冴えないOL、目を覚ますとギャル系女子高生の胸を揉んでた

白藍まこと

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07 夜の空気

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「そろそろ寝るかぁ……」

 なんやかんやで時刻は24時を回ろうとしている。

 明日の仕事のことも考えると、そろそろ寝ないと支障をきたしてしまう。

「あ、もう寝る感じ?」

 少しだけ意外そうに雛乃ひなのは声を上げる。

「気になることあった?」

「そういうわけじゃないけど、思ったより早いんだなって」

 ……早いか?

 結構、遅いくらいだと思ってたんだけど。

「あ、それとも、そろそろアレ……?」

 何やら雛乃はちがうことを妄想したのか顔色を変える。

 自身の胸元に手を置き、その体を強調する。

 つまり、その……肉体的な意味合いを指しているのだろう。

「だから、しません」

 雛乃の発言の意図が分かった瞬間に、きっぱりと断言する。

「あ、今日は気分じゃない?」

「これからもそういう気分になることはないよ」

 二度とあの過ちを繰り返してはならない。

「え、じゃあ……どうしたらいいの?」

「普通に寝なさい」

 ただ、それだけ。

 純粋に睡眠をとるだけの行為。

「あれ、住まわせてくれる代わりに抱くんじゃなかった……?」

「抱かないよ、もう」

 犯してしまった過ちを消すことは出来ないけれど。

 だからと言って繰り返して良いという理由にもならない。

 せめて、これからは清く正しい関係でいよう。

 ……いや、不健全極まりない関係性ゆえ、それは無理かもしれないが。

「えと、えと、それじゃあたし用済み……?」

 雛乃があたふたしながら慌てだす。

 視線を右往左往させて、心ここにあらずと仕草が物語る。

「体の関係ない方が、あんたも楽でしょ」

 女子高生に対してその関係性を強いるのは、どんな報酬があっても釣り合いがとれない。

 心への負荷が大きく、いずれ壊れる時がくると思う。

 それが分からないまま行動に移してしまうのもまた、若さゆえなのだろうけど。

「でも、それだとあたし何も返せないから。ここに住めなくなる感じだよね……?」

 そっちの心配か。

 家に住む対価を支払えないと、雛乃は危惧している。

 それがなければここにいられないと。

 そう不安になっている。

「じゃあ、家事をやってちょうだい」

「家事……?」

「そう、今日みたいにご飯とかお風呂入れるとか、そんなのでいいから。それがあんたがここに住むための仕事」

「割に合わなくない……?」

「面倒くさい日はやんなくてもいいよ」

「いやっ、あたしじゃなくて。上坂うえさかさんの方だよ」

「ん……?」

 どうやら雛乃は家事の労働だけでは、家賃の代金として見合ってないんじゃないかと訴えている。

 家事に要する時間をバイトとかの時給換算にしてみれば、全然余裕で超えると思うけど……。
 
 まあ、そういう理屈ではなく、気持ち的にそう感じたのか。

「いや、十分。私は見ての通り家事能力ないからね、助かるよ」

「マジで言ってるの?」

「マジです」

 今日の一連の動きを見て、雛乃の家事に不満はない。

 やってくれるのならお願いしよう。

「そ、それでいいなら。あたしはいいけど……」

 雛乃にとっても悪い話ではないはずだ。

 それなりの仕事量だとは思うけど、健全な作業なのだから精神的な負担は少ないはず。

「それにさ、なんか追い出される心配してるようだけど……」

「え、あ、うん。その流れかと思った」

「追い出したら、私があんたを抱いたことを言いふらすんでしょ?」

 彼女が言ってきたことだ。

 その吹聴は、一瞬で私の生活を崩壊させる破壊力を持つ。

 身から出た錆とは言え、私は彼女を住まわせざるを得ないのだ。

「あ、そうだった」

 思い出したように雛乃が口をぽかんと開ける。

 いや、忘れるなよ。

 あ、私にとってはその方が都合よかったのか……。

「だから、あんたを捨てることは出来ないの。そういうことだから、気楽に仕事に励んてくれたまえ」

「う、うん……」

 どことなく含みのある気のない返事。

 まだ思う所はありそうだが、その真意は掴めない。

 彼女にとっては願ったり叶ったりの状況だとは思うのだけど。

「だから、もう寝るよ。普通に」

「そ、そうだね」

 そして雛乃はキョロキョロと辺りを見回し始める。

「……どこで寝たらいい?」

 自身の寝床を探すために彷徨う視線だったらしい。

「あー……布団とか、ないんだよね」

 なんせ誰も来ないし、泊まらないし、ずっと一人だったし。

 悲しい現実を、思わぬ方向から突き付けられた。

「床で寝たらいい?」

 そういうわけにもいかない。

 私はベッドに座り、隣をぽんぽんと叩く。

「狭いけど、昨日もそうだったんだし。我慢できるでしょ」

 一緒に寝るのが無難でしょ。

 大丈夫、もう変なことはしない。

 お酒さえ飲まなければ、私はまともだ。

「いいの……?」

 雛乃は私の真意を測るように上目遣いを向けてくる。

 思っていたより、探りを入れてくる子だなぁと思う。
 
 もっと図太く、簡単に受け入れるものだと思っていた。

「いいよ、もう眠いし。寝るよ」

「う、うんっ」

 私が壁際に寝て、雛乃はその手前の位置をとる。

 電気を消すと、視界は暗闇に切り替わる。

 やはりシングルベッドに二人は狭い。

 少し体を動かすだけで雛乃の肌に触れそうで、身動き一つに気を遣う。

 明日の仕事帰りには布団を買ってこよう。

「な、なんか寝れないかもっ」

 雛乃の高い声は、暗闇の中に溶け込みにくい。

 柔らかくなるはずの夜の空気が、雛乃の張り詰めた空気が伝播して引き締まる。

「なに、どうしたの」

「なんか、緊張しない?」

 正直、私も全然落ち着かないけど。

 それに私が同調しても仕方がない。

 なるべく平静を装って、何でもないことのように自分を騙す。

「私は眠いし、あんたも早く寝なよ。背、伸びなくなるよ」

 まだ10代だし、発育のためにも早めに寝る事を推奨する。

 それにしては0時は遅すぎるか。

「いや、これ以上伸びたくないんですけど」

「あ、そうなの?」

 高身長だから、羨ましいんだけど。

「なんか一人だけ背高くても微妙じゃん」

 背の高い人にしか見えない景色があって、私には見えないものが雛乃にはきっと見えている。

 それでも色々思う所があるのだろう。

 それを否定する気はない。

「私は背高いの羨ましいけどね」

「……ふーん」

 どう捉えたかは分からないが、私にとっては魅力的な要素の一つだ。

「ねえ、上坂さん」

「……なに」

 話してると眠気が遠のくから、そろそろ無言になるべきだと思うのだけど。

「本当にあたしを抱かなくていいの?」

「……いいってば」

 まあ、彼女が完全に悪い人間ではないのは何となく分かった。

 きっと、このまま追い出しても雛乃は私の事を悪く吹聴することはないような気もしている。

 確証はもちろんないけど。

 でも、このまま追い出したら、同じことを繰り返すのも目に見えている。

 どこぞの知らない男と体を重ねるのかもしれない。

 それならまだ、ここにいた方がマシなんじゃないかと思っている。

 自分からおかしなことをしておいて、今さら聖人ぶる気もないし、彼女のためだと言い張る気もないけど。

 傷つくであろう行為を見過ごすことも出来ない。

 このまま私の家にいて、改心させて、実家に帰ってもらう。

 それが一番、丸く収まる方法なんかじゃないかと思っている。

「上坂さんってさ」

「なに」

 まだ言いたいことあるの、この子。

「優しいんだね」

「……今、気付いたの?」

「あはは、ごめんなさい」

 でも本当は、そんなことはない。

 優しい人は、酒の勢いで人を泊める代わりに抱いたりしない。

 だから、それは雛乃の勘違い。

 でも、そう思ってくれるのなら否定もしない。 

 人との関係性を保つのに、優しさは潤滑油になる。

 ほら、こんな打算的な私は全然優しくなんてない。

「最後に一言、いい?」

「まだ、何かある?」

 そろそろ寝ようよ。

「おやすみなさい」

「……おやすみ」

 その一言で、夜の空気は柔らかさを取り戻した。
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