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契約。

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 哨戒機は島の上を周回している。ずんぐりとした機体は、獲物に狙いをすませるカモメのようである。

 島の上に立つ2人の獲物は岩の影へ隠れていた。海水に浸かりながら、洞窟を進んでいる。

「喰い付いたわね」

「あまり動かないでくださいよ。普通だったら大怪我なんですから」

「訓練通りの向き・力で突き刺せば本当は痛みもないはずなんだけどね。練習していなかったわ」

 俺が目を覚ました場所は地下の洞窟だった。2人は航空機からの爆撃を避けるため、奥へ奥へと進んでいた。

 洞窟は腰のあたりまで海水で沈んでいる。内股に傷を負っているノダメを背負いながら声をかける。


「それにしても凄い爆発ですね。これって、自衛隊が黒幕なんですか」

「3%もないわよ、その確率はね。自衛隊は良くも悪くも正義の味方なのよ……。大方、自衛隊に指揮をする脳みそに虫が湧いたんでしょうね。『あそこに悪役がいるぞ』ってね」


 
★★★

 太陽が沈もうとする時、海が紫色に光るという。日の光の入らない洞窟の中にも、紫色の光が走る。

 それは一瞬の光だった。

 光が抜けていく洞窟の奥には陸地がある。そこに、5つのシルエットを浮かび上がらせた。

 消化器ほどの楕円形。そこに3つの羽根と手で掴むための突起が2つある。

 __あれは……なんだ。

「隠れて、潜水機よ。あれは北の工作員がよく使うのよ。押収品かしらね」

 敵だ。俺達を暗殺しようとした敵が目の前にいるのだ。

 静かに濃くなっていく殺気を自分の中に感じる。背中のノダメも同じようだ。

 幼い子供が無邪気な残酷さを示すように。彼女は敵意が高まると、口調が変わる。

 いつもよりも高い声と、跳ねる末尾から彼女の敵意が感じとれる。

「どうします、少なくとも五人が相手ですよ」

「やりましょう。それに3%よ、五人以上敵が送られている可能性はね。ここの地形はいいわね、死角が多いのに射線はとりやすいわ」

 そういうと、ノダメは俺の背中を踏み台にした。

 スルスルと岩壁を登り拳銃を構える。

「私がカバーするわ。あなたはスニークからアサルト、いいわね。音がしたら頭を狙って打つから、頭は低くしてね」

「OKですよ、ボス」

 踏み台になった反動で海水に身体を沈めた。さらに続いた言い方には嫌味を言わずにはいられなかった。……たとえ怪我人であってもだ。

 ただ、作戦内容には賛成だ。

 目標の2~3人を殺して逃げる。彼女は海水で足を緩めた相手を狙撃する。

 納得できる作戦である。誰を敵まわしたのかをわからせてやろう。

 俺は背中のナイフに手を伸ばし……宙を掴む。

「あっ、すいません。ナイフ返してもらっていいですか」

「はい、絶対に死んじゃだめよ。私との契約は守ってね」

「ノダメさんが後玉を当てなければ大丈夫ですよ」

 つま先立ちになりナイフを受け取る時、彼女は身を乗り出したようだ。彼女の唇が耳の裏に当たるった。

「契約の対価は支払うわよ」

 暗闇の中、彼女の声が頭に響いた。



★★★

 まずい。マップはまだ使えない。

 今まで暗闇はアドバンテージだった。しかし今は違う。使えるのは今まで手にした経験だけだ。

 音を立てないように地面を進む。

 腹ばいになって、ナイフを構えながら進む。いつ目の前に敵がいても太腿を切り裂けるように。

 緩やかに右に曲がる道を進み、二又では左へ向かう。

 岩は音が伝わりやすいという。地面に耳を当てると、足音が聞こえるらしい。

 今までのマップだよりの探索とは異なる、地道な探索。

 足音とはこのことか。それともこれか。

 ザザッ。ズザザッ。
__聞こえた、後ろだ。

 身体の向きを変えて、左足で地面蹴り上げる。しなる弓のように縮めていた腕を打ち上げる。

 地面から上向きに突き進んだナイフは、敵の腹をかすった。

 しかしその動きは緩まない。

 勢いそのままナイフの刃先は、下顎を通り脳神経をズタボロにした。
__まずは一人。

 ナイフを抜こうと力を込める。倒した相手の股下を抜けるように身をかがめる。

 抜けない。

 骨に引っかかったのだろう。動きに合わせて、相手の身体丸く丸まる。

 パス、パス、パスン。

 敵はまだ残っている。暗視装置で味方が殴られたように見えた敵B。

 敵Aごしに狙いをつけて銃弾を打ち込んだ。

 放たれた2発の弾丸は、敵Aの丸まった背中をすべり上に向かう。

 しかし残りの1発は、敵Aの身体を貫通した。

「あがっ」
 5.56mm弾が左のエラ骨を削る。頭に響く衝撃に痛み以外の感覚が薄くなっていく。

__倒れたら、ここで倒れたら殺されるぞ。

 痛みの向こう側に思考が飛んでいってしまいそうだ。噛み締めようとするも、力が入らない。だらりとした口の端から、声が漏れる。

 振動でナイフが骨から外れた。敵Aの死体が横向きに飛ぶように身体をひねる、投げる。

 パス、パス、パスン。

 敵Bの銃弾は、死体がすべて受け止めた。

 地面を転がり、右足を鎌のように相手の足首にぶつける。そして、身体を引き寄せながら、左足で相手の膝を蹴りぬく。

 パス、パス、パスン。

 重心が後ろに傾いた敵Bは倒れる。銃弾は天井の岩を削り、パラパラと小石が降りかかる。

 そして、ナイフは円を描く。ナイフの柄は硬化したプラスチックで出来いる。

 腹筋を使い跳ね上がった勢いを下へと方向を変え体重が合わさる。振り下ろされた硬化プラスチックは敵Bの目と鼻の三角形の重心の骨を打ち砕く。

「よし、割れた」

 呟きながら身体を起こす。片手で左の頬を抑えながらあたりを伺う。

 大丈夫だ、この二人だけだ。

 あたりには残りの3人は見当たらない。体制を整えて襲撃を続ける。

 背中の肉がミンチ状になってい敵Aから装備を鹵獲する。痛みを誤魔化すためのアドレナリンのせいだろうか。

__ここで全滅させてやる。これくらい、俺ならいくらでも出来るはずだ。

 その考えはい世界の勇者であれば当然の発想だろう。しかし今は少しばかり魔法が使えたパートタイム軍人でしかない。作戦本部などが見ていれば、いや他の仲間がいれば注意しただろう。“無謀”であると。

 しかしその時には初めの作戦よりも何倍も魅力的に思えた。そして自分にはそれが出来るのだと強く思えたのだ。

__暗視装置とヘルメット。水筒の中身は、美味いな、スポーツドリンクか。助かる。身体に糖分が染み渡るようだ。

 アサルトライフルは……これだな。……軽いな。材質はプラスチックか。

 何かに動かされるように、敵Aと敵Bの頭部に三発ずつ銃弾を打ち込んだ。

「あと3人か」

 呟きながら、銃口に挟み込むように取り付けられたサプレッサーを取り外す。

 バスン、バスン。

 天井から小石が舞う。私は敵A・敵Bの死体の下に隠れる。

 武器は2丁のライフル。銃口を前後に向けて敵を待つ。



★★★

 ズザッ、ザッ。「ゲット・ア・カバー」

 するような足音、そしてコテコテの日本人英語が耳に入った。

 前方から3人。2人が後ろで背中合わせに銃を構えている。

 そして一人がこちらに向かってくる。暗視装置越しにこちらを伺いながら。

 さて……誰から狙うべきか。

 向かってくる敵C、こちらに銃を構える敵D、背中を向ける敵E。

 確か攻撃の順は、
 回復師ヒーラー
 ↓
 支援魔法使いバッファー
 ↓
 攻撃しようとしている者

 と習ったはずだ。それなら攻撃しようとしている者、敵をCと敵Dだ。

 あとはタイミング。動けば、敵Dに撃たれる。動かなければ敵Cに、見つかる。

 敵Cは近づいてくる。一歩、また一歩と。そして……3.2.1今だ。

 敵Cが、死体に手を付けるその瞬間。2つの銃口から3点バースト。

 敵CとDの頭部がはじけ飛ぶ。

「ぐぐァー」

 頬が痛むが気にせず声を出す。叫びながら敵Eに向かって走る。

 走りながら腰に構えた、銃を放つ。

 バスン、バスン、バスン。
 バスン、バスン、バスン。

 バスン。

 交錯する銃弾は互いの身体に向かった。2丁の銃口から放たれた銃弾は、相手の反撃を一発に抑え込んだ。

「やってやった、やってやった。」

 脇腹を貫通した痛みは気にならない。膝から崩れ落ちた敵にとどめを刺した。

 興奮が呼吸を早くする。

「はぁはぁ。き、きついな。中途半端だけど勝利の凱旋かな」

 残党は居ないか確かめるクリアリングよりも先にノダメのもとに帰ることを選んだ。

 すいませんね、全部片付いちゃいました。

 そういって笑ってやろう。


 パス、パス、パスン。
 パン。パン。

 微かに聞こえる銃声に背筋が冷たくなる。

「3%でも、起こってしまっら本人には100%ってね。五人以上ってことか」

 ノダメのもとへ急いで這っていく。頭を上げて走り出したい気持ちを抑えながら。
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