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怠惰な神官
怠惰な神官8
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頭部を失った男の首から血液が噴水のように噴き上がり、天井と壁を紅く染め、足元に血溜まりを作った。
やがて木偶と化した男の身体が崩れ落ちていく。
リノリウムの床を侵食する大量の血液がストッキングに染み込み、私の肌に触れた。
未だ温度を保つ生暖かい血に触れた瞬間、全身が急激に冷気を帯びていく。呼吸が乱れ、浅くなる。心拍は上昇し、細かな頻脈を打つ。
喉を鳴らして唾を呑み、心臓を掴むように胸を押さえて、呼吸を整えた。
自ら撃ち抜いた腹部に激痛が走る。
「うぅ……、は、早くリサを治さなきゃ……」
銃創に触れて損傷部位を再構築しながら、うつ伏せに倒れるリサのもとへ駆け寄り、首筋に触れた。脈は弱くて浅いけど確かに蝕知することができる。
すぐに彼女の腹部に触れて傷口を治し、続いて肘の下から切断された前腕を結合した。
しかし、異能を使い果たした私の意識は急速に遠のいていき、視界が暗転すると共にブラックアウトしていた。
◇◇◇
河川敷のサイクリングロードを、上流から下流に向かって歩いている。
夕日を背に浴びる私の前を歩いているのは、あの少年だ。その傍らにいるのは金髪の少女―――。
私は二人に追い付こうと歩くけれど、いつまで経っても追い付かない。
声も出しても、叫んでも届かない。
二人との距離は広がっていく一方だ。
遂に、私は走り出していた。
彼の隣に行きたくて仕方なかった。
彼女と同じように彼の横に立ちたかった。
だから、必死で彼の背中を追いかけた。
でも、いつしか疲れて立ち止まった私は、寄り添って歩く二人の背中を見つめていた。
カウチソファーで目を覚ました私の頬は濡れていた。手の甲で頬を拭う。
泣いていたの?
とても悲しい夢を見ていたような気がする。
私はソファーから立ち上がり、レースのカーテンを開けた。
すっかり日が昇っている。どうやら昼近くまで眠ってしまっていたらしい。
眼下に観える街並みは、いつもと変わらない光景が広がっていた。歩道を人が歩き、車道を車が走る。その当たり前の光景が私の眼には、ひどく不自然なものに写った。
視線を切った私は少女が眠る寝室のドアにそっと近づき、中を覗き見る。
あの少年がアームチェアーに座り、愛おしいそうに眠り続ける少女を見つめていた。
彼女を見つめる彼の視線は温かくて、優しくて、そして春風のように心地良さそうだった。
今まで誰かに、こんな風に見つめられたことがあっただろうか?
誰も、いや、私自身、誰かをそんな風に見つめたことはない。
私は彼女が羨ましかった。
私の人生で足りなかったものがなんだか解った。
情熱だ。
心を燃やすような熱が絶対的に足りない。
どうすれば手に入れられるのだろうか?
どうすれば感じることができるのだろうか?
少年を見つめる私の視線に気付いた彼と目が合う。穏やかな顔で少年は笑った。
「君には二度も助けられた。感謝する」
「うん……、あ、リサは……」
「大丈夫、無事だよ。さっき起きたばかりだけど朝食を買いに行ってくれている。彼女も君に感謝していたよ」
「そう、よかった……」
「メガネ、割れてるよ、治さないの?」
彼に指摘されて、私は眼鏡を外した。レンズに大きなヒビが入っている。
長年のパートナーと決別するように、私は割れたレンズを見つめた。
「いいの……これはもう、私には必要ないから……、それより上手くいったの?」
「ああ、全部上手くいった。インペリアル・オーダーは取り消された。もう僕らが襲われる心配はないよ」
肩の力が、全身の力が一気に抜けていった。脱力した私の両膝がカクンと折れ曲がり、その場に座り込んでしまいそうになった。私は壁に手を付いて身体を支える。
「大丈夫か? もう少し寝てた方がいいんじゃないのか?」
彼は心配そうに私の顔を覗き込んできた。
彼に見つめられて自分の顔が熱を帯びていくのが分かった。
「だ、大丈夫……。そ、それより……叫んでもいいかな?」
自分でもよく解らないことを口にしていた。
「え? なに? 叫ぶの?」
「そう……叫ぶの……」
「まあ……、別に構わないけど?」
彼は変わったモノを見るように苦笑する。
「ありがとう」
私は、彼と少女が眠るベッドを通り過ぎて窓を開けた。少し冷たい柔らかな春風が吹き抜ける。
瞳を閉じた私は、胸いっぱいに高層階の大気を吸い込み、
「ああぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!」
肺にため込んだ酸素が尽きるまで叫んだ。
「あー! スッキリした!」
何事もなかった様に窓を閉めて、さっきまで立っていた場所に戻る。
「ふ……、ふははははっ! なんだよそれ! あははっ!」
お腹を抱えて笑う彼の姿に、私はふんと鼻を鳴らす。
「そういえばさ! リサから聞いたんだけど日本刀で弾丸を切ったんだって!?」
「は……、はあ?」
彼はまるで子供のように瞳を輝かせた。
小学校の頃、クラスのバカな男子たちが戦隊ヒーローの真似をしているときにする、あの子憎たらしい目の輝きによく似ている。
「だからアイツだよ! あの侵入者だよ!」
「え、ええ……切ったというか、刀で弾道を逸らしてた感じかな……」
「マジかよ!? いいなぁ! 見たかったなぁ! くそぅ!」
彼は心底悔しそうに拳を握り締めた。
唖然と呆れ果てた私は再びその場にへたり込みそうになってしまう。
「あ、あんたねぇ……、こっちは死にそうだったんだからね」
「あとそれから」
「今度はなによ?」
私は少年をギロリと睨み付けた。
「君の異能名をまだ聞いてなかったね、よかったら教えてくれるかい?」
「……私のは、ただ物質を分解するだけって思われてたから固有名じゃなくて、分類表通りよ。確か《物質変化第一類丙種》だったかな?」
少年は眉根を寄せる。
「地味だなぁ」
「じゃあ、あなたの異能はなんて名前なのよ」
腹が立った私はつっけんどんに言い返した。
「ん? アブソリュート・エンペラーだけど?」
「ぷっ、なにそれ中二病全開じゃないの」
「いいだろ、別に……」
思うところがあるのか、彼は少しだけ恥ずかしそうにして顔を逸らした。
「ふふ、ねえ、地味だって言うなら私に新しい名前付けてよ。とびきり中二っぽいやつでお願いね」
「新しい名前かぁ……うーん」
からかうつもりで言ったのだけれど、彼は腕を組んで意外にも真剣に考え始めてしまった。もう今さら「やっぱやめて」なんて言えない雰囲気になってしまっている。名乗るのをためらうくらい恥ずかしい名前だったらどうしよう……。
少年は眼を閉じて上を向いたり、首をぐるぐると回したりしている。その仕草がなんだか可愛らしく思えた。
私の口から自然と笑みが零れていた。
閉じていた瞼を開いた少年と目が合った私は、慌てて緩んだ口元を結ぶ。
「そうだな……、レイジープリーストなんていいんじゃないかな?」
「はぁ? なによそれ! 私の異能の性質と全然関係してないじゃない!」
「いいや、もう見たまんまだね。特にレイジーの部分が」
「あったま来た! もっとカッコイイ名前考えなさいよこの中二病!」
「ダメダメ、もう決定。それに異能名に属性や性質を入れるなんてバカなヤツのやることさ。あ……、やべぇ、今のはリサには内緒にしてね。彼女の場合は抑止力って意味の方が強いし」
「ふーん、参考までに訊くけど、リサの異能名って何さ?」
「詮索はタブーなんだけどって、僕はもう管理官じゃないから関係ないか。リサの異能名はニュークリア・ウエポンっていうんだよ」
「ぎょえー……」
喉から今まで出したことのない声が出ていた。
「はは、良い反応だ。さあ、悪いけど少し寝かせてもらうよ……、もうヘトヘトで……後のことは君に任せた、レイジープリースト……」
アームチェアーから腰を上げた彼は、少女の眠るベッドに潜り込み、彼女の隣に寝そべって眼を閉じてしまう。
「ちょ、ちょっと!」
引きずり降ろす間もなく、早くも寝息が漏れ聞こえてきた。寝ると言うよりも意識を失った感じに近いだろう。
ぐっすりと眠るその寝顔は、とても政府を掌握してきた男の顔には見えない。
私はこの不思議で生意気で、ちょっと小賢しい少年の寝顔をいつまでも眺めていた。
それから―――、今までと何一つ変わらない日々が過ぎていった。
世の中は何事もなかったように今日も動いていく。
私も今まで通り暮らし、これまでと同じように大学に通っている。だけどもう、私の隣に奈々子の姿はない。今となっては彼女の快活な笑顔に、私はいつも癒されていたんだと感じる。
インペリアル・オーダーによって三千二百人もの異能者が虐殺された。その数は国内で登録されている全異能者の三割に及ぶ。
全てを知る私の立場からすれば、僅か三割で済んだと言い換ることができるのかもしれない。
七割が生き残れた要因は、半日を持たずして作戦が中止されたこと、それから西日本にあるいくつかの警察本部がインペリアル・オーダーに従わなかったことが大きい。
多くの異能者が殺される原因を作り、結果的にその数倍の異能者を救った八重山照という少年は、虐殺事件の一か月後には異能者にとって不利な法律を全て撤廃させ、半年後には異能管理室と公安の特高課を解体させた。
そして、彼の最愛の女性である淡い金髪の少女、平崎咲さんは未だ目覚めることなく眠り続けている。
もうそこに彼女の魂はないのではないか、そう思うことは何度もあった。
けれど、彼女を見つめる彼の顔を見るたびに、私は出しかけた言葉を呑み込んでしまう。
今日も穏やかで、平和で、退屈な世界、なにも変わらないように見える世界、だけど確実に、今この瞬間も世界は彼の色に染まり続けているのだ。
こうして私と彼の―――、いえ、彼と彼女の長く、とても永い物語は始まり、再び〝世界を変えようとする者〟が現れるまで続いていくことになる。
□□□
最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
補足になりますが、「異能ランクEの絶対皇帝」は作成途中の物語からのスピンオフであり、元作品が行き詰ってしまったため、代わりに本作を書いた次第であります。
ちなみに元作品は、本作から数百年後の世界が舞台であり、『異能者に支配された世界から、かつての日本を取り戻そうとする』というよくあるお話しです。
なお、現在は他の小説の執筆を優先しているため、元作品の執筆は停止しています。完成にあってはいつになるかハッキリとは言えませんが、完成させたいと思っています。
※【異能リスト3】については『次話』に投稿し、怠惰な神官編を完結とします。ありがとうございました。
やがて木偶と化した男の身体が崩れ落ちていく。
リノリウムの床を侵食する大量の血液がストッキングに染み込み、私の肌に触れた。
未だ温度を保つ生暖かい血に触れた瞬間、全身が急激に冷気を帯びていく。呼吸が乱れ、浅くなる。心拍は上昇し、細かな頻脈を打つ。
喉を鳴らして唾を呑み、心臓を掴むように胸を押さえて、呼吸を整えた。
自ら撃ち抜いた腹部に激痛が走る。
「うぅ……、は、早くリサを治さなきゃ……」
銃創に触れて損傷部位を再構築しながら、うつ伏せに倒れるリサのもとへ駆け寄り、首筋に触れた。脈は弱くて浅いけど確かに蝕知することができる。
すぐに彼女の腹部に触れて傷口を治し、続いて肘の下から切断された前腕を結合した。
しかし、異能を使い果たした私の意識は急速に遠のいていき、視界が暗転すると共にブラックアウトしていた。
◇◇◇
河川敷のサイクリングロードを、上流から下流に向かって歩いている。
夕日を背に浴びる私の前を歩いているのは、あの少年だ。その傍らにいるのは金髪の少女―――。
私は二人に追い付こうと歩くけれど、いつまで経っても追い付かない。
声も出しても、叫んでも届かない。
二人との距離は広がっていく一方だ。
遂に、私は走り出していた。
彼の隣に行きたくて仕方なかった。
彼女と同じように彼の横に立ちたかった。
だから、必死で彼の背中を追いかけた。
でも、いつしか疲れて立ち止まった私は、寄り添って歩く二人の背中を見つめていた。
カウチソファーで目を覚ました私の頬は濡れていた。手の甲で頬を拭う。
泣いていたの?
とても悲しい夢を見ていたような気がする。
私はソファーから立ち上がり、レースのカーテンを開けた。
すっかり日が昇っている。どうやら昼近くまで眠ってしまっていたらしい。
眼下に観える街並みは、いつもと変わらない光景が広がっていた。歩道を人が歩き、車道を車が走る。その当たり前の光景が私の眼には、ひどく不自然なものに写った。
視線を切った私は少女が眠る寝室のドアにそっと近づき、中を覗き見る。
あの少年がアームチェアーに座り、愛おしいそうに眠り続ける少女を見つめていた。
彼女を見つめる彼の視線は温かくて、優しくて、そして春風のように心地良さそうだった。
今まで誰かに、こんな風に見つめられたことがあっただろうか?
誰も、いや、私自身、誰かをそんな風に見つめたことはない。
私は彼女が羨ましかった。
私の人生で足りなかったものがなんだか解った。
情熱だ。
心を燃やすような熱が絶対的に足りない。
どうすれば手に入れられるのだろうか?
どうすれば感じることができるのだろうか?
少年を見つめる私の視線に気付いた彼と目が合う。穏やかな顔で少年は笑った。
「君には二度も助けられた。感謝する」
「うん……、あ、リサは……」
「大丈夫、無事だよ。さっき起きたばかりだけど朝食を買いに行ってくれている。彼女も君に感謝していたよ」
「そう、よかった……」
「メガネ、割れてるよ、治さないの?」
彼に指摘されて、私は眼鏡を外した。レンズに大きなヒビが入っている。
長年のパートナーと決別するように、私は割れたレンズを見つめた。
「いいの……これはもう、私には必要ないから……、それより上手くいったの?」
「ああ、全部上手くいった。インペリアル・オーダーは取り消された。もう僕らが襲われる心配はないよ」
肩の力が、全身の力が一気に抜けていった。脱力した私の両膝がカクンと折れ曲がり、その場に座り込んでしまいそうになった。私は壁に手を付いて身体を支える。
「大丈夫か? もう少し寝てた方がいいんじゃないのか?」
彼は心配そうに私の顔を覗き込んできた。
彼に見つめられて自分の顔が熱を帯びていくのが分かった。
「だ、大丈夫……。そ、それより……叫んでもいいかな?」
自分でもよく解らないことを口にしていた。
「え? なに? 叫ぶの?」
「そう……叫ぶの……」
「まあ……、別に構わないけど?」
彼は変わったモノを見るように苦笑する。
「ありがとう」
私は、彼と少女が眠るベッドを通り過ぎて窓を開けた。少し冷たい柔らかな春風が吹き抜ける。
瞳を閉じた私は、胸いっぱいに高層階の大気を吸い込み、
「ああぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!」
肺にため込んだ酸素が尽きるまで叫んだ。
「あー! スッキリした!」
何事もなかった様に窓を閉めて、さっきまで立っていた場所に戻る。
「ふ……、ふははははっ! なんだよそれ! あははっ!」
お腹を抱えて笑う彼の姿に、私はふんと鼻を鳴らす。
「そういえばさ! リサから聞いたんだけど日本刀で弾丸を切ったんだって!?」
「は……、はあ?」
彼はまるで子供のように瞳を輝かせた。
小学校の頃、クラスのバカな男子たちが戦隊ヒーローの真似をしているときにする、あの子憎たらしい目の輝きによく似ている。
「だからアイツだよ! あの侵入者だよ!」
「え、ええ……切ったというか、刀で弾道を逸らしてた感じかな……」
「マジかよ!? いいなぁ! 見たかったなぁ! くそぅ!」
彼は心底悔しそうに拳を握り締めた。
唖然と呆れ果てた私は再びその場にへたり込みそうになってしまう。
「あ、あんたねぇ……、こっちは死にそうだったんだからね」
「あとそれから」
「今度はなによ?」
私は少年をギロリと睨み付けた。
「君の異能名をまだ聞いてなかったね、よかったら教えてくれるかい?」
「……私のは、ただ物質を分解するだけって思われてたから固有名じゃなくて、分類表通りよ。確か《物質変化第一類丙種》だったかな?」
少年は眉根を寄せる。
「地味だなぁ」
「じゃあ、あなたの異能はなんて名前なのよ」
腹が立った私はつっけんどんに言い返した。
「ん? アブソリュート・エンペラーだけど?」
「ぷっ、なにそれ中二病全開じゃないの」
「いいだろ、別に……」
思うところがあるのか、彼は少しだけ恥ずかしそうにして顔を逸らした。
「ふふ、ねえ、地味だって言うなら私に新しい名前付けてよ。とびきり中二っぽいやつでお願いね」
「新しい名前かぁ……うーん」
からかうつもりで言ったのだけれど、彼は腕を組んで意外にも真剣に考え始めてしまった。もう今さら「やっぱやめて」なんて言えない雰囲気になってしまっている。名乗るのをためらうくらい恥ずかしい名前だったらどうしよう……。
少年は眼を閉じて上を向いたり、首をぐるぐると回したりしている。その仕草がなんだか可愛らしく思えた。
私の口から自然と笑みが零れていた。
閉じていた瞼を開いた少年と目が合った私は、慌てて緩んだ口元を結ぶ。
「そうだな……、レイジープリーストなんていいんじゃないかな?」
「はぁ? なによそれ! 私の異能の性質と全然関係してないじゃない!」
「いいや、もう見たまんまだね。特にレイジーの部分が」
「あったま来た! もっとカッコイイ名前考えなさいよこの中二病!」
「ダメダメ、もう決定。それに異能名に属性や性質を入れるなんてバカなヤツのやることさ。あ……、やべぇ、今のはリサには内緒にしてね。彼女の場合は抑止力って意味の方が強いし」
「ふーん、参考までに訊くけど、リサの異能名って何さ?」
「詮索はタブーなんだけどって、僕はもう管理官じゃないから関係ないか。リサの異能名はニュークリア・ウエポンっていうんだよ」
「ぎょえー……」
喉から今まで出したことのない声が出ていた。
「はは、良い反応だ。さあ、悪いけど少し寝かせてもらうよ……、もうヘトヘトで……後のことは君に任せた、レイジープリースト……」
アームチェアーから腰を上げた彼は、少女の眠るベッドに潜り込み、彼女の隣に寝そべって眼を閉じてしまう。
「ちょ、ちょっと!」
引きずり降ろす間もなく、早くも寝息が漏れ聞こえてきた。寝ると言うよりも意識を失った感じに近いだろう。
ぐっすりと眠るその寝顔は、とても政府を掌握してきた男の顔には見えない。
私はこの不思議で生意気で、ちょっと小賢しい少年の寝顔をいつまでも眺めていた。
それから―――、今までと何一つ変わらない日々が過ぎていった。
世の中は何事もなかったように今日も動いていく。
私も今まで通り暮らし、これまでと同じように大学に通っている。だけどもう、私の隣に奈々子の姿はない。今となっては彼女の快活な笑顔に、私はいつも癒されていたんだと感じる。
インペリアル・オーダーによって三千二百人もの異能者が虐殺された。その数は国内で登録されている全異能者の三割に及ぶ。
全てを知る私の立場からすれば、僅か三割で済んだと言い換ることができるのかもしれない。
七割が生き残れた要因は、半日を持たずして作戦が中止されたこと、それから西日本にあるいくつかの警察本部がインペリアル・オーダーに従わなかったことが大きい。
多くの異能者が殺される原因を作り、結果的にその数倍の異能者を救った八重山照という少年は、虐殺事件の一か月後には異能者にとって不利な法律を全て撤廃させ、半年後には異能管理室と公安の特高課を解体させた。
そして、彼の最愛の女性である淡い金髪の少女、平崎咲さんは未だ目覚めることなく眠り続けている。
もうそこに彼女の魂はないのではないか、そう思うことは何度もあった。
けれど、彼女を見つめる彼の顔を見るたびに、私は出しかけた言葉を呑み込んでしまう。
今日も穏やかで、平和で、退屈な世界、なにも変わらないように見える世界、だけど確実に、今この瞬間も世界は彼の色に染まり続けているのだ。
こうして私と彼の―――、いえ、彼と彼女の長く、とても永い物語は始まり、再び〝世界を変えようとする者〟が現れるまで続いていくことになる。
□□□
最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
補足になりますが、「異能ランクEの絶対皇帝」は作成途中の物語からのスピンオフであり、元作品が行き詰ってしまったため、代わりに本作を書いた次第であります。
ちなみに元作品は、本作から数百年後の世界が舞台であり、『異能者に支配された世界から、かつての日本を取り戻そうとする』というよくあるお話しです。
なお、現在は他の小説の執筆を優先しているため、元作品の執筆は停止しています。完成にあってはいつになるかハッキリとは言えませんが、完成させたいと思っています。
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