会の夜景だ。病室の南側は全て一面ガラス張りになっていた。ダイニングルームにはアンティーク調の家具一式とゆったりとしたカウチソファー、白で統一された壁に飾られているのは巨大な油絵、そしてテレビの代わりに映像プロジェクターが設置されている。

 他にも大人四人が同時に入れるくらい大きなジャグジー付きの浴槽や本来必要ないシステムキッチンまで完備されている。どの部屋と比べても私の住む賃貸マンションより確実に広いだろう。
 唯一勝てそうなのは、トイレとウォーキングクローゼットくらいなものだ。あくまで私の部屋全部と比べてだけど……。


 隣の寝室にはクイーンサイズのベッドが中央に配置されていた。もちろん患者用のベッドだ。その証拠にヘッドボード周囲に最新の医療機器が備え付けられている。

 少年は金髪の少女を優しくベッドに降ろした。

 ヘッドボードにはめ込まれた心電図モニタの電源を入れた私は、彼女の親指にパルスオキシメーターを挟んだ。
 ほどなくしてピッピッピッという断続的な機械音と同時にモニタに脈拍やサチレーションが表示される。

 数値を確認した私は胸を撫で下ろした。

「よかった。バイタルは安定しているみたい」
「もしかして君は医者なのか?」

 彼は少女の頬にそっと触れ、私に訊いてきた。

「ううん、ただの看護学生」
「なるほど、じゃああの異能は君にピッタリってことだね」
「やめてよ。私はただ安定した仕事に付きたくて看護師を目指してるだけなのよ」

 自嘲した私は小さく首を振って、血に塗れた手を見つめた。

「でも、それはもう無理みたい……。ねえ、一体なにが起こっているの? 私の友人も殺されてしまった……、これから私たちはどうなるの?」

 彼はアームチェアーを引いて私に座るよう促した。だけど私の体は椅子の前で立ちすくんでしまう。まるで〝座る〟という動作を忘れてしまったように固まっていた。

 ようやく尻もちを付くみたいに腰を落とすと、手触りの良いクッションが私の身体を深く包み込む。
 重く圧し掛かっていた重力から解放された感じがした。

「全ての異能者を抹殺する命令が国から下されたんだ」

 彼のセリフに一瞬思考が停止した。

「そんな……ど、どうしてそんなことに?」
「十中八九、僕と、異能管理室の前室長が起こした事件が原因だろうね」 

 私は息を呑んだ。〝事件〟という単語から最初に連想されるのは〝あの事件〟しかない。

「……あなた、もしかして官邸襲撃事件の……?」
「ああ、そうだよ」

 こともなげに彼は言い放つ。

 まさか自分の目の前にいる少年が凶悪犯罪者だなんて信じられなかった。しかし彼が嘘を言っているようには思えない。呆気に取られる私の中から沸き上がってきたのは怒りだった。

「じゃあ、私たちはあなたのせいでこんな目に遭っているっていうの!」
「その通りだ」

 彼は表情を変えない。真っすぐ私の顔を見つめている。

「なによそれ! 私はただ静かに暮らしたかっただけなのに! なんであなたたちの身勝手な行動に巻き込まれなくちゃいけないのよ!」

 私は柄にもなく感情を爆発させていた。
 だが少年は意に介そうとしない。私から視線を逸らしベッド上の彼女を見つめる。私の反応は彼の想定するところでしかなかったのだ。

「僕は君の意見に反論するつもりはない。罵りたければ罵ればいい。でも例え憤ったところで何も状況は変わらない。僕は今の状況で最善を尽くすだけだ」

 彼に謝罪の気持ちがないことは分かった。
 多くの人を殺し、多くの異能者の命を奪う原因を作り出したことに対してなんの後悔の念も抱いていないことも……。
 私は淡々と紡がれる彼の言葉に恐怖を感じた。
 彼と出逢ったときに感じた、あの表しようのない恐怖が蘇る。

 でも、どこか自分と彼が似ているように思えた。

 興味がないのだ。
 世界にも、社会にも、他者の命にも興味がない。それでいて決して冷めている訳ではない。彼の眼に宿る温もり、その瞳に宿る一点の光の源こそベッドで眠る少女だということに、私は気付いていた。

 彼の興味も、意思も、これから描く世界すらも、この少女のためにある。

 彼は彼女を守るためだけに反乱を起こしたのだ。彼と彼女に何があったのか、なぜ少女はあんなにも悲し気な表情であの場所に立っていたのか―――、それを知りたいとも思った。

 だけど知ったその先で待っているのは、明らかに私が忌避している厄介事である。それにも関わらず私は気になっている。引っかかっている。
 私にもそんな〝欲〟があったことに驚いた。

「最善ってどうするつもり……、この状況から助かる方法があるっていうの? この場所だってすぐにバレる。いつまでも隠れていられない。私たちの逃げる場所なんて、もうないのよ」

「簡単さ、とりあえず政府の連中をぶっころ……、いや、掌握する」

「なに言ってるの? そんなのできる訳ないじゃない……バカなの?」

「いいや、余裕だね。そう……、レベル99の状態で始まりの街周辺にいるスライムを倒すよりイージーさ」

 私は少年を睨み付けた。冗談のつもりで言ってるのかもしれないけれど、ちっとも面白くないのが余計腹立たしい。

「……ふざけてるの?」

 彼は肩をすくめ、苦笑して頭を掻いた。
 それから私に向かって指を二本立てる。

「君に残された選択肢は二つだ。ここに残るか、ここを出ていくか」

 私たちが殺される原因を作った犯罪者と一緒にいたくもない。だけど自分を守る手段を持たない私は殺される。私には最初から選択肢などないのだ。
 私はくやしくて唇を噛んでいた。

「君の意思は尊重する。出ていくなら事が終わるまでどこかで身を潜めていることをオススメする。もし残るなら、僕に君を守らせてほしい」

「……な、なんでそこまでするの? あなたが私を助けてどんなメリットがあるって言うの?」

「君には助けてもらった恩がある。それに彼女に誓ったんだよ。助けるって……」

 私が彼から少女に視線を移したとき、携帯電話の着信音が鳴り響いた。
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