異能ランクEの絶対皇帝≪Absolute Emperor≫

あんねーむど

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怠惰な神官

怠惰な神官3

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「……一体、何が起こっているの?」

 おぼつかない足取りで私は歩き出した。

 早く家に帰りたかった。シャワーを浴びて血を洗い流し、ベッドで眠り、また普段の生活に戻りたかった。目が覚めれば全部夢になっているかもしれないと思った。

 思考する力を奪われた私の前に一人の警察官が立ち、道を塞ぐ。 

「ちょっと君……大丈夫? 怪我してるの?」
 制服を着た若い警察官だ。血だらけの私を驚いた表情で見つめている。

「―――っ!」
 私は動揺した。それは明確な挙動となって現れてしまう。

 本来なら彼に保護を求めるべきだろう。だけど私は見ていたのだ。押し入ってきた黒い集団の背中に〝POLICE〟の文字が印字されていたことを―――。

「一体なにがあった? 事故か?」
 警官は一歩近づき、手を伸ばしてきた。

「だ、大丈夫です」
 思わず私は後退する。

「いや、でもそれって血だよね。君の名前を教えてくれるかな? IDは持ってる?」

 さらに一歩足を踏み出してきたとき、私は体を反転させ走り出した。

「お、おい! 待て! 異能者を発見した。A7地区の路地を北に逃走中」

 私は必死に走った。後ろを振り返る余裕などない。銃声が二回聞こえた瞬間、一発が私の腕を掠める。路地からさらに細い路地裏に逃げ込んだ私は、放置された瓦礫や投棄された家具にぶつかりながらも足を止めず、倒れそうになった体を何度も手を付いて支えた。

 手や足が擦り傷だらけになっていることにも気が付かず、やっとの思いで路地から大通りに出た私を待ち構えていたのは、ライブハウスを襲撃したヤツらと同じ、黒いプロテクターを着用した機動隊員だった。

 隊員たちは路地の入口を包囲するように扇状に並び、銃口を私に向けて構えている。

「悪いな、痛い思いをしたくなかったらじっとしていろ」

 中央に立つ機動隊員がなんの感情も込められていない冷徹な声で言った。

「や、やめ、やめて……」

 いくつもの銃声が同時に鳴り響く。
 しかし、私に銃弾が浴びせられることはなかった。扇状に囲んでいた機動隊員たちが血を吐き、次々と倒れていく。

 撃ったのは彼らと同じ機動隊員だった。整然と隊列を成し、隊員たちは前衛の機動隊員の列に向かって発砲した。

 呆気に取られる私の前で、同士を殺した彼らはアサルトライフルを縦に持ち替える。そして道を譲るように左右に別れて直立した。

 隊列の背後に一人の少年が立っていた。
 少年の顔や手、衣服は乾いて赤黒くなった血で染まり、両手に金色の髪の少女を抱いていた。
 私は管理官を指揮していたあの時の少女だとすぐに分かった。

「怪我はないか?」

 近づいてきた少年は私に微笑み掛ける。
 小さく頷くのが精一杯だった。

「よかった。ところでこの辺で設備の整った大きな病院を知らないかい?」
「……大きな、病院……」

 私はただ耳に残った単語をオウム返しする。

「彼女を助けたい。今は僕の異能でなんとか呼吸している状態なんだ」
「……見せて」

 思案するような眼で私を見つめた少年は、少女を抱きかかえたまま、ゆっくりとアスファルトに膝を付けた。

「ど、どこを怪我しているの?」
「ここから背中まで銃弾が通過している」

 彼は少女の胸を指差した。
 少女の赤黒く染まったシャツのボタンを外した私は彼が指さした場所を確認する。

 そこにはまだ新しい火傷の跡が残っていた。おそらくこの少年が傷口を焼いて止血したのだろう。だけど正直、これは致命傷だと思った。

 私は少女の首筋に触れる。驚いたことに少女の体は正確に脈を打っていた。強く、一定のリズムで心臓が血液を送り出している。さらに胸をしっかりと上下させて、自発呼吸しているのだ。
 
 どこか機械的だと感じた私は少年の言葉を思い出す。

『僕の異能で呼吸している状態なんだ』と彼は言っていた。

 心配そうに少女を見つめる彼の視線に気づいた私は、急いで彼女の銃創に触れて異能を発動させる。
 すると時間が巻き戻るように徐々に傷口が薄くなり、完全に消え去った。

「……これが君の異能?」

 少年は目を見開いて私を見た。

「そう、損傷した部位を再構築したの」
「驚いたな……、治癒能力か?」

 私は首を振る。

「違うよ。私の異能は元に戻すだけ、欠損した部分は余分な細胞で補てんしているから完全な治癒能力とはちょっと意味が違うかも」

「……そうか、胸部からじゃないことを祈るよ」

 冗談っぽく笑ってみせた少年の目から涙が零れていた。大粒の涙が彼の頬を伝い落ちていく。私はさっきまでの彼の表情が作られた表情であったことを知る。ひとりの少女を愛し、慈しみ、憂うこの顔こそ、本来の彼の顔なのだ。
 いつの間にか、得体の知れない恐ろしさも近寄りがたさも消えていた。同時に全身から力が抜けていく。

「私、この近くの病院を知ってる。そこでちゃんと検査した方がいいけれど……」

 途中で私は口をつぐんだ。果たして、私たちに安全な場所なんて存在するのだろうか?

「大丈夫、なにも心配いらないよ。さあ、行こうか。案内してくれ」

 少年は再び少女を抱きかかえ、立ち上がり歩き始める。呼応するように少年と私を囲む機動隊員たちが機械的に動き出した。

 膝に力を込めて立ち上がった私は、少年の後を追った。

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