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06 好みについて
しおりを挟む「上坂さんってさぁ……」
「ん?」
私は仕事の疲れと満腹感が合わさり、意識が遠のきそうになっていた。
お風呂に入らなきゃなぁとか思いながら、ウトウト状態である。
「恋人いないんだよね?」
「ぶふっ」
一瞬で目が覚めた。
本日、二度目の爆弾を投下される。
突然、何を言い出すんだ。
「な、なぜ……そんなことを聞く」
後輩の七瀬と言い、JKの雛乃と言い……。
私は恋に恋する乙女とか言う年頃はとっくに過ぎてるんだぞ。
「いちおう確認しとこうと思って」
「いないとは言ってない」
七瀬はもう誤魔化しようがないから白状していたが、こんなリア充全開の女子高生に、長年恋人がいない拗らせアラサーだと知られてみろ。
バカにされる未来しか見えない。
「いるの?」
「いるとも言わない」
もはや、苦し紛れにもなっていない気がするが。
「でもさ、恋人いたらさすがにあたしを抱こうとしたりとか、住まわせたり出来ないいよねー?」
「……」
あははー、と軽そうな笑みで雛乃にあっさり見抜かれる。
分かってるなら聞くんじゃない。
「そういうあんたはどうなのよ」
私だけ情報を知られるのは悔しいので、こちらも聞いてみる。
雛乃は目を丸くして、片手をぶんぶんと顔の前で左右に振る。
「いやいや、いたらこんなこと出来ないし」
「……その貞操観念は合ってるのかどうか判断に苦しむな」
パパ活なるものをやろうとしていたが、恋人がいたらそんなことは出来ないと。
感覚がどちらにも振り切れている。
「あたしと上坂さん、似てんだね」
「……どこがだっ」
かたや、高校以来恋人なしのアラサー独身。
かたや、華の10代美少女JK。
両者の輝きに開きがありすぎて比較対象にもならないんですけど。
「恋人いない者同士、一緒じゃん」
何やら変な共通項を見つけている。
しかし、その項目を持つ意味は私と君では意味が大きく異なることに気付いて欲しい。
「あんたならどーせ作ろうと思えばすぐでしょ」
というか、周りが放っておかないだろう。
それだけ目を惹く魅力が彼女にはある。
「いやいや、あたしそんなのないから」
雛乃は必死に手を振って、何やら否定している。
「そんなはずないでしょ」
「上坂さんにあたしがどう見えてるか知らないけど、あたしあんまり受け良くないよー?」
「嘘くせぇ」
「マジなんだって」
「なんでよ」
「そんなのあたしが聞きたいし」
あれか、見た目が派手すぎるからか?
それとも美少女過ぎて敬遠されているのか?
他にあるとすれば……。
「あれか、学校に行ってなかったとか?」
そもそもクラスメイトに会う機会すらなかったとか。
「今は確かに行ってないけど、それまでは行ってたから」
あっさり否定される。
「学校では引くくらい荒れてたとか?」
「別に、大人しかったと思うけどねー?黙ってること多かったし」
不機嫌なギャルとして周りから距離を置かれてたのでは……?
いや、分かんないけど。
とにかく原因ははっきりしないが、雛乃の中で自身はモテる存在ではないという事は分かった。
あんまり信じてないけど。
「まあまあ、あたしの話はいいから。それより上坂さんお風呂入んないの?」
「入りたいけど、体が動かない」
ていうか、やっぱり眠い。
このまま寝たらダメなのは重々承知しているけど、瞼が重たい。
「浴槽にお湯は溜めといたよ?」
「マジか」
そんなこともしてくれているのか……。
自分で用意するのが面倒で、一人暮らしを始めてから浴槽のお風呂なんて数えるほどしか入ったことがない。
至れり尽くせり、とはこの事だろうか。
「あ、それともあたしと一緒に入りたいとか?」
雛乃はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてブラウスの胸元をちらちらと見せつけてくる。
緩んだ胸元はわずかではあるが素肌を露出している。
……そのせいで、朝の一糸まとわぬ姿を思い出してしまう。
「入らんっ」
「まんざらでもないくせに」
「そんなことないっ」
手遅れだろうけど、これ以上よからぬことに手を出す気はない。
私はあくまでこの迷える子羊を匿う家主として、ここにいるのだ。
そういう脳内設定にしておく。
「あ、急に立った」
「お風呂に入ってくる」
このままだと雛乃が変な誘惑を仕掛けて来そうだったので、私はそれを振り払うようにお風呂へと向かうことにした。
「一人で?」
「そうだよ、覗くなよっ」
「女子同士の会話じゃなくねー?」
けらけらと雛乃は笑う。
一緒にお風呂なんて入ったりしたら、それこそ変な気を起こしてもおかしくない。
私が平常心を保つためにも、一定の距離感が必要だった。
◇◇◇
雛乃から逃げるように入浴を終え、居間に戻る。
お風呂に入ると、ある程度思考も整理されて、平常心を取り戻すことが出来た。
「ありがとう、いいお湯だったよ」
「あはは、気にすんなしー」
反応かりぃ。
いや、用意してくれたのは雛乃なんだからいいんだけどさ。
「次、入んなよ」
「いいの?」
タオルで髪を拭きながら声を掛けると、雛乃が私を見上げている。
「そりゃいいに決まってるでしょ。バスタオルとか好きなの使っていいから……あれ、そういえば着替えは?」
思えば、雛乃はずっとブラウスとスカートの制服姿だった。
「下着の変えはいくつかあるんだけど服はこれだけだね。かさばるから」
気付けば確かに雛乃が持っているのはスクールバックのみだった。
よくあんな軽装備で行動に出たな。
「だとしても、なぜ服のチョイスがそれ?」
私服、着て来いよ。
「多分、こっちの方がウケいいでしょ?」
「……ああ」
犯罪臭がとんでもないが、否定も出来ない説得力だった。
「分かった、部屋着も貸すから。それ着な」
「あ、ありがとう」
ぺこぺこと雛乃は頭を下げる。
なるほど、こういう素直さはあるらしい。
今さらだけど、年上の私に対してずっとタメ口だからもっと常識のない人間だと思っていたけど、まともな部分もあるらしい。
雛乃はそのままパタパタと廊下を渡り、浴室へと向かうのだった。
「……おー」
私と色違いのネイビーのスウェットを着て戻ってきた雛乃を見て、私は思わず声を上げる。
「み、見んなし……」
私の視線の意図が分かってか、雛乃は恥ずかしそうにタオルで顔を隠す。
お風呂上りで、さっきまでの厚めの化粧からすっぴんになっていたからだ。
「いいじゃん」
「いや、死ぬほど恥ずかしいんですけど……」
かと言っていつまでも化粧しているわけにもいかないしな。
女同士だし、そこまで気にする必要もないでしょ。
「綺麗なんだから恥ずかしがらなくていいって」
「……反応に困るんですけど」
もじもじと、思ったよりも初心な反応をする雛乃。
あれだな、いつもは完全武装な状態で、その姿を褒められるだろうけど。
素の部分を見られることもなければ、それを褒められることもないだろから慣れていないのかもしれない。
どちらにせよ、私が抱いた感想に嘘はない。
「すっぴん美人、いいねぇ」
「電気消そっと」
「まだ、お互いに困るよね!?」
二人とも髪乾かしてないし、色々と不便すぎる。
「……今度から上坂さんが寝てからお風呂に入ろうかな」
なんてことを零すほど、雛乃にとっては重要な問題らしい。
そんな感覚もあったなぁと10代の感性が思い出に変わってしまうほど、遠くになってしまったのだと実感した。
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