冴えないOL、目を覚ますとギャル系女子高生の胸を揉んでた

白藍まこと

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32 上坂さんとの空気

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 料理を作り、あたしはテーブルの上にそれを置く。

「……いただきます」

「……召し上がれ」

 ゆっくりと口に運ぶ上坂さん。

 カチャカチャと食器の音だけが部屋に響く。

「……」

「……」

 ち、沈黙が気まずい。

 家出の理由を教えたくないって言ったら、上坂うえさかさんは急に黙り込んでしまった。

 でも、これだけは本当に教えたくなかった。

 他の人にだったら、別にどう思われようと構わないから、いくら知られようと気にもしない。

 でも、上坂さんには言いたくない。
 
 あまりにくだらない理由だから、そのせいで上坂さんにがっかりされたくなかった。

 家出少女であるというだけで後ろめたいのに、これ以上幻滅されたくない。

 だけど、それは上坂さんにとっては面白い出来事ではなかったみたい。

 当たり前だよね。

 住まわせてもらっておいて、都合の悪いことは何も言わないんだから。

 それでも、上坂さんは何も言わない。

 あたしを追い出す事もなく、ただ黙ってご飯を食べ続けている。

「どう上坂さん、今日のご飯の味は?」

 あたしのせいでこんな重い空気になったんだから、せめてあたしが空気を変えるきっかけを作らないと。

「パスタ、トマトがよく利いてるね」
 
 ……上坂さんが今食べているのは焼きそばだ。

 効いているとしたらソースの味で、共通しているのは麺類ということくらい。

 ダメだ、上坂さんがあたしのせいでバグってしまった。

「上坂さん、それ焼きそばだよ」

「……え?」

 自分の食べているお皿を上坂さんは凝視する。

「ああ、だからフォークじゃなくて箸だったんだ」

 ……いや、口に運んだ時点でもっと気付くべき点があったでしょ。

 呆然としている上坂さんは、やはり正常な判断能力を失っている。

 こんな上坂さんを見たことがない。

 やっぱり、ちゃんと話し合うべきだったのかな。

「あの、上坂さん……あたしね、何も隠し事をしたいとか思ってるわけじゃなくて」

 そこでビクッと上坂さんが肩を震わせて、目を見開く。

 あたしの発言に過敏すぎる反応だった。

「ううん、大丈夫っ。雛乃ひなのにだってプライべートなことで知られたくない事があるのはちゃんと分かってるから」

「あ、いや、だから……」

 だけど、上坂さんにそこまで不信感を抱かせてしまうなら、あたしも言っちゃった方がいいのかなって思ったんだけど……。

「だから全然気にしないでっ。私が勝手に深く聞きすぎただけだから。家庭の事情も絡むことだろうし、他人がどうこう聞いちゃいけないよね」

「そんなこと」

「うん、いいのいいの。これからも今まで通りでやってくれればいいからっ」

 上坂さんは一人で言葉をまくし立て、あたしに話しの続きをさせてくれない。

 その話し方は大人の配慮のようなものを感じるけど、どこか他人行儀で上坂さんとの距離を感じるには十分すぎた。

 でもそれはあたしの行動が生んだ結果で、上坂さんを責めるようなことは出来ない。

 先に拒絶したのがあたしだったんだから、上坂さんに拒絶をされても文句は言えない。

 むしろ、当たり前だ。

「そっか、今まで通りでいいんだ」

「うんうん、家事だけはしっかり頼むよ」

「まかせて」

 なのに、こんな一瞬でいつもよりずっと遠くに距離を感じてしまうのは何でだろう。

 さっきまであんなに近かった上坂さんが、まるで他人みたいだ。

 いざこうして心の距離が空いてしまうと、こんなにも上坂さんは遠くへ行ってしまうのかと思った。

 全部、あたしのせいなのは分かってるんだけど。

 でも、ちょっとだけ悲しいな。


        ◇◇◇


 翌朝も上坂さんとは、微妙な空気のままだった。

 それでもお互いにいつもの空気を作り出そうとして、そうすればするほど不自然になって。

 でもそれすらも目を瞑って、上坂さんの出勤を見送った。

 夜になったら、この空気も少し変わってくれるだろうか。

 そんな淡い期待を胸に抱きながら、あたしは喫茶店 椿つばきに向かう。

 今日も仕事はそれなりで、可もなく不可もない労働量。

 中途半端に余裕があると、頭の中には上坂さんが浮かび上がってくる。

 どっかで気分を変えないと、ずるずる引っ張られてしまいそうだ。

 ――カランカラン

 と、扉のベルが鳴る。

 お昼時なので、お客さんも少し増えてきたかな。

「いらっしゃいませー」

「やあ、寧音ねねちゃん」

「おおっ」

 スーツ姿の七瀬ななせさんが一人で来ていた。

 上坂さんもいないのに、どうしたんだろう。

「ちょっとリピートしてみようと思って」

 それでわざわざ七瀬さん一人でやってきたんだろうか?

 この前に上坂さんと来た時と同じように窓際の奥の席へ案内する。

「儲かってる?」

「いやぁ……どうなんでしょう。建物代が掛からなくて人件費だけだから、何とかなってるって店長は言ってましたけど」

「なるほど、意外に好条件なんだねぇ」

「親から譲り受けたらしいですよ」

「何を?」

「店ごと」

「えっと……店長さんって二代目なの?」

「みたいですね」

「だからあんな若いのにこんなレトロなお店なんだぁ……」

 “納得、納得”と七瀬さんはうんうん頷いている。

 意外にこのお店に関心があるみたいだ。

「お店の名前も店長さんの名前から来てるみたいです」

「名前?」

椿千弦つばきちづるっていうんです、店長」

「まさかの苗字っ」

 あらー、と口を開ける。

 七瀬さんはなかなかに反応がいい。

 これがもし上坂さんだったら

『へえ。まあ、昔の喫茶店ならあることなんじゃない?』

 とか淡白に言いそうだ。

 ……って、関係ないのにどうして上坂さんがここで出て来るかな。

「あ、それでなんだけどね。注文の前にちょっといい?上坂先輩のことなんだけどぉ」

「あ、はい」

 急に上坂さんの名前が出て思わず肩をすくめる。

 偶然だろうけど、心を読まれたみたいな感覚だった。

「今日、仕事で使うはずだったノートパソコンを家に置いて来ちゃったんだって。寧音ちゃん、取りに行けそう?」

 あ、そうなんだ。

 いつもの場所に確かにノートパソコンは置いてある。

 あれを持って来ればいいのだろうか。

「取りには行けます。もうちょっとでお昼休みなので少し待ってもらえれば」

「あ、そうなんだ。よかった」

 あれ?

 でもちょっと待ってよ……。

「でも、どこに持って来ればいいですか?あたし上坂さんの職場は知らないんですけど……」

 それとも、このまま七瀬さんがここで待っていてくれるのだろうか?

「そっか。寧音ちゃんは先輩の職場は知らないんだ」

「あ、はい。そこまでは教えてもらってなくて」

 今後もこういうことがあるかもしれないから、教えてもらった方がいいのかな。

 帰ってきたら聞いてみよう。

 この話題をきっかけに気まずい空気が変わったりしないかな。

「でも、先輩の家は知ってるんだね」

 七瀬さんはいつものように、にこやかに笑う。

 何一つ変わることない明るい声音で。

「家にあるノートパソコンを取って来れるんだもんね?今、先輩は職場にいるのに」

「……あ」

 そこで、あたしは自分の失態にようやく気付く。

「それじゃ、今度こそ教えてもらえるよね?」

「え、えっと……」

 本当に変わらない。

 七瀬さんは、あたしを追い詰めるように会話を進めているのに。

 何一つ変わらずに語り掛けてくる。

「先輩と寧音ちゃんって、どんな関係?」

 それが今は怖い。

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