33 / 52
33 子供と大人
しおりを挟む「あの、えっと……」
「いいんじゃない?そろそろ隠さなくても」
七瀬さんは言い逃れを許そうとはしない。
逃げようとしても、ここはお店でアルバイト中だし。
どうすることもできない。
「先輩と寧音ちゃんを初めて見たときから違和感ありまくりだったし。隠そうとしてるのもバレバレだったし」
あたしも、もうほとんど白状してしまったようなものだし。
本当のことを言うしかないのかもしれない。
「さっきの発言は決定的だよね、さすがにもう言い逃れは出来ないでしょ」
「そう、ですね……」
もう隠し通すなんて無理だ。
「あたし、上坂さんと一緒に住んでるんです」
「へえ、やっぱりね」
七瀬さんは大して驚くこともなく頷く。
「寧音ちゃんってさ、何者?」
「えっと……」
それも言うしかないんだろうか。
「若いよね」
「はい、高校生なので」
「高校……」
そこまでは予想外だったのか、七瀬さんはここで初めて目を丸くする。
「女子高生が上坂さんと一緒に住むってどういう状況なのかなぁ。謎だなぁ」
「まあ……色々と」
「家出ってこと?」
「……そうです」
「ワケありなんだ?」
「はい」
そこから先の内容はさすがに言わないようにしたい。
あたしにとっても、上坂さんにとっても人に知られて得をするような事がない。
「ま、それは追々として」
いずれ聞かれることがあるような口ぶりで、あたしの身は少し強張る。
なんだかずっと空気が薄い。
「いつまでそうしてるつもりなの?」
「いつまでって……」
そんなの決めてないし、分からないけど。
でも上坂さんがいいって言ってくれるなら、まだあたしはここにいたいと思っていて……。
「寧音ちゃん。わたしね、ある程度のことは当人たちが同意しているなら社会的な常識はどうだっていいかなとは思っているんだ」
「それって……」
「でもね、それは対等な関係だったらの話ね。どっちかに迷惑や負荷を強いるような関係性なら、わたしは反対なの」
「……はい」
きゅっと喉の奥が閉まる。
それはきっと、あたしのことを指している。
「最近の上坂さんの仕事ぶり、知ってる?」
「いえ……」
これは、マウントか何かだろうか。
あたしが職場の上坂さんを、一緒に働いている七瀬さんより知っているわけがない。
「最近、変なんだよ。頼まれてた上司の仕事を忘れたり、ぼーっと仕事が手につかなくなってたり、会議の時間忘れちゃったり」
「そう、なんですね……」
初めて聞く出来事だった。
上坂さんは仕事の話は全然してこないし、そんなミスをしたという話は一度も聞いたことがない。
「わたしが先輩のことを知ったのは入社してからの一年ちょいだけど、それでもあんな先輩を見たのは初めてだった」
「……」
七瀬さんは、何が言いたいんだろう。
「先輩、仕事は早いし正確で誰よりも几帳面なんだ。だから色んな人に信頼されてるし頼られてるんだよ」
「すごい、ですね……」
家の中じゃ、そんな印象ぜんぜんなかったけど。
やっぱり職場での上坂さんってすごいんだな。
一緒に働いている七瀬さんが言うのだから、間違いないんだろう。
「そんな先輩が最近ミスばっかりするようになったの。わたしね、その変化が起きたタイミングで寧音ちゃんのこと知ったんだよね」
「……」
七瀬さんが言わんとすることが、何となく、分かってきた。
「わたしね、先輩が寧音ちゃんと会ってからそんな状態になったと思ってるんだ?」
「そう、なんですね……」
どうしてそうなっているのかは、あたしには分からないけど。
確かにタイミングとしては、そうなる。
「知らない女子高生と同居なんて世間的にどう見られるか分かんないし、会社の人にバレたらどうしようって誰だって考えるでしょ。それが負担になってるのは分かるよね」
「で、でも、これは上坂さんが認めてくれて……」
さすがに、それをそのまま頷くことは出来ない。
確かにあたしは上坂さんに迷惑をかけている。
でもそれは上坂さんの同意を得た上で、一方的に行っていることじゃない。
「だから、わたしはこうして寧音ちゃんにだけ言ってるの。分かんない?」
にこっと七瀬さんは笑う。
いつものようなにこやかな表情なのに、声音は無機質な冷たさ。
そのギャップが異様に恐怖を煽ってくる。
「子供のワガママで、大人に迷惑をかけるのはやめようよ」
それが七瀬さんの本音だ。
七瀬さんはあたしが上坂さんと一緒にいることを快く思っていない。
それが、はっきりと分かった。
「……そんなこと、してないです」
「あのさ、先輩にとって今が大事な時期なの。分かってる?」
「……えっと」
「今のところ結婚が選択肢にない先輩にとって、30代になればどんどん重要な仕事が任されるようになるし、役職にだってつくことがある。特に仕事が出来る上坂さんって、そういう人なんだよ?」
「それは、すごいと思いますけど……」
「それをさ、つまんないミスで仕事の評価落としたらどうなるの?」
「どうって……」
「恋人はいない、仕事でも立場がない。それって女にとってどれだけ惨めか分かってる?」
そんなこと、あたしに言われても……。
社会を知らないあたしに、そんなこと言ったってどうしようもないのも分かってんじゃん。
「子供の寧音ちゃんは間違ったことをしてもやり直せるし、青春の1ページとして笑って振り返られるだろうけどさ。大人の上坂先輩は、間違ったことをするとやり直せないし、その痛みは場合によってずっと残るんだよ?」
「……七瀬さんは、あたしにどうしろって言いたいんですか?」
ずっと回りくどく説明してきたけど。
結局、あたしにどうして欲しいんだろう。
「先輩のことを本当に親身に思うなら、とっとと家に帰りなって。それだけ」
そして、また笑う。
あたしは、それに言葉を返せないでいる。
「あ、それじゃあ注文お願いするね。えっと……サンドイッチとアイスコーヒーでお願いします」
その後どうやって接客したか覚えていない。
ただ、今のあたしは上坂さんにとって迷惑をかける存在でしかないと。
それなら、いない方がいいんだと。
上坂さんと会うことが罪であるという意識だけはしっかりと芽生えていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
名もなき春に解ける雪
天継 理恵
恋愛
春。
新しい制服、新しいクラス、新しい友達。
どこにでもいる普通の女子高生・桜井羽澄は、「クラスにちゃんと馴染むこと」を目指して、入学早々、友達作りに奔走していた。
そんな羽澄が、図書室で出会ったのは——
輝く黒髪に、セーラー服の長いスカートをひらりと揺らす、まるで絵画から抜け出したような美しい同級生、白雪 汀。
その綺麗すぎる存在感から浮いている白雪は、言葉遣いも距離感も考え方も特異で、羽澄の知っている“普通”とは何もかもが違っていた。
名前を呼ばれたこと。
目を見て、話を聞いてもらえたこと。
偽らないままの自分を、受け入れてくれたこと——
小さなきっかけのひとつひとつが、羽澄の胸にじわりと積もっていく。
この気持ちは憧れなのか、恋なのか?
迷う羽澄の心は、静かに、けれど確かに、白雪へと傾いていく——
春の光にゆっくりと芽生えていく、少女たちの恋と、成長の物語。
迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる
九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。
※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる