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43 二人の見る未来
しおりを挟む落ち着け、落ち着け、落ち着け。
落ち着くのよ私。
頬にキスされたからってなに?
頬にキスしたからってなに?
そんなの、大したことじゃない。
こんなに慌てて家を出るようなことじゃないでしょ。
そう思っても心臓の鼓動は脈打つの止めない。
ずっと高速で動き続け、私の足もまた同じように前後運動を繰り返す。
どうしたものかと頭を振るう。
ああっ、仕事どころじゃないっ。
「先輩、寧音ちゃんとはどうなったんですかー?」
気軽に七瀬が声を掛けてくる。
昨日の“苗字呼びか名前呼びか”の件を気にしているのだろう。
だが今の私の悩みはもうそこではない。
「どうもしない、雛乃で継続よ」
「あー。そしたら仲自体はあんまり変わってない事ですね」
ところがどっこい、それがちがうのだ。
「仲良くなりすぎて困ってるわ」
「どうして逆に進展するんですか!?」
「……なんででしょうね」
こっちが聞きたい。
どうしたら一夜明けて、お互いの頬にキスする仲になるのか。
私も理解が追い付かない。
「でも苗字呼びのままなんですよね?」
「そう」
「じゃあ、何が変わったって言うんですか?」
頬にキスする仲に変わった、なんて言えないし。
「とりあえず、スキンシップが激しくなったわ」
「全然予定とちがうっ」
「予定……?」
「あ、いえ、何でもないんですけど……」
急によく分からない事を口走る七瀬。
ビックリした勢いで言ってしまったのだろうか
「でも先輩、寧音ちゃんとのお友達付き合いは結構ですけど。あんまり偏った交友関係に走ってると、本当に婚期逃しちゃいますよ?」
「……」
それは私にとってはどうでもいいことだったけど、雛乃にとっては良いことではないのは分かっている。
大事な十代の時期を、家を出たまま、逃げたままでいいはずがない。
私のような人間ではなく、同じ年代の子たちで切磋琢磨していくべきなのだ。
それは私も良く分かっている。
「大丈夫、ちゃんとケジメはつけるから」
「ケジメって……なんですか?」
それは雛乃を家に帰すこと。
その目標は、酔いから醒めたあの日から変わっていない。
彼女の家出の経緯を知り、強さを知り、弱さも知った。
後は雛乃が向き会えるように、私は少し背中を押してあげるだけだ。
「雛乃の未来のために、私が動くのよ」
「なんかさらに仲が深まりそうにしか聞こえないんですけど!?」
実際はその逆なのだけど。
雛乃の未来のために、雛乃と離れる。
それは決めていたことだ。
だから、この関係性もあともう少しだ。
◇◇◇
「……えへへ」
気持ちが軽い。
それは栞さんの家を出なくて済んだからなのか。
それとも栞さんとの距離がぐっと近づいたからなのか。
何にしてもあたしは正直舞い上がっている。
「おー。機嫌が良さそうだな若者よ」
すると店長があたしの様子を見て、その感想を口にする。
「そう見えますか?」
「いつもの1.5倍は動きがキレてるからね」
そんなに違うのだろうか。
気持ちが変わっただけなのに、栞さん効果は恐ろしい。
「何かいいことあった?」
「はい、ちょっとありました」
「恋人でも出来た?」
突然、店長はニヤニヤと変な笑みを浮かべる。
「え、いやっ、違いますからっ」
それはさすがに階段を吹っ飛ばし過ぎた。
……階段?
自分で思って、自分に疑問が湧く。
「なんだ、ちがうのか」
「そういう人いませんから」
「若者は恋してなんぼでしょ」
……恋か。
今までは自分に余裕がなくて、そういうのをする気分になれなかった。
でも、今なら出来るだろうか。
そして、さっきから脳裏をかすめるのはどうして栞さんなんだろう。
「そういう店長は恋してるんですか?」
「私?……うーん。恋って言ったらいいのか、なんだかよく分かんないね」
あたしをイジっていた時と違って、急に歯切れが悪くなる。
「人に勧めるのに、自分ではしてないんですか?」
「そうじゃなくてねぇ……。純粋な恋ってのは若い時にしか出来ないもんなんだよ」
「そうなんですか?」
それは初耳だ。
「大人になるとつまらない現実がいっぱい見えてくるからね。恋と言うには随分と打算や妥協が入り交じるもんなのさ」
店長の言う通りなら、それは確かに恋という感情からは遠ざかっている気がする。
大人はそんな窮屈なところで生きているってことなのかな。
じゃあ、栞さんも恋はもう出来ないってこと?
……。
あれ、やっぱりどうしても栞さんのことが出て来るな……。
「だからキラキラ輝いている今のうちに楽しむべきだね。恋せよ乙女」
……なんか、若干ダサいけど。
それでも、店長が伝えたいことは何となく分かる気がする。
「じゃあ、その恋を楽しむためにはどうしたらいいですか?」
「そんなの簡単、雛乃ちゃんがやりたいようにやったらいいんだよ」
「あたしのやりたいように?」
「そうそう。好きだなと思う人を見つけて、したいことを出来る仲になれたら最高だよね」
好きだなと思う人に、したいことを出来る仲。
それは、ちょっとずつ近づいてる気がする。
ていうか、やっぱりあたしって、そういうことなのか……?
「どうだい、見つかりそうかい?」
「はい、見えてきた気がします」
俄然、仕事に対するモチベも上がってきた。
「マジかっ、もう?」
「え、はい」
「飲み込み早いな……さすが若者」
「そう……ですか?」
言った店長の方が驚いていた。
「じゃあ、そのエネルギーを仕事にもぶつけちゃって」
「はい、5分で終わらせます!」
そして早く帰って、頑張って料理を作ろう。
「うん、時給分はちゃんと仕事しようね」
「……はい」
まあ、そうは上手くは行かないけど。
あたしのやりたいことは見えた気がした。
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